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神を祀るは楔の王剣、世界が祝しは詠歌の天秤 其ノ陸

 ―――まず前提として、俺はこれといった攻撃スキルを持っていない。


 唯一と言って良いのが投擲スキルの《ピアシングダート》だが、これは「鋒」を備えた武器を投擲した際にその速度と正確性を向上、加えて少々の貫通性能を与えるというものである。つまりは任意起動の補助スキルといった具合なわけで、分かり易い必殺の一撃(アサルトスキル)とは決して言えない地味なものだ。


 それもこれも《クイックチェンジ》とかいう神オブ神スキルに全リソースを極振りしたかの如く、我が親愛なる《全武器適性》ツリーが攻撃スキルを滅多に生やさないという極大の不具合を抱えているせいだが―――それならそれで、やりようはある。


「舌噛むなよッ!!」


「今更、ですッ!」


 両腕にしっかりと抱えたソラを伴って、床を蹴り砕かん勢いでスタートを切る。同時に動いた【神楔の王剣(アンガルタ)】へ向かって―――ではなく、奴を中心に円を描く軌道。


 踏切と同時に《フェザーフット》起動。ブーストを掛けた跳躍機動で初動の緩慢を殺し、《護送健脚》の効果により腕に抱えたアバター(ソラ)の重量を無視して、俺の脚は一気に加速する。


「別に忘れてたとかじゃねえから―――出番だぜ猪魂!!」


 一定の距離を取るように最高速を出し続ければ、【神楔の王剣(アンガルタ)】は俺の足には追いつけない。俺を執拗に追い回すことを早々に放棄して、迎え撃つ構えで腰を落とした奴の周りをグルグルと回る末に―― ―《ボアズハート》が起動する。


 最高速度から失速しないまま約五百メートル。発動にそれだけの助走を要するこのスキルは実際使い難く、遠くに見えてる相手へ走り寄ってからの一撃くらいしか使い道のない死札と化していた。


 しかしながら僅かでも重い一撃を望む現状、少ない手札は一枚たりとも遊ばせておく訳にはいかない。起動を告げるささやかな青い風切りエフェクトが俺達を包み込み―――()()()()()()の報を知らせた。


「覚悟はッ!!」


「いつでもッ!」


 もう余計なやり取りは必要ない。お互いもう十割自棄で、しかしながら笑顔のもと交わし合った一言ずつを号砲として―――《浮葉》起動。角度を異にして叩き付けた足を起点にベクトルを強制転換、待ち受ける【神楔の王剣(アンガルタ)】へと挑み掛かる。


 生身であれば目も開けていられないような過加速からの踏み切り。数十メートルなどという些細な距離は一瞬で食い潰して、未だ綻びも見せぬ鉄の巨体が眼前に迫る。


 初動は―――【神楔の王剣(アンガルタ)】!!


「―――私が!!」


 今更、何を心配する必要があろうか。大剣を振り翳した巨騎士に反応したソラを、躊躇いなく両腕から解き放つ。


 俺をカタパルト代わりに―――更には携えていた砂剣の一本を足元に飛ばし、先んじて宙を駆けた少女は、自分を追随した巨剣へ真っ向から挑み掛かり、


「ぃ―――やぁあああぁああああッ!!」


 これまでで最大の、裂帛の気勢。両手で握り締めた最後の剣を、全霊をもって振り抜いた。


 巨剣の横腹へと叩き付けた反動のまま、ソラの身体は横へと逸れて―――それだけには留まらず、小さな身体は激甚の衝撃を持って勢いよく吹き飛ばされる。


 しかしてその成果は―――


「―――ッ……行って!!」


「―――受け取ったァッ!!!」


 後に続いた俺から微かに逸れた大剣とすれ違いざま、飛来した彼女の最後の砂剣(意地)を右手に―――左手には【白欠の直剣】を力一杯握り込む。


 これだけやっても得られる成果はカスダメだって?知った事かよ!!


 身体のすぐ横を走り抜けた巨剣の終点で柄を蹴り付け、視界が線一色になる勢いで激しく横転した身体は、《浮葉》の効力により失速どころか加速を続けて―――よう鎧野郎、クッッッッッッソ楽しかったぜ実質俺らの勝ちって事で良いよなぁッ!!


「く……たばれオラァアッッ!!!」


 加速の勢いと遠心力と捻転力、更には地獄のような激戦が齎した達成感と疲労感と感謝と怨嗟の全てを乗せて、俺達の最後の一撃(ラストアタック)は、高らかに【神楔の王剣(アンガルタ)】の鼻っ面を引っ叩いた―――









 ◇◆◇◆◇


 果たして、それは気まぐれ。


 或いは寵愛、或いは親愛。


 また或いは、散々に楽しませてくれた者への、賞賛と感謝の贈り物。




「―――つまりませんね」




 彼女はただ、自分の感情だけに従って、




「主人公とヒロインには、やはり華々しく勝利して頂かないと」




 世界の理を、弄り回す。


 ◇◆◇◆◇









 轟音、衝撃、そして―――粉砕。


「な、に……!?」


 一息に振り抜いた双剣が、傷一つ付けられずにいた騎士の鎧兜を爆砕するかの如く割り砕いた―――そんな理解不能な光景に思考が止まる。


反動に備えていた両手に伝わる感触は、まるで薄いガラスでも叩いたかのような些細なもの。空中で致命的な硬直を晒す筈だった身体はその予期せぬ手応えに勢いを余し、粉砕した兜の破片の中を駆け抜けて放り出された。


「―――ッ!」


 何だか知らんが、何かが起きた。


 つまり、呆けたまま墜落して死ぬ訳にはいかなくなった。


 身体の速度に引っ張られるように延ばされた体感時間の中で探し物……ひと足先に落下した相棒の姿を反射的に探して―――見つけた。


 《クイックチェンジ》―――未だ回転の余韻を残す身体を無理やり従えて、刃部分が全損して「棒」と化している大斧を足場に召喚。成す術なく床へと落ちていく少女の元へ駆ける。


「ソラ!」


「っ、はい!」


 俺が片手に残した砂の得物を振りかざして呼び掛ければ、意思疎通は瞬時に通る。砂剣を手放してソラのアバターを捕まえた俺の足元に、主の制御下に戻った魔剣が飛来して足場となった。


「っ、ぅく……!」


 瞬間、腕の中から何やら辛そうな声。ガクンと沈み込んだ足場・・の感覚から察するに、流石の魔剣もアバター二人分の重量は支えてくれないらしい。クッション代わりに留め慌てて床へ飛び下りれば、ラストアタックを飾った最後の魔剣は役目は果たしたとばかりに虚空へと消えていった。


「何がどうなって……」


 抱き抱えたソラと二人、頭部を失った【神楔の王剣(アンガルタ)】を仰ぎ見る―――その先で、状況は更なる勝手な・・・変遷を続けていた。


ひび……?」


 疑問符と共に反射的に浮かんだ言葉を、呆然とソラが呟く。巨騎士は兜を砕かれて一歩退いた体勢のまま微動だにせず―――否、動いてはいる。まるで動きを何かに縛り付けられている・・・・・・・・・かのように、その巨体は軋みを上げながら震動している。


 そしてその全身に、夥しい数の罅が走っていた。頭部を失った首元から脚甲の爪先に至るまで、薄らと発光する不可思議な白い罅が。


「………………いや」


 口から漏れ出たそれは、ほとんど無意識。しかしながら、激戦の最中で印象に残っている幾つかの『痕』が、天啓にも似た確信を俺に齎した。


「あれは傷痕・・だ」


 ソラを床に降ろして、空いた手に召び出すのはただ一振り残された直剣。


「……その剣、そんな風に光ってましたか?」


 【白欠の直剣】の鈍色の剣身の中で唯一、白に染まった鋒がまるで脈動するかのように淡い光を放っていた。そしてその白光は、【神楔の王剣(アンガルタ)】の全身に刻まれた罅―――『魂依器アニマ』が刻み付けた剣閃の跡が放つ光と同期している。


「そういえば、ハルさんの『魂依器アニマ』ってどういう能力を……?」


「簡単に言うと投げると加速する能力」


「えぇ……」


 別に隠していた訳でも勿体ぶっていた訳でもないが、これまでタイミングを逃して共有していなかった『魂依器アニマ』の特性を開示する。微妙な声を漏らして困惑に顔を歪めたソラと、俺は恐らく同じような表情を浮かべているだろう。


 【白欠の直剣】―――俺の愛剣たるこの魂依器は、完全無欠の唯一性を持つソラの【剣製の円環クレイドル】程ではないにしろ、そこそこ希少な性質を秘めている。


 その性質とはズバリ、攻撃アサルトスキルの保持。この剣は数多く存在する補助スキル持ちの装備品とは異なり、その身に必殺技を秘めた珍しい武器なのだ。


 その手の装備品は珍しいながらそこそこ存在するものの、基本的にどれもがレアリティ及び性能の高い品である事に加えて、『魂依器アニマ』となれば更に希少。


 仕上げたばかりの初期段階で攻撃スキルを備えたコイツは、実のところ準ユニークと言っても差し支えない代物だったりする―――のだが、それは現状のコレ・・とは何の関わりも無い事は明白な訳で。


「何だコレ……何が正解だ……!」


 その場の全てが唐突に動きを止めた状況だが、謎の白い呪縛から逃れようと軋みを上げる【神楔の王剣(アンガルタ)】も、それを見やる俺とソラも呑気に突っ立ってお喋りしてるわけではない。


 これで決すると思っていた敗戦の幕を破った思わぬ延長戦の気配に、「話が違う」と崩れたがる足を懸命に突っ張って思考を回している。


 そんな数秒の間にも事態の遷移は止まらない。巨騎士の全身に輝く傷跡は明滅を続け、俺の手にある【白欠の直剣】に至ってはまるで命でも宿ったかのように、仄かな熱を発して鋒に灯る光を脈動させ始めた。


 そして―――、そ、え?あー……


「…………」


「あの、私、思うんですけど」


「あぁ、いや、うん。多分だけど俺も分かった」


 それはまるで「あぁもう焦ったいなぁ、こうすれば分かるぅ?」なんてシステムの声を錯覚するかのような光景。


 無数の傷跡が、それこそ罅のように繋がりあったその中心。【神楔の王剣(アンガルタ)】の胸部ド真ん中で、目立つ大きな剣傷が一際強く光を放っていた。


 ―――それはもう、()()()()()()()とでも言わんばかりに。


「「………………」」


 死闘の果てに行き着いた唐突かつ理解不能な展開に、どちらからともなく顔を見合わせてしまう。しかしながら疲れ切った互いの顔から何となく胸の内を読み取った俺達は、もはや口も開かずただ苦笑を交わし合って、頷き合った。


 即ち―――もう何でも良いから終わらせて帰ろう、と。


「……さぁてそれでは披露と参りますかねー」


 どう見てもご指名は俺……という事で一足先に座り込んでしまったソラを観客に、なんとも言えないテンションを噛み殺して最後の一仕事に取り掛かる。


 何がどう転んだところで、もうこれ以上は何も出来ない。最後の一撃、そのアンコールくらいは気力を振り絞って見せようか。


「降って湧いた見せ場だぜ相棒―――『目覚める白の(まなこ)』」


 起動の鍵言。真っ直ぐに振り上げた【白欠の直剣】が一際強く輝き、鋒の『白』がまるで侵食するかのように柄へ向けて奔った。


「『映す世界、移る世界』」


 手中で回した柄を逆手に、握り込んだ右手を後方へ目一杯引き絞る。


「『遍く空を、ただ結べ』―――《エクレール》ッ……!!」


 それは稲妻の意を冠した必殺の一撃、残された余力の全てを注ぎ込んだ最後の一投。放たれた白剣は攻撃スキルの証たる眩いライトエフェクトをその刀身に纏い、更にはロケットブースターでも点火したかの如く、飛翔の最中に空気を食い破って加速する。


 【神楔の王剣(アンガルタ)】との距離は約二十メートル弱。飛距離に応じて威力が増すこのスキルの真価は毛程も発揮されない―――しかし、果たして端から威力などいらなかったのではなかろうか。


 まるで鍵と鍵穴。白き稲妻は寸分違わず胸元の剣傷へと吸い込まれて……その瞬間、罅に覆い尽くされていた巨騎士の全身が、激しく発光する。


「っべ、ソラ……!」


「えぅ……!?」


 爆発オチを予感した俺が反射的にソラを庇う―――が、結果的にそれは不要に終わった。


 予想に反して大爆散の末路を逃れた【神楔の王剣(アンガルタ)】が、地響きを上げて膝をつく。頭を失い、傷に呑まれ、威容を失った巨騎士の身体が、端から崩壊するように崩れ始めた。


「あ、あの……」


「いや、あの、ごめん……」


 とっさの献身が空振りに終わった結果、少女に覆い被さる俺の現状は紛う事なきセクハラ野郎のそれ。現状てか罪状、有罪。


 それでも恥ずかしそうに視線を逸らす程度で許してくれるソラのなんと寛大な事か……色々あって互いに慣れが出てきたとは言えど、一歩間違えば通報案件には違いないと自分を戒める。


「ほんとに……終わったみたい、ですね」


 慌てて飛び退いてから助け起こせば、俺の手に引かれながらソラが呟く。トドメとなったであろう【白欠の直剣】が既に実体を失った巨体から零れ落ちて、カランと軽い音を立てて床へと転がった次の瞬間には、何のエフェクトも伴うことなく忽然と消失する。


 俺の視界の隅に表示されるのは、愛剣のインベントリ収納通知―――《白電》の自動帰還効果だ。クイックチェンジを用いた擬似遠距離格納で事足りる……という甘えは基本的に大遠投を前提としたこのスキルには適用されない。


 実のところあの便利機能は射程が十メートルも無いので、それ以上遠くに投げた場合やうっかり格納操作をミスった場合は走って取りに行く必要がある―――閑話休題。


「終わったなぁ…………とはいえ、だ」


 何というべきか、この無理矢理感。


 深く考えずとも分かる。この展開、間違っても本来の規定された正道ではないはずだ。


 最後の一撃に限りイベント演出でトントン拍子に〆るゲーム戦闘は数あれど……それとしてもこの神ゲーが、あんな唐突かつ盛り上がりもへったくれもないお粗末な決着を演出する訳がない。


 大体、【神楔の王剣(アンガルタ)】はまだ半分以上も余力を残していたのだ。お手軽必殺QTEが出るには些かどころではなく早過ぎる。


 そして何より―――


「……出ませんね、戦闘終了の通知」


 そう、ボス戦を終えると必ず通知されていた討伐完了のシステムメッセージが表示されない。当然、スキルの獲得や成長、称号取得なんかの通知も無しだ。


 ドロップアイテムは勿論、経験値なんかも入ってくる様子はない。


 さりとて開戦から閉ざされたままの大扉が開く気配は皆無。転移門が出現するでもなく、自動転移の予兆も無し。


「いやこれ詰ん……?」


 現状、俺達は設置されている転移門を使用する以外に自発的な帰還手段を持っていない。まさかのGMコール案件かと首を捻っていると、ソラがシステムウィンドウを呼び出して操作しているのが目に止まった。


 表示は可視化されていないが、手の動きから大凡の操作内容は分かる。例によって、ログアウト操作による安全地帯如何の確認をしているのだろう。


「ソラ、どう?」


「ん……ダメですね。警告文が―――」


 と、その瞬間だった。


「ッうお……!?」


「へぁうっ!?」


 前触れ無しに響き渡ったファンファーレに、二人して声を上げながら飛び上がる。これまでに何度か耳にしているボス討伐の凱歌……とは、少々異なるメロディだ。


 そしてファンファーレの後に訪れる、お決まりパターンと言えば―――




【白欠の直剣】―――世界の楔、その一柱たる白座の滓を喰らった屑鉄の剣。

            かの王と並ぶ資格は、未だ久遠の果てにある。


白電(エクレール)》―――起動投擲時、標的との距離に応じて追加速する。

     飛距離に応じて、最終速度及び威力が向上。

   効果終了時、【白欠の直剣】は所有者のインベントリへ自動で帰還する。

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