お馴染みのアレ
【埋没の忘路】の攻略開始より、仮想世界換算にて二時間弱が経過した。
―――結論、キツい。
結論てか感想だが、何を置いても俺たち二人の揺るぎない総意だろう。
「あの、ハルさん……私、将来のPvPに不安しかなくなってきたんですけど……」
才能無いのかな―――そう言って凹む君の隣で、同じように凹んでいる人がいる事を忘れないであげて欲しい。
「いや、こいつら駄目だろ……まともにタイマン張るんじゃなくて、囲んで鏖殺するのが正規攻略なんじゃねえの……」
対人戦の練習を兼ねたエネミーなのでは?と宣った俺のせいで、何となく一対一の戦闘を続けてきた結果がこのお通夜である。
まずソラ。一向に朽像達が繰り出してくるフェイントに適応する事が出来ず、終始あたふたしてしまい苦戦必至。毎戦闘で危ない場面を俺がフォローするたび、申し訳なさそうに意気が落ちていく。
次に俺。フィールドに脚を封殺され、加えて駆け引きの訓練を積むために真っ当にやり合おうとすると割と詰み。STRにVITと正面切っての殴り合いに必要とされるタフネスが足りないってか存在しないのは勿論大きいが、何よりも高速機動を封印した俺は想像以上に「初心者ちゃん」だった。
どちらが酷いかで言えば、圧倒的に俺が酷い。何が酷いって、武器の扱い及び立ち回りが見るに耐えないレベルで稚拙過ぎる。
過剰AGIでゴリ押さずに腰を据えて武器を振るってみた結果、今まではそれなりに「映え」があると自惚れていた己の戦闘が、相手を圧倒する速度による誤魔化しの産物である事に気付いてしまったのだ。
容姿も相まって見惚れるような剣さばきを披露してくれるソラが隣にいる分、痛烈に自覚する―――俺の戦い方は、究極的に雑である。
「やべぇ凹む……」
これではダメだ。AGI極振りの身で脚を封印したらそりゃそうだとも思うが、かけっこが早けりゃ満足かと問われて頷くつもりなど毛頭無い。
そう考えれば無茶な三次元機動を封じられるこの環境も、いっそ悪辣とまで言える戦闘巧者っぷりを見せつけてくる強敵も修行的な意味では好都合―――とでも思っていなければ、わりと心が折れそうですハイ。
「でもあれだな……流石に無茶というか無理してる感あるし、ここらで方針変えてこうか?」
「えっと……?」
「一対一はこの辺にして、連携中心に切り替えていこうかなと」
囲んで鏖殺が云々と、先程ぼやいた文句は単なる恨言ではない。
各所で唐突な殺意を浴びせてくるアルカディアだが、基本的には全世界が認める神ゲーである。攻略が行き詰まるのは難易度がどうこうではなく、根本的に挑み方を間違えているものと考えた方が良い。
朽像は確かに難敵だが、奴らは必ず一体ずつしか出現しない。
これまで踏破してきたエリアでは毎回なんらかの「テーマ」が読み取れたものだが、その点を鑑みるとこの【埋没の忘路】におけるテーマはおそらく……
「囲んで……てのは、フィールドの狭さ的に間違いかな。だからまあ、一の強敵に対して少数の連携で挑むってのがコンセプトと見た」
「成程です……」
感心したように頷くソラに得意顔を見せておいて申し訳ないが、そもそもテーマどうこうが凡人の推察なので確たるものは無い。
だがまあ、大ハズレって事もないだろう。
「それじゃ……その、連携ですか?具体的にはどうしましょう」
「んー前衛二人で閉所だからなぁ」
なおかつ、朽像も俺たちと変わらない人間大のエネミーだ。二人同時に挑み掛かるというのは、互いの邪魔にこそなれどメリットは生まないだろう。
「まあとにかく色々と試してみるべきだけど、とりあえず……」
―――前衛同士の連携といえば、MMORPGお馴染みのアレからかな。
◇◆◇◆◇
『―――――――――』
「っ!」
一歩詰めきれないと言えど、進歩が無いわけではない。今も朽像の曲刀を見事に砂剣で打ち払った手並みも含めて、ソラは着実に腕を上げている。
いまいち雑な立ち回りの改善が進まない俺と比較すれば、やはり彼女は中々に良いセンスをお持ちのよう―――
「ぁうっ……!?」
ではあるのだが、素直過ぎる戦闘姿勢だけは如何ともしがたい様子。例によってフェイントに引っ掛かり踏み込んだ先で、迎え入れた反撃の刃がソラの不意を打つ。
「さて……と!!」
そしてこれも例によって、控えていた俺が飛び込んで朽像の剣を出掛かりで押さえ込み―――ここからだ。
「ソラ!」
「はいっ!」
これまでとの違いは、この動きが「咄嗟のフォロー」ではなく「予定行動」である点だ。俺の掛け声に対する返事も明瞭―――カウンターを察知してなお大振りを中断せずにいたソラが、最後の一歩を踏み抜く。
「やぁっ!!」
俺の傍をすり抜けて、大上段からの打ち下ろしが朽像の肩に着弾。砂剣が散らす砂粒とダメージ判定の赤いエフェクトが弾けて朽像がよろけると同時、STR不足の身で必死に押し留めていた曲刀から圧力が消えて―――
「ッらぁ!!」
瞬間、解放された【白欠の直剣】を繰り出して追撃。バランスを崩した所へ更に追撃を打ち込まれたら、流石の朽像とてフェイントを疑う余地すら無いほど盛大に体制を崩す。
「トドメ、です!」
更に一歩、俺と入れ違いに前へ躍り出たソラが腕を振るう。その手に剣は無く、代わりに頭上に従えるのは三つの砂塊。
「―――三連ッ!!」
なかなか様になりつつある掛け声と同時、ガガガッ―――と、剣を成した砂が三度の快音を叩き出す。
胸鎧を存分に貫かれ、朽像は悲鳴のような軋みを最後に燐光となって消滅した。
「「…………」」
それぞれ残心と余韻に浸りつつ、散っていく青い光を静かに見送って―――
「…………良い、感じだな?」
「ちょ、ちょっとその……格好良かった、気がします」
揃って顔を見合わせて、方針変更後すぐ表れた望外の戦果に頰を緩ませる。
「流石、先人の築いた定石ってやつだな」
「『スイッチ』でしたっけ? ゲームって本当に色々な用語……というか、言い回しがありますよね」
ゲーム用語というかMMO用語というか、こっち方面に接した事がある人間ならお馴染みの戦術というやつだ。
切り替えとは読んで字の如く、敵の矢面に立つプレイヤーを交代する戦法の事を指す―――と、あくまでこれは俺の中での理解。
この手のゲーム用語やネットスラングは持ち出す場所を変えると全く別の意味に変じることが珍しくないため、「これが正真正銘の正解」と呼べる形がハッキリしないのだ。どのゲームから使われ始めた、みたいな原典なら朧げながら存在するけどな。
「他のゲームでは敵の攻撃が痛過ぎる時のタンクローテとか、特殊なヘイトコントロールが必要な場合の牽引役引き継ぎとか……まあ、ゲーマーの俗語だよね」
「た、タンク……ヘイ、コン……?」
いかん。ゲーム事情について勉強を始めたばかりのソラには、コアな話はまだ早かったようだ。
「要するに今みたいな動きってこと。一番前に立つ人を交代する、みたいに覚えておけば良いんじゃないかな」
間違ってはいない、筈。
しかし、正直ここまで顕著に効果が出るのは少し予想外だった。この戦法、結局はソラにも語ったように被害の分散が主題である。
その活用法は基本「延命」及び「時間稼ぎ」といった、いわゆる受け側の戦法だったわけだが……
「ここまで攻めに有用になるとは……」
「その、やっぱり気のせいじゃないですよね?」
アルカディアにおけるスイッチの有用性―――これまで思い至らなかったそのメリットに、どうやらソラも気付いたらしい。
「何というか、相手の動きがぎこちなく……」
「なるね。しかも連続で切り替えると余計に」
今更ではあるが、これまで咄嗟のフォローで俺がソラを庇っていた場面とて考えてみればおかしかった。一対一で試合っていればあれほどクレバーな朽像が、泡を食って飛び込んだ俺に大人しく抑え込まれ、あまつさえ大人しく反撃まで頂戴してくれるなど。
「ルーチン制御じゃない高度なAIゆえの……なんて言えば良いんだろ、動揺てきな?」
間に割り込むだけに止まらず、代わるがわる前衛を切り替えた際にひたすら後手に回る朽像のあの感じ。表情も何もない鎧甲冑だが、あの様子からは明らかに戸惑いの気配を感じ取れる。
「動揺……なんだか本当に、生きてるみたいですね」
「なんかもう、既存ゲームみたくCPU相手って考えない方がいいのかね……深く考えないようにしてたけど、NPCもアレだしなぁ」
未だそこそこ関わり合いのあるNPCはムキおじことハルゼンの旦那一人だが、俺は既にかのNPCを単なるデータの塊とは思えなくなっている。
ゲームシステムに沿った存在であるとはいえ、彼との会話は「本物の人間としか思えない」に尽きるのだから。
「……いやもう、本当に今更だけど」
このゲーム、ぶっ壊れてんのVR技術だけじゃなくね?人類のAI技術、俺が知らぬ間に技術的特異点でも生み出してるのでは……
ネット断ちをしている三年の間、世界があらぬ方向へぶっ飛んでいる可能性に一人戦慄する。傍のソラはといえば、前触れなく何事かドン引きしている俺に首を傾げていた。
おそらく彼女的には、ゲームのキャラクターなのに生きてるみたい凄いなぁ程度に思っているのだろう。技術的特異点とか言っても?を浮かべるに違いない。
…………後で色々と調べておくことにしよう、うん。
「ま、まあとりあえず……目下の攻略目処は立った、かな?」
「はいっ、頑張りましょう!」
深く考えると中々に恐ろしいあれこれは一旦脇に押しやり、ひとまずはこのエリアの攻略へと意識を向ける事に。
調子を取り戻してモチベーションを上げるソラと二人で、改めて【埋没の忘路】で歩みを進めていく。これまでと変わらぬ一本道、未だ終わりは見えそうになかった。
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