彼方の先へ
「―――んんんんん情報量ッ」
いやまあ、今は置いておこう。
なんか謎の評価規定とやらでレベルがいきなりカンストさせられたとか、それに伴って待ち望んでいたステータス振り直しらしき機能含めて新たなシステムが解放されたとか、あとついでになんか知らんシステムも解放されたとか、ひとまず全部そっくり後だ後。
ソラも隣でフリーズしてるが、後で一緒にあれこれワイワイやるとしよう。
だからとりあえず、今この瞬間は―――
『―――闘争の御子ら、よくぞここまで』
混乱する俺たちには構わず容赦なく進行していくのだろう、このイベントに齧り付いていくのが先決だ。
「ひゃっ―――なに、誰ですか……!?」
未だ頭上―――どころか半透明な足場の向こう側まで、全方位で慌ただしく飛び回り続ける無数の星。ぼんやりとそれらを目で追って居たソラは、前触れなく響き渡った声に肩を跳ねさせ驚きの声を上げた。
『試しの儀はここに至り、成りました。これより先、貴方達の前に拓かれるであろう真象でもなお、その剣の煌めきが眩くあらん事を』
「は、ハルさん……?」
「ん-、まあ、ありがちな」
空間、というよりは頭の中に直接といった感じで届けられる声。ソラもこれまでの経験を経て怪物云々に対する度胸は備わってきているが、こういった突発の事態を平然と受け流せるほどではないようで。
不安げに袖を摘まんで身を寄せてくるのは、果たして意識的なのか無意識的なのか―――というか何だろうな?この声どっかで聞き覚えが……と頭を捻れば、疑問はすぐに解けた。
「アレだ、ゲーム初期地点の洞窟で聞いた声」
そもそもアルカディアを始めて以来、システム側に類するであろう音声など一つしか聞いた覚えが無い。
どうやらソラも同一のものに心当たりはあるようで、俺の言葉に「そういえば」と緊張を解いた。それでも近付いた距離はそのままのようだが……俺も男だ、わざわざ指摘など馬鹿な真似はしない。
袖だけで良いの?腕ごと貸そうか?
「アレって、あれですよね。確か……戦神の加護?を頂いた時の」
「だね。陣営を選択して、レベルやらスキルやら色々解放されて―――っと!?」
「わぅっ!?」
鳴り響いていた声の残滓が耳から消え去り、互いに頷きながら言葉を交わしていた俺達を突如の震動が襲った。ビックリしたソラが今度こそ反射的な動きで腕に飛びついてくるが、残念ながら鼻の下を伸ばしている場合ではない。
いつしか、星の変遷はその動きを止めていた。そしてその無数の星が星座の如く描き出したのは、俺たちの佇む円盤上の足場を中心とした、途方もない規模の超巨大な幾何学模様―――魔法陣だ。
「っ……」
「なんとまぁ……」
背景全てが星宙というのもあって、全容の把握すらままならない狂いまくったスケール。
この仮想世界を訪れてもう何度目か―――間違いなく現実世界では一生お目にかかる事など無い、脳天をぶん殴られるような衝撃を錯覚する圧倒的な光景。
隣のソラは息を呑み、俺とて何ごとか喋ったように思えて、その実は口から掠れた息が零れるのみであった。
ただただ目を奪われる俺達を置いて、滞りなく変遷は続く。
黒宙を埋める無数の線は脈動するように光瞬き、数多の円が時計の秒針めいてカチカチと回る。いつまでも変わらないような速度で、しかしゆっくりと確実にその周期を狭めていき―――バキン、と世界に亀裂でも入ったかのような途方も無い破砕音が轟いた。
「っ……!」
おそらく既に、状況に呑まれて意識が地に足着かずの状態なのだろう。移り変わる一つ一つに健気な反応を見せるソラは、拠り所のように完全に俺の腕を抱き締めている。
そして俺の方もまあ……肝心のボス戦が残念な有様だったと言えども、トータルで考えれば思い出様々な冒険の、言うなれば「第一章完」的な節目ではある。
こうも壮大な光景を見せつけられて、おまけに器量良し声良し性格良しと文句の付けようのない推定美少女に、ここまで親密に触れられてしまえば……あれだ、無意識に盛り上がりもするというもので。
ピクリと驚きの反応をソラの手から感じ取って、いつの間にかその手を握っていた自分に気付いた。「やべっ」と自分でも驚きながら反射的にソラの方を向いてしまって、目が合う。
鮮やかな金髪にも劣らず輝く、大きな丸い琥珀色。気付けばその距離が近くて驚くのは、どちらかと言えばソラの行動を原因にしてそう少なくはない。
けれども、ここまでの至近距離はそうそう無い事だ。お互いの鼻が触れ合いそうなほど―――首を傾げば、キスだって出来てしまいそうな距離。
俺もソラも、互いに驚いた顔を突き合わせて……けれども、一秒経っても、五秒経っても、見開かれた瞳に拒絶の色はついぞ映らないまま。
映画のワンシーンという表現では不足してしまうような、言葉では表せない景色の中。
これが本当に映画なら、これ以上ないと言えるタイミングなのかもしれない―――なんて事を考える程度の余裕はある訳で、そんな馬鹿な真似はしないけどな。
だからソラさん、誤魔化しの愛想笑いに対して頬を染めたりしないで頂きたい。あんまり素直な反応を見せつけられると勘違い……じゃ、もしかしたらないのかもしれないけど、こっちまで盛り上がってしまいそうになるから。
―――と、ここ最近はご無沙汰だったラブコメムーブを有耶無耶にしつつソラから視線を外せば、先ほどの破砕音の出所はすぐさま目に飛び込んできた。
というか、上下左右どこへ目をやっても気付けただろう。初めの異音で一斉にそうなったのか、はたまた俺達が突発的に桃色をやらかしている間に走り抜けたのか―――『罅』が、星宙を描くこの空間全体を埋め尽くしていた。
もはや星は動かない。罅割れた宙の天蓋に最初から貼り付けられていたかのように、輝いていた筈のそれらは光も奥行きも失って―――まるで、造られた物である事をわざとらしく教えているかのようで……
ソラには内緒にしているが、実のところ俺は既にこの【試しの隔界球域】の仕組みというか設定について、ほぼ確で推察を済ませていたりする。
これまでの冒険で分かりやすく示されていた違和感は、ある程度ゲーム慣れしている者ならば備わっているであろう「メタ読み」によって把握出来ることだろう。
例えば、完全な異世界オープンワールドを謳うにも関わらず、マップごとの繋がりが存在せず移動は転移門に限定されているだとか。
例えば、容量も処理能力も天井知らずみたいなメイキングを各所に施しているくせに、マップごとに配置されているMobのバリエーションが環境に不釣り合いに乏しいだとか。
他にも目につくような所謂「伏線」というやつはチラホラと散見されたが、まあアレだ。身も蓋もない言い方をするならば養殖場。
開発の手で作られているゲーム……というメタ方向とは別の意味で、これまでの道程はあからさまに「作意」を意識させるようなデザインがなされていた。
つまり【試しの隔界球域】とは二重の意味でのチュートリアルエリア……ゲームとしてだけではなく、この世界の何者かが俺達を育て上げるために創り上げた―――人造の異界。
「人造……てか神造か?」
「はい……?」
無意識に零れた呟きに、各要因から処理落ちしかけているソラが混乱気味に見上げてくる。この様子だと彼女の中にはメタ読みのメの字も無かったことだろう。
「なんでもない。あと多分、砂漠の時みたいなパニック展開は来ない。そんなガチガチにならなくて大丈夫だと思うぞ」
心情を素直に述べるとするなら、迅速に心を落ち着けて速やかに離れて頂きたい。
雰囲気に流されて手とか握っちゃったけど、これダメなやつだから。
ソラさんが満更でもない反応見せちゃうとこまで含めてほんとダメなやつ。
調子に乗ってしまうというか勘違いむしろ確信しかねないというかほらもう腕めっちゃ絡めてきてるから当たってんのよ柔らかな温もりがさっきからさぁ!!!
「あの……あは、えと、なんとなく分かってはいるんですけど」
「うん……うん?」
割とグダついている男心を抑え付けて「少し離れてどうぞ」と意思表明をしたところ、何故か更に身を寄せてくるソラ。
ちょっと待ってやめて。これ以上俺の幼気な男心(笑)を刺激しないで。
「ごめんなさい、あの―――普通に怖いです……!ゲームだって意識しても、スケールが大きすぎて、本能的というか、宇宙っていうか……!!」
「あー……」
あれ、これ普通に怖がってるやつ?壮大な光景に圧倒というか気圧されてみたいなニュアンスでも、今後の展開を警戒してとかでもなく、ごく単純に怖がっていらっしゃった模様。
そうと見れば、少女は微かに脚を震わせていて―――幸いというか、そうと理解した途端に庇護欲が膨れ上がり、俺の中でグダつく男女の云々を塗りつぶしてくれた。
空いた手で頭を撫でてやれば、ソラよりもむしろ俺の心が落ち着いていく。
「ハハ……それじゃ、そんなソラさんに朗報―――そろそろだ」
俺を見つめていたというよりも、恐怖を感じる光景から必死に目を逸らしていたのだろう。ずっとこちらへ顔を向けていたソラを促すように、頭を振って視線で宙を示す。
「ぇ……―――」
そうしてソラの瞳が誘われた、まさにその瞬間の出来事だった。
光を失った星に代わり、強く輝き拍動していた無数の罅から迸る、一際の極光。あまりの光量に目を眇めた俺達の視線の先で―――宇宙が割れる。
「「――――――」」
もはや声すら失う俺たちを残して、砕け別れていく宙の破片。それらが溶けるように消えゆく先は、星空の壁の先にあった白光に溢れる無限の空間。
「あれって……」
消えいるようにそう零したソラの瞳に映るのは、ひとつの―――否、全部で七つの球体だ。
あるものに映るのは、果てない草原。
あるものは、雲海を見下ろす断崖の橋。
またあるものは、絶えず流れる砂の塔。
【試しの隔界球域】―――俺達を此処へ至らせるために誂えられた、何者かの箱庭。
見慣れた街並みを映すそのうちの一つは、イスティアの街だろう。「オープンワールドとは」などと疑っていたが、かの拠点も隔離された異界の一つに過ぎなかったというわけだ。
「っ……!」
「……っと、相変わらず説明は特に無しかい」
各々の心情で何とも不思議な景色に目を奪われる最中、俺達の身を包む見慣れた青い転移の光。その行先は―――きっと、慣れ親しんだイスティアの街とは異なる場所なのだろう。
「っはは……!」
不意に頭に浮かんだのは、いつか遊んだMMORPGで目にした「これにてチュートリアルを終了します」という素っ気ないメッセージ。
二人で駆け抜けてきたこれまでの比類なき大冒険が、数多のゲームでいうところの「その程度」でしかないという事実に、どうしようもなく胸が震える。
「あー……もう、なんだこれ―――神ゲーかよ……!!」
「え、ぇっ、な、なんです……なんですかっ!?」
いや、神ゲーだったわ。
堪えきれずに笑い出す俺と、そんな俺に驚いて慌てだすソラ。
新参者を脱して、新たに初心者としてメインステージへの扉を開け放った俺達を、転移の光が運び去る。
これから果てなく続くであろう―――仮想世界の新天地へと。
第一章、これにて了でございますッ!!
随分と駆け足めいた更新で、私としてはそれですらもどかしいくらいでしたが、ようやくの脱プロローグといったところです。
書きたい事の1%くらいは書けたかな?いいや書けてないな!といった感じでございまして、ここからは世界も広がり新しいキャラクターも一気に登場予定です。
馬鹿デカい風呂敷をぶちまける覚悟は出来てるのか私?
知った事か!死ぬ気で拡げて死ぬ気で畳めば良いんだよ!!
畳み終えるの何年後になるのかなぁ!?
あぁ、物語があふれて止まらない!!