ソロソラ
「―――ん……」
感覚的には数秒の事。微睡に近い一瞬の意識の空白を経て、閉じた瞼の向こうで世界が切り替わるのを肌で感じる。
もうすぐ二週間―――特別にさせてもらった試運転ズルの期間を含めればひと月と少しになるけれど……この感覚を「慣れた」と流せるようになるには、もう少し時間が掛かりそう。
パチリと目を開けば、見慣れた自室のものとは異なる天井。いい加減に道端でログアウトは卒業しようかという事で、初めて利用してみた『宿屋』の一室だ。
いつものように、現実の貧弱な身体とは異なる頼もしい感覚を確かめて―――勢いよく飛び起きて、ベッドを降りる。
【神楔の王剣アンガルタ】との死闘―――私に大きな転機を齎してくれたあの『冒険』は、つい昨日の事。
興奮冷めやらぬまま、けれどもお互いに疲労が限界に達している事は明白だったわけで。結局あの後は祝勝ムードもそこそこに、さらっと解散になってしまった。
なってしまった……なんて残念に思うのは、一夜明けた今でも胸に残る熱のせい。別れ際に見合わせた顔が互いに「名残惜しさ」を物語っていて、二人で笑ってしまったものだ。
思い返しても、あの戦いの最中は何から何まで無我夢中で……まるで物語の一幕のような、ひたすら熱に溢れた激闘。それを自分自身が繰り広げただなんて、今でも上手く信じられずにいる。
「ふふっ……」
それでも、やっぱりあれは現実のことで―――ようやく胸を張って相棒を名乗れるのかなって、嬉しくなってしまうのだ。
「さて…………どうしましょうか?」
と、本日は件の相棒―――ハルが何やら用事があるとかで、二日か三日ほどログイン出来ないだろうと昨日の別れ際に聞かされている。
それなら私もおやすみ―――とは思ったのだが、昨日の今日で特に用事もないまま興奮を消化することができず、気付いたら【Arcadia】を起動してしまった。
「そういえば……ハルさんと出会えてから、私ひとりで何かしたことありませんね……?」
どうしたものか。こういう時は……そう、確かハルがこんな事を言っていた気がする。
「何をするにも、まずはステータスと睨めっこから……!」
なんでもそれが、RPGというものの常なんだそうな―――
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Sora
Lv:42⇒67(250)
STR(筋力):50
AGI(敏捷):100(+10)
DEX(器用):100(+10)
VIT(頑強):70
MID(精神):100
LUC(幸運):50
◇Skill◇
・魔法剣適性
《オプティマイズ・アラート》 New!
魔剣念動
追尾投射 New!
魔剣生成効率化 New!
・光魔法適性
《クオリアベール》
・《スペクテイト・エール》⇒《天秤の詠歌》up!
・《観測眼》
・癒手の心得
・見切りの心得 New!
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「ふむぅ!」
アルカディアを始めるまで、私はゲームというものに触れてこなかった。
そのため『レベル』や『ステータス』なんて概念にも親しみが無かったのだけれど……こうして努力が明確に数値として積み上がっていくというのは、なんとも言えない充足感を感じさせるものだ。
ハルが「レベル上げは中毒性がある」などと言っていたが、今の私はもうすっかりその言葉に頷けてしまう。
そして積み上がったステータスポイントよりも更に頰が緩んでしまう要因が、何を置いても燦然と輝く《天秤の詠歌》の文字列。
もはや私のステータス欄に、瑕など一つもありはしないのだ!
……短弓ツリーは、その、しばらくおやすみしていて頂ければと。
控えに降格した《短弓適性》スキルからそっと目を逸らしつつ、大幅なレベルアップのおかげで潤沢なポイントをステータスに振り分けていく。
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Sora
Lv:67
STR(筋力):100
AGI(敏捷):150(+10)
DEX(器用):150(+10)
VIT(頑強):100
MID(精神):170
LUC(幸運):50
◇Skill◇
・魔法剣適性
《オプティマイズ・アラート》
魔剣念動
追尾投射
魔剣生成効率化
・光魔法適性
《クオリアベール》
・《天秤の詠歌》
・《観測眼》
・癒手の心得
・見切りの心得
――――――――――――――――――
AGI贔屓がハルに引っ張られてる気がしないでもないけれど、アレと肩を並べるためにはある程度の脚を確保する必要があるだろう。
近接転向に際して無駄になるかと思われたMIDも、魔剣運用コスト及び《天秤の詠歌》による継続的な消費を考えれば、MP保有量を伸ばすために重視する必要がある。
逆に、ハルが言うには「慣性ブースト」で威力不足を補う事の出来るSTRと、基本的に軽装のため焼け石に水感が強いVITは最低限の補強で済ませて―――
「これでよし、です!」
ステータスの更新を終えて、その後にやる事など決まっている。
思えばこれが初めてかもしれないが、昨日の激闘に比べれば一人でフィールドに出るくらい恐れるに足らず!勢い良く部屋を飛びださんと駆け出した私は―――
「ふむぎゅっ―――!?」
指先一つで五割増しとなったAGIに蹴飛ばされるかのように、扉に激突して悲鳴を上げたのだった。
◇◆◇◆◇
部屋数無限の即席生成型という実にゲームチックな宿屋を後にして、向かった先はステータス更新後の試運転でお馴染み【地平の草原】。
すっかり見慣れたのどかな景色の中、あちこち飛び回って強化されたステータスの慣らしをしたり、新たに獲得したスキルの挙動確認をしてみたり、乱入してきた【土埋の大猪】と思い切って一人で戦ってみたり。
―――そんなこんなで色々あって一時間後、私は【断崖の空架道】の行き止まりで一人ぽつんと立っていた。
「……???」
三つ目の初心者エリアの終点こと円形台地、そこは即ち【断崖の空架道】におけるボス戦フィールドである。
過去、ハルと共に訪れた際にはそれはもう酷い目に遭わされたせいで軽いトラウマすら患っていた……はずなのだけれど。
呆けるままに立ち尽くす私の前に浮かんでいるのは、今しがた終えたばかりの戦闘結果を告げる一枚の簡素なシステムウィンドウ。
このエリアのボスモンスター群である【大翼の鳥群】ことグローバードを撃破した際に、既に一度は目にした討伐達成の表記だが……私が首を傾げてしまったのは、そのリザルトに至るまでの過程が問題だったからだ。
第一エリアである【地平の草原】から都合三つ、これまでに踏破してきたフィールドを無傷かつ一時間程度で駆け抜けてしまった。
見ているだけだった大猪も、追い回されるだけだった巨大蠍も、結局は終始ハルに任せきりだった鳥群さえも―――ほんの少しも「怖さ」を感じなかった。
「レベルは……確かに適正外かもですけど、それにしたって……」
ボスのフィールドへ至るまでの道中はまだしも、かのボスモンスター達は前提からして一人で挑むような設計はされていない。
ハルが言うには「ぶっ壊れ」の『魂依器』を手に入れて、ステータス的にも適性を大きく上回っているといえど、それでも得られる戦果は「楽勝」辺りが妥当なはず。
―――準備運動にもならないと感じてしまうような事態にはならない、と思うのだけれど。
「ええと……」
持ち上げた自分の手を―――正しくは、見た目的には現実の自分と大差無い【Sora】というアバターを見つめながら。
「だ、大丈夫なんでしょうか、これ……」
そう呟いた戸惑いの声は、台地を浚う風に吹かれて静かに響き渡った。
ブックマーク1000件突破!嬉しさのあまり熱を出しましたが私は元気です!
沢山の方に読んで頂けて本当に嬉しく思います。ご期待に応えられるよう頑張りますので、どうか今後ともお付き合いくださいませ!