聳えるは巨躯
「…………ハルさん、なんだかちょっと色々おかしいと思います」
「奇遇だねソラさん。俺もちょっと色々おかしいと思ってた」
「初心者エリアって、初心者エリアって意味で合ってますよね? また何かの用語とか俗語で、別の意味がある初心者エリアじゃないですよね?」
「ちょっとなに言ってるか分からないけど、俺も概ね言いたいことは同じだわ」
「道中で遂に朽像さん達が二体以上で出てくるようになったのは、まだ良いんですよ。良くないですけど、ちょっと辛すぎて泣いちゃったりしましたけど、良いんです」
「最終的に三体で徒党組んで袋叩きにしてきたからね。道幅が広くなってAGI解禁出来てなかったら俺はガチ泣きしてた自信があるよ」
「そうですね。それで―――アレはなんでしょうか?」
「そうだね、まあ―――ボスだろうね」
攻略道程占めて五時間強。現実時間換算でも三時間を超える超大ボリューム―――というか、只管に難易度が高過ぎて長時間攻略を要求された【埋没の忘路】。
言いたい事は山程あるが、このエリアに対する感想は一つだ―――辛過ぎて草。
なにが「一の強敵を少数の連携で云々」だよ、アホか。相手も連携取ってきたわ。戦闘ではそこそこ以心伝心が様になってきた俺達を、鼻で笑うような巧みな連携を披露してきたよ。
正直、脚を解禁してからは殆ど俺がワンマンで蹴散らした。敵さんが三人小隊をお目見えするにあたっては、表情を消したソラさんがノータイムで俺に《スペクテイト・エール》を施したほどだ。
そしてこれまでの所謂「ボス部屋」とは一線を画す、巨大な『扉』を超えた先に広がった円形のフロア。
厳かな雰囲気漂うその中央で俺たちを待ち受ける存在は、隠しレイドボスである【砂塵の落とし子】に勝るとも劣らない威容を持ってそこに居た。
―――エネミー名【神楔の王剣】。
朽像の親玉とでも呼ぶべき鎧甲冑の姿だが、全高六メートルを超えるであろうスケールからなにから、構成要素の全てが朽像とは桁違いだ。
身に纏う―――と言うよりも、身体そのものであろう甲冑は荘厳な輝きを放つ白金。精緻な彫刻が成されたその様はいっそ芸術品のようでありながら、視線を外すのも憚られるような凄まじい威圧を放っている。
直立する姿は朽像と異なり頭部、四肢ともに健在。一本で俺に勝る質量があるだろう両腕は、床に鋒を埋めた大剣の柄頭に置かれている。
そしてその大剣の様相が……なにあれ、伝説の聖剣か何かでいらっしゃる?
プレイヤーが持つ品であったとしたならば、間違いなく「伝説武器」とかその類にカテゴライズされるであろう凄絶な威容を誇る両手剣だ。
色は鎧と同じ白金だが、その輝きは眩い鎧を霞ませるほどに、なお燦然とした煌めきを放っている。剣身を走る黄金と蒼銀の線飾には、只々目を奪われるばかりで―――
「っすぅぅううう―――……………………えっと、ラスボスかな?」
「ラスボスは私も分かります。初心者エリアにいたらダメなボスって意味です」
「イグザクトリィ……」
いやこれどうすんの?相対して感じる圧力がこれまでのボスと比べ物にならないんですけど。シークレットレイドボスやら色持ちモンスターなんかは流石に次元が違うが……正直、猪やら蠍やら鳥やらは相手にもならない。
幸いフロアに踏み入った瞬間に襲い掛かっては来なかったものの、起動すればたちまち俺達を擦り潰しにかかるであろう……こう、何というか、情報圧が重過ぎる。
「【砂塵を纏う大蛇】とガチ殴り合いのがまだ勝率高いのでは……?」
「そ、それもそれでどうなんでしょう……」
ハッキリ言っていいかな―――多分これ、勝てないよ?
「あの……この前の『白座』さんとか、私は見ていませんけど昨日のレイドボスですとか、初心者エリアでもそういうモンスターが結構いる……って話でしたよね?」
「ん、そうだね」
「ええと……私が思うに、その、コレも……」
「……ソウダネ」
ソラですらそんな結論に辿り着いた時点で、もう間違いないと断言して良いのではないだろうか―――おそらくコイツは、これまでに遭遇してきた二体の特殊モンスターと同質の存在であると。
「なんでまた……」
別れ道も何もない通路を進んだ先でそんな奴が…………別れ道―――分岐?
「いや、まさかこのエリア……」
そもそも、初心者エリアではないのでは?
俺とソラがこの【埋没の忘路】を解放した経緯は、まっとうなボス討伐ではなく隠しボスを呼び出した上での逃走択。一応システムログによるエリア突破アナウンスは受け取ったものの、正道でない事は疑うべくもない。
「隠しレイドボスからの、隠し分岐ルート……?」
まさか、とは思う。しかしながら「絶対に無い」とは言えない。
ただでさえ「初心者用のフィールドごときに力入れ過ぎでは?」と慄くばかりだというに、それだけでは飽き足らず隠し要素としてハイレベルコンテンツが一つならずぶち込まれているゲームだ。
まさにコイツも、その一つなのでは?―――否定材料は、無い。
「……あの、ハルさん」
「はい」
自分がいまどんな表情をしているのか、いまいち分からない。とりあえず、不安気に俺の顔を窺っていたソラさんの表情は大変よろしく無いことになっている。
「た、戦います、か」
お手本のような震え声で、めちゃくちゃカタコトのお伺いが来た。
「あの、何となく分かるというか……多分ですけど、これ」
「うん、まあ……多分勝てない、かなぁ」
多分というか、もう正直に絶対勝てないと思う。
幾らかゲームに触れて生きていれば、目前の敵がどれほど強いかというのは見た目から凡そ掴めるようになるものだ。まず間違いなく、店売り品を使ってるようなルーキーが挑む相手じゃねえからコレ。
「んー……どうする?個人的には撤退も有り」
思案顔でそう言えば、ソラは「えっ」と意外そうな顔で俺を見た。自分でも好戦的な面ばかり見せてきた自覚はあるので、彼女の反応はまあ予想通り。
「負け戦が濃厚過ぎる場合は、まあ。デスペナ無しなら万歳突撃もやぶさかじゃないんだけどね」
付け加えれば、ソロの時であったなら。ある程度の勝機が見込める相手ならばともかく、分が悪い賭けにすらならない化物相手に道連れを敢行するのは気が引ける。
五時間強の道程とは言ったものの、それは単に敵が厄介過ぎて戦闘時間が嵩んだゆえの事。俺がソラを抱えて来た道を全力で逆走すれば、数十分と掛からずに街へは戻れるはずだ。
「…………」
数秒俺を見つめてから、フロア中央に鎮座する【神楔の王剣】へと再び視線を向けてしばらく。ソラはじっと何事かを思案して、
「……絶対に、無理でしょうか」
ぽつりと、呟く。
小さな声音に湛えた感情は読み取れなかったが、その横顔は―――少なくとも俺の目には、戦意を失っているようには見えなかった。
「…………」
ならば……うん、まあ―――やぶさかではないわけだ。
「ソラ、支援頼んだ」
「えっ?」
【白欠の直剣】を喚び出して前に進み出る。
「ちょっと相手のステータスが計り知れないから、最初は俺が一人で当たってみる。ソラのスキル込みの脚なら、様子見くらい出来る……はず」
なお、問答無用の全体攻撃とか飛んできたら対あり。
その他にも為す術なくすり潰されるであろうパターンは無数に思いつくが……その時はその時だ。
「……いいんですか?」
「いいもなにも、ソロなら迷いなく突っ込んでたと思うし。ソラがアリなら俺もアリだよ」
このゲームのデスペナは痛い。具体的には最後のレベルアップ後に蓄積された経験値全損に加えて、蘇生後も現実時間で八時間―――アルカディア換算では十二時間もの間、ステータス下降の刑に処される程度の痛みだ。
アイテムや通貨の消失が無いだけまだ有情に思えるが、尽きる事なきモチベーションを燃やしている俺的に長時間のデバフという足枷はそこそこ重い。
無茶苦茶な経験値稼ぎを行っていないソラにとっては、経験値ロストだって馬鹿にならない。ついでに俺のように終日ログインも出来ないのだから、時間だって貴重だろう。
「だから任せる―――どうする?」
「え、と……」
それでもこれは極論娯楽。失うものがあればこそ、そこにスリルもまた湧くというもの。互いにリスクを呑み込めるというのなら―――
「やって、みましょう……!」
「よしきた!」
当たって砕けるのも、また一興だ。
「観測眼は同時起動いけるんだよね?」
「はい。手を出さなければ、参戦判定にはなりません」
「OK、そしたら意地でも死なない……つもりで気張るから、よく動きを見といて」
未だ微動だにしない【神楔の王剣】だが、大抵こういうのは一定範囲に近づくか一撃ぶん殴れば起動するのがテンプレートだ。
その瞬間、後ろで扉が勢いよく閉まるまでセットな。さておき、事前打ち合わせと覚悟完了の猶予があるのはありがたい―――と?
「っ……が、頑張ってください!」
割と真面目に震えそうになる足に気付いて内心で草を生やしていると、キュッと上着の背中を摘まれてそんな激励を頂戴する。
……あんまり健気なアクションは控えて?男ってやつはチョロいんだよ。
「あー、ワンキルだけは全力回避します」
唐突な可愛い案件は俺に効く。
照れ隠しに振り返りもせずそう言った俺は、フロア中央へ向けてゆっくりと一歩を踏み出した。
Loading〜連弾装填中〜