四柱戦争
―――そんな訳で、少々戦闘狂が過ぎる己を見返して唸る俺をついに「処置無し」といった目で見始めたカグラさんより、今回もまたありがたい講釈を賜る事に。
話に上がった『四柱戦争』というのは、俺もちょくちょく「遠い先の目標」として挙げていた現行アルカディアにおける唯一にして特大規模の公式イベント。
ちなみに四柱戦争と読むらしい。シチューじゃなかった。
その概要とは、東西南北それぞれの陣営が一挙に集った広大な専用フィールドを舞台に、選抜されたプレイヤー総出で行われる文字通りの全面戦争である。
各陣営が選抜し、兵士として登用できるプレイヤーの数は最大6人のパーティを50組連結させた300人。
このゲームでは6×6の36人編成はフルレイド、それ以上の編成にはオーバーレイドという呼称が使われているらしいので、まあつまりは三百人編成のオーバーレイド×四でぶん殴り合うお祭りPvPというわけだ。
全面戦争という字面に対して総勢でも千人強ってショボくない?と、ゲームに親しんだ者以外はそう思う事だろう―――いや四桁のプレイヤーが一堂に会してお祭り騒ぎできるゲームとか、そう存在しねえから。
仮にアルカディアのような現実と見紛うグラフィックで、キャラの装飾もモーションも自由自在、更には個々人しか持ちえないユニークスキルを含めた膨大数の剣技やら魔法やらのエフェクトが飛び交うようなゲームを作ってみろ? 間違いなくスパコンでも爆発するわ。
やっぱ【Arcadia】って存在からして意味が分かんねえな?
ともあれ、まあとにかくあらゆるゲームの常識をひっくり返して用意された大舞台で行われる四柱戦争だが、これには単なるお祭りに留まらない、陣営関係無く全プレイヤーを血眼にさせる賞品が用意されている。
それこそズバリ、女神の加護。
俺も意識していないと忘れそうになるが、各陣営にはそれぞれに異なる加護が与えられている。
東は闘争のイスティア―――戦闘に関係する全てのスキルに上方補正が掛かり、尚且つ戦う事で得られる経験値が上昇してプレイヤーの早熟を助ける。
西は平和のヴェストール―――生産スキルや生活スキルなど非戦闘系の全てのスキルに補正。
南は富裕のソートアルム―――金銭、つまりルーナの取得及び消費に補正。
北は幸運のノルタリア―――幸運ステータスが関係するあらゆる事象に対して補正。
といった具合だが、そんな加護が賞品とは如何に……いやまぁ、分かるよね? とどのつまりは、その加護を奪い合うのが四柱戦争の核となるわけだ。
正直に言って良い?クッッッッッッソ重大なギスり要素では?
「その辺の問題は……まぁ、各陣営上手いことやってはいるから」
「ほんとぉ?」
「まぁ、うん……まあ、どこぞの戦闘狂集団以外は…………」
イスティア君さぁ……。
「不人気陣営なのは知ってたけどさぁ……正直その辺の内情が怖くて詳しく調べてなかったのもあるんだけど、結構ボコられてる感じ?」
恐る恐る尋ねてみれば、カグラさんは腕組みしながら難しい顔をして見せた。
「いやぁ……南北に袋叩きにされてる割には善戦してるんだよ。負け越してはいるけど、負け続けてるわけじゃない」
「あぁそりゃ何より―――え、袋?なに?袋叩き?袋叩きナンデ???」
「南北が同盟組んでるし、西は他三つと不戦協定結んでるからねぇ」
仕方なしといった風だが、いや待って欲しい。
西の不戦協定とやらも気になるが、それ以上に無視出来ないのは南北―――人口及び人気一位、二位が同盟組んでウチを袋にしてるという事実だ。
「け、結託して弱者を叩くとかプライドは無いんですか……!?」
「弱者というか……戦闘に関するスペックに関しては、イスティア連中はむしろ強者なんだけどね」
「数は暴力という言葉がですね!三百人が六百人に勝てる訳ないだろ!!」
「おまけに南には『お姫様』がいるしね」
お姫様ってのは例の最強のプレイヤー【剣ノ女王】ことアリシア―――あれ、アリ……アイリ?アリ…………アリスなんとか・ホワイト氏の事だろう。
へぇ、お姫様ってソートアルム陣営だったんだ……。
「ってことは結局こっちが弱者じゃねえか!何がどうしてそんな事に!?」
「アルカディア最初期に、イスティアが四陣営で結ぼうとしてた協定を蹴ったからだね」
「イスティアァッ!!!」
細かい事情どころか大まかな事情も知ったこっちゃないが、話の方向性とカグラさんの語り口から何となく分かる。これ絶対に戦闘狂連中に非があるやつ。
「まぁね……賢い選択だったとは口が裂けても言えないけど、イスティアが協定を蹴った理由も一概に間違いとは言えないんだ」
と、自称「面白い物好き」のカグラさんはそう言って、控え目にイスティアを弁護した。
なんでも当時の先人たちも俺と同じく、加護の奪い合いが特大のギスり要素になりえるという事には瞬時に思い至ったんだそうな。
ならばと定期的に開かれる四柱戦争の勝敗を意図的にコントロールする事で、加護の偏りによって特定の陣営のプレイヤーが常に損をし続ける事になる未来を回避しようとしたらしい。
つまりは全プレイヤー結託しての八百長―――そして闘争の加護を掲げるイスティアはそれを蹴った。
曰く「せっかく公式が大暴れ出来る舞台を用意してくれたのに勿体無い」と宣ったそうな。
「いやもう本当に我が陣営ながら戦闘狂共が……嫌いじゃないなぁ!!」
「まあアンタも大概だよね」
いや少なくとも俺は袋叩きされるのを好んだりはしないよ?
「まあ一旦その辺の向かい風は置いといて……肝心のイベント周期はどうなってるんだ? 定期的ってのは知ってたけどさ」
「向かい風で済ませていい規模の逆風じゃないけどね―――四柱戦争が開かれるのは年に三回。四か月毎の周期で四月、八月、十二月の月末に開催されるよ」
てことは、今が三月の末だから……
「今からだと、強化期間に充てられるのはひと月ちょいか……」
「その前に月の真ん中で選抜戦があるから、今からだと二週間だね」
二週間……二週間か……。
「いやぁ……やっぱ無理では? さっき言った通り来週には大―――分忙しくなるから、ガッツリ充てられるのは今から一週間程度だぞ?」
危ねえ考えながら話してたら「大学」と口を滑らせそうになった。ネトゲで自語りめいた個人情報垂れ流しは俺的にNG。
「だから、アンタはとにかくその時間でこの神創庭園を駆けずり回ってアバターを鍛え上げな。それで一週間後、集まった素材やら何やら全部アタシに寄越すと良い。残りの一週間で装備面は最低限なんとかしてやるよ」
親指を自らの胸に突き付けて、赤髪の魔工師はお馴染みの不敵な笑みを見せた。相変わらず、仕草が一々良い意味で芝居がかっていて惚れそうになる。
……神創庭園ってなぁに?
「そこまで推されたらこっちもその気にならざるを得ないけどなぁ」
やはり一週間というのは心許ないにも程がある。死に物狂いでやってみるにしろ、無知のままで挑みかかるのはどう考えても無謀だろう。
「……この際だから、恥を忍んで徹底的に頼り切っても宜しいか?」
言うまでも無く、これまでだって頼り切りには違いない。恥を重ねる決断のもと仰ぎ見れば、カグラさんは不敵な笑みからたまに見せる穏やかな微笑を覗かせて、
「勿論だよ―――アタシらはもう、一蓮托生だろう?」
楽しそうにそう言って、大きく頷いたのだった。