聞いてないんですけど×2
明くる日―――つまりは四柱戦争選抜戦、当日の朝。
恒例の溜まり場であるイスティアの酒場に集ったのは、俺と職人ペアの三人。
俺があれよあれよと四柱エントリーを目指す事になったのは当然ソラにも伝えており、彼女も今日明日は予定を開けて応援に来てくれるとの事。
ちょうど良い機会なのでカグラさんとニアにも紹介しようと、勿論この場にも呼んである―――が、少々時間をずらして先に三人集合と相成った。
理由はまあ、些細なサプライズというか……まあ、あれだ。単に晴れ姿を完成させてからお披露目したかったというだけで―――
「ニアちゃん」
「ふふん、なにかなぁ?」
「天才」
「そうでしょうとも!」
新たな装いに袖を通した俺は、ニアがインベントリから取り出した大きな姿見に映る我が身の姿を眺めた後―――ソレを仕立て上げた彼女に向けて、渾身のサムズアップを贈る。
全体の色調は、白と蒼。雲の流れる青空をイメージしたというこの装いの名は―――【蒼天の揃え・上衣】及び【蒼天の揃え・下衣】。
オマケとして頂いた上下黒の長丈インナースーツはサービスらしい。そちらも有難く使わせていただく事に。
まずは上衣。全体のシルエットは袖を七分、裾は背中半分まで丈を詰めたショートパーカースタイル。
やや大きめのフードが特徴的。目深に被れるこの頭巾はアクセントだけに留まらず、俺にとって結構ありがたいギミックが備わっていたりする。
続いて下衣、こちらも裾を詰めた七分丈。カーゴパンツとまではいかないが、ややゆったりした動きやすい造りとなっている。
背部に腰布めいた飾りがあしらわれているが、半分エフェクトのようなものらしく物理的に邪魔にはならない素敵仕様。
こちらも新調したばかりの剣帯がしっかりと噛み合うようにデザインされており、腰の後ろに提げた【兎短刀・刃螺紅楽群】の鞘とも完璧に調和が取れている。
各所に散りばめられた装飾の細やかさ。
頭の天辺から爪先までの見事な一体感。
そして二色の羽が由来である白と蒼の、完璧な配色センス。
凡庸な顔の俺ですら映えさせてしまう―――文句の付けようのない、素晴らしい出来であると言う他になかった。
「クッソ寒いこと言って良い?」
「んん~?」
「今の俺は、そこそこ格好良いと思う」
やべぇ、普段なら鳥肌モノの自惚れを口にしたのに、メンタルがこゆるぎもしねぇ。これが神衣装の効能か……!
「寒くないよ格好良いよ!さっすがニアちゃん分かってるぅ!!」
いつもに倍して調子に乗り出すニアを、今ばかりは咎められまい。
まだ【Arcadia】が世に出ていない時世、中学や高校の制服に初めて袖を通した時とも比べ物にならないほどの高揚感が俺を満たしていた。
おそらくこれ、真の意味で俺に似合っているのだと思う。
生まれて初めてのオーダーメイド―――周りをクルクル回りながら調子に乗っている藍色娘が、俺だけのために仕立て上げた渾身の衣装。
……これは、流石に頭が上がらない。
「ニア」
「ふぇっ」
真剣なトーンで名前を呼ばれて、不意を打たれたようにニアが動きを止める。
「これ、メチャクチャ気に入ったよ―――ありがとう」
自分でも驚くほどに、自然と笑顔が零れ出た気がする。思えば、彼女に向けるのは初めてかもしれない表情と声音に―――
「っ……、そ、れは……あの―――きょ、恐縮、です……」
ニアは何故だか顔を赤くして、逃げるように視線を背けた。
「……?どうか―――」
「―――アタシも似合うと思うよ。馬子にも衣裳……って訳じゃないけどね」
したのか。問いかけようとした俺を遮るように、俺の背中を叩きながらカグラさんが入ってくる。振り向けば、彼女は何やら珍しくニヤついた顔をしていた。
「いや、正直驚いた。これで副業ってのも猶更な」
「ニアはデザインセンスが飛び抜けてるからね。前にアンタに渡した衣装の値段をぼかしたのも、ソイツの制作物が半分ブランド化してるってのが大きい」
「マジか……」
いや、マジだよな。この目でまざまざと見せつけられたのだ、ニアの実力に関して疑う事などもはや無い―――と、なればだ。
「なあ、これお代は―――」
振り返って問いかけるも……はて、視界の何処にも藍色が引っ掛からない。
おや?と思い辺りを見渡せば―――ニアはいつの間にやら、カグラさんの背中に隠れるように縮こまっていた。
「え、どうした?」
「……な、何でもないですぅ」
そうは見えないが……まぁ、謎行動は今に始まった事ではないか。
「あのさ、これ代金はどれくらいになる?悪いけど今すぐは持ち合わせが無いから、素材を換金して支払う事になるけど―――」
未だ世に出ていない超稀少素材である【紅玉兎の魔煌角】辺りを売り払えば、流石に代金の支払いには足りるだろう。
【螺旋の紅塔】での兎狩りは、もはや俺にとって朝飯前。素材を独占するつもりもとある理由から特に無いので、世に流す事に躊躇いは―――
「い、いらない」
無い、んだけど……え、いらないの?なんで???
「いや流石に……これほどの物をタダで貰う訳には」
「い、いいの!元からあたしが作りたくて作っただけだし……その、応援のつもり、だったし…………」
当然の遠慮を示す俺の言葉を遮って、ニアは先細りになりながら言葉を並べる。
「だから、あれだよ……!」
カグラさんの影から半分だけ顔を出したニアは、やたら赤くなった頬を押さえながらぽそりと呟いた。
「褒めてくれたし……それで良い、です…………」
「…………そ、そうか」
……いや、あのね?そこまで分かり易い反応を見せられると、流石に此方としても照れが湧くと言いますか。
カグラさんのお墨付き、意外と照れ屋という彼女の性質を思い出す。
つまりは、普段のノリとは違い真面目に褒められて照れてしまったと―――可愛いところもあるじゃないかと思ってしまったのは、我ながら不覚というかなんというか。
「ま、まあ……なんだ。勝手に借りだと思っておくから、逆に何かあれば言ってくれな?」
俺に出来る事であれば協力するから。などと未だルーキーの分際で偉そうな口を利いてしまったが、またカグラさんの後ろに引っ込んだニアはコクコクと頷いてくれた。
改めて視線を交わしたカグラさんが、物言わず「可愛いもんだろう」と笑って見せる。俺もまた口には出さずに曖昧な笑みを返して……
―――酒場の扉が静かに開かれたのは、そんな時だった。
「お、おはようございますー……?」
紹介したい人達がいると、事前に伝えてあったからだろう。恐るおそるといった様子で店内を伺いながら、金色の髪を揺らす少女が姿を現す。
「―――えっ……」
「―――へぁっ……」
「ぁ……」
初対面の女性三人の視線が交わり、カグラさんとニアの二人が驚きの、ソラが理解の声音を零す。
そして一瞬遅れてソラの視線は俺へと移り―――
「っ……おはようございます、ハル」
「おはよう、ソラ」
未だ俺の名前を呼び捨てにするのを恥ずかしがっているソラと、挨拶を交わして―――次の瞬間、俺は二方向から身体を引っ掴まれて店の隅へと引き摺られていった。
「ちょ、なにッ、何してんの!?」
「ハル!?」
慄く俺と、驚くソラ。俺達二人の混乱を他所に、俺を連行した職人二人が迫真の壁ドンで迫ってくる。
「いや近―――」
「ハル君、アレは一体なにごとかな?」
「ねえちょっと?ニアちゃんそれは聞いてないんだけど?」
「相棒相棒って、女の子だとは一言も言ってなかったよね?」
「何なのあの子メチャクチャ可愛いんですけど?ねえ分かってるのメチャクチャ可愛いんだよ!?」
「ハル君の可笑しな勢いに付いていってるくらいだから、似たようなテンションの男友達だろうくらいにしか考えてなかったよ?」
「そういうの良くないと思うなぁ!いやもう本当に良くないと思うなぁ!!」
口を挟む暇すら与えられぬまま、職人二人組による怒涛の口撃に晒される俺。
視界の端で取り残されたソラさんが困惑の表情で目を白黒させているが、おそらく俺も似たような顔をしているだろう。
「……っ」
「ひぅっ……!?」
俺の襟首を捕まえているニアがグリン!と首を回し、視線を向けられたソラが慄いて後退る。
ホラーな動きをするんじゃないよお前は、さっきまでのしおらしいニアちゃんは何処へ消えたというのかね?
「え、ええと……ソラ、ちゃん?だっけ?」
「は、はいっ」
流石の藍色娘も、ソラのような幼気な美少女相手に初手メチャクチャで挑みかかったりはしないらしい。
お互いに困惑の色を声音に乗せながら、互いの出方を窺うようにファーストコンタクトに臨んでいる。
「あの、あなたがコレの……相棒?相方?という事で、間違ってないのかな?」
誰がコレか。
「えと、はいっ……!」
唐突な謎展開に混乱しつつも、そこは真面目で良い子のソラさん。緊張の面持ちで佇まいを正して、少女は一生懸命な様子で頭を下げた。
「ハルのパートナー……の、ソラ、と申します!宜しくお願いします……!」
「えぇっ!?」
「ぱーとな……!?」
「お次は何事だよ……」
ソラの自己紹介に―――というより、ソラの自己紹介の一部分に対して驚きの声を上げた二人が、いよいよ睨みつけるような視線で俺を刺し始めた。
聞いた事の無いような高い声を上げたカグラさんはガンを飛ばしてきているし、絶句したニアに至っては親の仇を見るような面持ちである。
なんなの?二人してどういう感情なの?
フツメン凡庸ビックリ箱の分際で、ソラみたいな天使を体現したような美少女とパートナー契約を交わしている事がそんなに悪い事か?
……いや、なんか普通に有罪な気がしてきたな?もし第三者として俺が俺を見たならば、まず間違いなく地獄行きを言い渡す―――
「……ごめんねソラちゃん、ちょっと君のパートナー借りるね?」
「えっ、あの」
「すぐに済むから、少しだけ待っててくれるかな」
絶対に逃がさないとばかりに抱いた腕を引っ張って、何やら店の奥へと俺を引き摺ろうとするニア。そして見た事の無いような優しい笑顔を向けながら、ソラに椅子を勧めるカグラさん。
謎の直感で「逆らったら碌な事にならない」事を察した俺は、藍色娘に引き摺られるまま―――まず間違いなく「すぐに済む」事は無いのだろうと、孤立無援の状況にひとり溜息を零していた。
君達そんな事してる場合なの???