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頂にて心を繋ぐ

 正直な話、一度でもクリアを経験した者にとって【螺旋の紅塔】の再踏破は難しい事ではない。


 いやアクションの難易度的に鬼なのは変わらないが、このダンジョンにおいて重要なのはどちらかと言えばアクションよりも情報の蓄積と記憶。


 スタートからゴールまでの攻略チャートを組み立て終わりさえすれば、それを忘れずに辿るだけでクリアの再現性は確保出来るのだ。


「という感じです」


「い、いつもの……」


 数刻ぶりのゴール部屋。紅に煌めくアーチを潜り抜けたその先で、床に倒れ伏す少女は浅い息のままに涙目で俺を睨んでいた。


 ちょっと待って、今回は悪い事してないよ俺。


 ちゃんと徹底的に事前説明したんだから俺は悪くない!


「もう……!たった二日、目を離しただけで、本当にハルさんは、もう……!!」


 おっと、これは何というか今までとは違うニュアンスを感じますね?


 察するに、性懲りもなく一足飛びの進歩を得た俺に対抗心を燃やしていらっしゃるようだが……


 声を大にして言いたい―――分かっちゃいたがソラさんも大概です。


「いやぁ……やっぱ《天秤の詠歌スケアレス》も【剣製の円環クレイドル】もヤバ過ぎるんだって……」


「っそ、れは……あの」


 ソラの支援を受けて挑んだ今回の再走。元攻略不能ダンジョンを前にして非常に申し訳ないが、ハッキリ言ってヌルゲーが過ぎて欠伸が出るかと思った。


 新規取得したスキルのパワーも相乗した結果ではあったが……中でも《天秤の詠歌スケアレス》によるMIDの集中強化と《先理眼フェイタルリーク》の併せ技。


 三十レベル分のステータスポイントを一挙に注ぎ込んだ俺のMID実数値は、アクセによる強化を込みで実に550。純魔プレイヤーのMID平均値である500を飛び越えてしまっている。


 そんな超強化されたMIDにより跳ね上がったMP総量に物を言わせ、魔力馬鹿食いの《先理眼》を常時発動。


 MID:100では十秒しか持たなかった攻撃予測の継続時間は三十秒を優に超え、更に魔力回復薬(MPポーション)の事前服用によって得たリジェネ効果込みで四十秒程度を確保。


 で、四十秒あればスタートからゴールまで事足りてしまうという……常に時速三百キロ以上の爆速で駆け上がっていれば、いくら道程が地味に長いといえどそんなもの。


 それだけでも十二分な支援効果だが、加えて【剣製の円環クレイドル】の魔剣による弾幕返し・・・・


 《天秤の詠歌スケアレス》の天秤を俺へ傾ける限りソラのステータスは下降するが、それでも《スペクテイト・エール》時代とは異なり戦闘に参加する事は可能。


 という事で、俺に抱えられたまま四方八方へ魔剣を乱れ撃つくらいは無問題。MIDステータスの大幅下降によって攻撃力が減衰した魔剣では倒せずとも、【紅玉の弾丸兎(ルビーバレット)】自身の超速も相まって掠めれば墜とせる程度の効果は認められる。


 結果、《先理眼》の効果によって俺の視界に映る攻撃予測のラインは激減。【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】シールドに頼る必要すらなく、初回攻略時と比べても半分以下の回避行動でゴールまで辿り着いてしまった。


「まあまあ、お互い成長著しいのは喜ばしいという事で……」


「うぅ……色々と後が怖いんですよ…………」


 出る杭は……とは言ったもので、順調が過ぎると言い知れぬ不安に襲われる気持ちはよく分かる―――とまあ、そういった感情はさて置いてだ。


「んで、肝心のクリア報酬は如何かな?」


「はふ……―――えと、はい。そちらの方は、素直にありがとうございました」


 重なる気苦労を押し出すように溜息を一つ。それで気分を切り替えたのか、立ち上がってペコリと頭を下げたソラの顔には笑顔が映る。


 この様子なら、それらしい報酬は手に入れられたのだろう。俺の方にはクリア通知もリザルト表示も何も無かったが……そもそも第一踏破者報酬は通常踏破報酬の上位互換が贈与されるらしいので、さもありなん。


「ん、と……【小紅兎の首飾り】だそうです」


 言いつつ、ソラは件の報酬をインベントリからアイテム化。差し出された掌に載っているのは、小さな兎型の宝石があしらわれた首輪チョーカーだった。


 【紅緋の兎飾り】と比べると宝石が小さく、より可愛らしい感じだ。


 そして通常報酬とは言えども、その出所は流石の高難易度ダンジョン―――全体的な質感は紛う事なき上級装備ハイエンドのそれである。


「通常報酬だと初めからアクセの状態なのか……と、失礼?」


 指先を差し出して視線で断れば、「どうぞ」と微笑んだソラに頷いて【小紅兎の首飾り】をタップ。詳細ウィンドウを呼び出してみる。


【小紅兎の首飾り】装飾品:首輪 MID+50 ※譲渡不可

 紅玉兎の小さな加護を宿した宝飾。不滅の祈りの欠片は身に着ける者に守護を授け、死の運命を遠ざける。


 フレーバーテキスト自体は【紅緋の兎飾り】と大差無いが、ステータス補正はやはり控え目―――控え目っても五レベル分の補正なんだよなこれ。続けざまのぶっ壊れ取得で感覚がおかしくなってんな?


 効果の方も【紅玉兎の髪飾り】と比べると控え目……というか、もう別物と言った方が良い。


 簡単に言えば、戦闘に際して使い切りのHPタンクのような働きをしてくれるようだ。追加装甲だの臨時のハート増設だの、色々なゲームでちょくちょく見かけるアレ。


 追加分のHPは治療などで補充する事は出来ないが、戦闘終了時に効果量がリセットされる模様。メンテナンスの必要も無く戦闘の度に効果を発揮してくれる上、追加されるHP量も装備者の体力三割分と中々に大きい。


 普通に優秀な装備と言って良いのでは?


 というか【紅玉兎の髪飾りオリジナル】がイカれ過ぎなんだよ。何度見返しても意味が分からないもの、コイツのぶっ壊れ具合。


「良い感じだな。ソラにはMID補正も噛み合ってるし、特殊効果が軽装の保険にもなる―――何より絶対にお似合いです、おめでとう」


「そ、それはどうも……」


 いやぁ似合わないはずが無いでしょう?【紅緋の兎飾り】を見た時から「ソラが喜びそう」とか思ってたけど、もっと言えば「ソラに似合いそう」とも思ってたんだよ。


 個人的に、金色と緋色のコントラストは強いと思うんだ。


 期待するような俺の視線に気付いたのだろう。ソラは少し恥ずかしそうにしながらも、「着けてみますね」と微笑んで―――


「いかがでしょうか……?」


「優勝」


 無駄な言葉なんていらない、その一言が全てだった。


 白く細い首元で煌めく、透き通るような緋色の小兎。


 ただ一つ小さな宝石の輝きをシンプルに引き立てたデザインが、楚々とした少女の魅力にこの上なく嚙み合っている。


「メッチャ似合ってる。素敵です」


 俺の新たな装いを褒めてくれた彼女の言葉を返せば、ソラは分かり易く頬を染めて顔を背けてしまった。


「っ……ぁ、ありがとうございます」


 恥ずかしがっていても律儀にお礼を返してくる相棒が可愛すぎてヤバい。


 ここのところ普通にソラの可愛さにデレついている己のキモさは自覚しているが、この子を相手にデレずにいられる男っているの?俺は悪くなくない?


 妹分だろうがなんだろうが、可愛いものは可愛いんだが???



「……あの、ハルさん」


 と、自己弁護めいた謎の思考を繰り広げつつ緩みそうになる頬を死ぬ気で抑え付けている俺の袖を、顔を赤くしたままのソラが摘まんでくる。


 本当に君そういうとこだぞ?と思いながら顔を窺えば―――思いのほか真剣なその表情に、俺はすぐさま浮ついた態度を押し込めた。


「どうした?」


 言いづらそうにしているのを認めて、落ち着いた声音を意識して促してやる。


「え、と……実は今日、あんまり長くは仮想世界こっちにいられなくて」


「うん」


「元々、あの……お話を…………あの、お返事・・・を、伝えたくて」


「……うん」



 ―――正直な所、最初から気付いてはいた。


 初めに顔を合わせた時から、いつもと何となく雰囲気が違ってたからな。


 前回あんなやり取りをして別れたのだから、俺の方もそうと意識して見ていれば分かるというもの。



 お返事―――つまりは、パートナー契約プロポーズに対する返答。



 しどろもどろになりながらも、健気に言葉を紡いでくれるソラを見ていると……心の奥底で見ないフリをしていた不安のトゲが、徐々に消えていくように感じる。


 ―――そうして余裕が生まれたならば、彼女に任せきりにする訳にはいかない。


 こういう場面では何度だって、懲りずに格好付けるのが男ってやつだろう。


「ソラ」


「っ……は、はいっ」


 可愛いだとか、微笑ましいだとか、そういった浮ついた感情は全部抜きにして。


 結局のところ―――俺は純粋に、彼女といたいと思う。


 彼女と共に冒険をして、いつかこの世界の果てを見たいと思う。


 そして……彼女が俺に対して同じ思いを抱いてくれていると、そんな事を奇跡のように確信できてしまうこの縁が、何よりも尊いと思う。


 だから―――あぁ、そうだ。だからこれは、プロポーズ・・・・・で間違っていない。


 願わくば、どこまでも共にありたいという、心の底からの想いに違いないのだから。



「―――俺の、パートナーになってください」



 改めての改めて。三度目の、その言葉。



 これ以上ないというほど、紅潮した頬。


 零れ落ちてしまいそうなほど見開かれた、熱に潤む瞳。


 様々な感情を押し込めるかのように、結ばれた口元。



 そして―――決して離れようとはしない、俺の袖を摘まむ小さな手。



 向かい合って目に映る全てが、彼女の心を伝えてくれているようで。



 果たして、長い長い心の準備を終えたソラは―――



「―――……はい」



 ただ一つ頷くと、綻ぶような笑顔を見せてくれた。










糖分。

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