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神を祀るは楔の王剣、世界が祝しは詠歌の天秤 其ノ参

「―――ッ!?」


 死地の只中で終わらない綱渡りを続ける者にとって、突然のアクシデントによる動揺は=死に他ならない。


 当の俺も、前触れなく降りかかった()調()に意識を取られて身を固めてしまった瞬間「あヤベ死んだ」と確信を抱き―――


「ここに来て覚醒!?ナンデ!?」


 結果、これまでにない速度を叩き出して大剣を掻い潜った自分自身に驚嘆する。


 明らかな異常。例えるなら素の状態からソラのバフを貰った時のような、ステータスの跳ね上がる感覚が……


「―――ハルさん!!」


 今までの死に物狂いが嘘のように、あっさりと追撃を振り切って距離を取った俺の元へ、どこか決然とした相棒の声が届く。


 仕切り直しとばかりに大剣を構え直している【神楔の王剣(アンガルタ)】、その向こう側に立つソラヘと久しく視線を向ければ―――


「ちょえ」


 凛々しく立つ金髪美少女の背後に整然と並ぶ、魔剣の円環アーチ。思わず変な声が出たのはスクショが売り物になりそうな光景に心奪われたとかではなく、彼女の所持スキルの仕様を共有する身として脳がエラーを吐き出したからだ。


 俺のアバターを包む《スペクテイト・エール》の強化エフェクトは持続している。なればこそ、彼女が戦闘用スキルに分類される《魔剣念動》を並列起動できている理由が分からない。


 このぶっ壊れ支援魔法の行使に要する制約は「術者が戦闘に参加しない」という一点だが、戦闘用スキルの起動がその条件に抵触する事は検証済みで―――


()()()()()()()()()()!」


「はいぃ……!?」


 俺の理解も推測も待たずに投げられた要求を耳にして、遂に思考が止まりかける―――


「―――信じてくださいっ!!」


 寸前で聞き取ったその言葉が、俺の身体を問答無用で蹴飛ばした。


「タイミングは!」


「いつでも!」


 打てば響く。その域まで二人で積み上げた信頼を問われたならば、ノータイムで応えなければ嘘というもの。


 謎の出力アップを果たした身体を存分に駆り、交錯する巨騎士の迎撃を躱して横を抜ける。追撃の気配―――だが後ろは振り返らない!


「ハルさん!十二本です!!」


 もうすぐの場所から、彼女に掛け声・・・を教示した俺以外には理解出来ないであろう言葉が届く。その意図を一瞬で理解してのけた自分の頭に惜しみない賞賛を送りながら、俺はソラの隣を駆け抜けた。


 すれ違いざまの耳打ち。俺の教示を受け取ったソラは、これまでの彼女の雰囲気とは些か異なる笑顔で応えて―――


「って、おわぁッ!?」


 不覚にも見惚れてしまった己にツッコミを入れる間も無く、()()()()()()()()足が縺れて床にすっ転ぶ。


 再びの、明らかな異常。普段に倍してステータスを向上させていた《スペクテイト・エール》の光が消失した―――までは良いが、今度はそれによる能力低下幅がおかしい。


 というか、低下どころかコレ()()()()()()()―――


「ハルさん」


 唐突な展開の連続に思考放棄寸前な俺へ、対照的にどこか落ち着いているソラが背中を見せる。


「意地でもやられませんから、よく動きを見ておいてください―――ね」


 どこかで聞いたような台詞と、ちらりと向けられた悪戯っぽく笑う横顔。突如として謎のイケメン力を身に纏った少女に目を奪われる俺を置いて―――


「――――――十二連(ツヴェルフ)ッ!!」


 授けた鍵言を叫び放ったソラは、唸りを上げた魔剣と共に―――駆け征く。





 降って湧いたとしか言い表せない新たな力は、ソラにとっては自身の無力さを象徴する瑕であったスキルの進化形。


 これまでにない、戦闘の最中に起きた技能成長。突然のアナウンスに当然ながら驚き混乱もしたが、アルカディアのスキルは自ら己が詳細を宿主に語ってくれる。



 それは一方から双方へ、そして声から歌へと。



 まるでそれまでソラが抱いていた悪感情に対して「これなら文句無い?」とでも言わんばかり―――《観戦者の声援スペクテイト・エール》は、その性質を完全に変貌させて見せた。



 《天秤の詠歌スケアレス》―――その効果は、限定対象者との()()()()()()()



 上限は三十。ソラからハルヘ、或いはハルからソラヘとレベルを()()事で、移譲レベル分のポイントを術者の任意ステータスに割り振ることが出来る。


 単純に三十相当ものレベルブーストは、Lv.42のソラにとっては倍近くの強化―――ハルに至っては、上限であるLv.100に届く程の異常な上昇幅。


 勿論その代償は大きい。これまでのように片方が強制的に戦線離脱を余儀なくされるような効果ではなくなったが、実際のところ似たようなもの。


 相手へ移した分だけ力を失うこのスキルの性質上、移譲側は結果的にまともな戦闘行動が行えなくなる―――だが、


『―――――――――』


「―――八連(アハト)ッ!!」


 身軽なまま武装を運用出来る魔剣の強みを生かして、迫り来る大剣を紙一重で躱しながら《魔剣念動》による砂剣の礫を撃ち込み続ける。


 鎧の表面を叩いては砕け散るそれらは、有効打どころか傷ひとつ付けることも叶わない―――けれど、視覚的にはどれだけ無意味な攻撃に見えても、この世界はゲームとしてのルールに則っている。


 目を凝らさなければ分からないほど細い空白……しかし【神楔の王剣(アンガルタ)】のステータスバーに刻まれたそれが、間違いなくソラが目の前の怪物に一矢報いたという何よりの証拠。


 どれだけ微かでも、攻撃を当てればダメージは通る。


 足りない力を僅かながら誤魔化す術も、手に入れた。


 そして何よりも、劣勢極まるこの戦線を更に押し返す戦術(かんがえ)が―――


「―――ハルさんッ!!」


 少女の瞳を、ただ戦意に燃やす。

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