砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ漆
どう考えても【砂塵の落とし子】が従えているのだろう、乱立する竜巻の数は文字通り無数。一定ですらなく、立ち昇りは解けてを繰り返しており規則性など皆無に見えた―――そう、見えた。
しかし一箇所、ある程度の範囲内でやけに竜巻が密集している地点があったのだ。気付けたのは完全に偶然、たまたま視線と思考が噛み合っただけ。
密集具合の他に明確に異なる点はもう一つ。その範囲にある竜巻だけ解ける事なく走り続けているという事。しかも一見して無秩序に走っているように見えるそれらは、複雑ながら一定のパターンをなぞっている―――気がする。
正直「これしかない」と思っちゃいるが確証は無い。が、もう同時に余裕もなけりゃ猶予だってありゃしないのだ。この天災の真っ只中で落ち着いて熟考なんて出来るわけねえだろ舐めてんのか。
最後の最後で気張ってくれたソラのおかげで、HPは何とか保つ。鬱陶しいほど進路を妨害してくる竜巻を舌打ち混じりに避けながら、事故らない限界の速度で砂漠を―――砂を失った元砂漠を駆ける。
しかして、その先にあったものは―――
「ビンゴ!!」
消えない竜巻が乱立する戦場の一角。守るように形成された暴風の中心―――巨大な扉が、砂岩の大地に伏せていた。
伏せていた、という表現は間違いでは無い。その扉―――むしろ扉というよりも六角形の巨大なマンホールのように見える―――は、壁ではなく地面に設置されているから。
最後の防壁としてデザインされたであろう大量の竜巻による多重防壁を、過剰なAGIにものを言わせ「鬱陶しい」の一言で突破。
見つけてしまえば呆気なく辿り着いたゴール地点には、しかし扉としての役割を果たすための取手らしきものが見当たらない―――が、こちとらもう砂はうんざりだ。一々狼狽してやる気にすらなれない。
遠慮も躊躇もしねえぞ―――このこれ見よがしにデザインされた亀裂はそういう事だろ?おぉん?
「……《クイックチェンジ》」
寝かせたソラのアバターを背後に庇い、掲げた両手にもはや【白欠の直剣】よりも愛剣―――いや愛鈍器してる気がしないでも無い【歪な鉄塊鎚】を召喚。
「はぁああぁあぁあああああ…………」
ハッキリ言うよ、もう疲れた。流石に限界キャパオーバー。何が初心者エリア第四フィールドだ初心者泣くわ。レイドボスかよテメー。要素盛りすぎだよやりたい放題のインディーズゲームかよ。あと砂はクソ。ギミックのメイキングもクソ。何だかんだ楽しんだけどそれはそれとして総じてクソ。
何より健気に頑張った美少女を不必要に怖がらせてログアウトに追い込んだのは―――
「許さん―――二度と来るかこんなエリアぁッ!!」
あらん限りのフラストレーションを込めた大鉄槌を怒りのままに叩き付ければ、扉は呆気無く爆発四散するように砕け散った。
流石にもうHPの猶予も無ければ、後ろ髪引かれるような要素も皆無だ。間違い無く本戦闘において望外のMVPとして崇めるべき相棒の御身を丁重に抱き抱えて、砕いた扉の先に姿を表した見慣れた転移門の光へ向かう。
そして青い光の渦へ躊躇う事なく飛び降りようとした―――そんな俺を引き止めるように、砂塵を伝ってその『声』が届いた。
「―――――――――――――――…………………………」
「あ……?」
それはまるで、歌。
風の音、或いは笛の音―――例える事が難しいそれは、割とキレ気味であった俺の足を止める程の不可思議な引力を湛えた歌声だった。
なんだ?―――口から疑問が溢れるよりも先に、これまでで最大規模の『変遷』の予感が俺を襲う。
もう随分と距離が離れ、砂塵の奥に朧の影としか映っていなかった【砂塵の落とし子】の巨躯、その頭頂。何かが瞬いたのが見えた瞬間、それは起こった。
何か目に見えない力の波が円状に、爆発的に広がる。落とし子を中心に起こったその波動は俺たちの身体も突き抜けていき―――その時には既に、俺は己の直感に従って『壁』を築いていた。
【鉄の大斧】と【歪な鉄塊鎚】を交差させ砂岩に突き立て、【白欠の直剣】を噛ませて無理矢理に即興の骨組みを構築。更にインベントリから引っ張り出した【デザートサーペントの砂鎧皮】を被布として隙間を埋め、十割咄嗟の行動で即席の防壁を築き上げた。
これで身を守れるかは分からない。そもそもナチュラルな素材アイテムにオブジェクト的な耐久力があるのかも分からん―――が、来る。
ソラのアバターを抱え込み、お粗末な防壁に自分の身も加えるように背を重ねた瞬間―――砂の轟風が突き抜けた。
誠に遺憾ながら、今回のボス戦で一番「死んだわコレ」と思ったかもしれない。
流転砂漠の中央、広大な真円を描く戦場の外周まで波紋となって奔った衝撃波。それに触れた砂塵の嵐が一斉に解け、波動の後を追うように莫大な砂の奔流が押し寄せる。
咄嗟に張った防壁など、正直何の役に立ったのか分からない。瞬時に砂に飲み込まれ、瞬く間にHPを散らして爆散―――するものと思われたのだが。
「……もう何が起こっても驚かんよ」
防壁の前で意思あるかの如く分かれ、俺たちのスレスレを奔り抜ける砂流の壁。それを見た俺はいよいよ「もうどうにでもなあれ」と脱力し、背を預けた愛剣からずりずりと滑り落ちた。
というかもう、『歌』の引力なんか振り切ってさっさと転移門へ飛び込んでおけば良かった。お腹一杯だつってんだろ、今度は何が起きるというのかね……。
ここから更なる苦行アスレチックが開催される運びとあらば、正直自ら命を散らして街へ帰りたいまである。が、腕の中の眠り姫がそんな逃げを許さない。
いやソラは気にしないどころか慮ってくれるだろうが、これは俺のプライドの問題だ。男が女子の前で格好付けたなら後に引くわけにはいかない。
折れそうになる度にソラを心の回復薬にしている己を自嘲しつつ、視線の先―――戦場の外周部へと雪崩れ込んでいく流砂を眺める。
時間にすればおよそ十数秒。俺達を囲んでいた流砂の壁もいつしか途切れ、途方も無い質量の砂津波が戦場の外周部へと到達する。
一瞬、そのまま戦場外の砂漠へと雪崩れ込んでいくものと思ったが―――
「あぁ、はい……なるほどね」
そこで起きた変化に、俺は「納得納得」と脱力して寝そべったまま頷いた。
【流転砂の大空洞】―――その象徴たる、絶えず流転する砂の巨塔。
ギミックの要であった七枚の大鱗はおそらく、何らかの超常的な力でその塔を支える楔だったのだろう。その全てが砕かれた事で、流転する砂はその力を失い崩落した。
そこからモンパニ&スプラッタを経て誕生した【砂塵の落とし子】は、これもおそらく【砂塵を纏う大蛇】の後継……というか、玉座を奪い取った逆賊の王といったところか。
つまりこれは新たに戴冠したヤツが、自らその玉座を―――否、城を築くための儀式のようなもの。
揺蕩う砂の円環が螺旋を描くように立ち昇り、絡み、溶け合いながら、天蓋へと至る。まだらな表面も徐々に違和感を無くし、その姿はものの数十秒で……
「……元通りってか」
防壁の素材とした武具とアイテムをインベントリに放り込み、身を起こした俺は平穏を取り戻した元戦場の姿に白い目を向ける。
ここまでを通して何となく……まあ推測の域を出ないが、ある程度はこのボス戦の背景が理解出来てしまった。
言うなれば、この場において主人公となるのはプレイヤーではなく―――
「まぁ……答え合わせはまた後ほどって事で」
砂を失った砂岩の地に、未だ途切れぬ歌声が響く。簒奪者の勝利の雄叫びにしては風情過多なその調べを背に、俺は今度こそ足を止めず転移門へと向かう。
一度だけ振り返って見た新たな王蛇は、此方へ一瞥すらくれることは無い。再び微かに吹き始めた砂塵に霞むその姿は、どこか神聖さを感じさせた。
「……お達者で」
疲れ切り、気の抜けた一言は砂塵に混じって流れてゆく。心の中で「二度と来るか」と再びぼやいて、俺は相棒を抱き抱えたまま転移門へと身を投じた。
◇【流転砂の大空洞】を踏破しました◇
◇称号を獲得しました◇
・『砂海の走破者』
・『簒奪見届け人』
◇スキルを獲得しました◇
・順応走破
・浮葉
◇スキルが成長しました◇
・ジャンブルステップ⇒フェザーフット
・キャリーランニング⇒護送健脚
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Haru
Lv:62⇒65(30)
STR(筋力):30
AGI(敏捷):420(+10)
DEX(器用):200(+10)
VIT(頑強):5
MID(精神):5
LUC(幸運):10
◇Skill◇
・全武器適性
《クイックチェンジ》
《ピアシングダート》
・《クイット・カウンター》
・《浮葉》 New!
・体現想護
・重撃の躁手
・アクセルテンポ
・ボアズハート
・韋駄天
・順応走破 New!
・ジャンブルステップ⇒フェザーフット Up!
・キャリーランニング⇒護送健脚 Up!
――――――――――――――――――
これにて連投ひと区切り。お付き合いありがとうございました
最後にもう一話だけ、短めでも無いですが閑話に近いお話を投稿予定です。
そちらの後書きの方で少しだけ色々と呟きますので、もしお付き合い頂ければ嬉しく思います