いつかの酒場にて
「―――てな事があったんすよ」
「…………え?え、ちょっと何からツッコめば良いか分かんない」
いやー参ったねハハハみたいなノリで話を終えた俺。それに対して迫真の真顔を返してくれたのは、久々に再会した専属魔工師(仮)ことカグラさんだ。
時刻は昼前。場所は彼女と出会ったその日にも利用した、例のお洒落な酒場風の食事処。
波乱の決死行となった砂まみれの戦い翌日のこと。フレンドメッセージによる誘いを受けた俺が二つ返事で了承、こうして二度めの来店と相成った。
俺の方こそツッコミ入れる気は無いが、今しがたの完全な素の声色と口調……やはり、普段の姉御肌はロールプレイである可能性が濃厚か。
これでリアルがほわほわ系のお姉さんとかだったら『推し』待った無し。
「ん゛ん……いやなんて言うか、話の端から端まで可笑しな点しか見当たらないんだけどね。とりあえず、アンタの相棒にはそのうち挨拶させとくれ」
気を取り直すように咳払いを一つ、そう言うカグラさんの目は「新たな顧客を見つけた」とばかり好奇心に溢れているように見えた。
「それは是非に。ここ最近は俺より壊れ疑惑のある自慢の相棒です故に」
「自分も大概壊れてる自覚はあるようで結構」
シラーっとした半眼とは裏腹に、彼女の声はどこか愉快そうに弾んでいる。
「それにしても……いつまで経ってもヘルプのお呼びが掛からないと不思議に思っていたら、まさか【蛇】をルーキー二人で突破するとはねぇ」
「いやぁ……流石にカンストプレイヤーに助けを求めるって発想は浮かばなかったんよ」
浮んだとしても、その案に飛びつく事はなかっただろうが……あの後に攻略動画を漁りつつ正攻法の情報を仕入れた俺は、自分達が辿った道を省みて頭を抱える事となった。
どういう事かといえば……、
「―――隠し大規模戦闘を新人がペアでクリアなんて、アンタの奇天烈ビルドより余程の炎上案件だよ」
……との事で。件の【流転砂の大空洞】で俺たちが対峙した【砂塵を纏う大蛇】―――ではなく、彼奴との戦闘からルート分岐して出現する【砂塵の落とし子】は、まさかの初心者フィールドに現れるレイドボスなのだそうで。
その攻略適正人数は、通常パーティ6人×3の十八人編成。求められるプレイヤーのレベル帯も当然のように上限Lv.100とのことで―――いやマジで、血迷って突撃でもしていようものなら秒も掛からず塵となっていた事だろう。
カグラさんの言うクリアというのも、正確には間違いだ。正道のクリアとは当然【砂塵の落とし子】を征伐するルートであり、俺達が滑り込んだのは救済措置的に用意されていた回避撤退ルートに過ぎない。
そりゃ戦利品も何もありゃしないわけである。
「初心者エリアにバケモノ蔓延りすぎだろアルカディア……」
「確認されてるだけで八体いるからねぇ。四陣営の初心者エリアに各二体ずつさ」
魔境過ぎんだろ。正規フィールドはどんな地獄が待ち受けてんだよ。
「まあ本来なら、そもそもルーキーが遭遇出来ないような作りになってるんだ。アンタが無茶苦茶やりすぎなんだよ」
「いや、ボス戦のフィールドに助っ人を引き連れてくとか思い付かなくない……?」
【砂塵を纏う大蛇】の正規攻略法だが、なんと【デザートサーペント】にターゲットされた状態で砂塔内へ飛び込む事で、かのウツボ君が単純にお助けキャラとなるらしい。
らしいってか、動画で見た。大蛇が視界に入った瞬間プレイヤーに対しての興味を一切失ったサーペントと仲睦まじく共闘を繰り広げる様は、真正面から一人で殴り合いを挑んだ俺にとっては衝撃映像だった。
「攻略サイトに頼らないにしても、情報収集を怠り過ぎなんだよ。初心者エリアに関してなら、街の情報屋NPCに聞けば幾らでもヒントを貰えるだろうに」
「は?そんなNPCいるんすか?」
「いやいるんすかって……アンタ、街の探索も碌にしてないのかい?」
寝耳に水の情報にポカンとすれば、カグラさんは「マジかこいつ」と言わんばかりに顔を引き攣らせた。
「え、いやその……さ、散歩くらいは」
「……旅人支援機構、民間ギルド会館、マーケット、ここら辺に聞き覚えは?」
「知………………………………らないです」
そっと目を逸らした俺は、遂に盛大な溜息を頂戴してしまう。
「便利施設を一つも使わずに、よくまあ四つ目まで突破したもんだよ」
呆れ一色の声音に思わず身を縮めながら、面倒見の良いお姉様からありがたいレクチャーを受ける事に。
簡単にまとめると―――【旅人支援機構】とやらはプレイヤーが攻略を進めるにあたり、様々な状況で助けとなるであろう知識を学べる場所との事。
冒険の際に気を付けておくと有利になる豆知識から、攻略に詰まった際のアドバイスまで、歴戦のNPC(?)が色々と手解きをしてくれるのだそうな。
【民間ギルド会館】は街の住人達からの依頼を受けられたり、プレイヤー間での依頼やり取りや臨時パーティの募集など、公のコミュニティ広場となっている。
基本的に新規プレイヤーが人手不足などで攻略に困った際には、ここで助っ人を募集するのが常なのだとか。親切な御先達は勿論のこと、なんと場合によってはNPCが臨時パーティ員を買って出てくれるのだとか。
それがまた「これ中身人間だろ」と疑わしいばかりに異常なレベルのAIらしく……やべえ普通に興味ある。今度ソラに確認して利用してみようか。
【マーケット】はその名の通り、様々な個人商店が軒を連ねる総合市場。プレイヤーとNPCの区別無く乱立する小店が、中々の混沌を醸しているらしい。
時間帯問わず一定の賑わいを見せており、手数料を払えば不要素材の委託販売なども頼めるとの事。基本的にNPCショップで適当に売り払うよりもプラスになるため、狩りの終わりに立ち寄って委託所に放り込むのが常識で―――
「マジかよ…… 知らぬ間に縛りプレイしてたようなもんじゃん……」
「そもそも、当時は今のアンタ達がいる場所まで一月程度じゃ済まなかったんだ。まだ始めて十日程度だろう?生き急ぎすぎだよ」
「いやぁ、とりあえずさっさとカンストして脱初心者を目指してまして」
ちなみに、既に現在のレベルを申告してドン引きされている。そこに至るレベリング方法まで開示した際には天を仰がれた。
「全く……公にデビューした時の騒ぎが目に浮かぶよ」
やれやれ感の溢れる言葉とは裏腹に、彼女の瞳に宿るのはある種の期待に他ならない。色々とイレギュラーな道を邁進中である自身に向けられる期待の眼差しに、嬉しさ半分プレッシャー半分といったところ。
「いやはや恐縮」と低姿勢を装う俺を半眼で揶揄いつつ、カグラさんは「さて」と呟くとシステムウィンドウを呼び出した。
「今日呼び出したのは渡したい物があったからだよ。本当はあの日から首を長くして依頼の持ち込みなんか待ってたんだが、待てど暮らせど何の音沙汰も来やしなかったんでね」
「え……いや、流石にカンストプレイヤーに低レベルの素材持ち込むのもアレかと思って」
多少だが拗ねたような雰囲気を醸してそんな事を言い出した彼女に、いやいやと掌を振る。
確かに専属魔工師としての契約―――なんて確かなものを結んだ訳じゃないが、互いに「宜しく」と約束は交わした仲ではある。
けれども俺としては、そんな専属魔工師様に頼る事になるのは随分先になるだろうと思っていたわけだ。彼女のような遥か先を行くプレイヤーに対して、初心者エリアで獲得出来るような低レアリティ素材を持ち込むのはぶっちゃけ失礼ではないかと、勝手に思い込んでいた。
が、彼女からすればそれは面白くない遠慮だったらしい。だから勝手に作ってきたぞと言って、赤毛の魔工師はインベントリからそれを取り出してみせた。
「ええと……これは?」
コトンとカウンターに置かれたのは、何らかのアクセサリーらしきアイテム。一言で表せば羽根のキーホルダーだろうか、空色に透き通る綺麗な素材で作られている。
「風見蝶っていう希少生物から取れる素材で作ったアクセサリーだよ。簡単に言うと、インベントリの拡張アイテムさ」
「マ!?」
いま僕に一番必要なアイテムじゃないですか!!
「限界所持容量が死ぬほどキツイって嘆いてたろ。んで、正確に言えば拡張じゃなく削減か。所持品全体の重量を割合カットしてくれる代物だよ」
「なにそれ凄い」
それゲームによっては「たいせつなもの」欄にぶち込まれるであろうキーアイテム級の品では?アルカディアってプレイヤーがそんなものまで制作出来んの?
「え、あの、お代は……」
「んー…………出世払いで」
いやあの、わたくし既にべらぼうに高価であろう衣装まで頂いてるんですが……?
「まぁ、こちとら金には別に困ってないんだよ。何度も言うけど楽しむの優先、だからアンタにもさっさと唾付けたのさ。手助けしていち早く最前線まで来てくれたら、あたしにとっても儲けものってね」
口の端を吊り上げながらそう言って、悪戯っぽく片目を閉じる。何この姉さん、仕草と台詞がイケメン極まってるんだが?
「心配しなくても、これ以上は過剰に世話焼くつもりはないよ。アンタが適当に依頼でも持ってきて、楽しませてくれたらね」
「……何かもう、頭が上がらんな」
ピンッと弾かれて目の前に飛んできたアクセ―――【晶羽の軽身飾り】を摘み上げて、もうすっかり口説き落とされてしまった俺は苦笑いを浮かべる。
「身に着ければ良い感じ?」
「いや、インベントリに仕舞っとくだけで良いよ。身に着けても機能するけど、間違って壊れでもしたら洒落にならないから出しとく馬鹿はまずいないね」
oh……つまり失ったら洒落にならんレベルの―――よし深く考えるのはやめておこう。
「りょ、了解……」
正しく壊物を扱うように、おっかなびっくりとインベントリに仕舞う俺を、カグラさんは可笑しそうに眺めていた。
…………いや、あの……え?放り込んだ瞬間、許容量ギリギリを示していたメーターがガクンと減ったんだが?
「マジかこれ……大層なものを頂きまして、誠に有り難く……」
予想を遥かに上回る効果量を目の当たりにして、胃の痛みを錯覚した俺は思わず腹を擦ってしまう。努めて慇懃に礼を言うと、カグラさんは「なんだいそれ」と何でもないように笑ってみせた。
「しつこいようだけど、あたしは楽しめればそれで良い。木端素材でも何でも好き勝手に持ってきな。アンタみたいな変わり者にどんなものを作ってやろうかって、それを考えるだけでも有意義な暇潰しになるさ」
専属の話を持ち出された時から分かっている事だが、やはりというか俺へ向けられる視線には好奇心と合わせて期待の色が大きい。
嬉しく思う反面……今はまだ分不相応なその評価に、早く追い付かねばと焦りもする。
「で、どうだい?」
「そうまで言われたら喜んで頼らせて貰う……けど、ぶっちゃけ特に入り用なものが無いからなぁ」
強いて言えば、既に頂戴してしまった【晶羽の軽身飾り】こそドンピシャの品だったわけで。
武器は幸運な事にメインウェポン枠を『魂依器』で埋める事が叶ったし、防具に関してもグローブとブーツで事足りている。
それら現状の備えで攻略が滞っているわけでも無し……なので、もし依頼をするとなれば―――
「何か面白いもん作れます?って丸投げしか考え付かないんだけど……」
「ハッ、上等じゃないか。持ってるもん全部出しな」
そんなカツアゲの如き台詞と共に、ずいと身を乗り出してくるカグラさん。楽しめれば良しという言葉に偽り無しといった様子で、彼女の顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。
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