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螺旋の紅塔

 ―――意気揚々と【螺旋の紅塔】へと足を踏み入れてから早一時間。挑戦開始から今に至るまでのリザルトをご紹介しようと思う。


 死亡回数―――100回

 平均生存時間―――約5秒

 敵の討伐数―――0匹


「クソゲー」


 吐き捨ながら床に身体を放り出した俺は、優しさの欠片も無いゴツゴツの岩肌で頬を削りながら全身で虚無を体現していた。


 正直舐めていた―――とかそんなメンタル面の油断は無かったし、なんなら此処に至るまでに経験してきた『白座』なり『落とし子』なりといった、天変地異よろしくな連中に挑み掛かるくらいの気概で臨んだといっても過言では無い。


 が、情報提供者曰くの「超絶鬼畜」が俺に披露せしめた理不尽っぷりは、予想の上というかド真ん中をぶち抜いて別次元にかっ飛んでいくような絶句案件であった。


 稀に故意か或いは難易度調整をミスって「クリアさせる気ない」とか「簡悔」とか良い悪いどちらの意味でも盛り上がる高難度ゲームは存在するが、初回チャレンジで死亡RTAの如く玄関潜って二秒でお陀仏を喰らった俺も例によってそう思った。


 まっとうにクリアさせる気ないだろこんなん。


「しっかしまあ……そんなクソ難易度でも何か手はありそうで、攻略心を煽るのが神ゲークオリティだぁな」


 数十秒で不貞腐れポーズからおさらばし、現実では陸をのたうち回る魚になりかねない動作で軽快に跳ね起きる。


 振り直し後のステータスは好調そのもので、厚くしたSTRが良い働きをしてくれているのか初速や制動に安定感が生まれた気がする―――ので、アバターのコンディション自体は間違いなく過去最高と言って良い。


 笑えるほどゲームオーバーを重ねた理由は、ひとえにこの【螺旋の紅塔】があたおかデザインというだけだ。


 にしても、まさか正規フィールドデビュー初日からいきなり得意分野で叩き潰されるとは……あの()()()()()どもめ、間違いなくどこぞのAGI馬鹿よろしくステータスポイントを敏捷に注ぎ込んでやがる。


 なんとかギリ視認しての所見だが、スキルによる加速などを考慮しない単純な換算で、おそらく俺の過去最高速度を上回っていた。


 つまり推定AGIは500オーバー。ハハッ、もうちょっとバランスってものを考えた方が良いのでは?


「まあしかし……」


 カグラさんの言葉の意味は理解出来た。確かにこのダンジョンは、アバター操作の習熟という面において間違いなく「俺の身になる」恰好の修行場と言えよう。


 速さを要するが()()()()では突破しえないという点で、やや大雑把なアバターコントロールを身につけてしまった俺には癖を修正する良い機会かも知れない。


「上等だ、いっその事クリアするくらいの勢いで臨んでやろうじゃねえか……!」


 クソゲーだなんだと吐き捨てながらも、理不尽の前に怒りと虚無だけではなく反骨心を併せ抱いてこそのゲーマーだ。


 鬼畜上等、我これより地獄の周回(デスマーチ)を敢行すッ!!


「………………なんか独り言が増えてんな、俺」


 攻略=ソラと一緒が常態化したせいで、ソロだと口寂しくなっているんだろうか?男の寂しがりとか誰得案件だぞ控えてどうぞ。


 益体もないことを考えて漏れた、我ながら気味の悪い笑みを噛み殺しつつ―――俺は性懲りも無く、ゲームオーバーの無限ループへと飛び込んでいくのだった。













 ―――そして二日間、俺は死に続けた。


 実時間およそ十五時間オーバー、アルカディア時間に換算するとほぼ二十四時間の丸一日分。繰り返されるゲームオーバーをものともせず間断無いアタックを繰り返した俺の総死亡回数は、早々に数えるのを放棄したため不明。


 あと、ものともせずは盛った。心なんてとっくにへし折れたまま、見て見ぬフリをして発狂寸前のバンザイアタックが真実である。


 そして挑戦三日目の早朝―――数えきれない死を乗り越えた先で、俺は覚醒を果たしていた。


 ―――見える。


 上下左右前後などと言っていられない、真の意味で全方位から襲い来る()()()()。初見時は視認すら許さずにアバターをぶち抜いてきたソイツらを、今の俺の目は辛うじて捉えている。


 ―――躱せる。


 弾丸そのものではなく、それが撃ち出される射線自体を回避する。


 アクションというよりは覚えゲーのそれ、しかし身体は砕けんばかりの勢いで超過稼働中。


 譜面が正確に視認出来ないレベルの超難度音ゲーをプレイしながら、両足で鬼設定の格ゲーCPU連戦をノーダメで延々勝ち抜くような心持ちだ。


 ちなみに俺は音ゲーも格ゲーも死ぬほどヘタクソである。


「―――っ、…………っ………………」


 もう独り言など口にする余裕も無く―――否、不要なもの何もかもを切り捨てて、リソースは全てアバターを動かすための絶え間ない高速思考に集約されている。


 もはや飛び交う紅の弾丸を、いちいち目で追うこともなく。積み上げた死によって蓄積した記憶をただ、最高速度で駆け抜けるのみ―――



 【螺旋の紅塔】というダンジョンは、これ以上ないというほど突き詰められた、非常にシンプルなテーマでデザインされていた。


 ギミックなどは存在せず、地形もただ螺旋階段を登り続けるだけ。


 プレイヤーに求められるのは、ただ天辺のゴールへ辿り着くまで足を止めずに駆けるという一点のみ。


 そしてその一点を阻止するべく配置されたエネミーは、たったの一種類。


 【紅玉の弾丸兎(ルビーバレット)】―――その紅緋に輝く毛皮を持つ大兎こそが【螺旋の紅塔】の全てであり、三年もの間あらゆるプレイヤーたちを阻み続けた絶対の門番。


 このモンスターが持つ特性は二つ。一つは過剰AGIを自負する俺の脚を容易く上回る異常な敏捷値、そしてもう一つはその夥しいまでの数。


 この螺旋の紅塔とはつまり、蟻塚ならぬ()()。まさしく奴らのホームであり、そこへ踏み入る俺達プレイヤーは棲家を犯す侵略者に他ならない。


 そりゃあ弾幕・・にもなって襲って来るだろうよと。


 これまでに遭遇したボス格以外のモンスターたちとは、洒落乙感が段違いの名称。その名が体を表すように、【紅玉の弾丸兎】の攻撃方法はその敏捷値を極限まで生かした真向からの突進ただ一つ。


 そんで奴らの敏捷性をして「全力で突進」なんかしたらそれはもう『弾丸』に他ならないわけで……ついでに連中の頭には本体と等しいサイズの真紅の一角が備わっていると言えば、その体当たりの餌食になった者がどうなるかなど考えるまでもないだろう。


 穴が開くとかそういう次元では無く、身体の末端にでも掠めれば頭のおかしな威力の余波によって手足を丸ごと持っていかれる。


 身体のど真ん中にでも直撃しようものなら、文字通りの五体爆散―――ソラさんが見たら多分泣く。


 そんな対物ライフルどころか戦車砲もかくやといった凶悪な弾頭が、塔内部の壁面に無数に存在する()()から引っ切り無しに飛来する様は正に弾幕ゲー。


 弾幕シューティングはアナログならそこそこ得意だと自負があったが、それを自前の肉体(アバター)かつ一人称でやれと言われたら話は別。


 おまけに弾幕の一発一発が視認も困難な速度の上にクソデカ当たり判定とか、もうクソゲーを通り越してギャグゲーのレベルだ。


 繰り返すが、どう考えてもまともな攻略が想定されているとは思えない―――ならば、まともに攻略する必要などありはしない。


 踏みしめる螺旋階段は当然のものとして、それだけではなく壁面や()()にある階段の裏面を駆け、三面の足場を絶え間なく跳ね回る。


 この足場の選択肢が三面しかないのが曲者で、跳躍角度をミスると手摺などあるはずもない吹き抜け側へ飛び出してしまう。


 塔の直径はおよそ三十メートル強。やろうと思えば無理やり吹き抜けを飛び越え、上の階段へショートカットを試みるのも不可能ではない。


 が、無防備に長距離跳躍などしようものなら問答無用に対空で必中確一を取られるため単なる自殺行為だ。


 無限に襲いくる兎弾頭に対して俺が取れる行動は、ただひたすらの回避あるのみ。そして敏捷で明確に劣る俺の命を辛うじて繋ぐのは、此処に至りもはや手足の如く自在となった【Haru】というアバターの矛であり盾。


 《ブリンクスイッチ》―――無理やりの回避行動故に数瞬毎に訪れる直撃弾の斜線に喚び出した【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】が、その規格外の重量と特殊武装故の不壊属性によって、致死の兎弾を弾き返す。


 弾き返すというか、自身の有り余る速度によって衝突した瞬間やつらは爆散して散っていく。ここまで来ると完全なる自爆特攻というか、この齧歯類どもいったいどんな生態してるんだと恐怖を禁じえない。


 ……あれウサギって齧歯類だっけ?


「ッぶねぇあ!!!」


 極限の集中にふと差し込まれるクソどうでもいい思考に足を掬われかけて、口端からドップラー効果を撒き散らしながら回避回避回避―――ッッ!!


 既に踏破した螺旋階段の道程は八割を超え、ゴールは目前と言っても過言ではない。しかしながらここまでは既定路線ってか()()()()()()()()()()()()()()の慣れ親しんだ道中なわけで、こんなところでワンキル喰らってる場合ではない。


 もう何度も何度も「多分あれゴールだろ」と思える光景をこの目で見ながら、最後の最後で土手っ腹をぶち抜かれ続けてはや二日―――最終走と決めたこの周こそを、走破率九十九パーセントの不足分を詰める一駆にせしめん!!


 刻み込んだ記憶を描き出し、思考を白熱させて、雄叫びを噛み殺し―――俺はただひたすらに、真紅に染まる暴雨の中を駆け抜けていった。




齧歯類から重歯目にクラスチェンジしたらしい。


※後々お話の中でも触れられますが、アルカディアではダンジョン内での死亡にデスペナルティは発生しない仕様となっております。感想にて疑問を投げてくれた方が複数いらっしゃいましたのでここに追記。

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