猪突猛進
ごめんなさい。
「不味い!!」
初心者エリアのステージ1―――【地平の草原】の一画にて。「ぴぎぃ」と哀れな断末魔をあげて爆散するフールボアを相手に、俺は直剣を地面に突き立てながらあんまりな暴言を吐き散らしていた。
何故ってこのイノシシども、
なのでこいつとの戦闘は奇襲で仕留めきるか、初撃の突進を躱しつつ追い縋り背後からのラッシュで仕留めるかの二択になる……なるのだが、こいつ背後から一撃入れた瞬間に明後日の方向に全力疾走するわ、突進も避けられた事に気付かずそのまま彼方へ駆け抜けていくわで戦闘と言うより鬼ごっこ状態だ。
結果一体に掛かる時間が長引くのだが、それで得られる経験値が昨日の鈍足キノコと同等ってかそれ以下。なんで最序盤のチュートリアルステージに出る敵より経験値が低いんですかねぇと、俺のイライラは加速する一方である。
「狩場変えるか……? いや、エリアボス倒さないと次のエリアに入場出来ないし……」
そしてこのエリアに出現するエネミーは、この馬鹿ども一種だけ。キノコの森の【ゴブリンマッシュルーム】地獄といい、序盤とはいえエネミーの種類少なくない?サービス開始から三年が経った今でも他の追随を許さぬ覇権の看板を掲げている事実を知らなければ、この先に不安を覚えるようなシンプルテイストである。
なら雑魚は無視してさっさとボスに挑もうか―――などと辺りを見回すも……
「見渡す限りの平原なのに、それっぽい影が見えない件について」
【
てかアホみたいにエリアが広いせいで遠近感が狂いそうになる。遥か彼方にいるフールボアも豆粒みたいになりつつ視認出来るし、どういう描画技術なんだとハテナしか浮かんでこない。
「そしたらまあ……」
まだ低レベルの身ではあるが、ポイントを注ぎ込んだ敏捷性には既にそこそこの自信がある。ちまちま馬鹿の相手なんてしてられっかエリアの端から端まで走破してやんよ!!
◇◆◇◆◇
「この馬鹿共がぁあああああああああああッ!!!」
絶叫をたなびかせ全力疾走する俺。その後ろに巻き起こるギャグ漫画の如き土煙の主は俺ではなく、数十頭規模の群れにまで膨れ上がったフールボアの大群だ。
あの後フールボアをガン無視して草原を駆け始めたのだが―――この馬鹿猪ども何を思ったか横を駆け抜ける度に謎のリンクを起こし、次から次へと
最初はそういう反応の仕方もあるのかと暢気に構えていた俺だったが、背後からの足音が地響きをも起こす轟音と膨れ上がるにつれて、無視している場合ではなくなった。
幸い一定数から群れは増えなくなったようだが……あれ以上増えようが増えまいが、踏み潰された場合に俺が辿るであろう「即死」の二文字は変わらない。
例のカウンター未遂ワンキルにてお陀仏した際に把握したが、やはりデスペナが免除されているのはチュートリアルステージの「キノコの森」限定だったらしい。普通にごっそり累積経験値を持っていかれたので、出来ることなら轢き殺されるのは勘弁願いたい。
ついでに現実時間で八時間、仮想時間で十二時間とかいうクッソ長い効果のステータス下降デバフ付き。一割減というペナルティは低レベルの今でこそ大したものではないが、これがカンストプレイヤーであれば10レベル分の弱体化だ。後々キツくなってきそうな予感。
さて、一応AGIの数値は俺が勝っているらしいので追い着かれる気配は無いのだが……残念ながら「肉体的に疲労する」という事のない仮想の肉体も、無限に動かせるわけではない。
今のような全力疾走を含め度を越えたパフォーマンスを継続すると、数値として表示されていない隠しパラメータのスタミナが切れてしまう。そうなれば強制的に疲労モーションを取らされることになり、十分に距離を離せない現状のままそうなるとミンチ確定。
「くっそ段々腹立ってきた……!」
猪どもを引き連れて結構な時間を走り続けているのだが、相も変わらずボスはおろか風景の一つも変わりやしねえ。群れに加わる事も無く草だか木の実だかを食んでいる豚どもが、爆走する俺を興味なさげに見やってくるのがまた腹立たしい。
後ろの大群も定期的にぴぎゃーだのぷぎょーだの、煽るかのごとく耳障りな雄たけびをあげ散らかしやがっ「ぷぎゃあああああ」―――うるせえ!!!
「やってやろうじゃねえか豚野郎共ァ!! 屠畜の時間だオラァアアアアアッ!!」
チェンジといいつつ実は無手からでも起動できる《クイックチェンジ》で【鉄の直剣】を呼び出し、フル回転させていたAGIをDEXで従わせ瞬時の180度ターン。凡そ五メートルの距離を保っていた先頭の一頭へ向けて、俺は怒りの雄叫びを上げて踊りかかった。
鼻面に直剣を叩き付けた勢いそのまま、無様な悲鳴を上げるそいつの横っ面を思い切り蹴り飛ばして身体を横へ逃がす。すれすれで群れの蹂躙を躱した俺は冷や汗を散らしつつ、そのまま群れの背後を取った。
馬鹿は馬鹿らしくそのまま彼方まで走り去ってくれれば話は早かったのだが、どうも群れ丸ごと完全に俺をターゲティングしたらしい。前方から俺をロストしたフールボア達は互いに身体をぶつけ合いながら急ブレーキを掛けて―――
「大型武器は投げるものォアッ!!」
最後尾にいた数匹を、昨日ぶりの大斧ブーメランが直撃した。見るからにカッサカサだった化茸どもとフールボアでは、流石に密度も重量も違うのだろう。群れ丸ごと蹂躙とは行かず、五、六匹を巻き込んだ辺りで大斧は勢いを無くして落下する。
しかし戦果は十二分。再び《クイックチェンジ》で直剣に切り替えた俺は、そのまま群れに突撃して瀕死の豚どもを一息に刈り取った。大量の死亡エフェクトが視界を邪魔するのを無視して、全力で真横にダッシュ―――案の定、方向転換を終えたフールボア達が燐光を突き破り、弾幕ゲーか何かのように飛び出してくる。
群れの塊という巨大な弾頭から無数のホーミング弾へと方針転換した猪共だが、相変わらず一体一体の軌道は馬鹿正直な直線ばかり。数が多いのでちと注意が必要なものの、小回りが利かず自分より速度に劣るものを避けるなど容易い。
「テレフォン突進だぜ!お電話ありがとうございまああああすッ!!」
真正面からのカウンターはただの自殺行為だが、擦れ違いざま横からの一撃であれば無問題。次から次へと襲い来るフールボアに、側面から手当たり次第で直剣を叩き付ける。何かリズムゲーでもやってる気分になってきたが、生憎と響き渡るのは音楽ではなく耳障りな豚の叫びだ。
粗方の突進を捌き終わった俺はまた反転、既に方向転換を終えていた豚共の次撃をやり過ごしながら、体勢の崩れた奴らのケツをしばく。
「ざっとこんなもんだ反省して出直して来い豚共が!!」
おそらくソラが見たらまたドン引きするであろう様相を呈している事にも気付かないまま、戦闘に夢中になるとついテンションがカッ飛んでしまう俺は高笑いを上げる。
こちらは耐久的にはオワタ式とはいえ、所詮は攻撃手段を一つしか持たない雑魚オブ雑魚であるフールボアの群れ。キレ倒した狂戦士に抗うすべなく、馬鹿猪の群れは瞬く間に数を減らしていった。
予約投稿を失敗している事に気付かずスヤスヤと眠っていた間抜けが私です。
これより失態を取り返すべく連投を開始いたします