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降り立つは新天地

 ―――鐘が鳴り響く。


 それはかつて、深い森林に沈んでいた神代の遺物である大鐘楼。


 その荘厳極まる鐘の音は、新たに世界へと生まれ落ちる輝きの産声、その代弁を意味する。


「お、マジか」


「一月ぶりじゃん?お祭り立ち会えるのラッキー!」


「どっちに賭ける?」


「男だろ」「野郎」「男」「男」「ワンチャン……いや男だな」


「レート偏り過ぎて賭けにならないの笑う」


 大鐘楼を擁するこの地が古木の海に覆われていたのは、三年前までのこと。


 初めて鐘が鳴ったその日から、数限りなく生まれ落ちる無数の輝き―――即ちプレイヤー達の手によって、かつての森林は広大な平野へと開拓されていた。


 粗末なテントや敷物で賑わったのも随分と過去の話。今ではランドマークたる大鐘楼を中心地として通路が敷かれ、区画整理までもが進んだ様々な建築が立ち並ぶ様は、街と呼ぶに相応しい。


 ―――凡そ東京都一個分。いつ誰が計測したのか、比喩でも冗談でもなくそれだけの面積を誇るこの街……否、都市には、数十万人に上るプレイヤーが常駐していると言われている。


 それら数多なプレイヤー達が、一斉に湧き立った。その関心が向く先は勿論、誰が言ったか一月ぶりに訪れた新入りの知らせに他ならない。


 アルカディアを訪れる新規プレイヤーがチュートリアルたる【試しの隔界球域】を突破した後、この地へ降り立つ際に行われる「祭り」はもはや通例となっている。


 それは広大が過ぎるこの世界に投げ出される事となる後輩への、先輩としての親切であり、


 同時に新規参入が珍しくなりつつあるアルカディアにとって、貴重な新人に対する()()()()()()()()でもあり、


 更には将来有望かどうかをいち早く見極め、自らの身内に囲い込まんとする壮絶を通り越して凄絶なご新規さん争奪戦でもある。


 つまり色んな意味で割と地獄。


 ―――そんな地獄に、二人組の新参者ルーキーが有無を言わさずデリバリーされて来たのだった。




「ナニコレ」


「ひぃっ……!」


 もう声とか言葉とか判別付かない大音響。そりゃ前髪もオールバックになりますわという圧に晒されて、瞬時に心を凍結して無表情をキメる俺。


 そして先程までの「宇宙怖い」とは明らかにベクトルの違う、純度の高い恐怖を隠しようもなく俺に縋り付くソラ。


 凄えな。何が驚いたって、リアルに「ひぃっ!」なんて悲鳴をあげる人間がいた事よりも何よりも、そんなアレな悲鳴すら美少女の口から出ると文句無しに可愛いって事に驚いた。


 いやそんな場合じゃねえんだわ。


「ソラ、これって―――あぁ分かった宜しい大丈夫だから隠れてな、よしよし」


 アルカディア雑学に詳しいソラならば、この馬鹿騒ぎについて何か知っているかと思い声をかけた瞬間に諦めた。


 この子かつてない程にガチで怯えていらっしゃる。


 まあ無理もないっていうか、これ一体全体どんだけの人数が集まってんの?これが噂に聞くコミケですか?ええい物販など無いわ散れ!!うちのソラ様が怖がってんだろうが、あぁ!?


 下手すりゃあ四桁じゃ効かない規模の人の海。そんな大群衆が好き勝手喋ってる訳だからもう喧騒ってよりシンプルに爆音。


 そのせいで俺とソラを取り巻くサークル最前列の連中は、もう喋るってか絶叫の域で話しかけてきているんだがいや聞き取れる訳ねえだろナメてんのか。


 聖徳太子もキレるレベル。俺が聖徳太子だったら殺意の元に笏を振りかぶる。


 ―――いや、うん、無理。


 とりあえず最前列で一番目立っておりかつ距離が近い&おそらく現状ソラを最も怯えさせているであろう、二メートル近い身長でやたら煌びやかな下半身鎧に何故か上半身剥き出しという変態スタイルのムキムキ禿頭重戦士。


 ソイツに「それ以上近寄んなよハゲコラ」とガンを飛ばしつつ……小声などかき消されると判断して迅速にメッセージを立ち上げる。


『逃げよう。タイミングは伝えるから脚頼む』


 果たして我ながら超速でしたためた言葉は正しくソラに届いたようで、縋り付くままに必死にこくこくと首肯が届けられる。


 …………いや、うん、俺って過保護になりつつあるんだろうか?ここまでソラを怯えさせてるこの謎集団にふっつーに腹立つんだよなぁ?


 さて、そんな正当であろう怒りも取り敢えず押し殺して臨まねばなるまい。一芝居うってとんずらキメる算段だが、考えるまでもなくこいつら先達ってか古参のプレイヤー連中だろう。


 下手な初動では捕捉されないとも限らない。脚に関してはカグラさんにお墨付き貰ってるとはいえ、こちとら世間知らず(ルーキー)には違いないのだ。


 ゴリ押しでも良いからそれなりには騙さなくては―――ならばまずは、笑顔からだ。


 傍のソラを勢い良く抱き上げて、とりあえず距離を取るため飛び退る。といっても逃走はまだだ。取り敢えずなんか馬鹿デカい鐘が載っている台座に飛び乗って、自ら注目を攫うように目立つポーズを取っただけ。


 目を白黒させているソラを下ろして背後に庇い、そのまま流れるように《クイックチェンジ》―――改め《ブリンクスイッチ》を起動。


 以前と比べて気持ち派手になったライトエフェクトと共に手の中に現れるのは、我が専属魔工師殿より賜った自慢の一品【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】の異形。


 初期段階ながら既に語手武装の風格を放つ【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】に加えて、先達プレイヤーからして異常認定済みの瞬間装備展開の合わせ技だ。


 一瞬でもクソ喧しい合唱を途切れさせる事が出来たらと期待しての行動だが―――はいビンゴ畳みかけるぜこいつら全員カボチャァッ!!!!


「レッディイイースッッンェエエーン、ジェントルマァアアアアアンヌッッッ!!!!!」


 高校生の身で数多の職場を駆け巡り鍛えたクソ度胸、そしていかなる理由かAGIが関与するらしい隠しステータス「肺活量」をフルに使い、振り上げた状態で喚び出した【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】を勢い良く足元に叩きつけながら魂のシャウト。


「「「「「――――――………………」」」」」


 どうだ怖いか。


 ヤベー奴と認識していただいて結構オラ黙れ、黙ったな?そのまま黙っとけ力の限り道化を演じてやるからよお!!


 大多数がポカンと呆気に取られたおかげで、こちらの声も通さないような爆音がせいぜいクソ喧しい騒音程度には落ち着いた。


 あとはまあ、逃走の直接的な障害になりそうな前列付近の奴らだけでも()()が成功すればそれで良い。


 そこで間抜けヅラ晒しながらしかと聴けコラ。


「この度はァッ!俺たち二人の門出にお集まり頂き恐悦至極以下省略ェアッ!!しのごの言わずこちらをご覧下さいオラァッ!!!」


 過剰AGI及びDEXを総動員して、別に洗練されてはいないが無駄に派手かつ高速な身振りで視線を攫いつつ【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】から【白欠の直剣】へと《ブリンクスイッチ》。


「『目覚める白の眼』―――……!」


 固有スキルの起動鍵言による剣の外見変化は、どちらかと言えば些事。多くは二度目の《ブリンクスイッチ》に対するリアクションだろう。


 どよめきが起こってまたこちらの声など掻き消される爆音フィールドの出来上がりだが―――後はボディランゲージでなんとかするとしよう。


「『―――遍く空を、ただ結べ』!!」


 詠唱の締めで大袈裟な仕草でこちらを見上げる連中をじっくり見渡し、そこから勢い良く天を仰ぎながら空いた手でビシイッ!と空を指差した。


「ッシャオラァ!!―――《エクレール》ゥアッ!!!」


 空を指差して、光り輝く剣を投げた―――とくれば、自然その剣が空中でどうにかなると考えるものだろう。狙い通り、ほとんどの者が勢い良く空を仰ぐのを視界の端に捉えつつ……


「「……っ―――!!」」


 傍のソラを再び両腕で攫い、しかと瞳を合わせれば合図は伝わった。


 《天秤の詠歌スケアレス》の起動―――ソラから移譲した三十レベル分のステータスがAGIとDEXに積み上がり、俺の過剰な敏捷値を更なる過過剰へと跳ね上げる。


 更に《浮葉》《韋駄天》《飛燕走破》《フェイタレスジャンパー》おまけに《守護者の揺籠》と機動力ブーストの手札を軒並み叩き付けて、容赦なく踏み切った俺は―――


「ひ―――ぃぅうぅううっ……!!?」


「ハッハアー!!!あばよ先輩ども頼むからついて来んなよマジやめてお願いしますフリじゃねえかんなぁッ!!!!」


 正直に言う。予測の倍近い速度で三倍以上跳んで滅茶苦茶ビビった。


 いやまあ確かに、AGIを今の数値に上げて尚且つスキルも成長して更にソラの支援を敏捷に全振りした状態で全力跳躍したのはそういや初だった。


 でもまさかさ、真上に跳んだわけでもないのに推定四十メートル弱もぶち上がるとは思わないじゃん?


「は、ハルっ、ハルさ、高っ……―――!!?」


「いや普通にごめんだけど舌噛むからちょっと我慢!」


 必死にしがみつきながら涙を浮かべるソラを片手でしっかりホールドしつつ、もう片方の手で随時ブリンクスイッチを起動してお馴染みの変態空中跳躍機動。


 《クイックチェンジ》が進化を果たした《ブリンクスイッチ》だが、他のスキルを挟まない連続使用時に段階的な再使用待機時間クールタイムの減少とかいう神オブ神性能を獲得した。


 同系統の効果を持っていた《アクセルテンポ》の進化系である《コンボアクセラレート》との相乗効果もあって、以前までとは比にならない速度での連続起動が可能となっている。


 そのおかげでもうほとんど「空、飛べます」と言っても偽りではない移動能力を手にした俺。ただし誰かを抱えてそれをやる場合―――


「―――っ!!――――――っ!!」


 跳躍の度に高高度の宙空でガックンガックン揺すられるソラは堪ったものじゃないわけで……抗議なのか単に無我夢中なだけなのか、絞め落とさんばかりに俺の首に両手を巻き付けながら「下を見たら死」とでも言うように肩ってか首筋に顔を埋めてきて


「―――っちょ、ま、ソラさん息ってか口まじ首ィ……!」


 縋り付かれるのは慣れたものだし―――それもどうかと思うが―――至近距離で息を吹きかけられるのもまあ無理矢理スルー出来ない事はない。


 でも()()はアウト。女子に首筋喰まれて平気な青少年など存在しない。


 噛み付かれるってか口元を思い切り押し付けた結果、密着した唇に()()られてるだけだが―――だけってなんだコラ女子にそんな事されて冷静でいられる訳ねえだろ温もりがっががががが!!


 よし降りようもう降りよう。ほんの十数秒でkm単位の距離を稼いだ事だし、このゲーム本来は空中ジャンプとか不可らしいからこっからの追跡は考えなくて良いだろう。


 てかやばい。着地に意識を移して眼下を見渡せば、遅ればせながらに驚嘆してしまう。ナニコレもう町ってか街じゃん。


 そも俺はまずいったい何処に転送されてきたかすら把握してない訳だが、明らかに純ファンタジー然としたイスティアの町並みとは趣を異にする建築物の群れ。


 外見は確かにファンタジー入ってるんだが、何か建築の方向性というか、うっすら感じ取れるコンセプトってか求めるところに現代味……というか箱庭系や工場系ゲームの熟達者が作り得る効率厨風味が滲んでいる気がする。


 えっウソもしかしてだけど()()プレイヤーメイドだったり―――あぁゴメンよハイいま降ります、すぐ降りますからソラさんもう暫くご辛抱!




第二章、はりきって参りましょう!!

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