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宝石細工師


 腐っても職人―――というのは、我ながら流石に失礼過ぎるか。


 ともあれ【紅緋の兎飾り】を目にした瞬間おふざけを引っ込めたニアの様子を見て、カグラさんお墨付きの細工師というのも冗談ではないのだろうと思い直す。


「拝見しても良いかな?」


「ああ」


 落ち着いた様子だと存外に澄んだ声音で尋ねられ、俺は頷きながら緋色の宝飾を彼女の方へ押し出した。


「失礼するね」


 断って兎飾りを机から取り上げると、その表面を指先でタップ。展開した詳細ウィンドウを見つめながら、藍色の細工師はジッとその動きを止める。


 眇められた瞳は真剣そのもので、先ほどまでのおちゃらけた様子は感じ取れない。そのまま十数秒、ニアは【紅緋の兎飾り】との睨めっこを続け―――


「とんでもないねぇ、これ」


 再び持ち上げられたその顔には、また先程までのような人懐っこい笑みが戻っていた。「にへぇ」と崩れた相好を見て、若干雰囲気に呑まれていた俺は変わり身の早さについて行けず呆けてしまう。


「冗談みたいな特殊効果は勿論だけど、宝石としてのポテンシャルも一級品……どころの話じゃないよぉ?正直、あたしにも扱い切れる自信無いんだけどー」


「アンタに扱い切れなきゃ、他の誰に持っていっても一緒さね」


 荷が重い―――とばかりに宝飾を机の上に戻したニアへ、呆けていた俺に代わってカグラさんが言葉を返す。


 彼女がこうも堂々と言い並べるってことは……やはりこの狼藉者、腕は間違いないのだろう。やはり苦手だのなんだの言わず、素直に仲良くなる方向に考えるのがヨシか。


 一方的に振り回してくるタイプは確かに得意じゃないが、嫌いかといえば別にそんな事もない訳で。


「期待されるのは嬉しいけどさぁ」


 そう言ってチラとこちらに向けられる視線には、意外な事に遠慮と不安が含まれているように見えた。その反応を素直に受け取れば、俺に損をさせてしまう可能性を危惧しているのだろう。


 そういうとこは流石にしっかりしてるのか……うん、まあ、そうだな―――嫌いではない。


「引き受けてくれるなら、俺は任せたい」


 と、急に素直な事を言うもんだから驚いたのだろう。俺の言葉に目を丸くしたニアは、今度は訝し気に目を細める。


「えぇー……?自分で言っちゃなんだけど、こんなの・・・・に預けちゃって良いの?大丈夫?」


「確かに、自分で言ってちゃ世話無いな」


「うるさいなぁっ!」


 上へ下へコロコロとテンションを変える様子に笑って見せれば、彼女は照れを誤魔化すように頬を膨らませる。おいおい慣れていけば、ニアの勢いに合わせるのも苦ではなくなる時が来るだろう。


 ……来る、かなぁ?





「……コホン。えーではでは、正式にご依頼を承りますという事で―――」


「意外と照れ屋だったりするの?」


「そうだよ。可愛いもんだろう?」


「あーもー!うるさいうるさーい!ご依頼ですぅ!ご依頼内容は如何しますかあ!!」


 そんなこんなで正式に【紅緋の兎飾り】の加工依頼をする運びとなったのだが……如何しますかと問われても、アルカディアの宝石加工やらアクセサリーのイロハを一ミリも知らない俺には答えようが無い。


「カグラさんが説明してくれたように、恥ずかしながら無知なんだ。むしろ如何すれば良いのか教えてくれ」


「あー、まあそっか。うーんとねぇ」


 逆質問で返した厄介客の問い掛けに暫し考える様子を見せた後、ニアはおもむろにインベントリを操作すると幾つかのアイテムを取り出した。


 机の上に並べられたのは、数種類の宝石。そして指輪やネックレスなど、カテゴリが異なるのであろうアクセサリーの数々。


「まずアルカディアでは、魔工師って一括りで言ってもそれぞれに専門分野があるのね?」


「あぁ、カグラさんは『金属』が得意みたいな感じだろ?」


 正確には、彼女の専門は『金属』に加えてエネミーから得られる素材群全般。というか、高位の装備には稀少エネミーの素材が欠かせないので、これを扱えない魔工師はいないとの事。


「そゆことそゆこと。あたしは『宝石』が得意な魔工師で、中でもアクセサリーなんかの細かい品をメインに扱うので細工師と呼ばれます。宝石細工師ってやつだね」


「ふむ」


 以前カグラさんから「アルカディアに職業システムは無い」と聞いている。つまり認識の共有をスムーズにするため、プレイヤー側が普及させた呼び名という事だろう。


「んで、その宝石細工がどういった作業になるかというお話だね―――ハイこちらをご覧ください!」


 そう言ってニアが示すのは、おそらくは加工前なのだろう宝石素材たち。


「これが加工前の原石。で、ハイお次はこちら!」


 次に示すのは、指輪などに加工されたアクセサリー類たち。


「こっちが加工後のアクセサリー。まあ言わずもがなこれ・・があたしのお仕事な訳だけど、大事な工程は三つに分けられるんだよね」


 言いながらニアは片手を持ち上げると、まずは人差し指を立てて見せた。


「まず一つ、カット!原石の状態から切り出して、望む仕上がりに見合った形に整えます」


 次に、手はピースサインに。


「二つ、研磨!切り出した宝石を磨き上げて、キラッキラのジュエリーに変身させます」


 そして最後に薬指が持ち上がる。


「そして三つ、装飾!リングだったり台座だったり、宝石を引き立てる飾りを組み合わせる事でアクセサリーとして完成させます!!」


 なんか勝手に盛り上がり始めた。どうでも良いが、一々身振りが大きくて視覚的に喧しい。


「んでっ!これら三つの工程が複合的に作用しあって、最終的なアクセサリーの特殊効果やステータス補正が決定するのです!つまりはこれこれこういった効果のアクセサリーが欲しいなーって要望がある場合は、おのずと種類とか形状は決まってくる―――のだけどもッ!!」


「ニアチャン」


「なにかなぁっ!!」


「うるさい」


「ごめんなさい」


 隣でカグラさんが笑っておるわ。相性良いだの何だの言われても、こちとらシンプルにツッコミ入れてるだけなんだが?


「ん゛んっ……えー、なのですけれどもぉ、その辺の制限を技術で上手に誤魔化してカテゴリを操作したりとか。あとは当然、細工師によっては全く同じものを作ったように見えても加工方法が全然違って、備えている効果も雲泥の差みたいな事になります」


「その辺が『腕』の見せどころって事か」


「せいかーいっ!―――あっ、ごめんなさい」


 いや流石に少し声が大きいくらいで睨んだりせんよ―――ともあれ、細工師が何をするかってのは多少なり把握できた。


「というわけで、ご紹介に与りましたワタクシはそれなりの『腕』を持った細工師な訳ですがぁ……如何しますか?お客様」


 つまりは、あれこれ考えずにとりあえず要望を言えって事だろう。


 そういう事なら……


「加工法によって効果が変わってくるってのは、当然その宝石のポテンシャルを最も引き出す形もあるって事だよな?」


「あ、うん。それは勿論だね」


「なら、それで頼む。興味が無いとまでは言わないけど、ファッション的な意味でのアクセに関しては趣味とか特に無いから……まあつまり、『おまかせ』にしたい」


 丸投げみたいで悪く思わないでもないが、結局のところ俺が求めるところはそれが全てだ。全体の装いからしてニアはセンスが良さそうだし、任せてしまえばデザイン的にも悪い事にはなるまい―――


「ん-、そうだねぇ―――カグラさん、ちょっと彼借りるね?」


「うん?」


「急に何―――ちょ、おいっ?」


 俺の言葉に何やら思考を巡らせたのち、唐突に席を立ったニアが俺の腕を抱えて引っ張り上げる。


 また突飛な行動かと思い、反射的に腕をふりほどこうと―――


「大切で真面目なお話。いいから来て、ね」


 耳元で囁かれる、澄んだ声音。


 先程も耳にしたその響きに動きを止められて、やたらと近くにある細工師の顔を窺い見る。


 俺の身体を挟んで、カグラさんから見えない位置。


 悪戯っぽく口元に人差し指を立てて見せると、ニアは部屋の奥側に口を開けている―――おそらくは作業場の入口へと、俺を引っ張り込んでいった。



〇 ニ↑ア↓ちゃん

× ニ↓ア→チャン

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