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戦果報告

 ―――【神楔の王剣(アンガルタ)】との激闘から、一夜明けて。


「………………………………」


 いまや馴染みの待ち合わせ場所となっているイスティア街端のカフェバーにて、表を行き交うプレイヤー人口を考えれば不自然なほどに来客の無い店内のカウンター。


 隣の席に座す鮮烈な紅髪の着物美人さんは、かれこれ三十秒は口を閉ざしている。その原因を己が口によってぶち撒けた俺はといえば、しばらく前から凍りついた空気を誤魔化すように、オーダーした軽食をつついていた。


 ディップソースの添えられた白身魚のフライは、食えども食えども腹に溜まらない違和感を無視さえすれば中々の美味だ。


 なお一口サイズのフライは原材料が【流転砂の大洞穴】に生息する体長二十メートル強のあん畜生である点と、ソースがお世辞にも食欲をそそるとは言えない蛍光色のショッキングピンクである点の二つも目を瞑るものとする。


「……あれ、てことはこれ魚じゃなくて蛇―――」


「―――とりあえず」


 気付かぬうちに初めての蛇食体験をしていた事実に思い至るも、まぁ美味けりゃ良いかと再び皿へ手を伸ばす俺の横で、一分近くのフリーズから着物美人さんが復帰する。


「……とりあえず、色々なアレは呑み込んで、おめでとうと言っとくよ」


「あっはい、どもっす」


「アレを前にしてよくまあ挑む気になったもんだとか、そもそも何で普通にボス部屋に辿り着いてるんだとか……挙句の果てには未確認の演出込みで撃破したとか?ツッコミは山ほどあるけどまぁ置いておこう」


「あ、あざっす……?」


 はて、カグラさんから何やら謎のプレッシャーを感じる。確かに少々頭の悪い冒険譚を披露した自覚はあるが、呆れられこそすれど怒られる謂れは無いはずだが。


「一応言っとくけど、アンタの相棒の身に起きた戦闘中のスキル成長は絶対に口外しないことだよ。覚醒スキルは前例が一件しかない上に、その一件の事例者がアルカディアのトップだからね……アンタの時とは訳が違う規模の騒ぎになりかねない」


「えぇ……覚醒スキルってのは?」


「漫画やアニメよろしく、戦闘中の土壇場で進化を遂げたスキルのことさ。戦いの最中で力を増すなんてヒロイックなシステムは、本来このゲームには無いんだよ」


 うちのヒロインの主人公適性が高過ぎる件について。


 てかアルカディアのトップって例の【剣ノ女王】ことアイ……いやアリ……アリス?だかアリサだかみたいな名前の天使の事では?


 アルカディア史三年を経て、それに続いての史上二人目?―――もう本当に何者だようちの相棒殿は、お兄さん嫉妬しちゃいそう。


「それで、そんな事すらどうでもいいんだよ。いち魔工師として、見逃すことなんざ出来ない特大のネタは―――見た事も聞いた事もない未確認素材、しかもドロップ元がカンスト適正のシークレットボス……!」


 徐々に捲し立てるような口調へと変じるカグラさんの、出会って以来はじめて見るような表情を見て気付く。


 この人あれだわ、別に怒ってるわけではなく―――


「―――出して。ほら出してっ!出して見せて触らせてほら早くっ!」


 ……単に好奇心(ワクワク)が振り切ってるだけだわ。素の口調がコンニチワするくらいテンション上げていらっしゃるだけだわ。


 ビックリするくらい純真無垢なキラッキラ笑顔が「着物着崩し姐さんキャラ」に死ぬほどミスマッチだ。何というかもうギャップが過ぎて推せる。


 胸の内で推し評価に数値をプラスしながら、インベントリから【神楔鎧の萎片】を取り出してオブジェクト化させる。


 欠片とは名ばかりの一抱えもある金属塊を、まさかカウンターに乗せるわけにもいかないので床に下ろす―――と、まるで道端で興味を引く何かを見つけた子供のように、カグラさんはシュパッとしゃがみ込んで食い入るように未知の素材の鑑識を始めた。


 あーあー着物の裾が盛大に床にってか何だよあのスリット着物にスリットなんてあるのかおみ足がってかその着崩しスタイルでそんな無防備に前のめりになったら合わせの隙間からあー!いけませんお客様!あー!!


 ソラ相手に紳士を気取っている手前、チラと覗きそうになった胸元から音速で目を逸らす男が一匹。そんな俺を他所に、金属塊を夢中で検分していた魔工師様はといえば……


「―――……え、え?」


 しばらくしてから、呆然とそんな声を零す。


 数多の素材群に触れてきた彼女の言から、この戦利品が熟練の魔工師ですら聞いた事のない未知の素材であるという認識は得ている。なればこそ、見た事のないテンションを曝け出すカグラさんに多少引きつつも、内心では一緒になって盛り上がっているわけだが……はて、そこまで呆然としてしまうような代物だったのか?


「ええと……カグラさ―――」


「ハル君」


 そこそこ尋常ではない様子に声を掛けようとして、今までと一転して醒めた声音に遮られる。思えば名前を呼ばれるの初なのでは……などと呑気な思考の隙は与えられず、俺は気付けば勢いよく振り返った彼女にグイと詰め寄られていた。


「うおっ、ちょ、なに」


「正直に答えて。コレ、まだ誰にも見せてないよね?知ってるのは、私だけ。大丈夫?」


「え……は、はい」


 いや近いってか圧。


「か、カグラさんちょっと、落ち着こうか?」


「落ち着いてるよ?」


 落ち着いてねえよ、姐さんキャラどこ行った。


「いやいやいや近い。あとキャラが迷子になってんよ」


「なに、キャラ……っ」


 流石に面と向かって他人のロールプレイに口出しするのは憚られたが致し方なし。指摘されて気付かないほど取り乱しているわけではなかったようで、カグラさんは言葉を詰まらせた後にゆっくりと俺から距離を取った。


 それから気まずそうに顔を背けて、一度二度と深呼吸。


「……あー、悪かったね」


 恥ずかしさまでは取り繕えなかったようで、被り直した澄まし顔(ロールプレイ)はしかし頰に朱が差していた。なんとまあ可愛らしい所もあるというか、会うたび印象が二転三転する御仁である。


「まあ気にせず……んで、そこまで取り乱すほどの品だったので?」


「あぁ、まあ何というか……そうだね。品質的には、【神楔の王剣(アンガルタ)】からのドロップ品とは思えないくらいの粗悪品だよ。勿論、アンタがこれまで拾ってきた素材群と比べれば破格の一品ではある」


 ふむ。まあ「萎」なんて文字が含まれている時点で察してはいたが、やはり【神楔の王剣(アンガルタ)】から入手できる通常素材と比すると劣化品らしい。


 忖度まみれで転がり込んできた戦利品だけに「そりゃそうか」とアッサリ納得出来てしまうが、しかしカグラさんの態度的に話がそこで終わらないだろう事は明白。


「オーケー、()()()?」


 なので続きを察してそう促せば、彼女にしては珍しく何やら逡巡した様子を見せて―――数秒の後、普段通りの明朗さを取り戻すと真直ぐに俺を見据えて口を開いた。


「それじゃ単刀直入に……アンタ、()()()()()()()()()について知識はあるかい?」



ジャンル別日間に続きまして、週間ランキングでも一位を達成いたしました。

ひとえに応援して下さる皆様のおかげでございます

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