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ふれあうふたつ

 ―――目を開けたら、美少女だった。


 何を言っているか分からないと思うが、俺にも何が起こったのか分からない。


 所属陣営を選択した瞬間に青い光に包まれて、別空間へ「転送」されるという現実ではどう足掻いても経験し得ない現象。声を上げて感動するままに新天地へと送り届けられた俺が、光の奔流の眩さに閉じていた目を開ければ―――


「「っえ」」


 何かもう至近距離というか、それが「美少女」であると認識出来たのが奇跡だったレベルの距離には見ず知らずの顔が広がっており、


「―――わぅっ!?」


「―――おっごァッ!?」


 いやに冷静に「走っていた少女が目前に転移してきた俺に激突した」という構図なのであろう現状を把握しながら、身長差によって額で顎を打ち抜かれた俺は派手にぶっ倒れて昏倒した。


 いや、流石ゲームというか本当に昏倒したよ。ほら御覧、HPバーの下に行動不能を示すのであろう状態異常のアイコンが……


「っぅ……!―――ぁ、だっ……大丈夫ですか!?」


 額を押さえてはいるが俺のように致命打にはならなかったのだろう、慌てた様子で少女が駆け寄ってくる。心配そうに覗き込んでくるその顔は、まさに作り物のように素晴らしい美少女であった。


 輝きのエフェクトを幻視するような、眩い金髪。まるで宝石を埋め込んだかのような、琥珀色に輝く大きな瞳。どのパーツを取っても「愛らしい」という表現が相応しいその容姿は、月並みだが二次元から抜け出してきたかのようだ。アルカディアは現実的なグラフィックだし、アイドル顔負けとかの方が適当か?


 ともあれ、このゲームは性別、声を除いてあらゆる容姿がメイキング可能だ。俺自身はとある事情から微かに細部を調整しただけのリアルフェイスそのままでアバターを作成したが、おそらくそういう人間は少数派だろう。


 現実の自分から身長などが乖離し過ぎると、アバターでの動きに少々慣れが必要とされるらしいが、それ以外は割と自由自在に別人になれるのが【Arcadiaアルカディア】である。


 つまり、目の前にいる見た目十代半ばの美少女は限りなく百パーに近い確率で「作られた美少女」である訳だが―――ぶっちゃけ俺的にはどうでも良い。「中の人」なんて気にした所で無駄無駄の無駄でしかないのだから、目に映る美少女が美少女であるならそれは美少女として美少女を楽しんだ方が得である。


 キャラメイク出来るゲームで美男美女を作らない奴は間違いなく少数派。この世界では目の保養に事欠かない事だろう。なお性別変更不可による男女比―――お、スタン解けた。


「あ、あの……」


 単純に強制的な硬直を喰らって返事が出来なかった訳なのだが、黙ったままのっそりと起き上がった俺に、少女は不安げに瞳を揺らしていた。


 ……いや表情の自由度が鬼。ゲームだと思えなくなりそうだわ。


「あー、大丈夫。驚いたけど、このゲーム痛みとかは感じないからさ」


 爽やか、かつ柔らかい声音を意識して笑顔を作る。バイト時代に無数の接客業で培った対人スキルは如何なく発揮できたようで、少女の様子から僅かに強張りが抜けていくのが見て取れた。


「そ、そうですか。良かった……あ、あの、すみませんでした。初期地点だから誰も来ないと思って、色々と動き回っていたら……!」


 辺りを見回しながら少女が言う。俺も習って見回してみれば、この場は鬱蒼とした木々のただ中。洞窟から転移していきなり森かと思いつつ更に詳しく観察すれば、俺達がいるのは如何にも「セーフティゾーンです」と言わんばかりに整えられた空地だった。


「あぁ、それで走り回ってたら目の前に俺が転移してきたと」


「は、はい。ビックリしました……あ、いえ、ビックリさせたのはこちらですが」


「まあ発売から三年も経って初期地点に人がいるとは……」


 ん?


「え、あれ……そちらさんも今日から?」


 発売から三年が経過。専用機器の購入に大金が必要。更に圧倒的不人気のイスティア選択。


 このタイミングで同時に新規参入とか、結構な低確率では?向こうも同じ事を考えたのか、俺に遅れて驚いたように目をパチクリさせている。


「わ、ほんと凄い。奇遇ですね!」


 どういう感情からか、少女はそう言って嬉しそうに微笑んだ。


 ……この暫定美少女、声も仕草も普通に美少女していらっしゃる。推定美少女に評価を変更しておこう。妄想だけならタダだから。


 さて、ある意味オンゲのレアドロップよりも希少な低確率を引き当てて推定美少女とエンカウントしたわけだが―――え、どうすんのこれ。


 俺も普通に年頃の健康な青少年である。推定美少女とこの流れでご一緒出来るなら是非ともご一緒したいが、アナログゲームならともかく現実と区別の付かないこの世界で女の子を誘うなんてのは、俺基準ではナンパと難易度が変わらない。


 バイト戦士としての戦役を果たしてきた俺はそこそこにコミュ力を磨いてきた自負があるが、【Arcadiaアルカディア】しか見えていなかった俺に彼女を作る努力などしている暇は無かった。


 経験値ゼロのクソ雑魚青少年である。接客や仕事の付き合いならともかくとして、プライベートにおける女性とのコミュニケーション方など浮かんでこない。


「そ、そうだね。ほんと奇遇だねー」


 ほらみろ、必死に口から紡がれるは会話拡張能力を持たない知能の低い相槌。こんな男相手に何が楽しいのか、ニコニコしている少女に会話進行を委ねざるを得ない現状に絶望を―――


「折角ですから、少しご一緒しませんか?」


 ―――抱きかけた俺に、少女の方から勝手に救済措置が降って来た。


 喜ぶべきか情けなく思うべきか。どちらにしても俺の中で、眩い笑顔を見せる「推定美少女」は単なる「美少女」の形容詞を勝ち取ったのであった。


 ◇◆◇◆◇



 俺の勝手な予想だが、暫定的に【目覚めの洞窟】と命名したあの場所から所属を選ぶことで転移させられる先は、選んだ陣営によって異なるのではないかと思う。


 何故って? 仮に俺が『平和』を謳うヴェストールを選んだとして、こんな好戦的なエネミーだらけの森に問答無用で放り出されたらキレ散らかす自身があるからだよ!!


「…………あの、ほんとにすみませんハルさん。ご一緒というか、頼り切りになってしまって……」


 もう何体目だろうか。この森に生息する巨大キノコ【ゴブリンマッシュルーム】にトドメを刺しつつ腹立たしげな息を吐いた俺に、少女が甚く申し訳ないといった顔をする。


 HPを全損したお化けキノコはビクリと動きを静止すると、次の瞬間にはポリゴンチックな青い燐光となって爆散。その只中でピロンと表示されたリザルトを適当に見やりながら、俺は縮こまっている少女に笑い掛けた。


「いや、偶然一緒に始められて良かったよ。この森をソラが一人で踏破してたら逆にビックリだわ」


 茶化すように言うと少女―――プレイヤーネーム【Sora】は、恥ずかしそうに微笑んだ。



 あの後、互いにプレイヤーネームだけの自己紹介もそこそこにセーフティゾーンを出た俺達は、歩いて十歩で菌類の襲撃を受けた。


 まあ幸いインベントリに初期装備っぽいあれこれが幾つか用意されていたので、今度は石人形のように蹴撃の化身となる必要は無かったのだが―――エンカウントして数秒でソラが戦線離脱した。


 別に奇襲を受けて一撃でHPを全損したとかではなく、具体的に言うと悲鳴を上げてセーフティゾーンにガン逃げした。


 まあ菌類の野郎はお世辞にも可愛らしい見た目とは言い難く、デフォルメも薄くおどろおどろしい顔の付いた巨大キノコに手足が生えて襲い掛かってくる様は……まあ、それなりにホラーではあった。


 少女然としたその様を俺も微笑ましく見送りつつ、石人形と似たような敏捷しか持たないキノコを短剣で細切れにしてやったのだが、問題はその後だ。


 ―――この美少女、戦闘が致命的に下手である。


 いや、初めてVRゲームを始めた少女が戦闘=リアルファイトなこのゲームで戦闘得手だったら恐怖しか感じないだろうが……それにしても全くもって彼女が『ゴブリンマッシュルーム』を打倒するビジョンが見えない程度には、ソラの戦闘は下手の一言だ。


 まず、武器を振るう時に必ず目を瞑ってしまう点でお話にならない。


 その他にも多々ある問題点を指摘するたびソラは素直に改善しようとするのだが、すぐにそれら全てを克服するのは厳しい筈だ。


 あれこれ練習しているうち、俺のフォローが遅れて普通にソラが死亡。いたいけな少女を見殺しにしてしまった罪悪感から、俺もキノコの体当たりに無抵抗で滅多打ちに合い初死亡を甘んじて受け止めた。


 そして目覚めるは初期地点。どうもイスティアを選んだ者には「死んだら街で蘇生」とかヌルゲーは許されないらしく、俺達はこの森を突破しない限り菌類と同居しなければならないようだ。


 一応、ゲームの仕様かこの森限定かは知らないが死亡による蓄積経験値減少は起こらない模様。つまり一匹ずつでもキノコを調理する事さえ出来れば、いつかはレベルのゴリ押しによって突破は可能なはず。


 だがソラの様子を見るに、そうなるまでどれだけ時間を要するか分かったものではない。そう現状を判断してからは、俺に単身先行を促した彼女を宥めつつ騎士役を務めているのだが―――


「数が多い」


 既に細切れにしたキノコは数知れず。石人形との死闘で不屈のファイトメンタルを獲得した俺にとって、舐めプじみた体当たりしか攻撃手段を持たない菌類など脅威ではない。奴らは早々にただの経験値と成り下がったものの……如何せんエンカウント率が高過ぎる。


 ソラを庇いながら慎重に歩を進めているので、森の終わりが中々見えてこない―――あ、レベル上がったわ。


 考えている内にも新手の菌類を解体していたら、何度目かのレベルアップを迎えた。【Arcadia】のレベルシステムはステータスポイントの振り分け方式らしく、一つレベルを上げる毎に貰える10ポイントを使って好みの能力を伸ばしていく。


 ほいほいほいっと振って、まあこんな感じか。


――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:6

STR(筋力):5

AGI(敏捷):20

DEX(器用):20

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):5


◇Skill◇


――――――――――――――――――


 ちなみに初期値はオールゼロ。最初の表示ではLv.1の貯蓄ポイント10の状態だった。こういうゲームでは基本的に極振りというか方向性を決めて特化するスタイルを常としていたのだが、初見で挑んでいるためどのステータスがどれだけ有用かなど分かる由も無く。


 意外とソラがある程度の予備知識を備えているらしく、聞いたところによるとステータスの振り直しはそのうち可能になるとの事。ならばと俺はとりあえず各ステータスに1ポイントずつを振り分けながら様子を探り、最終的に身体能力の向上が一番しっくり来た敏捷と器用さにポイントをぶち込む方針を決めた。


 素早く動けるというのは中々に爽快でAGI全振りも考えたが、DEXも伴っていないと自分自身の速度に振り回されるという不具合を確認したため、とりあえず両立して上げていく事に。


 パーティを組んでいるため経験値の分配が発生して当然ソラもレベルを上げているが、彼女はMIDとLUCを上げているようだ。近接戦闘のセンスの無さを自覚して、とりあえず魔法による攻撃手段の獲得を目指すらしい。


 当然あるとは思ってたが、あるんだな魔法。身体を動かすのが楽しいのでとりあえず近接主体で行くつもりだけど、いつかはそっちも手を伸ばしてみたい。


「どう?」


「……まだみたいです」


 俺と同じくステ振りを行っていたソラに問うが、彼女は更に別のウィンドウを操作して何事か確認すると、残念そうに首を振った。


 現在レベリングを平行して森を踏破しつつ、俺達はソラに魔法スキルが生えるのを待ち望んでいる状態だ。


 このゲームのスキルシステムは特殊というか、わりと技術的にぶっ飛んだ仕様を呈している。どういうものかといえば、何とプレイヤーの行動に応じて自動生成された技能がスキルツリーに生えてくるらしい。


 現状で確認されているスキルは膨大な数に上り、たった一人しか発現していないようなユニークスキルも数多確認されているとかなんとか。実に良いね、夢が広がる話だ。


 魔法技能はとりあえず、魔法攻撃力やMP数値に関係するMIDに多くポイントを振っていけば比較的簡単に取得する事が可能とのこと。


「俺もまだ一つも生えてこないし、気長に行こうか」


「うぅ……役立たずで心苦しいです」


 本人は気に病んでいる様子だが、男の俺としては女子が一緒に居てくれるだけで役得である。面と向かって言う度胸など無いので心の中だけで感謝しておく。


「数が多くて面倒なだけで、慣れたらただの菌類だから大丈夫」


 菌類の何が大丈夫なのか自分でもサッパリ分からないが、軽口を叩きつつ笑って見せる。いい加減に開き直るしかないと諦めたのか、ソラは「お世話になります」と頭を下げると恥ずかしそうに微笑んだ。

ふれあい(衝突)

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