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エピローグは突然に

 張り詰めた緊張感を壊すように鐘がなる。自分の周りの生徒達が一気に脱力していく様は異質な光景であった。


「はい終了。そこ、ペンを止めないと0点にするぞ。それじゃあ列の後ろから前に回答を回してくれ」


 担任の女性教師が手を叩くと自焦りながら後ろの生徒が回答を渡してきた。


 高校に入ってから最初の中間テスト。学校生活で1番嫌いな行事がようやく終わった。


 因みに文化祭や体育祭は比べ物にならないくらい嫌いだが、準備期間を含め休めばなんとかなるだろう。


 俺は人付き合いが下手だ。それ故に今の今までまともに友人ができたことはない。向こうから歩み寄ってきてくれたとしても、俺は距離を置いてしまい、気づけば周囲に誰もいなくなっている。


 文化祭とはクラスで一致団結するイベントである。どんなに人付き合いが下手だからってそれくらいはわかる。


 しかし、文化祭を心の底から楽しめるのは一部の限られた人間だけではないだろうか。


 俺は学校にはカースト制のようなものが、意識せずとも存在していると考えている。


 クラス全体をまとめる者がトップ。それの取り巻きの人間達がセカンド。そしてその人間達と交流のある者がサード。そしてクラスの中で一際浮いた存在、友人もいない、常に1人でいる俺のような人間はさらにその下の最下層に位置している。


 文化祭を楽しめるのはセカンドまで。まぁサードの人間でも中には楽しめるかもしれない。


 だが俺のような人間はそう言ったイベントにはこれっぽっちも縁がない。何せ協力し合うような友人がいないのだから。


 だが普通に考えてみてほしい。普段仲が良くもない人間と文化祭と言った行事の間だけ仲良くするなどどうしてできようか。


 上辺だけの付き合いなんてものは無い方がいい。


 体育祭も同じような理由だが、特有の空気感が心の底から気持ち悪い。


 やはり争い事になると人は変わるのだろうか。


 中学の頃にも体育祭があった。


 自分は唯一経験のあったバドミントンを選択したのだが、個人戦であたった相手が学年でもかなり人気のある男子生徒で、そして運悪く、その生徒に勝ってしまった。


 結果として、クラスの女子を含め他クラスの生徒達にしばらくの間陰口を言われ続け、それがきっかけで自分はそう言った催事ごとには一切参加しなくなった。


 とまぁ、俺の社会不適合ぶりを紹介したって何の意味もないわけで、テストも終わったというわけで、要約読書に没頭できる。


 帰りにいつも行っている書店にでも行こうと思ったところで、ふと隣の席に目が行く。


 その席には誰もいない。席の主はどうやら欠席らしい。といっても滅多に学校にも来ないし、来たとしても大遅刻は当たり前、授業なんて寝ていてまともに受けようともしない、不良少女なわけだが。


(まぁいいか。俺には関係ないし)


 さっさと荷物をまとめ下校しようとすると、


「おーい。穂高。ちょっときてくれないか?」


「え……俺ですか?」


 逃がさんと言わんばかりに大きな声で自分を呼ぶ担任に捕まった。


「何ですか梓川先生」


 梓川楓。年齢を聞くと本気で怒られるので聞いたことはないが、まだ20代であろう若い教師。

 長い黒髪を無造作に一つ結びにし、サイズ感ピッタリのジャージを着ているためか、もしも彼女がスーツを身につけていたのならクールビューティーと言わざるを得ない。


「そうそう。実はお前に頼みがあってだな……ってなんでお前いつもこうやって頼み事をしようとすると露骨に嫌そうな顔をするんだ」


「どうせ、姫川さんの家にまた何か届けろって言うんですよね?」


「わかってるなら話は早い。あいつに補修内容をまとめたプリントを届けて欲しいんだ。テストまで休むとは思わなかったが、このままだとあいつは留年だ。


 いや高校生で留年はきついぞ? まぁ留年なんてすることの方が珍しいんだが」


「……俺じゃなくてもいいじゃないですか」


「だってあいつと最寄りの駅が一緒なのはお前だけなんだ。別にいいじゃないか、ポストに入れるだけなんだし」


「……もし鉢合わせてボコボコにされたらどうするんです? 彼女、中学時代も相当荒れてましたし」


「? お前、あいつの中学の時のこと知っているのか?」


 やってしまった。余計なこと言わなければよかった。


「うちの中学の不良が返り討ちにあったって怯えていたのを聞いたことがあるだけです。それよりも、今日は予定があるんです」


「どうせまた本を買いに行くとかだろ?」


「な……何故それを……」


「教師を舐めるんじゃない。生徒の私生活のことくらい、それなりに把握している」


「……ストーカー」


「なんだ?」


 眉間に皺を寄せ、にこりと微笑むその顔は般若のようだった。


「なっ、何でもないです」


「ならいい。それに書店に立ち寄るのなら尚更丁度いい」


 ほれ、と言わんばかりに書類を突きつける。


「ん? 何でです?」


「別に対したことじゃない。それじゃあ頼んだぞ」


「あ! ちょっと!」


「なんだ? まだ文句あるのか?」


「……他の人じゃ、ダメなんですか?」


「だから言っただろう。姫川の家に近いのがだって──」


「そうじゃなくて。どうして俺なんですか? 先生、俺が初めて姫川さんに届け物をした時、俺の家が彼女の家に近いこと知りませんでしたよね?


 あの、本当になんでなんですか? 別に他の誰かでもよかったんじゃないですか?」


「……なぁ穂高。誰かって誰なんだ?」


「はい? それは僕以外の人達ですけど」


「……そうか。なら、私にとっての誰かとはお前だ。


 穂高。お前は自分にとっての誰かを見つける前に、他者にとっての誰かになれるようにしろ」


 梓川はそう言い残して颯爽と教室から出て行ってしまった。


 いつの間にか教室には自分しか残されておらず、ぽつんと取り残されてしまった。


「言ってる意味がわからねぇよ。はぁ。テストが終わったっていうのに。憂鬱だな……」


 姫川深雪。可愛らしい名前とは裏腹にとんでもない凶暴性を秘めた俺の隣人。入学式、いやクラスが発表され隣に彼女がいた時は冷や汗が止まらなかった。


 しかし、彼女は滅多に登校しないため安心していたところを、家がそれなりに近いという弱味を知られ、今日まで担任にこき使われている。


「……さっさと行こ」


 ずっしりと重い何かを背負うように教室を後にする。


 それが自分の人生を大きく変えることなんて知りもせずに。



 




 

 

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