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期日は来たりて

 ―――契約を交わしたあの日から、本人の言葉通りにソラのログインはめっきり少なくなった。


 というか、結局この一週間で彼女が仮想世界を訪れたのは、共に【螺旋の紅塔】を登ったあの日を含めて二回限り。


 その二度目の方もあまり時間が取れないとの事で、一時間ほど二人でのんびりと話をして過ごしたくらいだ。思えば、【Arcadia】を始めてからこんな風に何もしないでいるのは初めてかもしれない―――などと互いに笑っていたものだが……


「うーん」


 とある荒れ果てた丘に聳える、ただ一本だけの巨木。


 ビルの如き巨大なファンタジー樹木。その天辺の枝先でバランスを取りながら、俺はこの一週間を振り返りつつソロの孤独さを堪能していた。


 まさしく異世界という他ない広大なフィールドで、勝手気儘に我が身一つ。


 こういうのも嫌いじゃないというか、どちらかと言えばむしろ好むタイプだったはずなんだが―――


「我ながら、贅沢になったもんだ」


 ソラが隣にいない事で、明確にテンションが抑制されている自分に笑ってしまう。決してモチベーションが下がっているわけではないが……なんかこう、一人だと天井が出来ているみたいな?


 共に冒険する唯一無二の相棒。


 この世界での冒険を夢見ていた頃、何度となく憧れたその存在。


 まさか仮想世界へ飛び込んだ初日からそんな相手と出会い、今ではこうして当たり前のように「隣にいない」事が不自然に思えてしまうなんて、ひと月前は想像できなかった。


 オマケに―――どころの騒ぎではないが、それがソラみたいな可愛らしい女の子などと。過去の俺に教えたら、「妄想乙」と一笑に付される事だろう。



 ……と、暇に飽かして孤独に浸る黄昏ごっこに興じていた俺の耳に、特徴的な甲高い鳴き声が届く。


 空に響き渡る管楽器のようなその声音は、かれこれ二時間は続けているであろう狩りのターゲットがリポップした事の証左。


 ―――さて、また一仕事と行きますかね。


 ずっと左手に提げていたのは、数日前から武装リストに加わった新顔の小刀ナイフ


 そのものが引き金トリガーのような造りになっている柄部分と、その半分ほどの刃渡りしかない黒い刀身―――凡そ武器としての機能を十全に果たしそうにない、不可思議な外見。


 然してそれは注文通り・・・・、コイツの主要な役割は敵を討つためにあらず。


 逆手に握り込んだ小刀―――【愚者の牙剥刀ペイング・フール】の引き金を絞った瞬間、バチィッ!と真赤な雷光が俺の身体を駆け巡る。


 専属魔工師殿作、この新武装の備える効果は非常にシンプル。


 それは引き金を引く事で俺のHPからキッカリ十パーセントを吸い取り、短時間の間ステータスに支援効果バフを付与するというもので―――


「―――《瞬間転速イグニッション》」


 まあつまり、この為である・・・・・・


 加速の過程を省いた最高速度。更にはオマケ程度の【愚者の牙剝刀】によるバフアップも受けて、瞬時に弾丸と化した俺が向かう先は空。


 再湧出リポップしたばかりの巨大な白い鳥レアモンスター―――その名も【幸運を運ぶ白輝鳥スティラック・エルブルド】は、一直線に己へと向かってくるリスキルの化身・・・・・・・に慄くような鳴き声を上げて、


「《ブリンクスイッチ》ッとぉ!」


 結局それしか出来ないまま、展開した【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】の大質量に頭を叩き潰されてそのHPを散らす。


 いと憐れ享年九秒。来世は有用なアイテムをドロップするレアモンスターに生まれないよう、天に祈る事を推奨する。


 視界の端に映るリザルト表示で目標数の素材が集まったことを確認しつつ、もはや慣れ切った落下の感覚を受け流しながら独り言ちる。


「これにてミッションコンプリート、ってな」


 これまでの人生でも有数の密度であろう一週間を駆け抜けた俺は、それなりに心地よい満足感と疲労感に包まれながら―――轟々と唸りを上げる風を受け止めるように伸びをして、大きく息を吐き出した。


――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:100

STR(筋力):300

AGI(敏捷):350(+10)

DEX(器用):100(+10)

VIT(頑強):0

MID(精神):0(+250)

LUC(幸運):300


◇Skill◇

・全武器適性

《ブリンクスイッチ》

《ピアシングダート》⇒《フリップストローク》 Up!

《ガスティ・リム》 New!

《エクスチェンジ・ボルテート》 New!

欲張りの心得 New!


・《クイット・カウンター》⇒《リフレクト・ブロワール》 Up!

・《トレンプル・スライド》 New!

・《瞬間転速》

・《浮葉》

・《先理眼》


・体現想護

・コンボアクセラレート

・アウェイクニングブロウ New!

・重撃の操手⇒過重撃の操手 Up!

・韋駄天⇒剛身天駆 Up!

・兎疾颯走

・フェイタレスジャンパー

・ライノスハート

・守護者の揺籠


・以心伝心

――――――――――――――――――



 ◇◆◇◆◇



「―――首尾は?」


「―――上々!」


 すっかり馴染の酒場にて、五日ぶり―――いや、後日に【愚者の牙剥刀ペイング・フール】の依頼と受け取りを挟んだから四日ぶりか。


 久しく感じる艶やかな着物姿に眼福を得ながら、俺は掲げられた木製のカップの乾杯に応じる。


「教えてもらった目ぼしい素材は粗方回収できたし、スキルもガッツリ成長した。流石に古参勢に比べたらまだまだアレだろうけど……」


 一週間前と比べれば見違えるほどに力を蓄えたアバターの手を見やり、頷く。


「まあ、多少は自信も付いたかな?」


 わざとらしく自惚れて見せれば―――いや、自惚れたつもりだったんだけどな?なんでそんな「今更かよ」みたいな顔するの?


「ルーキーが庭園をソロで駆け回っといて何言ってんだか。言っとくけど、このゲームの戦闘は雑魚相手だろうがなんだろうが、一般的にパーティ推奨だってのを忘れんじゃないよ」


「ご、ゴメンナサイ……?」


「なんで謝るのさ。もっと好き放題やってみせな」


 叱られてるのかと思ったら褒められてた模様。享楽主義者である彼女のこういったところが、俺的には素直に好ましかったりする―――


「―――い つ ま で 二人だけでお喋りしてるのかなぁ???」


 おい、下からヌッと出てくるんじゃないよ。


 危うく反射的に引っ叩きそうになったじゃないか。


「生憎、宝石素材は持ち合わせてないぞ」


「なんなのもう冷たい!ニアちゃんも『首尾は?』『上々!』とかやりたかった!!」


「首尾は?」


「上々!―――違うよ!?あたしは何も上々じゃないよ!」


 この喧しさ、別に癖にはならないし謎の安心感も湧いたりしない。


 単純にうるさい。視覚的にも聴覚的にも。


「ニアチャン」


「なにかなぁっ!」


「お店に迷惑だから、静かにね」


 極めて冷静な声で応対してやると、藍色娘は律儀にお口チャックしながら背中をどついてきた。どうやらSTRにはステータスを振っていないらしく、非力極まるポコポコ殴打である。


「アンタら本当に仲良いね」


「頑なに仲良しタグ付けようとするのやめよう?」


「こんなに可愛いニアちゃんの何が不満なのか!!」


「そういうとこだよ」


 再びチャックを閉めて殴打を再開した謎生物はとりあえず置いといて、いつもの取引ウィンドウを展開。この一週間で収集した素材群をまとめてカグラさんへ送る。


「とまあ、こんな感じかな」


「……ん、十二分だね。一応こっちでも幾らかアイデアは練っといたけど、アンタの方で入用な物があれば優先的にやるよ?」


「ん-……やっつけで作ってもらった【愚者の牙剥刀ペイング・フール】ですらあの完成度だったし、もう全部お任せでも良い気がするんだが」


 あの小刀、思い付きで頼んでから二十分弱で仕上げて来たんだぜこの人。


 【神楔鎧の萎片】やら【紅玉兎の魔煌角】やら、これまでに預けた素材が素材だった為に製作期間が長引いただけらしい。ニアが言うにはこの御仁、基本的に仕事が爆速なんだそうな。


「そのアイデアの中にデカい武器ってある?」


「あぁ、アンタ元々は大斧を使ってたろ?【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】があるから不要かとも思ったけど……アレは素だと・・・打撃武器になっちまったからね、斬撃も欲しいかと思って考えてはあるよ」


「あ、ならもうお任せで全然OKっす」


「そうかい。なら任されたよ」


 見事にこちらの需要を言い当ててくれる専属殿 is God。


 腕利きで仕事が早くて理解度が高いとか、顧客満足度百パーセントなんだが?








 ―――おいコラ藍色娘、貴様いつまでポコポコやってんだ。


「ふむぎゅっ!?」


 いい加減に鬱陶しくなってきたので振り向きざまのアイアンクローをお見舞いしてやると、しまいには謎のリズムで演奏に興じ始めていたニアが悲鳴を上げる。


「君は何なの?暇なの?」


「っぷぁ!何なのはこっちのセリフだよもう!!」


 逆襲はそこそこに呆れた顔を向けてやれば、顔面を解放されたニアは涙目でこめかみを抑えながら抗議してきた。


 小柄なアバターが身体を一杯に使い、いちいち大袈裟な身振りをするさま自体は可愛らしいと言えなくもないんだが……その、性格なかみがですね。


「せっかく会いに来たのに、このぞんざいな扱いは何なのかぁ!もっと構って!優しくしてぇ!」


「お前は俺に何を求めてるんだよ……」


 マジでその好意の出所が分かんねえんだってば。


「ちぇー……!なんだよちぇー!ニアちゃんだって別に暇じゃないんですけどぉ」


「拗ねられても、まだ用件も何も聞いてないんだけど?」


 別に意図してぞんざいに扱っているわけではないのだ。是非に自分の一貫した謎行動を顧みて頂きたい。


「まあ、そう邪険にしないでやんな」


 などと思っていると、カグラさんから予想外のフォローが飛んでくる。そちらへ目を向ければ……相変わらず楽し気に傍観していた彼女は、何やら再び取引画面を開いていた。


 続けて、俺の眼前にも再びの取引画面が展開。首を傾げつつ流れのままに取引を受諾すれば、先ほど預けたばかりの素材が一部返却されてきた。


 内訳はと言えば……つい今朝がたメッセージで追加取得要請のあった、件の【幸運を運ぶ白輝鳥スティラック・エルブルド】から入手した素材である。


「悪いね、まとめて受け取っちまった。ソレはソイツに渡してやんな」


「んん???」


 ソイツと言ってニアを示すカグラさんに首を傾げて疑問を表す。


 【幸輝鳥の真白羽】に【幸輝鳥の蒼空羽】―――いや羽だぞ?宝石細工師に渡してどうするというのか。


「……ニアちゃんの副業ですぅ」


 と、見慣れた膨れっ面が横からフェードイン。


「副業?」


「ニアは細工師の他に、衣装制作の仕立屋もやってんのさ。アンタがずっと着てるそれ・・も、元はと言えばソイツがアタシにくれたもんだよ」


 はいぃ?


 もうすっかりこのアバターの一部と言っても過言ではない、亜麻色上衣に黒革下衣の一揃え。このハイセンスファンタジーコスチュームの製作者が、この藍色娘だと……?


「あー……―――ニア、さん」


「え……さ、さん?」


 佇まいを正し、真面目くさった顔を向けるとニアは困惑の表情を見せて、


「素晴らしい衣装、大切に使わせて頂いております。これからも、どうぞよしなに……」


「いまさら下手に出たって遅いよ!?」


 憤慨する細工師兼仕立屋の職人殿は、またポコポコと俺を叩き始めるのだった。



幸運を運ぶ白輝鳥スティラック・エルブルド】君は外見の詳細な描写をサボった訳ではなく、本当にただデカいだけの白い鳥です。

強いて言えば、全長二メートルを超える【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】をして頭しか・・・叩き潰せない程度に巨大なだけ。


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◇Status◇

Name:Haru 

Lv:100

STR(筋力):300

AGI(敏捷):350(+10)

DEX(器用):100(+10)

VIT(頑強):0

MID(精神):0(+250)

LUC(幸運):300


◇Skill◇

・全武器適性

《ブリンクスイッチ》

《フリップストローク》

《ガスティ・リム》

《エクスチェンジ・ボルテート》

欲張りの心得


・《リフレクト・ブロワール》

・《トレンプル・スライド》

・《瞬間転速》

・《浮葉》

・《先理眼》


・体現想護

・コンボアクセラレート

・アウェイクニングブロウ

・過重撃の操手

・剛身天駆

・兎疾颯走

・フェイタレスジャンパー

・ライノスハート

・守護者の揺籠


・以心伝心

――――――――――――――――――


スキル欄がゴチャってきたなぁ!!

一応すべてに作中で順次解説が入る予定ですので、効果の程をどうぞアレコレ予想してお待ちください。





《韋駄天》君、怒りの筋肉堕ち。

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