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ご先達のお墨付き

 ソラのログアウトを見届けた後。


 二人しかいないフレンドのもう片方から呼び出しを受けた俺は、街外れの空き地へと足を運んでいた。


 足を運ぶなんて簡単に言ったが、正直ちょっと移動するとかそんな距離感じゃなかった。どうやら俺とソラが転移してきた例の広場はこの街の中心地との事だったが、そこから外縁部まで走ること二十分近く。


 ソラの支援が無くとも、今や鼻歌混じりで時速三桁キロを叩き出す俺の足で走って―――いや走るってか跳躍?漫画やアニメでお馴染みの憧れシチュである屋根伝いのアクロバット走行で直線距離をぶっちぎって来たんだが……


「広過ぎない?」


「誰が走って来いなんて言ったんだい……」


 指定された空き地へ辿り着くなり感想を口にすると、カグラさんにアホを見る目で見られた。


 いやまあ、うん。途中で所々にイスティアにあったのと同じような転移門が設置されてるのには気付いたけどさ、ドヤ顔で屋根を駆け抜けるの気持ち良くなっちゃって……。


「……まあ、おかしな事してんのはいつもの事として」


 溜め息混じりのそんな言葉で、彼女の目に俺がどう映っているのかが窺い知れて切なくなる。


 おかしいな……これでも一応は常識人メンタルのつもりなんだけどな。


「問題はこっちだよ―――また派手にやってくれたね?」


 名誉挽回をどうしたものかと腕組みする俺の方へ、ジトーっとした視線と共に一枚のウィンドウが投げ付けられる。


 俺の眼前でクルリと反転して静止した半透明の幻窓。


 もう見慣れたプレイヤー総合掲示板の目次の中で真っ先に目につくのは、その天辺に太字でデカデカと刻まれた一行の見出しだった。



 【緊急速報】天翔ける新人へんたい、圧迫歓迎会より逃走【空中ジャンプ実装!?】



「おい誰がヘンタイか」


 少なくとも以前のように初期インナーまっぱでも無ければ高笑いも奇声もあげちゃいないんだが???


「問題はそっちじゃないよ。例の空中ジャンプだけじゃない、アンタやたらめったら()()()()()


 そう言って額に手を当てる彼女の様子に、どうも彼我のテンション……というか事態の深刻度に差を感じて、俺はワンテンポ遅れて聴く態勢を改めた。


「ど、どの辺が不味かったんすかね……」


「どの辺っていうか全部だよ」


 容赦無くまるっとダメ出しを喰らい目を逸らす俺を睨みつつも、カグラさんはため息を一つ吐き出すと「仕方ない奴だ」と言うように表情を緩めてくれた。


「まず【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】だけど、間違いなくテラーアーマメントである事はバレるだろうさ」


「うっそだろ、あんな数秒見せただけで?」


「古参プレイヤーの見識眼をあまり舐めない事だね。一人二人ならともかく、あれだけ大勢の群衆にお披露目したなら見抜ける奴は確実にいるはずだよ」


 つまり、それだけでも未知の空中ジャンプスキル(?)に加えて片手の数しか存在しない語手武装の所持者という鬼のような話題性が……


「加えて『魂依器アニマ』も不味いね」


「いや待って、そっちもかよ?」


「スキル名の発声コールではなく詠唱による発動は武器自体がスキルを秘めている事の証だ。こっちもテラーまでは行かないまでも特殊な品か、勘の良いプレイヤーなら将来有望な『魂依器アニマ』かもと推測する奴は多いだろう」


 段階的に進化していくテラー同様、面白そうな魂依器も併せて将来性も倍プッシュ疑惑。


「更にはアンタが謎に使いこなしてる《クイックチェンジ》のスキル―――あれは見識と関係無く誰の目にも映る異常だ。前の炎上を知ってる奴があの場にいたなら【Haru】とアンタの紐付けが済んだろうし……知らずにいたプレイヤーの目にも、空中ジャンプと併せて複数未知のスキルを引っ提げた特ダネの塊にしか見えなかったろうね」


「なる、ほど…………つまり?」


「十中八九追い回されるだろうよ―――下手したら数千人規模で」


「俺の平穏な仮想世界ライフ……ッ!!」


 膝をついて打ちひしがれて見せると、カグラさんに「それこそ今更」と鼻で笑われた。


「もういっそ、どこぞの有力クランにさっさと拾われるのもアリかもね」


「クラン……クランなぁ」


 ソラとペアを組んでいるように、元よりソロを気取るつもりなど更々ない。


 高校時代は最初から最後までクラスで孤高やべーやつを貫いた俺だが、別に集団に属することに対して忌避感も苦手意識もありはしないので。


 それで面倒を避けられるというならば、クラン加入も一考に値する―――


「アタシ個人としては、アンタにはそのままフリーで突っ走って欲しいけど」


「おっと」


 提案のままにその方向でまとめようとした所で、当の提案者から否定意見が飛び出した。


「これまで散々言ってるからいい加減自覚してると思うけど……アンタは―――アンタらは、色々と規格外だ。成長速度然り、攻略速度然り、おまけに特異な技能まで備えてるとくれば、正直いつトップ集団の仲間入りをしてもおかしくない」


「めっちゃ高評価」


 あまりにストレートに持ち上げられて慄いていると、カグラさんは「それこそ最初からだろ」と笑みを作る。


 いやまあそうか、思えば彼女の方から専属を申し込んでくれたんだよな。


「まあ、そんなアンタだからね。アタシとしてはこのままとことんまで突っ走った上で、鮮烈な公式戦デビューでもしてくれた方が面白いって思うんだよ」


「公式戦ってのは……」


「勿論、『四柱戦争』だよ。より正しくは、その選抜戦トーナメントだね」


 四柱戦争―――俺の所属する東はイスティアを含む、四陣営入り乱れて行われるアルカディア最大の祭り事。俺としても当然、いつかの目標として見据えてはいたが……


「いや、流石に早過ぎないか?」


 まさに今日チュートリアルを終えたばかりのこの身は、MMO的に考えればようやくスタートラインに辿り着いたといっても過言ではない()()()()()


 未だに店売り品の武具を使っている上に、スキルの進化段階や熟練度も古参プレイヤーと比較したら話にならないレベルだろう。


 職人であるカグラさんにさえ、全く敵わないんじゃなかろうか?


「まあ、確かに装備だのスキルの数や質はそう簡単に追いつけるもんじゃない。けど、アルカディアの対人戦闘で一番重要なのは、装備でもスキルでもない―――純粋なプレイヤースキルだ」


 そう言うと、彼女はおもむろに背後の空き地を指で示した。


「適当で良いよ。ちょっと軽く跳ね回ってみな」


「はあ」


 突然なんぞと思いながらも、わざわざ拒否する事でもないので頷きながら軽く踏み切る。まだ追加のステータスポイントは振っていないし、新たな機動力系のスキルも取得していないので、慣らしの必要も無い。


 大した助走も無しでは流石にトップスピードは出ないが、()()()()()()()()()()()()二歩もあれば十分だ。


 もうすっかり身に付いた跳ねるような走法で速度を稼ぎ、「跳ね回れ」という注文をこなすべく三歩目で宙へと踏み出す。真っ当な物理法則に従うのなら、俺の身体はこのまま弧を描いてすっ飛んでいくのだが―――《ブリンクスイッチ》起動。


 真正面に突き出した掌の先に呼び出したのは、店売り品の【鋼鉄の短剣】。起動の一瞬前には体勢制御を終えていた俺は水泳の切り返しよろしく「くの字」に体を曲げて、呼び出した()()に片足を預けた。


 これまた真っ当な物理法則に従うのならば、宙に浮いた重さ一キロにも満たない短剣を足場にするなど到底不可能―――しかしながらクイックチェンジ系統のスキルに存在する「呼び出した一瞬のみ装備品がその座標に固定される」特性を利用すれば、


「ほっ」


 宙空に張り付けられ短剣は、小揺るぎもせず足場としての役割を十全に果たす。裏技めいたスキル活用によって自然落下から逃れた後は……


「よっ、ふっ、ほっ、はっ!」


 《ブリンクスイッチ》、《ブリンクスイッチ》、《ブリンクスイッチ》―――連続使用による冷却時間短縮効果も相まって、以前よりも高サイクルかつ安定した三次元機動を手に入れた俺のアバターは、もう殆ど自在に宙を跳ね回ることができる。


 ん、酔わないのかって?実のところ()()やってる最中は視界やら何やらほぼ把握出来てないから、一周回ってノーダメなんだな!


 コツは飛び出す前に予め脳内でルートを敷いておき、高速三次元機動中はそれを辿るためのアバター操作のみに思考リソースを全ツッパする事。


 アクションゲーでやるような、暗記したコマンドを状況に即して無意識に辿る感覚に近い。


 つまりトチるとリカバリー不能なので地面のシミ。トチらなけりゃ良いんだよ!!


「っと、こんなもんかな?」


 そろそろ良いかと制動をかけてカグラさんを振り返る。腕組みしてこちらを眺めていた彼女は、「もう呆れ返った」と言わんばかり諦観の滲んだ緩い笑みを浮かべていた。


「アンタ、()()にどれくらいのプレイヤーが対応出来ると思う?」


「いやぁ、言うて思考加速スキルとかあるじゃん?大体の古参組には対応されるんじゃ……」


 速度特化の相手に対するセオリーは大体どのゲームも同じだろう。


 更なる速度特化で上から叩き潰すか、いくら速くても関係ない必中あるいは追尾系の遠距離手段で蜂の巣にするか、待ち構えてからのカウンターで刈り取るか。


 どんな手段をしても重要なのは、カサカサ動き回る相手の動きをしっかり追って対応のタイミングを外さない事だが―――このゲームには思考加速スキルという、チートめいた最適解がシステムによって用意されているので……


「何か勘違いでもしてるのか知らないけど、思考加速スキルなんて持ってるのは古参の中でもトップの連中だけだよ。その中でも戦士系、特にアンタと同じ速度重視の軽戦士系に限られる」


 あ、そうなの?


 確かに攻略サイトで確認した取得条件は相当な難度ではあったが、性能が性能だけに古参プレイヤー達は無理矢理にでも取得しているものと思っていた。


「まあ確かに、思考加速持ちの軽戦ランカーなんかには対応されるだろうね―――で、それ以外は?近距離だと目で追うのも至難なアンタの動きに対応出来る奴が、どれほどいると思う?」


「それは……」


意外と現状でも戦れるのか? いやしかしなぁ……。


「どうもアンタは元々ゲーム慣れしているみたいだからね、気持ちは分かる。オンラインゲームで新規が古参に追いつくってのは、それだけ途方も無い事だってのはアタシも理解してるよ」


 けどね、とカグラさんは笑う。


「どの世界でも、定石をぶち抜いてく天才ってのはいるもんだ―――断言してやるよ。アンタは紛れも無く、その天才ってやつさ」


「ぉぅ……」


 天才。十八年と少しの人生で、まず間違いなく初めて頂戴する縁遠いにも程がある称賛。まさかそんな言葉を自分に向けられる日が来ようとは……それも着物美人なお姉さん(重要)から。


「なんだ、ガラにもなく照れてんのかい」


「流石にそこまで真正面から褒められるとね?」


 つい視線を逸らしてしまい揶揄われる―――はいストップ、そこで穏やかに微笑まれちゃうと羞恥が加速するのでNG。


「ま、あれこれ持ち上げても結局は面白いもの見たさの我儘だよ。最終的にはアンタの好きにすると良いさ」


「好きになぁ」


 正直なところ俺としては現状維持でも集団に飛び込むでも、どちらでも構わない。


 勢いのまま正式パートナーを申し込んでしまったのでソラにも意見を仰ぐ必要はあるし……とりあえずは保留、か。


「ヨイショされた手前、気持ち的には現状維持に傾いた―――けど、決めるのは先送りかな? 相棒の意見も聞かにゃならんので」


「そりゃそうだ、まぁ好きなだけ考えな。それからいい加減、機会を見てその相棒とやらを紹介しておくれよ」


 以前から「そっちも面白そうだから会わせろ」と頼まれてはいるんだが……いやぁ、別に何の思惑も無く単純にタイミングが合わなくてですね。


「ちょっと時期的にリアルが忙しくなるらしいんで、まぁ本当にタイミングが合えばいつでも……あ、ちなみに俺も来週くらいからインの頻度減ります」


「あぁ……まぁ時期的にね・・・・・、みんな似たようなもんか」


 俺のように学生なら当然、入学或いは進級の季節。社会人であっても、新たなシーズンとして色々と忙しくなる者が多くを占める事だろう。


「いや、そうなんだよ。色々忙しくなるわけなんだけど……そもそも俺、スケジュールとかその他諸々のイベント概要を詳しく知らないんだが」


「アンタ、逆に何なら知ってるんだい」


 いやまぁ、ネタバレ関係を避けつつ現状の自分に直接関係のある事なら……おかしいな、ネットの泉を解禁したというのにいつまで経っても無知を脱却出来ていないんだが?


 そう言えば、以前カグラさんに教えて貰ったギルド会館だのマーケットだのも結局まだ利用しないままだ。


 ログインしたらとりあえずモチベのままにフィールドに繰り出して、そのままログアウトまでただひたすらに攻略ってパターンがお決まり過ぎてだな……。


 実に分かり易く気まずそうに顔を背ける俺を見て、カグラさんは見慣れた呆れ笑いを零していた。




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