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剥がれゆく鍍金

「―――やりました!!」


 キノコを屠り続けて、そろそろ一時間は経っただろうか? あれからまた数回のレベルアップを経て、ステータス画面を開いたソラが遂に歓声を上げた。


「おっマジで?」


 同時にウィンドウを開いていた俺も声に引っ張られ、自分のレベルアップを放り出してソラの傍へ寄る。


「攻撃……魔法、では無いみたいです。えと……―――《ヒールライト》?」


「回復魔法?」


 ソラが初めて獲得したスキルは、まあ彼女の気性的には似合いの支援魔法だった。


「良いじゃん。回復手段無かったから助かるよ」


「むぅ……ハルさん一度も攻撃受けてないじゃないですか」


 素直な感想を口にすれば、少女は取得したスキルが若干不満な様子。


「いやまあ、素早さガン上げしといて鈍足キノコに攻撃喰らってたらあれでしょ」


 男として格好が付かないでしょ。無様な戦闘を見せないように割と気を使ってるんですよこちとら。


「保険が出来れば、俺も気が楽になるからさ」


 納得いかない様子でウィンドウを睨んでいるソラを宥めつつ、俺も自分のステ振りに戻る―――はい来ました。


「俺も一つスキル生えた」


「わっ、どんなのですか?」


 むーむーと唸っていた様子から一転、自分の事のようにワクワクしながら傍に飛んできたソラをよそに、スキルの詳細を確認。


 面白いなこれ。取得したばかりなのにどんな効果を発揮するのか手に取るように分かる。頭の中に自然と知識がインストールされたような不思議な感覚だ―――いやそれ怖くない?手当たり次第に謎技術で常識連打するのやめよう?


「パッシブっぽいな」


「ぱっ……何ですか?」


「パッシブスキル。任意で起動するんじゃなくて、常に効果が発動し続ける補助スキルかな」


 取得したスキルの名は《複数武器適正》―――特定のものではなく、幅広い武器種に対して適性を得るらしい。おそらくだが、色んな武器に触ってみたいが為に一戦ごと装備を切り替えて戦っていたせいで生えたのだろう。


 使用武器の攻撃力倍率やら扱いやすさに影響するみたいだが、多分これ特化適正より倍率は落ちるんだろうな……あって困るものでもなし別にいいか。


「えと、良いものなんですか?」


「まぁ、あれば助かる系かな」


「それじゃあ、良かったですね!」


 そう言って、まるで我が事のように喜ぶソラ。


 ……ほんとこの子はもう、純粋というか可愛いというか。徐々に異性というより保護者みたいな感情が湧き始めている気がしないでもなく、悪い男に騙されでもしないか彼女の将来が心配である。


 実年齢が分からないので普通に年上の可能性すらあるんだけどな。あっ俺ずっとタメ口で……今更か。


 ◇◆◇◆◇


 ◇スキルを取得しました◇


「おっ」


 少しずつ森の風景というか雰囲気が変わり始め、レベルも10に達した頃。二度目のスキル取得アナウンスが俺のに響いた。


 「どうしました?」と伺ってくるソラにウィンドウを見せると、その顔が実に分かり易くパッと輝く。純真を体現するかのような少女の癒しの波動に和みつつスキルの確認をしてみれば、二つ目は《クイックチェンジ》なるアクティブスキルだった。


「―――えっ神スキルでは?」


 例によって脳内インストールされたその性能に、思わずそんな呟きが零れる。彼女にとっては聞き慣れない言葉だったのか、「かみすきる?」とオウム返しにソラは首を傾げていた。


「思考操作で、装備スロットを直接操作したりせずに武器を切り替えられるんだと」


「……えっと?」


 首を傾げたままの彼女に実演して見せるため、抜き身で引っ提げていたショートスピアを掲げて……言うまでもないが、この短期間では仮想世界ならではの『思考操作』などまだまだ慣れていない。成功するかは正直微妙だが―――そい!


「わぁっ!」


 と、そう難しい事でもなさそうだった。右手に握られていたショートスピアが淡く発光したかと思えば、ヴンッと微かな振動音を立てて次の瞬間には手斧に切り替わる。


 歓声を上げたソラの前で若干得意げに緩む顔を正しながら、確認の意味も兼ねて次々と武器を切り替えてった―――嗚呼、くっそ便利だわこのスキル。


 僅かなクールタイムを挟んで連発可能な上、MPの消費も無い模様。切り替えてからほんの微かな時間だけ武器の重さというか、握っている感覚がおぼろげになるのが若干違和感を覚えるが、慣れれば対応出来るはずだ。


 これなら戦闘前に一々武器を切り替えるなんてせずとも、戦闘の最中に状況に応じて瞬時の武器変が可能だ。二つ目にしては神スキル過ぎませんかね?


「何だか、これも魔法みたいですね」


「まあ魔法っちゃ魔法なんだろうなぁ。MP使わんけども」


 何にせよ結構な対応力の増加だ。ありがたく使わせて貰うとしよう。


 ◇◆◇◆◇


――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:11

STR(筋力):15

AGI(敏捷):40

DEX(器用):40

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):5


◇Skill◇

・複数武器適正

 《クイックチェンジ》

――――――――――――――――――


「まあそこそこレベルは上がったわけだが……」


 あれからまた暫く。便利なスキルも得たことでサクサクとキノコの屍を山と積み上げ、累計冒険時間二時間といった所で、俺達は漸くキノコの森の出口に差し掛かっていた。


 キノコの森って字面やべえな。一文字違えば戦争が起きそう。


 さておき、なぜ未だ鬱蒼とした森の只中だというのに出口が近いか分かるかと言えば―――


「つ、強そうです……」


 二人一緒に木陰から除き見る先、お誂え向きに綺麗な円形を描く木々の拓けた広場がある。素直な感想を零したソラと俺が視界に捉えているのは、身体のそこかしこから小さな茸を生やした、全長三メートル程度の生きている樹木だった。


 エネミー名【化茸の宿主ホスト・オブ・マッシュ】。おどろおどろしい見た目に似合いの大層な名前を与えられたこの化け物は、十中八九この新参泣かせの森の主だろう。


「強いだろうなぁ……」


 鈍足ゴーレムと鈍足化けキノコしか経験値を持たない俺では、強さの指標が偏っているため見た目から全くと言って良いほど強さが測れない。なので現状初見の敵は大体が強そうに見えてしまうだろうが……それにしてもアレは手強そうだ。リアルと相違ない異次元のグラフィックも手伝って、滅茶苦茶に厳つく見える。


 まあ、こいつをどうにかしない事には森の外は拝めないのだろう。腹を括るしかない。負けて死んだらまたこのクソ広い森を踏破する羽目になるとか、精神崩壊を起こしそうな思考はそっ閉じした。


「ソラ」


「は、はいっ……」


「例によって俺が突っ込む。流石に今まで通り無傷って訳にはいかない気がするから、支援は頼んだ」


「っ……はい! 回復役ヒーラー、頑張ります!」


 此処に至るまで結局一度も俺が被弾しなかった為、出番無しを甘んじていたソラは張り切った様子で拳を握って見せた。あらかわ―――いや、流石に集中していこうか。


「出来るだけ注意を引かないように、常に距離を取っておくように」


「はい」


「ボスエネミーだけあって、範囲攻撃とか持ってるかも。流石に即死レベルのあれこれとかは無いとは思うから、まあ柔軟に対応頑張ろう」


「はい」


「この手のゲームのボスは専用の特殊ギミックとか使ってくる場合があるけど、その場合は戦闘離脱出来るようなら一回仕切り直す」


「はい」


「最後に」


 流石に緊張するのだろう。注意点を挙げる度に表情が堅くなっていくソラに、なるべく軽い調子を心掛けて笑いかけた。


「もし負けたとしても、次はもっと強くなって再戦出来る―――ゲームなんだぜ? 楽しんでいこう」


「っ……はい!」


 慣れないながら格好付けた甲斐あってか、表情を明るくしたソラに一つ頷く。手にした直剣を握り直して―――さあ、行こうか!


「よっしゃ初のボス戦だオラァッ!!」


「えっ……お、おらぁっ!!」


 あゴメン、テンション上がって口調が―――え、ボスっぽいのなら『選定の石人形』がいた?喧嘩キックで沈む岩塊はノーカウントだオラァッ!!


 ◇◆◇◆◇


「―――つよい!!」


 戦闘開始から十数分。開幕は思いのほか順調に進んでいた【化茸の宿主ホスト・オブ・マッシュ】戦だが、HPが半分を切った瞬間から起動したボスギミックによって俺は劣勢を強いられていた。


「結局最後まで菌類じゃねえかッ!!」


 化茸の宿主が持つ奥の手ギミックとは、もはやお馴染みとなった【ゴブリンマッシュルーム】の大量召喚。体中に生えていた小さな茸を撒き散らしたと思ったら、落下したそれらが凄まじい勢いで成長して化茸になりやがったのだ。


 元々こいつらを一撃で屠る為に確殺ラインまでSTRを振っておいた甲斐あって、一体一体の処理は容易いが数がやばい。更に言えば一撃必殺が可能な武器種が大斧と大剣という事もあって、取り回しに小回りが利かないため対応が遅れて被弾が増える。


「《ヒールライト》ッ!」


 都度ソラが回復魔法を飛ばしてくれるが、これまでに検証出来ていないためこのゲームの回復行為がどれくらいの敵愾心を煽るのか不明だ。あまり多用させてしまうとキノコ共が一気にソラに流れる可能性が無視できない。


 さっさと勝負をかけたいところだが、生憎こちらは新規プレイヤーのペア。奥の手なんぞ未実装だ。


 これ以上ソラに働かせるのは少々怖い。キノコの津波の中で無理矢理に振るっていた大剣を直剣と短剣の二刀流に《クイックチェンジ》―――片っ端から全部殴ってヘイトを掻っ攫う!!


「刮目せよ、うろ覚え漫画剣術ッ!!」


 両手の剣をどちらも逆手に握り、ポイントを注ぎ込んだ敏捷性をフルに活かして駆け回りながら擦れ違いざまに一閃。一撃では倒せないが満遍なく全体のヘイトを稼ぎつつ、均等にダメージを与えながら数を減らしていく。


 お、親御さんどうもお久しぶりです。


「お宅のお子さん多過ぎィッ!!」


「ギョォオォォォォォォォオォォッ!?」


 キノコを捌く最中、近くを通りかかったので親玉の顔面に直剣を投げ付けてやった。ズドッとやや湿った音を立てて鼻の辺りに刃が突き刺さり、キノコ共と違って声帯を持っているのか不気味な絶叫が立ち上る。


 衝動的に投げ付けたが、クイックチェンジを発動して手斧に切り替えてみると奴の鼻面に突き立っていた直剣は入れ替わりに消え去り、インベントリに収納された。


 ……回収は射程アリかもしれんが、やはり神スキルでは?


「ならばこうだオラァアアッ!!」


 偶然の産物だがこの知識は僥倖だ。アドリブだが使えるもんは使うそーれ大斧ブーメラァァアアアアアアアアン!!!


 事前に装備した状態からではSTR数値的に絶対に無理なはずだが、『クイックチェンジ』には切り替え後の一瞬だけ武器重量が反映されるラグらしきものがある。あるいはそれはシステム的に想定された「猶予」なのかもしれないが、割と危機的状況なので活かせるものは躊躇わずに活用させて貰う方向で。


 事前に投擲のモーションに入り、投げる瞬間の一拍前にクイックチェンジで武装を大斧か大剣に切り替え投げ飛ばす。ご機嫌にカッ飛んでいく凶悪な質量の前にゴミ屑の如くキノコ共が蹂躙されていく様は、我ながらシステムの悪用を自覚せざるを得ないが―――


「後で問い合わせメール送るんで修正でも何でもして下さいィェアアアアアアアッ!!」


 なんか楽しくなってきたわ喰らえダブルトマホークブーメラン!!


 なお片方は大斧ではなく大剣。そおれ飛んでけェエエエエエッ!!!


 ◇◆◇◆◇


「…………………………、」


 目の前の光景をどう形容すれば良いのか―――いつしか木陰で棒立ちとなっていた少女は、ただただ唖然とソレ・・を見つめていた。


 とてもとても低い確率で起こった偶然の出会い。美男美女が常識との噂を聞く【Arcadiaアルカディア】で初めて出会ったそのプレイヤーは、どこかホッとしてしまうような「普通の男の子」みたいな外見で、早々に迷惑を掛けてしまった自分にとても親切に接してくれた。


 予想以上に戦いの役に立てなかったソラに何度も「気にしないで」と笑い掛ける様はとても紳士的で、所々で冗談めかして打ち解けようと努力してくれる点も好感が持てる。


 そんな訳で彼―――ハルはソラの中で結構な高評価を得ていた訳なのだが…………えっと、その、アレは一体なにごとでしょう……?


 ボス戦開始時の急な口調の崩れから始まり、戦闘が激しくなるに連れて徐々に豹変していく言葉遣いと人格。遂には高笑いしながら、ちょっと意味の分からない挙動で大きな斧と剣を投げ散らかし始めた。


 控えめに言って、ソラは引いていた。正直言えばドン引きしていた。


 初対面ながら僅かでも「素敵な人だなぁ」なんて少女らしくトキメいていた……と言えなくもない、かもしれない程度には信頼を寄せ始めていたハルが、今はもう完全に狂戦士の様相である。 


 絶句しつつ見守る事しか出来ないソラの眼前、可哀相なくらい千切っては投げ……というか投げられた凶刃によって引き千切られていくお化けキノコ達が凄い勢いで数を減らして―――え、あ。


「ハ、っ……は、ハルさんっ!!」


 正直いまのハルに声をかける事はソラにとって中々の勇気を要したが、少女にも辛うじて冷静さは残っていた。瞬く間に数を減らしていったキノコ達の奥、既にポツンと一体佇むボスが動きを止めている事に気付く。


 ソラの声にビクッと肩を跳ねさせたハルが弾かれたようにこちらに目を向ける。


 先程までの様相も相まって、その挙動はソラに恐怖を与えるに十分なモーションであった―――が、向こうも向こうで思う事があっただろう。一瞬で赤くなった顔が次いで青くなり、最後に何だかよく分からない悲壮感に染まったかと思えば天を仰ぐ。


 無性になにか「フォローしなくては」という気持ちが湧き上がったが、それより今は伝えないといけない事がある。


「その、ボス! フリーです!!」


「―――ッ!」


 言葉足らずかと思ったが、ソラの言葉に即座に反応したハルは踵を返すと、数を減らしたキノコの間を凄い勢いで駆け抜けていった。


 身体の使い方が上手なのか、彼もソラと同じくこのゲームを始めたばかりだというのに、その動きは不覚にも「格好良い」と魅入ってしまうほど―――なのだが、どうしても先程の狂戦士っぷりが脳裏にチラついてしまう。


 ボス戦の最中、気を抜けない筈なのに思わず苦笑いを浮かべてしまったソラが背中を見送った先で、


「お前のせいだオラァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 両手に担いだ大斧と大剣を同時に振るい、ハルは意味の分からない雄たけびと共に【化茸の宿主】へと致命の一撃を叩き込んだのだった。

重ねて記しますが、彼は一時的にテンションがぶっ壊れているだけです。

見捨てないであげて

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