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顧みて異常アリ

 流石に店内で素材類をぶちまける訳にいかないので、インベントリを覗かせろという意図のもと身を乗り出したのは察せる―――けど、近くなぁい?


 ソラに対する美少女耐性は獲得しつつある俺だが、和服美女耐性なんざ欠片も習得できていない。いかなるパラメータを参照しているのか、はたまた香水系のアイテムでも存在するのか、フレグランスな女性の香りが大変に宜しくない。


「……こっ、こんな感じっす」


 裏返りそうになった声を無理やり矯正して、男のプライドは辛うじて死守。気にしない風を装ってインベントリの素材欄をオープンすると、カグラさんは更に身を乗り出して―――あぁ、いけませんいけません着物の合わせが嗚呼……!


 普段ソラ相手に似非紳士を気取っているものの、こちとら幼気な青少年(笑)である。唐突な接近は調子狂うからやめて頂けませんかねぇ!!


「ほーん、猪に蠍に例の鳥に……イスティアのボス連中はそんな感じだっけか」


 俺の狼狽など気にも留めず、目に掛かる赤毛を払いながらカグラさんは真剣な面持ちで……面倒見て貰うんだから、俺も余計なこと考えてないで真面目に対応しよう。うん。


「そういや、陣営ごとに初心者エリアも違うんだっけ?」


「だね。というか、初心者エリア()()違う。ルーキー卒業後のエリアは全陣営共通のフィールドだから」


「え、マジで」


 やはりというか、先達プレイヤーとの会話は次から次へと知らない情報が降ってくる。性懲りも無く驚いて見せた俺を揶揄うように横目で見てから、カグラさんは目ぼしい素材を指し示すように指先を持ち上げて―――


「さて、まあ確かに珍しい代物なんかは無いけど……そうだね、この辺の手付かずのボス素材なんかを使えば、繋ぎとしてそれなりの……もの、が」


 不自然に言葉を先細らせて、彼女は動きを止める。


 なんだと思い目を向ければ、魔工師殿は何やら訝しむような目でアイテムリストの一画を凝視していた。


「あったわ」


「なんて?」


「珍しい代物」


 呟きながら、カグラさんが途中で止めていた手を伸ばす。トンと叩くようなジェスチャーで彼女の人差し指が示したのは、とある一つのアイテム名だった。


 その素材は―――嗚呼、懐かしきかな。記念すべき初討伐ボスこと【化茸の宿主ホスト・オブ・マッシュ】のドロップ品である【菌床の古木】だった。


「え、珍しいんだ?初心者エリアどころかチュートリアルっぽい森のボスじゃ」


「なんだって?」


 いや怖い。そんなグリンって振り向かないで欲しい。


「チュートリアルの、森の、なに?」


「えぇ……?いやあの、ボスのおばけトレントみたいな……」


 予想していなかった真剣な食いつきに引き気味で答えると、何やら天を仰いだカグラさんは「ふうぅー……」と大袈裟に息を吐き出した。


「いません」


「なに?」


「イスティア専用チュートリアルマップ【初踏の森】に、ボスなんていません」


 ?????


「いや、いたし……」


「ついでに言うと、アルカディアで樹木系のエネミーは発見されていません」


 そう続いた言葉に、俺は更なる「?」を浮かべる他ない。


「いや、いたし……」


「あのね?あたしは西……平和の西国(ヴェストール)所属だから実際に経験したわけじゃないけど、四国で唯一好戦的(アクティブ)エネミーが跋扈するイスティアの初期配置エリアは、散々ネタになったから詳しく知ってるよ」


 あぁ、やっぱりアレって選択陣営ごとに特色ありだったんだ。


 当時は「もし平和の陣営を選んでこんなマップに放り出されたらキレる」的な事を思ったものだが、あの時の想像は間違っていなかったらしい。


「本来なら……アンタがそんな嘘つく理由も無いだろうし、実際に見知らぬ素材も目の前にあるわけだから事実として扱うけど」


 しばらく前の冒険を思い出して一人納得している俺を他所に、カグラさんは何もかも諦めたような顔でこめかみを揉みつつ、溜息混じりに言う。


「本来ならアンタが言うその森には、体当たりしか能の無いデフォルメキノコのモンスターしか出て来ないんだよ。害の無さそうな顔してしつこくケンカ吹っかけてくるから、アバター操作に不慣れな新規ユーザー達はそりゃもう無惨に()()()にされたそうでね。サービス開始初日の阿鼻叫喚は今でも語種の伝説に」


「害の無さそうなデフォルメキノコ……???」


 思わず口を挟むように溢してしまった呟きに、カグラさんは口を止めた。


 ……いやそんな辟易したような顔されましても―――アッハイ話せって事ですか睨まないで、美人が凄むと怖いんだってば。


「ええと……俺が彷徨った森で出てきた奴は、初見の女の子が悲鳴あげてガン逃げする類のホラーチックな化けキノコ的な……」


 少なくとも、ソラさんは遭遇した瞬間にノータイムで逃走しました。


「……よく見りゃこれもだよ。何これ【化茸の笠】って」


「その化けキノコの戦利品、かなぁ」


 体当たりしか能の無い、というくだりは一致しているが……再び天を仰いだカグラさんの反応を見る限り、存在しないはずのボスに留まらず雑魚敵さえ何かおかしかったらしい。


 その後あれやこれやと意見を交わす……というか俺の供述からの審議を経て、俺とソラが二人で彷徨い歩いた件の森は「【初踏の森】ではない」という結論が出た。


「マジか……いや、マジか……」


「ぐったりしたいのはこっちだよ。なんでアンタが萎れてんだい?」


 いやだって、という事はつまり雑魚キノコの素材も未知のレア物だったわけで―――


「がっつり売り捌いたんだが……?」


「……………………NPCショップ?」


 首肯すると、返ってきたのはため息だった。


「まぁ、無知のままプレイヤーに流して大騒ぎにならず済んだ……とでも思っておくんだね。確実に面倒ごとは起きただろうよ」


「はは……三桁近くをほぼ捨て値で……」


 カグラさんの反応から見ても、間違いなくレア物である事は断定出来てしまう。そしてそういった代物はプレイヤー間の取引が可能なネットゲームにおいて、例え使い道の無い最低ランクの素材とてそれなりの額がつけられるものだ。


 MMOにおいて希少性とは絶対の付加価値……あぁ畜生、上手く取引に出せていればどれくらいの金額になったものか。


「オンラインゲームに付き物の授業料だと思って、潔く諦めな」


「いや、うん……別に今は金に困ってないしな……」


「まさに今から困る事になるかもね」


「怖いこと言わないでくれますぅ?」


 完全に他人事扱いでケラケラ笑うカグラさんに促されて、トレード画面を介して二種類の素材を渡す。魔工師のスキルで見れば凡その性質が分かるとの事で、どういった代物か鑑定してくれるそうだ。


「さて……まず、【化茸の笠】はダメだね。柔軟性が高いから被服系統の生産には使えるかもしれないけど、武具としての適性は無いよ」


 と、てっきりオブジェクト化させて見聞するものと思い込んでいたが、どうも自身のインベントリに入りさえすれば良いらしい。自ら呼び出したウィンドウを覗きながら、いきなり批評が始まった。


「被服系統って言うと」


 彼女から賜った有難い衣装を摘んで「こういうの?」と問えば、ご名答とばかり頷きが返される。


「アタシは専門外だから扱えないけど、デザイナーに持っていけばひと財産になるかもね。ステータスに寄与しない衣装アイテムの素材は、稀少性が全てだから」


「傷口抉ろうとしてる?」


「次に【菌床の古木】だけど」


 泣き言ムーブもスルーされたので、いい加減に気持ちを切り替えるとしよう。


「こっちは…………あぁ、まあ嫌な予感はしたよ」


「切り替えた矢先に不吉なのやめて?」


 目を眇めたカグラさんに今度は何だと警戒を見せると、


「とりあえず、おめでとうと言っておこうかね」


 思いがけず、祝いの言葉を頂戴した俺は意味が分からず首を傾げるしか無い。


「良さげな素材ってこと?」


「そうだね。分かり易く金額で表すなら……」


 真面目な思案顔で耽る様子を見るに、わりと本気で価値があるらしい。そりゃ確かに挑んだ当時は苦労したものだが、今思えばそれなりにチョロかった節くれから思わぬ拾い物を―――


「―――ざっと20Mってとこかな」


「おーマジで……っで、ぇっ、でっでででッ」


「お手本みたいにバグったね」


 向けられた軽口が耳を素通りする。何となく期待していた金額の倍々どころではない遥か彼方の金額を告げられて、俺は無意識に席から立ち上がり後ずさっていた。


「にっ、にじゅっ、20メガ!?二千万ルーナぁ!!?」


 うっそだろお前どこぞの国の紙切れじゃねえんだぞ!?アルカディアの通貨(ルーナ)は感覚的に日本円と相場変わらないんですけど!?


「俺の全財産の四千倍じゃん!!」


「……ルーキーにしても、余程あたまの悪い使い方してなければもう少し貯まってそうなもんだけど」


 メインウェポン×いっぱいのメンテナンス費用を主とした運用費をご存知でない?―――いや、今はそれよりも……


「さ、流石に冗談だろ……?こんな、取り巻き召喚だけしか能の無い節くれオバケの素材が、そんな大金に」


「アルカディアの生産工にはね、素材の持つ特性を他の素材に移植する技術があるのさ」


 動揺する俺の言葉を遮って、唐突に専属魔工師殿の講義が始まった。


「高位の素材から下位の素材に移すことは出来ないけどね。逆に下位から高位へなら、大した制限もなく可能なんだよ」


 それ故に、アルカディアでは有用な特性を備えた低ランク素材は常に一定の需要がある。それ以上の稼ぎ場がある上位プレイヤーはそれとして、駆け出しに該当する中〜低位層のプレイヤーの良き収入源だそうな。


「そこで()()()だ」


「あー……つまりなんだ、ヤバげな特殊効果でも持ってる的な?」


「あんまり勿体ぶるのはあれだね。高等級とは言えないけど、コイツは《自己修復》を持ってるのさ」


 ほう……ほう?


「便利……ではあるんだろうけど」


 正直、思っていたほどインパクトが無い。わりと便利系付加効果の代表格ではあると思うが、こういったゲームで最終的に価値が天井知らずになるのは火力に寄与するものと相場が決まっている。


「あれ、20Mって思ったほど大した事ない額?」


「馬鹿言うんじゃないよ。上位層のプレイヤーだって簡単には稼げない額さ」


「そんな代物が何だって最序盤のボスごときから……」


 呆然と呟く俺に対して、カグラさんは「アタシが知るわけないだろう」とわりかしドライな反応だった。


「モンスター素材は元となったエネミーの性質を引き継ぐのが基本だから、アンタがやり合ったトレントがそういう能力を持っていたんじゃないのかい」


 【化茸の宿主】が何らかの自己回復を用いてきた記憶は無い―――が、そもそも取り巻きを無視して大剣&大斧の二刀流という、我ながら頭の悪い質量の暴力で瞬殺した事を思い出す。


「そう、なのかなぁ……《自己修復》ってそんなに高値がつくようなもんか?」


「その口ぶりから察するに、アンタこのゲームでの武具メンテ事情を分かってないね。NPC鍛冶屋にでも、装備品の耐久値回復くらいは依頼してるだろう?やけに値が張るもんだと思ったことは?」


「まあ、うん」


 財布の中身が5000(ルーナ)しか無い程度には、メンテナンス費用の重さを分からせられていますとも。


「簡単に説明すると、この世界の通貨になってるコイツ」


 言いながら掌の上にオブジェクト化された1ルーナ硬貨―――白金に輝く真円で、やたら厚みのある一円玉とでも言うべきビジュアルだ。


 中央に刻まれた何やら女神っぽい彫刻デザインを共通として、サイズの大小で1ルーナ〜1万ルーナまで種類が存在する。紙幣が無いというだけで、覚え方はまんま日本円の種類と同様だ。


「こいつは設定的に、通貨である前に万能の()()でもあるのさ」


「しょくばい」


「本当にありとあらゆる用途があるんだよ。デカい魔法を使うために必要になったりもするし、様々な動力の燃料にもなる。そして、武具の損耗もコイツが埋めてくれる」


 あぁ、そういう事か……。


「工賃どころか、通貨自体がメンテナンス材なのか」


 料金が馬鹿高かったのではなく、資材も合わせて要求されていた訳だ。


「そういう事だね。そしてその要求量は、武具のランクが上がれば上がるほど天井知らず―――納得行ったかい?」


「大いに」


 併せて、己の先行きが素晴らしく不安になってきた。将来的に良質な武具を山ほど抱えて好き勝手した場合、果たして俺の財布に明日はあるのだろうか。


「そういう訳で、この素材が秘める《自己修復》は上にいるプレイヤーこそ垂涎の代物なんだよ。流れで察してるだろうけど、明確な入手先が無い滅茶苦茶レアな品だからね」


 浮いたメンテ代で元なんかすぐに取り戻せるんだから、そりゃ大金も出すだろうと―――やべぇ震えてきやがった……!


「それで……()()()()?」


 その問いの意味は当然、売るのか否かという意味に他ならないだろうが―――


「売らない」


「即答だね、少し意外だよ」


 何をもって意外とされたのかは分からないが、俺はこの手の事にはポリシーを抱えている。大金に後ろ髪引かれないとは言わないが、悩むつもりはなかった。


「結局、将来的に自分も必要になるものは手元に置いておくよ。いざ必要になってから手に入らずに、あのとき手放していなければなんて後悔したくないしな」


 逆に何らかのきっかけで供給が飽和して「あの時に売っておけば」となる可能性も当然ある。けれど、前者の場合は明確に「詰み」の事態が発生する可能性すらあるのだ。後者は損こそするかもしれないが、逆に言えばそれだけだからな。


「安定志向で良いんじゃないかい」


「その似合わないねと言いたげな表情、俺に抱いてるイメージが窺い知れますね?」


 弄んでいた1ルーナ硬貨をインベントリに放り込みながら、俺のジト目を煙に巻くようにカグラさんは笑う。


「ならまあ、大事に秘蔵しておく事をオススメするよ。今のアンタが使うような装備に埋め込むのは、流石に勿体無いからね」


「仰る通りで……地味に嵩張るんだよなぁボス素材。倉庫が使えたら助かるんだけど」


 流石に俺にとって重要な事なので、プレイヤーが使用出来る倉庫類に関してはもうリサーチ済みだ。こういったゲームとしては当然というか、アルカディアにもその手のサービスは存在する―――が、ネックなのは使用料金。


「アホみたいに掛かるんだよなぁ……」


 確か月額二万ルーナかそこらだったはず。いくらも入らない最低容量でそれなので、余裕のあるサイズを借りようと思ったらもっと掛かる。


「まぁ、ルーキーが手を出すようなものではないね。そもそも()()()()()()()()なら、アンタみたいな戦闘職が限界所持容量に悩む事すら稀なんだけど」


「ぐっ……いやまあ、おかげさまで当面の余裕は出来たし……」


 【晶羽の軽身飾り】様々である。余裕ができた途端に湧いてきた追加ウェポンの誘惑に抗いさえされば、ひとまず戦利品用の空きスペースに困るような事態は……


「私が預かってやっても構わないんだけどね。流石に一々会って受け取るわけにもいかないし」


「流石にそこまで厄介にはなれないっす」


 本当にこのひと面倒見が良いっていうか、このままでは際限なくお世話になってしまいそうなので自重を心がけていく必要がある。


「だけどまあ、コイツくらいは預かっとくよ。しばらく出番は無いだろうから……あぁ勿論、アタシを信用してくれるなら預かるって意味でね」


 ここまで親身に世話焼いといて、今更こっちに信用の是非を問うてきますぅ?


「別に持ち逃げされても文句言えないくらい色々貰っちゃってるし、欲しいって言われたら是非に進呈するくらいの心持ちなんで」


「言っとくけど、その衣装と【晶羽の軽身飾り】を合わせたって二千万の膝くらいにしか及ばないからね」


 いや足元どころじゃないんかい。ぽっと出のルーキーに景気良く投資し過ぎでしょう姉御。


「そんくらいの信頼はもう寄せてるって事で、今後とも宜しくどうぞ」


 そう言って大袈裟に頭を下げつつ盗み見たカグラさんは、満更でもなさそうに口元を緩めていた。


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