観測者たち
―――間断なく響き渡る、激戦の音。ともすれば、部屋にあるガラス戸の一つもビリビリと震えない事が不自然で仕方ない迫力の光景を前に、口を半開きにして絶句する二つの影があった。
複数の大型モニターに映し出されているのは、画角の異なるただ一つの戦場。その中では圧倒的な一つの巨体、そして小さな二人のプレイヤーが、もう一時間以上に渡って死闘を繰り広げていた。
そう……まさしく死闘。これまで数限りない仮想の戦場を観測、或いは観覧してきた人間を揃って黙らせる程度には、筆舌に尽くしがたい『熱』に溢れた光景。
「っ、ご」
口を開いたのは、いつぶりの事か―――モニターからの明かりが照らす薄闇に浮かぶ影。その片方が何事か言おうとして、乾燥しきった口をもつれさせた。
握り締めたまま忘れ去っていたカップから冷め切ったコーヒーを呷り、再度の開口。
「…………ご、ご感想は?」
どこか投げやり、或いはヤケクソ感の漂う問い。その声にハッとしたように身を震わせた影が答えようとして、前者と全く同じ道を辿る。
「…………そ、そうだな……何からツッコミを入れれば良いのやら分からんが」
同じくコーヒーを飲み下してから掠れ気味にぼやいた二つ目の声は、一人目のものよりも壮年さを感じさせるものだった。
「あー……なんだね、取り敢えず確認しなければならん事は」
「彼女なら、直接的なアプローチはまだです。少なくとも、何かしらの動きを見せた気配は無い……まぁ、こっそりやられたらお手上げですけど」
「つまり今のところはイレギュラー判定は下っていないと…………え?これでかね?」
「そこなんすよ……これで動かないってのが逆におかしい。これまでの傾向から言えば、とっくに軌道修正のために何かしらガイドが遣わされてなきゃ不自然かと」
「………………気に入られたか?」
かもしれない。そう返す代わりに曖昧に頷いて見せれば、如何なる感情が込められたものか形容しがたい唸り声。
「……吉凶の判断すら付かんのが困る」
「前例が……無いこたないですが、まあ、うん」
十中八九、ろくでもない事が起こる。それも確実に、此方のコントロールなど一切合切を無視する形でだ。
「……千歳君、一つ意見を聞きたいんだが」
「何でしょうか、代表」
千歳と呼ばれた男が、もう何もかも諦めて脱力しきった様子で反応する。
「仮に取り上げたとして、どういう反応をされると思うかね」
対する代表と呼ばれた男は、千歳よりも更に疲れ切った様子で、弱々しくそんな問いを口にした。
「あー……それは、どっちからって話ですか?」
「……話が通じる方の娘からだよ」
「成程―――…………この数日で丸々ログを見返した上で、代表自身はどう思います?」
「…………そうだね、察するに」
何とも言えない表情―――それは形容するならば、まるで知らぬ間に宝物を盗み去られていたかのような、上手く怒りすら湧いてこないといった虚無の顔。
思わず合掌を捧げてしまいそうになる、何とも哀れな表情だ。彼の瞳が映す大型モニターでは、青年の腕の中で頰を染める少女の顔が見てとれて―――
「……馬に蹴られる羽目になりそうだ」
「……心中、お察しします」
質の違う大きな溜息が二つ。暗澹たる雰囲気が滲むモニタールーム中央、激しく明滅するメインモニターの中では今まさに、決戦の火蓋が切られようとしていた。
※千歳君が何故か春日君になっていた不具合を修正しました。
どっから出てきたの春日君……