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Yes ◁ No
まず断わっておくが、俺は別に【Arcadia】にかまけて大学生としての新生活を疎かにするつもりなど毛頭無い。
バイトと勉学に捧げた高校時代を思えばこそ、俺とてVR機器の購入費用に充てられた青春時代を少しでも取り戻したいという感情はあるのだ。
なればこそ、如何にデビュー戦に向けて準備を重ねている身であってもそれはそれ、これはこれ。俺個人として、本心から全力で残りの学生ライフを楽しもうとこの一週間に臨んだわけだ。
え?過去形風味じゃないかって?
まあ待てよ。これから「俺の楽しい大学生活はこれからだ!」的なプロローグ、そのめくるめく先ってやつをご披露せしめるから―――三行でな。
人混みがヤバい―――圧殺(俺)
空気がヤバい―――滅殺(俺)
テンションがヤバい―――瞬殺(俺)
三行どころか三言では、とか野暮なツッコミは止して頂きたい。
いやマジでキツいんだって。この一週間で何とか慣れ始めの取っ掛かりくらいは得たものの、正直言って生来の根っこが陰寄りの俺としては取り残されないよう食らい付いていくのが精一杯。
あ?仮想世界であれだけテンション爆裂させといて、なに言ってんだって?
日常生活でも常に遊園地でハメ外すくらいのノリで生きてる奴っているの?
「ともあれ乗り切った……乗り切ったぞ……!!」
とりあえず事前説明会やら入学式やらガイダンスやらが一段落して、現在は帰宅後即シャワーからのベッドに倒れ込んでの瀕死ムーブ。
実に有情な事に本日は金曜日。大学生も普通に土日休みがあるらしく、明日からの選抜戦には余裕を持って臨む事が出来そうだ。
帰宅がてら腹に物は詰め込んで来たので、仮想世界へと舞い戻る準備は既に万端である。
え?休憩はいらないのかって?ドライブなんて常に寝てるようなものなんだから【Arcadia】のゲームプレイは実質休憩と同義だろ(暴論)
―――というか、もうこれ以上我慢ならんのよ。今朝がたカグラさんから受け取ったばかりの新装備達が、俺の帰りを待ってるんだよ!!
ベッドから人外アバターのノリで跳ね起きようとして無様にのたうち回った後、床を【Arcadia】の筐体へと移して逸る気持ちのままに起動キーを口にする。
「ドライブ・オン」
……この起動キー、それっぽすぎて若干恥ずかしさがあるんだよな。地味なのに変えようかな―――なんてどうでも良い思考を最後に、俺の意識は仮想世界へと誘われていった。
◇◆◇◆◇
「―――ふむ、全体的に……」
文句の付けようがないほど上々の仕上がり。いくつもの新装備を一通り慣らし終えた俺は、装い新たになった我が身を見下ろして頷いた。
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):300
AGI(敏捷):350
DEX(器用):100
VIT(頑強):0(+50)
MID(精神):0(+250)
LUC(幸運):300
◇Skill◇
・全武器適性
《ブリンクスイッチ》
《フリップストローク》
《ガスティ・リム》
《エクスチェンジ・ボルテート》
欲張りの心得
・《リフレクト・ブロワール》
・《トレンプル・スライド》
・《瞬間転速》
・《浮葉》
・《先理眼》
・体現想護
・コンボアクセラレート
・アウェイクニングブロウ
・過重撃の操手
・剛身天駆
・兎疾颯走
・フェイタレスジャンパー
・ライノスハート
・奇術の心得 New!
・守護者の揺籠
・以心伝心
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まずは防具。これまで長らく……と言っても一月程度の間だが、俺の手足を守ってくれていた【砂漠鱓の革手袋】と【砂漠鱓の革靴】はここに来て御役御免。
【浮流星片】という特殊な鉱石素材、加えて【霧露蛇】という稀少モンスターの素材を合わせて作られたグローブとブーツが、新たに俺の手足に装備されている。
その名もそれぞれ【流星蛇の籠手】に【流星蛇の深靴】―――共にかなりの良ビジュアルを備えたお気に入りの品である。
いや、素材集めに苦労した甲斐があったというもの。
上空に浮かんでるだけの【浮流星片】は俺にとって何の問題も無かったが、蛇の方がね……姿も気配も消えるわ分身するわ、挙句の果てに分身をデコイにして逃走するわ……
さておき、性能面も素材の稀少度に見合った中々のもの。
それぞれにVIT+20のステータス補正を備え、二部位のセット効果で更に+10。合わせて+50と実に五レベル分の補正という事で、先日ニアから教えてもらった基準に則れば『一級品』と言って差し支えない代物だろう。
外見としては、それぞれ紺碧の下地に星屑のような白点のアクセントが散りばめられた―――何というか、夜の星空を彷彿とさせる落ち着いた色彩。
【流星蛇の籠手】の方は籠手と言いつつもスッキリした造りで、鉱石素材によるプレート補強が施されているのは手の甲くらいのもの。
相変わらず実用性と厨二心の双方を満たす指抜き仕様で、実にヨシ。
肘上までを覆っていた【砂漠鱓の革手袋】より短く、手首と肘の丁度半分あたりの丈。前者に慣れ切っていたため付け心地にまだ若干の違和感はあるが、すぐに慣れる事だろう。
【流星蛇の深靴】の形状は極々シンプルな深靴スタイル。爪先部分に鉱石素材の補強があり、蹴りなんかのアクションに極僅かながら補正が乗るらしい。
新取得したあるスキルと多少のシナジーがあるかもしれない。オマケ程度の効果だが、あって困るものではない。
特筆すべきは、その軽さ。金属を使っているというのに、【デザートサーペント】の素材で拵えた前装備よりも僅かながら軽いくらいだ。
いやまぁ、浮いてたしなアレ……
浮いていると言えば、良い感じに調和していた鱓革と異なり、現在の服装からは若干浮いてしまっているが……なんかそれに関してはカグラさんとニアで連携を取ってくれたらしいので、心配いらないと言われてたりする。
ありがたいこって、ニアの仕立ててくれている衣装の方にも期待しておこう。
―――さて。お次は武装の方だが、此方に加わったのは計三種。注文に挙げた大斧を始めとして、その他に槍と盾といったラインナップだ。
いや盾……盾?アレは盾で良いのか?
一つだけちょっと簡単に説明できない問題児がいるのだが、そっちは置いといて先に大斧と槍の二つから。
まずは大斧―――【巨人の手斧】。
過去に俺が運用していた店売り品の【鉄の大斧】は、柄が長く両刃のアックスタイプ。対して今回の【巨人の手斧】は、柄が短く片刃のハチェットタイプとでも言えば良いのか。
ただ、ハチェットと言えばキャンプなどにも用いられる軽量小型の斧を指す事が多いのだが……巨人の手斧、だからな。
そのサイズは前任の【鉄の大斧】を優に超え、体積的にも【序説:永朽を謡う楔片】の倍以上はあるだろう。
特筆すべきはその馬鹿みたいな刃部分のスケール。横向きにすれば刃の面積だけで俺の身体を覆える程で、もはやそれ自体が剣で言うナックルガードの用を成すかの如く、柄と同じくらいの丈に広がっている。
元となった素材は【黒龍鱗岩】という特殊な岩石素材。その「ただひたすらに重くてアホみたいに頑丈」という性質を一極化させて作られたこの大斧は、馬鹿みたいなスケールに見合った馬鹿みたいな重量を誇っている。
その重量はかつて、実質的に俺のメインウェポンを張っていた【歪な鉄塊鎚】の優に数倍。同じく規格外の重量を誇る【序説:永朽を謡う楔片】の上を行き、おそらく一撃の威力であればかの語手武装を上回るだろうとの事。
当然の権利のようにこれ一本で俺とソラの共有インベントリ容量の数割を喰った。あとで誠心誠意の謝罪をしなければなるまい。
ちなみに特殊な効果は備えていない。
その分のリソースを全て耐久性にぶち込んだらしい。そういう脳筋仕様も実に嫌いじゃないよ。
お次は槍。これまで最初期の『キノコの森』を除いてまともに運用した事のない武器種だが、ここに来てメイン武装の一つに名を連ねる事となった。
その名は【魔煌角槍・紅蓮奮】―――……当て字、思いつかなかったのかなぁ?
一応そのまま紅蓮奮と呼べばいいとの事だが、まあ名前からお察しの通り例の【紅玉兎の魔煌角】を用いた長槍である。
極シンプルな真紅の長柄。刀身である『穂』は元素材の威容をそのまま活かし、螺旋模様の刻まれた紅緋の輝きが目に眩しく映る。
刃と柄の境界部分にユラユラ赤い布のようなものが揺れているが、これは飾り布的なアレではなくれっきとしたエフェクト。
実体の無いビジュアルオンリーかと言えばそんな事もなく、武装が秘めたとある特殊能力の指標となるものである。
その特殊能力というのが槍の穂とは逆側、石突部分にも使われている魔煌角の欠片が関係してくるのだが―――いやはや、これも実戦運用が楽しみだ。
最後に問題児の盾……盾だが、分からん。
むしろ本当にコレが盾なのかどうかも分からん。相手がいないと試運転も何もない仕様上の問題もあり、こいつ―――【輪転の廻盾】を語るだけの理解が俺にもまだない。
一応ビジュアルとしては素直な小盾といった感じで、用いられた素材は【月光亀の六角甲】というモンスター素材と【共振の蒼水晶】という稀少鉱物素材。
磨き抜かれた青銀の亀甲中央に、揺らめく青い炎のような光を宿した蒼水晶があしらわれている良ビジュアル。
ハンドルを握り込むと片手の甲を覆う形になり、受けるというより迎え撃って弾く―――みたいな運用を想定しているらしいが……
これもまあ、実戦運用が楽しみ……楽しみ、かなぁ?俺の耐久力で盾って本当に運用できるのか……?
一応カタログスペック的には問題なさそうな気もするが……こればっかりは、専属魔工師殿の腕を信用するほかないだろう。
―――と、そんなわけで。
「オマエとも分かり合えた事だし……準備は万端だな」
新たに腰元へ誂えた剣帯に掛かる、鞘に納められた紅緋の短刀を小突きながら空を見上げる。
来たる日は明日―――どうしようもなく口の端に浮かぶ笑みは抑えらず、逸る心音のリズムをやけに心地よく感じていた。
大学編が挟まると思った?
この章は日常回なんて書いてる場合じゃないんだよ!!
リアルサイドは次章までお待ちください!