幕間
「…………………………なんか」
忘れている気がする。
ご無沙汰していた新顔の顧客と別れた後、自陣営である平和の西国へと戻ってからしばらく。所属組織から与えられた工房の一画で、カグラはふと何かに引っ掛かりを覚えて作業の手を止めた。
途中で集中を欠いた魔工師に従って作業工程が破綻し、何らかの作品となるはずだった素材群が制作失敗の名の下にごっそり消滅する―――が、自分の言に偽りなく「金には困っていない」彼女は気にも止めない。
件の新顔から飛び出してきた替えの利かないレア素材であればその限りではないが、今はそれよりも自分が何を忘れているのかが重要だった。
はて、自分は彼に―――ハルに何を伝え損ねているのか。
「ん…………まぁ、いっか。そのうち思い出せたらで」
どのみち、今日も呆れるほどのペースで攻略に勤しんでいる事だろう。悪戯に連絡を入れて、有望極まるルーキーの歩みを止めてしまっては勿体な―――
「…………攻略」
彼が先日ネタまみれの攻略をせしめた、かの有名な【流転砂の大空洞】。
カグラはヴェストール所属ゆえに、イスティアの事情に精通しているとは言い難いが……それでも各陣営の初心者エリアにそれぞれ一つ用意されている、大規模戦闘を起点にした隠し分岐くらいは頭に入って―――
「っあ」
しまった。
伝えそびれた。
自分のミスに気付いたカグラは思わず声を上げて、
「……まぁ、いっか」
少し前にも呟いた言葉を、投げやりに零した。
「何かの間違いでクリア報告でもしてきたら、ご祝儀でもあげよ」
ステータスの尖り具合だけ言えば、レベル上限のプレイヤーにも引けを取らない彼ならば或いは―――と、面白半分で浮かんだ馬鹿な考えを自ら一笑に付して、カグラは中断していた作業へと向かい直す。
「どこの世界に、レベルカンストのフルパーティ推奨IDを突破するルーキーがいるのってね」
流石の超新星も、そこまで無茶苦茶ではないだろう。もしかするとその内、ヘルプメッセージでも飛んでくるかもしれない。
プレイスタイルに見合わず、会って話せば割と泣き言が多い少年の様を思い浮かべる。新しい術式設計図を構築しながら、カグラは愉快そうに頰を緩めていた。