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想い思いて

 ―――時計の針が刻む一定のリズム。ささやかに、けれどもどこか力強く響くその音は、昔から嫌いじゃない。


 けれども今、どれほどその音に重ねようと試みても、慌ただしく跳ねる鼓動はいつまでも大人しくなってくれなかった。


 上蓋の持ち上がった【Arcadiaアルカディア】の筐体。その上で膝を抱えて蹲るソラ―――そらは、膝に何度もコツコツと額をぶつけながら呻いていた。


 ハルに促されてログアウトをしてから、二十分ほどが経っている。


 現実比1.5倍の時間が流れる仮想世界換算では三十分……いくらボス戦が長引いたといえども、もう何かしらの決着はついていて然るべき時間経過だ。


 ゲームのみならず創作物全般に不慣れなそらは、当然ながら現実ではまずお目にかからないような所謂「ショッキング映像」に対して免疫が無かった。


 流石に血を見たくらいで怖がるほど極端な気の小ささは持ち合わせていないが、画面越しにも見た事のないような酷く凄惨な光景を突然に見せられて、恥ずかしながらパニックを起こしてしまったわけだが―――実のところ、その件については膝を抱えて五分もすれば落ち着いてしまった。


 ログアウトに際して、明確に現実と仮想を切り離す感覚を得られた事が大きい。言葉を畳み掛けてくるハルに頷かされる形だったが、彼の判断は正しかったと言えよう。


 ―――けれど、気持ちが落ち着いたにも関わらず未だそらがログイン出来ずにいるのもまた、その頼れる相棒が原因であったりする。


「………………まずいです」


 ログアウトしてから、初めて言葉を溢す。その声音が予想よりも幾分か熱を帯びていることを自覚して、そらは顔を―――もう首元まで朱に染まっている顔が、更に熱くなるのを自覚する。


「ずるいです、卑怯です、反則です……」


 責め立てるように次々と連ねる言葉は、全てが一人のプレイヤーに向けられたもの。


 出会ってからたったの一週間、事あるごとに自分の心を掻き乱すパートナーの姿を思い描く―――いや、そらが思い描く必要すらなく、彼は勝手に脳裏に居座って無責任な微笑みを振りまいている。


 正直なところ、自分が好意に近い感情を抱きかけている事には気付いていた。


 自分が巷でいう「チョロいタイプ」だとは思わない。短い期間とはいえ……ハルとこれまで過ごした時間は、そらにとって言い表しがたく心躍るものだったから。


 そこそこ運命的と言って差し支えない出会い。


 局所的に難ありながら紳士的で優しく、それでいて気さくで賑やかな性格。


 戦闘センスは素人目に見ても卓越したものがあり、むしろ文句を言いたくなるほど頼りになる背中は―――口にする事はないけれど、とても格好良くて。


 何より好きだと―――もう、()()だと言ってしまえる点も一つある。


 それは冒険に夢中になっている時に見せる、底抜けて無邪気な子供の顔。


 そして決まってそらが弱っている時に見せる、優しく支えてくれる大人の顔。


 気付いていた。その二面性を感じ取る度に、胸の奥底で経験した事のない感覚が弾けることに―――惹かれている、ということに。


「ぅ〜〜〜………………、……」


 ぎゅっと膝を抱き寄せて、熱を散らすように頭を振る。


 まだこれは「好意」止まり―――「恋」までは達していない自覚はある。


 だからこその「まずい」であり、つまるところ現状そらはこの想いにブレーキを掛けようとしていた。なぜかと言えば、


「初恋が顔も知らない人って……」


 相手は本当の名前も顔も、同年代かすら分からない仮想空間越しの人間。いくら現実と遜色無い感覚で体感する仮想現実とはいえ、そこで出会った相手に想いを抱くというのは、どうしても忌避感を感じてしまう。


 実際問題【Arcadia】がサービスを開始してしばらく後、「仮想世界での恋愛」が様々な問題を現実にも引き起こした。


 そらと似たように「顔も知らぬ相手への恋」に悩む者を始めとして、果ては現実世界で世帯を持つプレイヤーの「仮想世界での浮気」問題まで……三年がたった今では落ち着きを見せているが、プレイヤー間でも暗黙のルールが敷設されるなど、未だデリケートな議題である事に変わりはない。


 そらがこのまま恋心を抱いたところで、またその気持ちをハル相手にどうこうしたところで、誰にも迷惑は掛からない―――そう言えないのが「仮想恋愛」の怖いところ。


 そらは【Haru(ハル)】というプレイヤーの現実面を何一つ知らないし、知る術すら何一つとして存在しない。つまり彼が既に所帯を持つような、相当年上の人間だったとしても何ら不思議はないという事だ。


「…………はぁ」


 家庭を持つハルの姿を思い浮かべて、分かりやすく気分が落ち込んだ自分に深く溜息をつく。これはもう、本当にマズイかもしれない。


「年上……なのは()()()()()、幾つくらいなのかな……」


 何となく、あまりにも大きな差は無いのでは思う自分がいる。けれど、そらは公式で発表されているアルカディアプレイヤーの平均年齢を知っている。


 まず間違いなく二十歳は超えているはずで……人によるかもしれないが、そらとしてはその時点でも腰が引けるラインだ。


 【Arcadia】の筐体販売金額的にも、社会人ですらない若い一般層には手が出せないのは自明の理であるからして。


「私は、どう見られてるのかな……」


 これも何となく、年下に見られているのではと予感があった。


 ハルの自分に対する接し方は、出会った頃から一貫している。優しく紳士的ながら、それでいてユーモアを交えてフランクに。


 向けられる視線は見守るようなものが多く……どこか保護者然とした雰囲気を醸している事を、本人が自覚しているかは分からない。けれど、少なくとも異性として意識されていない事は察していた。


 それ自体は、正直とても好ましい。そら自身、ハルの事は「頼れるお兄さん」的に見ている部分が大きいのだ。ゲームプレイにあたって面倒な関係に縺れることを避ける意味で、そんな相互スタンスはベストなものだった筈だ。


 ……だからこそ、そらは己の胸で芽生えつつある感情に頭を抱えてしまう。


 「自分が相手にどう見られているのか」などと、憎からず思っている異性相手に思考を巡らせた時点で()()()()()()()


 まして妹分的なカテゴライズをされているであろう事実を、多少なりと()()に思ってしまうのはもう―――


「―――あぁ、もうっ……!」


 益体もなくグルグルと回り続け、延々と行き場のない熱だけを増し続ける思考を放り投げる。


 何の納得もないままに切り捨てたそれはモヤモヤと燻るが、今も再ログインを待っているかもしれないハルを言い訳に蓋をした。


 ―――とにかく、一旦全部に蓋をしてしまおう。


 芽生えつつある気持ちも、それに付随する悩みも戸惑いも、人の気も知らずに心を掻き乱す相棒への文句も……とりあえず、今は。


 それでもやりきれない気持ちで少々乱暴に投げ出した身体を、最高級のマットレスもかくやといった包容力で【Arcadia】のシートが受け止めてくれる。


「ドライブ・オン!」


 起動キーを呟く声音が、我ながらいかにも「拗ねている子供」らしく感じて―――やっぱり一つくらいは文句も許されるのではないかと、心に被せた蓋にほんの少しだけ、隙間を開けておこうと思うのだった。




拙作を読んで頂きありがとうございます。作者の祐でございます

少々長くなるかと思いますので、お暇な方だけ目を通していただければなと


今回の連投ですが実は元々そんなつもりはなく、本日分のお話も本来ならばこれまで通り毎日1~2話ごとの更新を考えておりました。


それじゃ一体どうしたのという話ですが、理由はいたってシンプルです。


それと言うのも、知らない内にランキングに載っちゃったりなんかしちゃってるではありませんか。何だか突然アクセス数が跳ね上がったりして慄いていた私ですが、その事実に気付いて納得というものです。


既に想像よりもずっと多くの方に読んで頂けているようで、嬉しい反面、謎の恐怖に身を震わせている祐でございます。


なので今回の連投に関しては、沢山読んでくれてありがとうの気持ち……という建前の元、モチベーションが爆発した私の後先考えない暴発でございます。


お話のストックは大丈夫なんでしょうか。大丈夫じゃないですね、どうか助けてください。



長くなりましたが結局何を言いたいのかと申しますと、このように単純な生き物ですので、アクセス数は勿論の事「いいね」や「ブックマーク」の一つ一つで大層喜びます。


評価なんて頂こうものなら、画面の前で万歳三唱です。滑稽ですね


恥ずかしながらそういった評価点などがモチベーションに直結する事は事実ですので、もし拙作を楽しんで頂けましたなら、どうかブックマークをひとつ宜しくお願いします。


お付き合い、ありがとうございました。

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