担い手、紡ぎ手
「アンタ、テラーアーマメントについて知識はあるかい?」
「無い!」
スパッと即答を返してみせると、カグラさんは「だろうね」と苦笑を零す。
「テラーってのは恐怖云々のterrorじゃなくて、語り手とかそっちの意味のtellerさね。簡単に説明するなら、プレイヤーが作成可能な『魂依器』みたいなもん……つまり、成長する武具だ」
「アニ……え、マジで」
何だそりゃ。類似品ってなら魂依器について調べた時にでも目に入りそうなものだが、そんな情報は記憶のどこにも無い。
「多少あれこれ調べたくらいじゃ知識に無いのは仕方ないさ。滅多に話題に上がらないような、ほとんど無いもの扱いのコンテンツだからね」
「はーん……?魂依器の親戚ってなら、それこそ『取り返しのつかない要素』で検索に引っ掛かってそうなもんだけど」
魂依器然り、ステータスの振り直し可否然り、その手の知識だけは漏らすまいと結構気合い入れてネットをサルベージした自信はあるのだが。
「取り返しが付かないも何も、まず手に入らないんだからそれ以前の問題なのさ」
あぁ、成程。つまり普通ならば初心者が手に入れられない代物だから、新規者ガイドなんかには載っていないような情報と―――
「―――アルカディアのサービス開始以来、語手武装の入手に成功したプレイヤーは四人しかいないからね」
「よにっ……」
why?なんて?
「入手報告が挙がった時なんかはそりゃもうお祭り騒ぎになるけど、そうじゃなけりゃ誰も「手に入らない強力な武器」の話なんて進んでしたがらないものさ。叶わない羨望なんて嫉妬になるだけって分かって―――」
「ちょ―――ちょちょ、ちょ待ったストップストップ!」
話は分かるがそんな事はもうどうでもいい。いま俺に最優先で必要なのは迅速な事実確認に他ならない―――つまるところ、
「これ、テラー、オーケー?」
「その素材、だね」
―――っすうぅうううううう………………
「―――マジかよァアッ!!!」
「うわビックリした!急に叫ぶんじゃないよ、無理もないかもしれんけどね」
カチ上がったテンションのままに天井を仰いで雄叫びを上げた俺に、望外の吉報を齎した魔工師が呆れたような声をあげた。
「ちょっと待って落ち着け!確定?確定で大丈夫か?素材段階で分かるもんなの?やっぱ後から違ったわごめーんとか無しにして頂けると有り難いってかその辺どうなの詳しくちょっと」
「いや近い近い五月蝿い鬱陶しい!気持ちは分かるけど今度はアンタが落ち着く番だよ!」
おっと俺としたことが思わず取り乱してしまった。行き場を求める高揚の捌け口にと残っていたツマミのヘビフライを口に押し込み、よく分からん名前の謎フレーバー炭酸水で流し込む。
……うむ、口一杯のものを一息に飲み込んだとて欠片も腹に溜まらない特大の違和感。よし落ち着いた。
「いや失礼……けど解答は是非欲しい。そこんとこ如何?」
「たく―――素材段階でも魔工師なら分かるさ。いや、分からないといけないんだ。ある意味で語手武装ってのは、使い手よりも作り手にとって莫大な価値がある……それを見逃すなんてこと、あっちゃいけないのさ」
はて、お墨付きを頂いたのはマジもんの雄叫び&ガッツポーズ案件だが、何やらよく分からんことを言い始めたカグラさんに首を傾げる。
「作り手……つまり魔工師、カグラさんにとっても?」
「勿論アタシにも、さ。さっきも言った通り、これまでに語手武装を手にしたプレイヤーは四人。コイツと違って初めから武器の状態で入手された品もあるけど、製造過程は無くとも強化過程で魔工師の手は入る―――そして重要なのが、語手武装の製造及び強化に携わった魔工師には、特別な特典がある」
……彼女がこうまで勿体ぶった言葉回しをするのは珍しい。というか、先程から浮かべる表情が見たことないレベルで本気のそれだ。
伝染してきた緊張に思わず喉を鳴らしつつ、専属魔工師殿(仮)の続く言葉を無言で促す。
「特異称号【伝承の紡ぎ手】―――それが語手武装の担い手と契約を交わす事に成功した魔工師に与えられる栄誉。そしてその称号が齎す効果は……」
「こ、効果は……?」
カグラさんのこの感じ……古参プレイヤーの彼女にこれほどの剣幕をさせるユニークタイトルとやらの効果、恐らく新参の俺なんかでは考えが及ばないような埒外の恩恵が―――
「制作物に、職人の名を刻めるようになる」
「別ベクトルで埒外の恩恵きたな?」
いやまあ三年を経て数人しか享受出来ていないような称号に、制作物の性能がどうたらなるインチキ効果なんか付与したら暴動もんか。
「てか、製作者の名前とか普通は入れられないんだ?」
「物理的に制作物に刻む事は出来るさね。ただし字体をトレースする方法なんか幾らでもあるから製作者の証明としての役割は果たせないし、自分の得物に他人の名前が刻まれるのを嫌うプレイヤーもそれなりにいる。自己満足でしかない著名は、そういうブランドとして確立してる刀匠魔工師くらいしか流行ってない」
「はぁ、それじゃ称号の効果ってのは……」
「【伝承の紡ぎ手】の称号を持つ魔工師が制作した品には、システム的にその名が刻まれる。具体的には、アイテム説明欄の端っこにプレイヤー名が記載される。その名をタップすれば、どの語手武装に関わった何処の誰かなんてプロフィールまで紹介してくれるオマケ付きさ」
それ、名前刻まれるの嫌な人は結局嫌がるのでは?
「そりゃそこらの木端職人の名前が彫り込まれるのを嫌う奴はいるけどね、テラーアーマメントに携われるだけの実力―――そして幸運を勝ち取った名工の著名を貰って、嫌がる奴はそういないよ」
「あー……そりゃまあ確かに」
なんかご利益ありそうだしな。
「ご利益どころの話じゃないよ。なんせこの仮想世界に四人……一人増えても五人しかいない名工の名だ。たとえ数打ち品だとしても、その作品にはオンリーブランドとして破格の価値が付いて回ることになる」
まあやたらめったら名入りを流したら価値も格も駄々下がるけどね―――と締め括るカグラさんに、俺は成程成程と納得して頷きまくる。銘を入れるかどうかは製作時に選択出来るらしいが、実際俺なら是非入れてくれと頼む事だろう。
「さて……それじゃあ本題だ」
俺がテラーアーマメントについて―――正しくは、その制作に関わる魔工師が賜る事になる恩恵について理解したのを見計らって、彼女はそう切り出した。
「この話……どちらの立場が上か、正しく理解したね?」
「それはもう、完璧に」
ここまで懇切丁寧に説明してくれたのだ。仮にゲーム知識やらオンラインゲームの経験値やらが皆無だったとしても、人並みの常識を備えていれば分かる。
この話、比較にならないほど圧倒的に俺が上の立場にいる。
埒外の稀少性に加えて制作に携わること自体に莫大な価値が発生する以上、明確に依頼者側が職人を『選べる』という事だ。つまり俺が職人に頼むのではなく、職人の方から「頼むからやらせてくれ」と願われるような案件というわけで……
「……意地悪なこと言うけど、素知らぬ顔でやっちゃうのもアリだったのでは?」
「アンタとは長く付き合いたいと思ってんのさ。それでなくても、客を騙すなんて恥晒しは職人として出来やしないよ」
ヤダ格好良い……。ホントもう言動がイケメン過ぎて惚れそう。
「まあ格好付けといてなんだけど、実際そんな事しても後からバレて破滅一択だ。アタシとしては、こうして誠意を示して恩を売る方が今後に繋がるのさ」
いやぁ、そこで悪戯っぽくウィンクかますのは反則だと思うんだよなぁ……。
「てことで……どうする?」
どうするか―――それは他でもない、彼女に託すのか否かという択だ。
「アタシの所属する【陽炎の工房】は、西国ヴェストールの二大職人クランの片割れだ。その中でもアタシはそこそこ目立つ方でね、縦にも横にもある程度は顔がきく―――アンタが望むなら、アタシよりも『上』の職人に話を通してやるよ」
「……マジか」
無意識に、そんな言葉が漏れた。
ただしそれは「良いの?マジで?」などという期待の声ではない。「そこまで言っちゃうの?マジで?」という驚嘆のそれだ。
彼女の言った通り、この場で出来うる限りの誠意というならばそうするしかないのは分かる。
しかし立場が逆だったとして、彼女と同じ事を口にする自信は俺には無い。
彼女ほど真っ直ぐに、真剣に、躊躇うそぶりなど毛ほども見せずに……例えこれが演技だったとして、俺がこれから白旗を上げるのも仕方ないんじゃないかなぁ。
「まあ俺的には、最初からそのつもりだったわけで……」
「他でもないテラー案件だからね。話を持ってけば【最優】と名高いうちのクラマスも、その自称ライバルお隣さんの【灼腕】だって、二つ返事どころか大枚叩いて飛び付……」
「んじゃ専属魔工師殿、いっちょ頼みますわ」
「くだろう―――さ……、…………」
最優だの灼腕だの、興味の惹かれる単語についてはまたの機会に伺うとして、気軽く差し込まれた俺の言葉に、沈黙したカグラさんはジッと俺を見つめた。
「……アンタの性格的に、正直そう言うだろうとは思ってたよ」
「まあ、それはね?」
「言っとくけど、語手武装の性能は魔工師の腕にも掛かってくる。希少性に見合った最低ラインは保証されるけど、半端物に成り下がる可能性だってあるんだ」
「ふむ」
「アタシは自分の腕に自信もプライドも持ってる。けどね、両手の指じゃ数え切れないほど〝上〟がいることは職人として認めてるんだ」
「成程」
「その中の、アタシが最上だと信じる連中に紹介してやるって言ってるんだよ―――その上で、私に頼むって、君はそう言うんだね?」
また彼女の素らしき口調が顔を出し始めたが、このタイミングでツッコミ入れるのは野暮という物。
真剣極まるその瞳に気安く笑顔で答えて見せて、俺は片手でカタカタとウィンドウを操作する……数秒後、俺とカグラさん両者の眼前に現れたのは、鏡写の二枚のシステムウィンドウ。
―――【神楔の萎片】を プレイヤー:Kagura へ預託しますか?
「こっちも借りがある―――とかはまぁ抜きにして、さ。そこらの職人よりも、目を掛けてくれた信頼できる職人の名前が欲しいじゃん?」
「っ…………」
お、初めて見る表情頂きました。格好付けた甲斐があったぜぐへへ。
「……ほんとに、いいんだね?」
「男に二言はないってやつ」
冗談めかしつつ気取って見せれば、心なしか震えているように見える彼女の指先が取引受諾の選択肢を叩く。
ささやかなサウンドと共に閉じられた二枚のウィンドウ。取り払われた半透明のカーテンの先で―――俺は魔工師の瞳に燃え盛るなにかを幻視した。
「ハル君」
「うっす」
「注文は?」
「武器が良いかなぁ。手持ちが軒並み全損したから……出来れば、サイズと重量を生かしたゴツい奴」
「斬撃系?打撃系?」
「んぁー…………斬、かなぁ。【神楔の王剣】の得物が大剣だったし、それあやかる方向で」
「分かりました」
了承して頷きはしたものの、その瞳は既に俺を……というか、この場を見ていないような気がした。
そのまま十秒、二十秒、一分、二分と長い長い沈黙を経て―――彼女は、椅子を蹴倒さん勢いで席を立つ。
「三日、ください」
「ぇ、あ、了解」
「連絡、します。仕上がったら、こちらから、またここで」
「はい、うん、オーケー」
恐らく思考が既に構想へ掛かり切りになっているのだろう。継ぎはぎの言葉でそれだけ言って、カグラさんはやや覚束無い足取りで店のドアへと向かう。
色々と呆気に取られて見送る俺の視線の先で、彼女は最後に勢いよく振り返って、
「―――私、頑張りますからっ!ハル君もう、ほんと、最高ですっ!!」
今日、いくつめの初めて見た表情だろうか?
まるで花火のように笑顔を炸裂させて、カグラさんは跳ねるように外へと飛び出していった。
「……………………………………」
そんな姿を無言で、というかリアクションの隙さえ与えられぬままに見送って、
「敬語……あれが素か……?やはり清楚丁寧礼儀正しいお姉さん系……?」
自覚せぬ混乱のまま真面目な顔して空っぽのカップを仰ぎつつ、
「最高かな?」
俺は言語化困難なギャップ萌えに脳をやられ、一人でアホな事を呟いていた。
ちなみに彼女は全体の印象を見ると気の強そうな「姐さん」ですが、よくよく顔だけ見ると童顔かつ可愛い系であるという事実をここに記しておきます。お納め下さい(?)
地の文でクドクドと容姿を描写するのが好みではないという理由で、これまで登場人物の外見説明はアッサリしたものに留めてきました。のですが、流石にもうちょっと詳しい情報があった方が良いかなと思い始めたので、一章部分が区切りになるタイミングで人物紹介も投稿する予定です。
主人公に至っては「フツメン」くらいしか描写が無いんですよ、かわいそうですね。
・ジャンル別月刊ランキング5位にランクインさせて頂きました。
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