藍色の狼藉者
場所は変わり、正規フィールドは『セーフエリア』の一区画。
とりあえず【紅玉兎の魔煌角】に関しての話に決着を付けた後、俺はカグラさんに連れられてとある建物を訪れていた。
その建物を端的に説明するならば―――「アホみたいにデカい煉瓦造りの豆腐」である。デザイン性など知った事かと言わんばかりのその設計は……逆になんかこう、清々しさを感じて正直嫌いじゃない。
「ここが?」
「あぁ―――ようこそ、我らが【陽炎の工房】セーフエリア支部へ」
そう、何を隠そうこの豆腐―――もとい、機能性重視の趣ある建築物こそが、彼女の所属する職人クラン【陽炎の工房】の拠点なのだそうな。
周囲にある建物とのスケールの違いから、西陣営ヴェストールの二大職人ギルドの片割れという肩書にも納得が行く。地元にあった市役所よりデカい。
「こういうとこ、部外者が入っても大丈夫なん?」
「他はどうあれ、うちは工房も兼ねてるからね。依頼に来る人間も普段から出入りしてるし、問題無いよ」
成程、では遠慮無く。
案内されるまま大きな門扉を潜り、先導するカグラさんについてホーム内へとお邪魔する。外からもある程度は窺えていたが、エントランスらしき広間は中々の賑わいを見せていた。
「んで、なんか誰かに連絡してたよね?」
「あぁ。もう自分のアトリエで待機してるっていうから、さっさと行くよ」
いつだか縦にも横にも顔が利くなんて言っていたが、果たしてそれは事実だったのだろう。同じクランメンバーなのか引っ切り無しに「カグラさん」「カグラさん」と飛んでくる挨拶に手を振って応えながら、着物姿の魔工師殿は至って堂々と通路を歩いていく。
……おい、この姐さん実は大物だったりしないだろうな?確かクランマスターは別人のはずだし、自分の上に何人もいるとか言ってはいたが―――
「ここだよ」
「おっと」
今更ながらに湧いた疑問を深く考える間もなく、目的地に到着したらしい。
一つの扉の前で足を止めたカグラさんが気安くノックすると、すぐに中から「はいはいどうぞー!」とやたら元気の良い声が返される。
「テンション高くて喧しいけど、悪い奴じゃないから」
「はぁ……」
何やら若干不穏な前置き挟みつつ、遠慮なしに扉を開けて入っていくカグラさんに続いて、俺も部屋の中へと足を踏み入れ―――
「いらっしゃあ――――――いっ!!」
その瞬間、俺の視界を一面の紫が覆い尽くした。
紫色―――いや、服、腹っ
「ぐべぇっ」
まさかの出会ってコンマ数秒の開幕顔面ボディプレス。
現実ならば鼻は圧し折れ頸椎には致命的なダメージを負っていたであろう甚大な衝撃を受けて、俺のアバターは成す術なく床に叩き潰される。
下手すれば普通に数値的ダメージが発生していそうな衝撃だったが、これでも先日Lv.100に到達した人外の器―――あるいはシステムに「ギャグ判定」を下された可能性も否定できないが……幸い俺のHPバーは微動だにせず、数秒間ステータスバーに行動不能のデバフアイコンが瞬いただけであった。
―――いや、だけじゃねえんだわふざけんな。
「何しやがるこのッ―――」
「ねえねえねえカグラさん!この子!?この子がそうなんでしょ!?噂の新人君ってこの子なんでしょねえねえねえっ!!」
防衛本能めいてキレかけた俺のテンションを踏み倒すが如く、「やたらテンション高い」程度では済まないぶっ飛んだノリで喋り倒す狼藉者。
俺を置いて開幕タックルを回避したのだろう、飛び退ったままの体勢でお手本のようなやれやれ風味を顔に浮かべているカグラさん。
押し倒したまま俺の上から退こうとしない狼藉者越しに責めるような視線を向ければ、彼女は「ごめん」とばかりに手を合わせて見せた。
……いや別の意味の合掌じゃないだろうなそれ。まさかスケープゴートにしたなんて言わないよね?
「ってか、いい加減どけっつの!初対面の相手に何てことしやがる!」
「わぁっ!元気いっぱいで大変よろしい!」
こちとらステータス変更を経て低STRを卒業した身である。乗っかっている身体を無理やり持ち上げて退かそうとすると、やや小柄な身体がぴょんと跳ねて飛び退る。
そうしてようやく身を起こして復帰した俺の前に立っているのは、ソラと似たような身長の華奢な女性アバターだった。
「やははーごめんごめん!いきなり願ってもないアポが飛んできたもんだから、テンション上がっちゃってさぁ!」
初めに俺の視界を埋めたように、紫の色調で揃えられている洒落た装い。
ややハネ感の強い藍色のショートヘア。好奇心の強さがありありと感じ取れる、猫を思わせる同色の瞳。
アルカディアのプレイヤーアバター基準に漏れず整った容姿で、ソラやカグラさんとはまた違ったタイプの可愛らしい女性だった。
なおその行動は全く可愛らしくない。初対面の初手で顔面ボディプレスをキメてくる女とか、待った無しの危険人物カテゴライズである。
「ほんとごめんってばそんなに睨まないで!―――どうも初めまして、ニアちゃんです!よろしくどーぞぉ!」
俺が向ける冷たい視線も何のその。終始テンション高い声音ではしゃぐ彼女―――ニアと名乗ったそのプレイヤーは、実に楽しそうに満面の笑顔を見せるのだった。
◇◆◇◆◇
「なるほどなるほどー」
彼女の部屋―――個人工房を訪れてから暫くのこと。カグラさんが主だっての「これまで」の概要説明を聞き終えて、ニアは似合わない腕組みをしながらしたり顔で頷いて見せた。
「いやぁそれはもう仕方ないよね。こんなの見つけちゃったら誰だって抜け駆けしちゃうよウンウン」
「言うに事欠いてこんなの扱いか貴様」
「ねえカグラさん、この子なんだかあたしに辛辣」
「アンタが悪い。少なくとも普段の言動はアンタよりマトモさね」
そりゃこのテンションモンスターと比べたら大概の人間はマトモ判定を下されるだろうよ。自分で言うのもなんだが、俺が大して親しくもない相手にぞんざいな態度を取るって相当だぞ。
「ごーめんってばぁ。ちょっとテンション抑え切れなかっただけなの、許してよぉ!」
ええい鬱陶しい、擦り寄ってくんじゃねえ!わざとらしいアザとさは俺には効かんぞ!!
隙あらば距離を詰めてくるボディプレ女を押し退けながら、もうさっさと話を進めたい俺は暢気にお茶を飲んでいるカグラさんへ目を向けた。
「で?俺側の説明が終わったところで、コレについての説明をお願いしても?」
「言うに事欠いてコレ扱いか貴様ぁ!」
「あぁ?」
「ごめんなさい!!」
「意外と相性良いねアンタ達」
しみじみ言うのヤメテくれますぅ?
「まあいいや―――改めて、こいつはニアってんだ。アタシの後輩みたいなもんだけど、今では【陽炎の工房】で一、二を争う腕の細工師さ」
「えぇ……」
コレがぁ?という意図して失礼な視線は、果たして正しく伝わったのだろう。わざとらしく頬を膨らませて、凄腕の細工師とやらは「失礼しちゃう」と拗ねたフリをして見せる。
「つまりコレに……」
「ニアちゃんですぅ!」
「ニアチャンに例のアレを任せろと仰る?」
「アンタ達、やっぱ相性良いだろう」
カラカラと笑うカグラさんには申し訳ないが、断固否定させて頂きたい。
俺の言葉にすかさず「アレ?アレってなに?ねえねえねえ」と高速で擦り寄ってくるコレは、明確に俺が苦手とする手合いで間違い無かった。
「普段はそんなでも、仕事の事になれば多少は真面目になるよ。さっさと出して見せつけてやんな」
「はぁ……」
いつまでも不毛な問答を繰り返していても仕方ないのは確か。カグラさんに促されるまま、俺はインベントリから取り出した「例のアレ」を机の上に置いた。
「っ―――」
その瞬間、騒ぎ続けていた細工師の口が嘘のようにピタリと動きを止める。
藍の瞳に映る【紅緋の兎飾り】は照明の光に照らされて、物言わず燦然とした輝きを放っていた。
ようやくの新キャラ。主要人物の追加が六十話ぶりってどういう事かな?