兎短刀・刃螺紅楽群
「―――なんて?」
我ながら素っ頓狂な声を上げてしまったが、隣で苦笑いを浮かべているニアを見る限り俺の反応は間違っていなかったらしい。
カウンター席に並んで座る三人のうち、ただ一人……こう、なんというか、渾身のドヤ顔を浮かべている魔工師殿の手元には今、一本の紅が置かれている。
一週間前の焼き直しのような光景だが―――照明の光を浴びて輝く『紅』は、今や素材から武具へとその姿を変えていた。
「―――【兎短刀・刃螺紅楽群】。面白さという点では、間違いなく【序説:永朽を謡う楔片】を凌ぐ傑作だよ」
「らびっとぱらべらむ」
っすぅうううううう―――………………もう一度、look at ニアちゃん。
ゆっくりと首を横に振る藍色娘。
…………そうか。
「お、面白い名前ですね?」
「悪くないだろう?兎短刀ってね」
おい、こんな爆弾に誰が気が付くんだよ?
なんとも絶妙なネーミングセンスをノリノリかつ自信満々に誇られて、俺は一体どんな顔をすれば良いというのか。
「ち、ちなみに【序説:永朽を謡う楔片】の名付けも、カグラさんなんだよね?」
個人的にそっちの方は厨二心的にグッドネーミング―――
「ん?いや、語手武装の名付けは原則としてシステムが勝手にやるよ」
だったんだけどなぁ!!
いや別に嫌いじゃない、嫌いじゃないが……!
「……ちなみに、常にそのスタイルって訳じゃないヨ」
と、絶好調のカグラさんの逆サイドからニアが小さく耳打ちしてくる。
「カグラさん意外と影響されやすいタイプだから、その時のマイブームによってネーミングの方向性が……ね?」
今後の付き合いにおける「心の準備」的な意味で有用な情報はありがたいが、なんで君はここぞとばかりに情感たっぷりのウィスパーボイスなの?
ふざけるのかフォロー入れるのかハッキリしろや。
「ま、まぁ……うん」
やたら距離の近いニアをぞんざいに押し退けながら、この件についてはもう気にしない事を決めてカグラさんに向き直る。
「拝見しても?」
「なに改まってんだい―――ほら、受け取りな」
カチャと音を立てて彼女が取り上げるのは、俺が手に取る武器としては初となる鞘付きの短刀。
切り替えスキルでインベントリから直接武器を取り出すスタイルであるため、俺は基本的に直剣だろうが短剣だろうが鞘も剣帯も使わずに運用してきた。
言わずもがな、ほんの少しでも限界所持容量の空きを捻出するためである。
その辺の事情は、かつて【晶羽の軽身飾り】という神アイテムをプレゼントしてくれた彼女も把握しているはずだが……さて。
突き出される短刀を両手で受け取れば、まずその軽さに驚く。
元となった素材の【紅玉兎の魔煌角】もサイズと比べて不自然なほどの軽さではあったが……正直、武器として考えると少々不安になるレベルである。
「なに考えてるかは分かるけど―――取り敢えず、見な。それで不安は吹っ飛ぶはずさ」
「ふむ、では……」
疑いなど欠片も持たない様子の魔工師殿に促されるまま、俺は受け取った短刀を指先で叩いた。
【兎短刀・刃螺紅楽群】制作武器:短刀
紅き螺旋を守護する紅玉兎、その魔煌角より削り出された紅緋の短刀。
『赤』の不滅を司る魔の煌輝に秘められしは奇異なる権能―――
祀り崇めよ、恐れ跪け。柱は未だ不滅なれば、『赤円』の眼差しは途絶えない。
「待って???」
おい情報量で殴って来るのやめろ。
あぁ?フレーバーテキストも性能面もどっちもだよ!!!
「え、この……え、えっ―――この、ナニコレ???」
「な、なに?え、どしたの」
悪いが、後ろで慄いている藍色娘に構ってる暇は無いんだ。
「なにこの謎に不穏を撒き散らすフレーバーは……いやそれよりも何よりも―――本気か?」
混乱のままに向ける視線と言葉は、期待していたリアクションを見れたのかご満悦なカグラさんへ。
「コレを、俺が扱い切れると御思いで?」
「逆に、コレをアンタ以外の誰が使いこなせると?」
「ねぇ、ちょいちょい二人の世界に入るのやめない?ニアちゃん寂し―――」
「ちょっと黙ってようね、いい子だから」
「はい」
ニアちゃんは真面目なトーンで諭すように言うと素直に聞いてくれる、これマメな。
さておき―――いやコレは……何かもう無条件の信頼と言わんばかりだが、今回ばかりは期待に応えられるか怪しい。
何だこのアルティメット十徳ナイフみたいなトンデモ武器は。一つ一つの機能が缶切りやハサミどころではないファンタジーギミックの塊というか、これ一本で数え切れないほどに悪い事が出来てしまうんだが?
いや、出来るというか……使いこなせればね?
「……残りの一週間、空いた時間の予定は全部埋まったなぁ」
一秒残らず、コイツの運用訓練でな。
「上等じゃないか。コイツをものにしたら敵無しだろう?」
「楽しそうな顔しよってからに……」
そこで釣られて笑ってしまう自分も大概だと、諦める他無いのだろう。
―――いや、もう間違いなく、カグラさんは「面白いものを作る」という約束を十二分に果たしてくれたのだ。
ならば俺は後に続き、今度は彼女の期待に応えるのが筋というものか。
「―――OK。しっかり手懐けてやるから、ご期待あれ」
「アンタのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
俺もその悪戯っぽい笑顔、嫌いじゃな―――
「はいドーン!!!」
「なん―――ごッ……!!?」
突如として両肩に襲い掛かった衝撃に突き飛ばされ、額からカウンターに突っ込む俺と抗議の軋みを上げる椅子。
比喩ではなく視界に星が散り、額を元に背中まで走り抜ける激甚の痺れ。そして視界端に点滅する強制硬直のデバフアイコン。
―――犯人は分かっている。
―――何が起きたのかも大体分かる。
なら判決は決まったな?はい、スタンが解けるまでさーん、にー、いーち―――
「ふむぎゅっ―――て、まっ!?ちょいだだっだあだああだだだごめごめんなさごめんなさぁあああああッ!!!」
振り向きざまのアイアンクロー with STR:300
情け容赦無しの顔面グリップに、恥も外聞もなく泣き叫ぶアホンダラ。
オマケに何かと俺とニアのやり取りがツボらしいカグラさんの笑い声。
そして、そこそこ真面目な雰囲気を瞬時に消失させて騒ぎ出す俺たちに見向きもせず、ひたすら無言でグラスを磨き続けるナイスジェントル。
このカオス具合―――正直言って楽しいのが、なんとも癪であった。
タイトルを初見で読めた人には花丸をあげましょう。