比するに天使
前回別れた時に二人で拠点設定を更新したため、ログインしたばかりのソラの現在地は俺のリスポーンポイントでもある転移門の近く。
【セーフエリア】のそこかしこに設置されている転移門のうち、俺達が圧迫歓迎会から避難した先の路地裏近くに置かれていたものだ。
周囲に特筆するようなランドマークも無く、何故この位置に置かれているのかいまいちよく分からない。しかしそれ故に人の通りがチラホラ程度で、注目を避けている立場の俺には都合が良かったり。
「―――よ、っとぉ!」
ファンタジーらしからぬ背が高めの建物が多いため、意外と視線を避けられる屋根上アクロバットが最近のトレンド。
【陽炎の工房】の拠点前からそう距離も無かったので、迷わず最短距離を突っ切った俺は五分と掛けずにソラの元へと馳せ参じた。
「えぇ……」
ズシャアア!!と屋根の上から派手な着地&制動を披露した俺に対して、ソラさんは肩を跳ねさせて驚いてからの「何してるのこの人」的なジト目ムーヴ。
「ソラも一度やってみると良い、きっとハマると保証しよう」
「え、遠慮しておきます……」
と、最後に苦笑いを一つ頂戴して―――日を開けてのログインとなった少女は、俺の顔を見ると嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「おはようございます、ハルさん」
「おはようソラ、一昨日ぶり」
◇◆◇◆◇
「ハルさん、少し雰囲気変わりましたね?」
「う゛……まあそりゃ分かるよなぁ」
挨拶を交わしてからすぐの事、色も形も姿を変えた俺の髪についてツッコミが飛んでくる。正直な所、誰よりもソラにこの姿を見せるのが不安だった俺は言葉を詰まらせた。
ファンタジー世界なら別によくね?と囁く自分もいる事にはいるが、やっぱり顔がリアルのままなのがなぁ……髪を結んでお洒落判定が下るのはイケメンの特権、という偏見が拭えないのだ。
「やむにやまれぬ事情があってですね……」
「……?」
自嘲気味に笑ってネガティブな自己認識をアピールすると、ソラは不思議そうな顔をして首を傾げて見せた。
「似合ってると思いますよ?素敵です」
「火の玉ストレートだと……ッ!?」
裏表のない(少なくとも俺にはそう見える)純粋な笑顔からの、裏表のない(少なくとも俺にはそう聞こえる)素直な言葉。
職人二人の言葉では最後まで拭えなかった俺の心の暗雲に、ソラはものの数秒で風穴を開けに掛かってきた。
「男が髪伸ばして縛ってるのとか、変じゃない?」
「……?あの、一般的にどうかは分かりませんけど」
残る不安を素直に問いかける俺に戸惑いを見せながら、ソラはジッと俺の新たな装いを見つめた後―――
「少なくとも、ハルさんは似合ってます。格好良いと思いますよ?」
柔らかく微笑みながら、疑いなど欠片も持たない様子でそう言ってくれる。
―――うん、分かった。俺の負けだよ。
ソラさんが天使過ぎてもう自分の後頭部の尻尾なんざどうでも良いわ。
むしろソラが言うならその通りなんだろうと確信できる、ニアちゃんナイスプロデュースだマジグッジョブ。
「アリガトウゴザイマス」
普通に照れそうになる気色悪い自我を抑制しつつ、顔を逸らして礼を言う。すると自然、結んでから間もない尻尾をソラの方へ向ける事になり―――
「わぁっ……!」
俺の髪に添えられた【紅玉兎の髪飾り】が、彼女の目に留まるのは当然の流れ。
装備品としての破格の効果は勿論として、腕利き細工師の手によって彩られたこの宝飾は外見性能も抜群である。
自信アリと胸を張っていた本人の言に違わず、可愛い寄りの兎モチーフながら男が持っていても違和感の無い秀逸なデザイン性。
それが唯一無二の品の名のもとに風格ある輝きを放っているのだから、ソラが思わず歓声を上げるのも無理はないだろう。
「は、ハルさん!何ですかそれ、なんですかっ?とっても綺麗です!」
「どうどう落ち着いて、ちゃんと説明するから」
例によって興奮するままに距離が近くなる少女を宥めながら、少ないながらも人通りのある転移門付近を避けて移動を促す。
俺について―――というか、わざわざ後ろに回ってくっ付いてくるソラの視線で、首元が少々くすぐったい。
目をキラキラさせながら興味津々のソラの様子に頬が緩むのを誤魔化しつつ、俺は説明をせがんでくる彼女に事の経緯を話していった。
―――ハイそうです。話してしまったんですよ、何もかも全部ね。
キラキラおめめが濁るまで、大体二分ってとこだったかな?
「【螺旋の紅塔】って……名前だけなら私でも知ってますよ?攻略不可能な三大ダンジョンは、プレイヤー以外も知っていて当然な話題のタネなんですよ?」
「そ、そうみたいデスネ」
「それを二日……二日ですか。成程」
「正確にはクリアしたのは三日目の今日というか―――あっハイなんでもありません!」
プライドなど躊躇無く捨て去り下手に回る俺を見て、ソラさんはすっかり見慣れた諦め顔で溜息を一つ。
おそらく、今の俺をニアが目撃したならば全力で揶揄われる事になるだろう。
想像の中で指差して俺を笑う細工師の顔が思い浮かび、覚えとけよあんにゃろうと謂れの無い逆襲を誓った。
「でも、そうですか……第一踏破者報酬…………」
何やら気落ちした様子の声音に、藍色娘の事は置いといて振り返る。
ジッと【紅玉兎の髪飾り】を夢中で眺めていたソラは、俺と目が合うと恥ずかしそうに眉を下げて笑った。
「とっても素敵なので私も手に入れられたら……なんて思ったんですけど、ユニークアイテムなら仕方ないです」
あぁ、それはなあ……。
「【神楔の王剣】の戦利品を譲ってもらった分があるから、もし譲渡可能だったら譲るのも吝かじゃなかったんだけど」
などと本心から言うものの、ソラの反応は分かりきっているというか。
「そんなの絶対に受け取りませんよ?あの素材だって私には使い道が無かったんですから、ハルさんの装備に使ってもらうのが一番です」
件の【神楔鎧の萎片】に関する扱いを相談する際にも、散々向けられた諭すような瞳。
結果的に譲り受けた素材がアルカディア史上五本目の語手武装である【序説:永朽を謡う楔片】へ変貌を遂げた後も、報告を受けたソラは自分の事のように手放しで祝福してくれたものだ。
今回の髪飾りを羨ましがるように物欲自体はあるらしいが……そんなソラだからこそ、俺としても譲れるものや渡せるものがあるなら、彼女に捧げる事に何ら躊躇いを感じる事は無い。
―――なので、
「よし、ならせめて似たようなの獲りに行こうか」
「……はい?」
ソラが何かを求めるならば、俺が全力で動かない理由など存在しないのだ。
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