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ささやかな凱歌

「んで、結局コレは何なのかっていう……」


「あの……多分ですけど、分かりました」


 仕切り直しとばかり、オブジェクトに目を向ける俺にソラから予想外の返答。「マジで?」と目を向ければ、ソラはちょいちょいと何かを示すように虚空を指先で叩く。


「これに近付いてから、でしょうか。クエスト欄が光ってるんです」


 示していたのは、どうも彼女の視界に表示されているクエストガイドだったらしい。


「ちょっと()()()()()()()、気付くのが遅れちゃいました」


「その節は大変申し訳なく……」


 情けない表情を造って平謝りすると、クスリと微笑を頂戴。お互いそれなりに慣れてきた戯れ合いもそこそこに、話を戻す。


「クエストっていうと……」


「はい、なのでこれが【砂塵の涙滴】……なのかと」


 そもそも、今回ボスに挑んだ理由が()()だ。ハルゼンに素材調達を言い渡され、彼が示した「砂塵の主」という直球のヒントを元に俺達は挑戦を決行した。


 ―――したのだが、正直に言う。少なくとも俺は途中から完全に忘れていた。というか早々に余裕をむしり取られた上に綱渡りを余儀なくされ、余計な事を考える隙が無かったので頭から追い出していた。


 ……そう言えばそうじゃん。それらしいものってか結局のところボスも自分達で討伐してないから素材とか一つも―――え、マジ?あれだけの地獄を潜り抜けて報酬が経験値だけって本気か?


 セットで獲得したスキルには先ほど命を救われたばかりだが、それはそれだ。ファンタジーゲームのボス戦で戦利品無しとかゲーマーに喧嘩売ってんのか、現物を寄越せ現物を。


「……最近ハルさんが急に黙り込んだとき、何を考えてるのか分かるようになってきました」


「それは結構。存分に悲しみを共有してくれたまえ」


「……多分ですけど、その悲しみ欲に塗れてませんか?」


 言うようになったねこの子も……大変結構。


「オーケー、それじゃソラさんや」


 オブジェクトの前を譲り、ソラを促す。


「え、と……」


「とりあえず、触ってみたら?」


 先程の悲劇、或いは喜劇ってか奇劇を目の当たりにしたせいだろう。ソラは僅かに躊躇う様子を見せたが、


「―――えいっ……!」


 そんな可愛らしい気合一発、華奢な手がオブジェクトに触れた―――瞬間、変化は訪れる。


 俺を吹き飛ばした後も変わらず拍動を刻んでいた光、それがまるで「待ち侘びた」とでも言わんばかり、勢い良くソラの掌へ目掛けて()()()()()()


「ひぅっ……!?」


 見ようによっては「群がってくる」とも形容出来るその光景に、反射的に悲鳴をあげたソラは空いた手でガシッ!と傍の俺を引っ掴んだ。


 手でも掴んでくれたなら紳士気取りで優しく握り返してやれたものだが……ソラさん、そこ胸倉です。わりと暴力的なワンシーンになってますってかSTRの数値で負けているせいか静止状態で掴まれると逆らえねぇ。


 些か格好の付かない絵面を他所に、イベントは滞りなく進行していくようで。押し当てられたソラの掌へと向かう光の群れは、正確にはその人差し指に嵌められた指輪を目指していたらしい。


 何ら特別なものでもない、店売り品の【初心の指輪】へと光が集まり……


「ぁ……」


「おぉー」


 キラリとささやかなライトエフェクトを最後に光は霧散し―――装飾の存在しなかった指輪に、小さな玉石が埋め込まれていた。


 色は翠―――ではなく、やや燻んだ黄色……何というか、砂っぽい色だ。綺麗な宝石とは言いがたく、正直なところ若干みすぼらしいが……


「その……クエストの品はコンプリート、みたいです」


 何はともあれ、これで求めていたものは手に入ったわけだ。ソラも玉石の微妙な見た目からリアクションにお困りの様子だが……まぁ、その、あくまでこれは素材なわけで。


「……旦那の美的センスに期待しような」


「あはは……」


 磨けば光ると信じて、とりあえずは素直に喜ぶとしよう―――と、顔を見合わせて気の抜けた笑みを交換する俺達を、覚えのある青い光が包み込んだ。


「お?ようやくひと段落か」


 それは先刻望んだ帰還の前触れで……というか、え?本当にこれで終わりなの?まさかこの素敵空間コレだけのために用意されて―――


 ツッコミを入れかける思考を置き去りに、転移の光が視界を青で染め上げる。もうすっかり慣れた浮遊感と、周囲の空気がそっくり切り替わる不可思議な感覚を経て―――俺達は数時間ぶり、イスティアの街へ立っていた。


「「……………………」」


 隣同士で顔を見合わせて、なんとも言えないソラの表情に「あぁ俺もこんな顔してんだろうな」と次いで苦笑いを浮かべて―――


「―――っはは……!」


「―――ふ、ふふっ……!」


 そこまで鏡映しになり、思わず同時に笑いがあふれた。


 あれほど密度の高過ぎる攻略内容からの、呆気なさすぎる幕引き。緊張の糸が切れる間も無く、唐突にだるんだるんに緩められてしまったようなものだ。


 一気に力が抜けすぎて、何かもうテンションがこの上なくフワッフワにされたというか……気の抜けた笑いしか出てこない。


 転移してきた先は、毎度お馴染み噴水広場。相も変わらず人が行き交うランドマークだが、精神的な疲労困憊におかしなテンションも加わって、今ばかりは人目など気にならなかった。


 そしてどうやらそれは、俺とは比べ物にならない需要量の笑顔を振りまく相棒も同様なご様子で……


「ははっ……あぁー終わった!!お疲れソラ、俺もう二度とあんなエリア行かないわ!!」


「はいっ、お疲れ様でした!私もしばらく砂は見たくありません!」


 攻略達成の高揚感と、それを上回る脱力感。人目も憚らず笑い合う俺達は、さぞ好奇の視線の的だろうが―――それもまあ、悪くない。


 足を踏み入れたもう一つの世界にて、間違いなく人生最大の達成感。


 日々更新し続けるその心躍る感覚は、仮想世界という環境に慣れ始めた今でも―――叫びたくなるほどに最高だった。




日間ランキング5位だそうです。ビックリですね

沢山のブックマークと評価、本当にありがとうございます。


モチベーションの洪水でストックの流出が止まりません、助けてください。

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