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序説:永朽を謡う楔片

「―――あぁ~……田舎が恋しい」


 このところ、もう何度そんなぼやきを口にしたか分からない。


 首都東京―――俺の地元に比べて何倍、いや何十倍の「都会力」を秘めているのか見当も付かない程の都会オブ都会。これまでの十八年を田舎の民として慎ましく生きてきた人間が様々なギャップに音を上げるのに、三日もあれば十分だった。


 むしろ初日でもう死に体。都心からはある程度離れた部屋を確保したので「言うても半都会くらいだろ」と舐めきっていた俺は、桁外れなんて表現が生温いほどの人口密度にメンタルを殺された。


「コンビニに行くだけで何百人とすれ違うんだか……これが首都の実力ってやつか……」


 別に人嫌いでもなければ人混みが苦手という訳でもなし、バイト戦士時代があるため人の中で生きるのは苦にならない―――と思っていた時期が俺にもありました。


 ……まぁ、慣れるんだろうけどな。人間は中々に頭おかしいレベルの適応性を持った生き物である事は、過去三年で経験した様々な職場で嫌というほど思い知ったものだ。


「大学が始まるまでに多少は慣れてかないとな……」


 およそ二週間後から通い始める事になる大学まで、俺の部屋からは電車を乗り継いで二十分弱。そこそこアクセスの利いた良物件に滑り込めたのだが、それでも此処の人口事情では中々の苦難に満ちた道のりとなる事だろう。


 ―――さておき、だ。


 今日で実家から此方へ引っ越してきて三日。言い換えれば、引っ越しの日にカグラさんへ例のブツを預けてから三日。彼女が言葉通り仕上げてくれたならば、待ちに待った《語手武装》とご対面の日である。


 引っ越しに際して当然ながら色々と忙しく動いていたため、結局あれから一度もアルカディアにログイン出来ないまま今日になってしまった。ソラには数日空ける可能性がある旨を伝えてあるから問題無いが、流石にそろそろ俺が大丈夫じゃない。


 地理の把握やら手続き諸々挨拶回りなど、この三日でやるべき事はしっかり片付けた。買い出しも終えて、生まれて初めて手に入れた自分だけの冷蔵庫も二週間は引き籠れる程度にパンパンだ。宅配サービス便利すぎだろ、一人暮らしの神様かな?


 ともあれ、もう限界である。【神楔の王剣(アンガルタ)】戦から無理やりに鎮めたモチベーションの焔は、抑え込みが過ぎて爆発寸前なのだ。


「飯ヨシ手洗いヨシ空調ヨシ―――っしゃオラ行くぜ仮想世界ァッ!!」


 自由の象徴こと半袖短パンスタイルで勢い良く【Arcadia】の筐体に挑みかかり、実家から新居へと居を移した仮想世界への箱舟を起動する。


 クッション良好、相変わらず不安になるくらいの静音性で各部が動作し、透明な上蓋に「Ready」の文字がフェードイン。


「ドライブ・オン!」


 しがらみを消化する中で待ちわびた起動鍵を言い放つ。「Ready」の並びが「Standby」へと移り変わり―――俺の意識は、現実世界から仮想世界へとシフトしていった。



 ◇◆◇◆◇



「―――…………やべぇ」


 それ・・を目にして第一声、震える声でそう絞り出す。無意識に一歩後退った俺の眼前には、一人のプレイヤーと、彼女が抱える一振りの大剣があった。


「断言するよ―――私の最高傑作さ」


 いつもの快活な笑みとは似て非なる、獰猛さすら感じさせる不敵な笑顔。


 俺のログイン後に比喩無しの秒で連絡を寄越してきたカグラさんは、その手に抱いた品を「どうだ」と言わんばかりに突き出して見せた。


 隠しようもなく生唾を飲み込みながら、差し出されたその大剣―――否、鉄塊・・を指でタップする。


「―――【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】……!」


 展開したウィンドウが、大仰な銘と共にその詳細を俺へと示す。



序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】語手武装:大剣

 神を祀る楔の一柱、神楔の王剣(アンガルタ)より下賜された英詩の欠片。

  白き神威により萎びた鋼身は屑鉄なれど、

 脈動する王剣の武威は担い手と共に新たな王道を歩み出す。



 このゲーム、珍しい事に装備品には攻撃力や防御力といった分かり易い数値は設定されていない。というか、可視化されていないと言うべきか。


 コイツも例に漏れず、詳細ウィンドウとは名ばかりで記されているのは名前とカテゴリ、そして中二心に響く仰々しいフレーバーテキストのみ。本来なら何よりも記載すべき、その身に秘めた能力は―――


「―――成程ね」


 その柄を握った瞬間に【Arcadiaアルカディア】の十八番である脳内インストールが教えてくれる……いや冷静ぶってる場合じゃねえ何だこれマジか!?


「壊れてなぁい……?」


「二つの意味でね」


 俺の呟きに意味深に笑いながら返すカグラさん。どうやら彼女もコイツの能力は把握している様子だ。


 能力について零した発言に対して「二つの意味」と言ったのは、その外見に関してだろう。


 表記上のカテゴライズこそ大剣となっているものの、その見た目はおよそ「剣」とは言い難い。言ってしまえば「柄の付いた鉄の延べ棒」といった外見で、そもそも刃として機能する部位が見て取れない。


 制作途上品、或いはカグラさんも言った通り損壊していると言われて頷くしかないような有様だ。


 しかしながら、【神楔の王剣(アンガルタ)】の威容を未だ色濃く残す素材の輝きと、全体から放たれる形容しがたい情報圧のような何かがコイツに―――【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】に、そこらの武装とは一線を画す語手武装としての風格を与えていた。


「まぁ現段階での見た目はご愛敬さね。こっからコイツがどんな道を辿るかは、正しくアンタの道次第……そら、受け取りな」


 柄の先から鋒(?)まで、二メートルは下らない鉄塊だ。その重量は推して知るべし、カンストプレイヤーとして総合ステータスは俺より高いであろうカグラさんをして、懸命に支えているのだろう所作で差し出される。


 無意識に喉を鳴らしながら両手で受け止めれば、想像通りの容赦無い負荷が俺のアバターを押し潰さんばかりに伝わってきた。


「こいつぁ……とてもじゃないけど素では振れないな」


「というか、余程のSTR特化でも他の装備重量を落として両手持ちがやっとだろうよ。何でか知らないけど、武器として完成した瞬間に元素材より重量を増したからねコイツ」


「なにそれ物理法則どうなってんの」


 知る訳ないだろとカグラさんが笑う。


「ともあれ、これで依頼……いいや、契約は完了だね」


 語手武装の担い手と紡ぎ手は一蓮托生。途中から別の魔工師に浮気する事は出来ないため、『魂依器アニマ』に関するNPC職人と同様に末永い付き合いが決定付けられる。


 奇しくも表面上の口約束でしかなかった専属魔工師の肩書が、違えられない現実のものとなった形だ。


「改めて、これから宜しく頼みますよあねさん」


 文句など欠片も無い仕事を完遂してくれた専属殿に、感謝の意味含めて手を差し出す。満足そうに、そしてどこかホッとしたような様子を見せながら、カグラさんは躊躇い無く俺の握手に応じてれた。


「こちらこそ、改めて末永く頼むよ―――次「姐さん」って呼んだらはっ倒すから」


 なお、サラッと定着させようとした愛称には蹴りを入れられた模様。


 その外見で姐さん呼び拒否はキャラブレではなくって……?



自ら姐さんロールプレイしてる癖に「姐さん」呼びは可愛くないし恥ずかしいからって理由で拒否する姐さん可愛い。

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