前へ次へ   更新
55/491

神を祀るは楔の王剣、世界が祝しは詠歌の天秤 其ノ壱

参ります。



 部屋の広さは凡そ直径百メートルほど。これまでの岩壁然とした通路とは異なり、円を描く壁面は装飾こそ無いが綺麗なものだ。床もまた滑らかな平面で、足を取られることはないだろう。


 途中、背中に飛んできた《スペクテイト・エール》の恩恵を心強く感じながら、中心部に直立する【神楔の王剣(アンガルタ)】まで残り十メートル―――ピシリと、鎧が音を立てる。


「……お目覚めか」


 無意識に喉を鳴らした後、自然と零れた声音はひどく乾き切っていた。


 ―――感じる、()()を。


 身体にのしかかるような、圧力を伴ったそれ。想起するのは、俺の知る唯一の色持ちたる【白】との邂逅。


 かの異形が『竜』であるならば、この鎧が放つ存在感は『赤子』同然。それほどまでに【白座のツァルクアルヴ】は埒外の存在であったが……笑えないのは、此方はその『赤子』にすら容易く手折られそうであるという点だ。


 ―――いや、デケぇって……!!


 初めから直立してはいたが、突き立てていた大剣を引き抜いて動く様を目の当たりにすると、その異常なスケール感が殊更に視覚をぶん殴ってくる。


 身長だけで三倍以上、思い切り大剣を振り回されでもしたらリーチは俺の五倍では効かないだろう。こうして向き合えば嫌というほど理解できる、『巨体』ってのは絶対的なアドバンテージであると。


 そしてその巨躯を更なる脅威へと押し上げるのが、人と変わらぬその造形。そして、武器を駆り繰るその知性。


「道中が()()で、ボスだけ脳無しってことは無いよなそりゃ……!」


 俺の身長など優に超えるサイズから両手剣と思い込んでいたが、【神楔の王剣(アンガルタ)】的にあれは片手剣らしい。右腕一本で従えた大剣で空を切り払い、ピタリと半身で構えて見せたその姿―――正しく巨人の鎧騎士。


 吠えるでもなく、飛びかかるでもなく……静かな佇まいから読み取れるのは、その身に備えた理と知に他ならない。


「…………まぁ、なんだ。残念ながら勝てるとは思わないんだが」


 此方に向けられた大剣の鋒へと突き返すように、俺も精一杯に自慢の愛剣を掲げて見せる。


「可愛い相棒が見てるからさ―――格好付けさせてもらうわ!!」


 躊躇も加減も行く手は死。本能的に竦む足を蹴飛ばすように、突き抜けたAGIの全力でもって地を蹴った俺は、


「―――は?」


 踏み切りの直後、視界を埋め尽くすのは白金の大剣。


 間抜けな声を零しながら、無意識のままに愛剣から大斧へ武装を変更(クイックチェンジ)して



「―――――――――――――――ッッっがっふァぐッ!!?!??!」



 現実、仮想現実含めて、これまでの人生で間違いなく最大の物理的な衝撃。


 反射で大斧を支えた両手に何かが触れる感触を感じた瞬間、肉体が消し飛んで脳へと直接「衝撃」という概念を叩き込まれたような―――


「ハルさんッ!?」


 悲鳴のようなその声が、果たして本当に耳に届いたものなのか幻聴なのか。定かでは無いが、取り敢えず現状確かなものは……


「っ……ふぅッ!?が……ッごっは、ごっほ……!!?」


 壁面に叩きつけられて静止した我が身と、アバター全身を絡めたら激甚な痺れ。あまりの衝撃に脳がエラーでも吐き出したのか、息苦しさは無いのに止まらない咳。そして視界端で申し訳なさそうに赤く点滅するHPバーが示す、辛うじてワンキルを回避したのであろう現実だった。


「―――ハルさん……!!」


 朦朧としてもがいていると、今度はハッキリと認識できた声が傍の相棒の存在を伝えてくる。チカチカと瞬く視界をそちらへ向ければ、ビックリするぐらい悲壮な表情をしたソラが目に入った。


「ごめ、今の無し……」


「なに言ってるんですか!?」


 驚いて思わず咳も止まり、混乱するままに適当な言葉を吐き出すと怒ったような声を頂戴する―――少し落ち着いてきた。


 いや、我ながら本当に「なに言ってんだ」だけど今はそれどころじゃ無い。ソラさんも泣く勢いで俺に縋りついてる場合じゃ無い……いま、戦闘中、OK?


「OKじゃねぇッ!!」


「なんっ―――きゃあ!?」


 顔を上げた瞬間、目に飛び込んできた上限オーバーの脅威からソラを抱えて飛び退る。冗談キツイ速度で振り抜かれた大剣からは辛うじて逃れ―――られねぇ流れ弾ァ!?


 一瞬前まで俺が背中を預けていた岩壁が盛大に砕かれ、手榴弾もかくやの勢いで破片の散弾が飛来する。


 並のゲームなら、ダメージ判定云々どころか演出ですら起こらない『地形破壊』。そしてこのゲームは埒外の神ゲーことアルカディア―――分かってんぞ破片の一つ一つに判定あるんだろ畜生が!!


 グダつく思考群をまとめて置き去りに《浮葉》《韋駄天》《護送健脚》《フェザーフッド》―――切り得る手札を軒並み叩きつけて、横から縦へと物理法則に喧嘩を売る勢いで逃げ先をチェンジ。


 打ち上げ花火ばりの速度で天井まで達して散弾を回避し、そのまま着地―――ならぬ着天井。ひと一人抱えて人外の挙動をこなす己に惜しみない賞賛を送りつつ、そのまま天井を踏み切り真下の化物から距離を取る軌道で落下するってやべぇ着地ダメージ考えてなかっ……!!


「―――《クオリアベール》ッ……!!」


 九割九分アドリブかつ無思考の行動によってチラついた終着点を、腕の中で必死にしがみつく相棒の機転が否定した。


 魔剣生成の核であると同時に魔法発動体としての性質も併せ持つ【剣製の円環(クレイドル)】が、ソラの宣言に呼応して緑の魔力光を解き放つ。


 聞き覚えの無い、俺の知らない魔法(スキル)―――疑問に首を捻るよりも早く、俺たちの落下軌道に重なる空間に現れた見覚えのある緑光のベールが、その正体を語った。


 おそらくそれは、これまでに何度も助けられた彼女の回復魔法の進化系。


「即時回復、と、持続回復効果、です!!」


「いっやもうマジ優秀!!」


 ベールを潜りながらの落下の最中、質問を待たずに簡潔な効果を語ったソラの機転。そして元々の良性能から更なる進歩を見せた治癒魔法の両者へと喝采を上げながら、身体を捻って頭の上下を入れ替えた俺は勢いよくフロアの床へと着地を遂げる。


「悪い助かった!!」


「い、いえ、私―――ッハルさん!!」


 言いかけた言葉を引っ込めてソラが警告を叫ぶその瞬間には、既に真後ろへと床を踏み切っていた。


 襲い来るは、振り下ろされた大剣の刃。耐久度が違うのか、はたまた床は破壊不能地形なのか判断は付かないが、壁とは異なり粉砕はされず破片の散弾も飛んで来ない―――だが、


「づぅッぁ……!?」


「ぁ、っぐ……ぅ!!」


 代わりに撒き散らされた耳をつんざく響音と、回避に浮いた身体を容易に弾き飛ばす衝撃波が俺達を浚った。


 反射的に「落としてなるものか」とソラを庇ってしまった俺は耳を守れず、頭を真横に貫くような鋭い衝撃に思考を引き裂かれる。


 結果的に着地を失敗してソラを放り出してしまった俺は、盛大に身体を打ち付けながら床を転がった。


「ッそが……!ソラ!?」


 滅茶苦茶に回る視界の中で、放してしまった彼女を咄嗟に探し―――


「―――逃げて!!」


 ソラの声。


 初めて聞くであろう、敬語を欠いた必死の声音。


 そして二度打ちのめされた身体に再び灯る、尊き声援の光。


「のやろッ―――!!」


 再び増幅されたステータス、AGIを急点火して前方へと低く身を投げる。頭上を奔り抜けた恐るべき剣風に仮想の冷汗を噴き出しながら、顔を上げた俺の視界に広がるのは、地に生える柱のごとき巨大な二本の脚―――


「だと思ったわ!!」


 瞬間、大剣を振り切った慣性をも利用してまさかの「回し蹴り」のモーションを取った巨人騎士の姿を見て取り、悪態混じりに怒鳴った俺は既に【歪な鉄塊鎚】を喚び出していた。


 流石に剣閃ほどの出鱈目な速度もキレも無い―――それでも十分機敏な動作だが、相手の無茶苦茶度合いを過小評価していなかったおかげで予測は出来た。


「鎧野郎でも脛は―――」


 意図せず最良のカウンタータイミング。ここは守らず攻めるべきだろ!!


「痛えのかルァラアッッ!!!」


 ドンピシャの横薙ぎ一線。俺を掬い上げるような軌道で迫った右足の脛部に、特大質量を無視した高速スイングがクリーンヒット。


 間違いなくアルカディアで耳にした中でも最大音量の打撃音が爆裂して―――



「―――――――――」



 俺の手の中で、短い付き合いながらも確たる大戦果を上げてきた【歪な鉄塊鎚】が―――悲鳴の如き轟音を上げて砕け散った。

 前へ次へ 目次  更新