ウサギのツノ
結論から言おう、めっちゃキレられた。
正しくはキレるくらいの勢いで興奮したカグラさんに詰め寄られるまま、あわや押し倒されそうになるなどのアクシデントがなんやかんや発生して―――
「ごめん」
「いやまぁ……」
落ち着きを取り戻して気まずそうにしているカグラさんと、もはや苦笑いを浮かべる他に無い俺。珍しく恥ずかしがっている様子で顔を赤くしている魔工師殿の手元には、一本の『紅』が置かれていた。
―――アイテム名、【紅玉兎の魔煌角】。そのものズバリ、かの【紅玉の弾丸兎】の象徴でもある一本角である。
【序説:永朽を謡う楔片】の元となった【神楔の萎片】を目にした時ばりにカグラさんが動揺する原因となった素材だが……何を隠そうこの一角、紛れもない初出の新素材なのだ。
【紅玉の弾丸兎】自体はプレイヤーが庭園に進出を始めた初期から確認されており、尚且つ討伐も普通にされていた。
生息域のダンジョンそのものは言わずもがなムリゲーだったものの、兎単体を狩ろうと思えば手段なんて幾らでもあるからな。攻略中に俺がやっていたように、盾で防いで自滅を狙うとか。
それで当然というか、あのビジュアルから「これ角が絶対に良い素材になるやつ」とあたりを付けられて一時期は乱獲(なおプレイヤー側も逆乱獲された模様)も決行されたらしいのだが……
出ない、落ちない、手に入らない。
普通に倒しても、どうにか角を折ってから倒してみても、一向に奴らの角がドロップする気配は無し。
おまけに死亡時や部位破壊時に角が光り輝いて砕け散る演出がある事から、何らかの特殊な取得条件が存在するか、もしくはそもそも素材として残る代物ではないのでは……という説が主流となり、とりあえず捨て置かれる形になっていたらしい。
―――さて、そこで今回俺が手に入れた【螺旋の紅塔】の単独踏破報酬、【螺旋の紅輪】をご覧いただきたい。
【螺旋の紅輪】装飾品:指輪 MID+100 ※譲渡不可
単身にて塔を走破した者に贈られる、紅玉兎の親愛の証。身に着けた者は彼らの同族として扱われ、その誇りの象徴を勝ち取る権利を得る。
お判りいただけただろうか?
そう、主流となった説の一つ―――「何らかの特殊な取得条件」そのものです、本当にありがとうございました。
これこそが【螺旋の紅塔】クリア後に行っていた、俺の素材集めの主題。
【螺旋の紅輪】を装備した状態で、なおかつ【紅玉の弾丸兎】を倒さずに一本角を叩き折る―――それが【紅玉兎の魔煌角】の取得条件だったのである。
いや、苦労はした。
頭のおかしい速度で突っ込んでくる奴らを相手に、下手なカウンターで迎え撃とうものなら確実に俺か兎のどちらかが爆発四散。
動きを止めようにも【序説:永朽を謡う楔片】で受け止めてしまうとセルフ爆散。
結局は「最良のタイミングで角を横からぶん殴る」以外になく、慣れるまではまた相当数のゲームオーバーを重ねたものである。
新規取得した《先理眼》との併せ技により、ここに来て類を見ない大活躍をしてみせた《クイット・カウンター》君には惜しみない称賛を贈る他ない。今まで空気扱いしてごめんよ……
ともあれ、そんな経緯から色々な意味で夢の素材だった魔煌角。俺だって「新素材」と聴けば大なり小なりテンションが上がるのだ、職人であるカグラさんがそれ以上に取り乱すのも理解できるというものだろう。
「良いモノ作れそう?」
「……正直、かなり予想外の代物だよ。てっきりAGI一辺倒の物理型モンスターかと思いきや―――魔煌角と来たか」
「そこは俺も驚いたわ」
あの兎―――全ステータスAGIぶっぱの速度狂かと思ったら、まさかのMIDぶっぱの魔法生物だったというオチ。
デタラメな素早さも、特異な性質を持つ一本角も、全て魔法により実現させていたという事実が素材のフレーバーテキストから判明。
なんなら本体も魔法により構成された分身みたいな扱いらしく……それなら確かに、あの振り切った自爆特攻にも納得が行く。爆散しようが何しようが、実のところ真の意味で『討伐』はされていなかったわけだ。
「ただ、まあ……うん、保証するよ。間違いなく面白いモノが出来る」
そう言って笑うカグラさんの目には、いつか見た炎のような感情が揺らめいているように見えた。どんな品になるか想像も付かないが、この様子なら大いに期待して良いだろう。
「なんとなくだけど、適性としては武器寄りだよな?」
「そうだね。防具として扱うには安定性に欠けているし、アクセはもう立派な役者がいる。元々の用途としても、アンタの手札を拡充する意味でも、武器に仕立てるのが最良かな」
どうする?と視線を向けられて、暫し黙考。
「サイズ的にも丁度良いし、ここらで良い短剣が欲しいかな……あぁ、槍も適性高いよな絶対」
「とりあえず、一番必要だと思うもんは?」
「……短剣だな。取り急ぎ、店売り品は順次卒業していきたい」
「あいよ」と頷くカグラさんに素材を預けるため、いつもの取引画面を開いていく。インベントリから【紅玉兎の魔煌角】を選択し、預託個数を―――
「あ、何本くらい必要?依頼料とかはどうすれば良い?」
「短剣一本そのまま作るだけなら、まぁ一本でも足りるよ」
ただし、とカグラさんは続ける。
「生憎、触ったことも無い新素材だからね。本番ぶっつけでマトモなもんが出来るとは思えないし……最低でも五~六回分は予備、というか練習分が欲しい。あと、依頼料はその練習分と相殺で」
技術的な経験値分でこっちが貰い過ぎなくらいだけど、と確認されるが……既にカグラさんをほぼ身内的に考えている俺としては無問題だ。
むしろ今まで何だかんだと彼女に『お代』を支払った記憶が無いのだが、俺の方こそ問題なのではなかろうか。
「ならもういっそ、あればあるだけ良かったりする?そしたら俺が抱えてても仕方ないし、今あるだけ全部渡しちゃうけども」
「あぁ、まあ幾らあっても困る事は……え?待って、その言い方だとなんか思ったより大量に―――」
「では取り敢えず、お納めください」
―――プレイヤー:Kaguraに【紅玉兎の魔煌角】×219を預託しますか?
「―――…………」
「いやぁこの素材アホみたいに軽いから、乱獲が捗っちゃって……」
その後、なんやかんやのやり取りがあり……俺は当面の間、カグラさんへの依頼料を全額免除される運びになるのだった。