砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ陸
「【砂塵の落とし子】ねぇ……」
表示されるHPバーは二段。五段重ねとかいう先代大蛇の畜生加減に比べれば、随分と弱体化したように思える。
見た目もまあ……様々な部分が明らかに成長途上といった感じだし、滑らかな光沢を帯びる外皮も脱皮したてという事でそれなりに柔らかそうだ。
しかし―――なんだろうか、この嫌な予感は。
見るからに厳ついボスを前座にして、戦闘後半にお目見えする『不完全な形態』という属性を持つボスには幾らか思い当たる節がある。
例えば、そいつは見た目通りに前座のボスよりも弱かったりする。
例えば、そいつは見た目とは裏腹にアホみたいな高ステータスを与えられていたりする。
例えば―――そいつは虚弱な肉体とは引き換えに、何らかの反則を与えられていたりする。
「―――ッ!?」
完全に反射―――否、反射ですらない何らかの予感に従って、俺は咄嗟にその場を飛び退っていた。
直後、後退した俺の眼前に―――嵐。
「ぶっわ!?」
突如巻き起こったのは砂嵐、いや砂の竜巻。大量の砂が擦れ合うけたたましい擦過音を撒き散らして、トラックすら優に飲み込むであろう砂の柱が吹き荒れた。
同時に巻き起こった突風に煽られて、宙に浮いていた身体が流される。ソラのアバターを守るように抱え直し、慌てて姿勢を制御して着地を―――あぁクソ、マジか……!
顔を上げた先、先程までとは別ベクトルで『地獄』と化した光景に乾いた笑いが溢れる。いやもうお腹一杯だよ、何だこれ!?
それは言うなれば、竜巻の群れ。大小様々な無数の砂竜巻が無秩序に駆け回る様は、「世界の終わり」を問われて想像するであろう景色の一つ。
何が笑えるって、俺にファーストアタック仕掛けてきたアレが小さい方だってところだ。大きいものではこの現象を引き起こしたであろう【砂塵の落とし子】どころか、全長三十メートルを超えたであろう【砂塵を纏う大蛇】さえ余裕で飲み込んでしまえるようなサイズである。
大蛇がフィジカルの天災だとすれば落とし子は―――いやそんな事はどうでもいいってかフィジカルの天災ってなんだよ混乱してんな俺!!
「くっそクリア条件が分からんッ……何すりゃ正解なんだよ、マジでラスボス並みのボリュームじゃねえか!!」
竜巻が巻き上げる暴力的な砂塵のカーテンからソラを庇いながら、いよいよもってこれまでの規格から逸脱したゲームメイクに悪態が口から飛び出す。
てかクッソ、結局全域ダメージゾーンかよ!?
吹き荒れる砂塵もフレーバーではないようで、注視すれば俺たちのHPが僅かずつ削れていく様に気がつく。
それは以前ソロで経験した、命懸けの大蛇のそれに比べればまだ有情な減少量。しかしそれでも確実に、ゲームオーバーへと誘うタイムリミットである事に変わりはない。
「ソラさんマジファインプレー……ヒール貰ってなかったら即アウトだったな」
全快とまではいかないが、それでも七割がたHPは回復している。ソラの方は半分を割っているが、VITの数値がHPの数値にも作用するため内在量は俺より多い筈。
減り方から察するに―――猶予は五分、いや四分といったところか。
「考えろ……!」
この気が狂ったゲームメイク、行き着く先はどこだ。
この局面からアレを倒せというのなら―――それは難しい、ソラのアバターを抱えたままでは武器が振るえない。意識が無い以上しがみついてもらう事も出来ず、かといって無秩序に致死の竜巻が行き交う砂漠に放り出す気は更々無い。
だからその場合は詰み―――限界まで命を繋いだ後、格好付けたてまえ死ぬほど恥ずかしいが、ソラには頭を下げる他ないだろう。
御免被りたいルートの一つを結論付けて、他の可能性を探り―――ッだぁぁあぁあああああクソが鬱陶しい!!!
「どうしたよ神ゲー!突如としてクソゲー極まってんぞ!!」
乱立する上に「設定ミスってんじゃねえの」と因縁付けたくなるレベルの速度で好き勝手な挙動を描く竜巻に、全力の回避行動を余儀なくされて思考もままならない俺は悪態を叫び散らす。
竜巻もそうだが相変わらずこの砂塵がクソの権化だ。周囲を見回して何かしらのヒントを掬い上げようにも、視界が悪過ぎてそれどころでは―――ッ!?
「っは―――ちょばらがぁッ!!?」
襲い来る竜巻から必死に逃げ続けていた俺の足を、前触れなくなにかが跳ね上げた。制動叶わず抱えたソラ諸共に勢いよく転がってしまい―――地に叩き付けられた全身から、猛烈な違和感。
「なん、硬……!?」
砂地にダイブした感覚とは明らかに異なるそれに目を回しながら、放り出してしまったソラのアバターを探して慌てて周囲を見回す―――そして、気付いた。
「あぁ……?」
―――あるはずのものが、無くなっている。いや、正確には減っている。
それはこの【流転砂の大洞穴】において散々俺を苦しめ、翻弄し、同時に支えてきたもの―――つまりは、砂。
常に足元に溢れていたその砂がごっそりと消え去り、天蓋と同色の砂岩の肌が顔を覗かせていたのだ。
成程、俺は別に跳ね上げられたわけではない。踏み締めれば微かに沈むそれまでの砂地と比して、硬い岩肌の感触にそう錯覚しただけ。
「何が―――」
起こっているのか。すぐ傍にいたソラを抱き寄せながら、混乱する頭を無理矢理に回して現状を探る。
ここに至り「なぜ気付かなかったのか」と異常に思うほどの変わりようだ。全てでは無いが、【流転砂の大空洞】内部を砂漠と称するに足りていた砂の海、その殆どが消失している。
一体どこへ消え―――いや、そうか。
今まさに俺の視界を塞ぐ、嫌気がさすほど濃密な砂塵。そして相も変わらず荒れ狂う砂の竜巻。これらのリソースに費やされて、フィールドが変化した―――
「―――ッ!」
一つ、可能性が過った。
ゲームにおいて、大規模な地形変化という要素は稀だ。そして自然ではなく人の手によりメイキングされたそれは、ほぼ確実に何かしらの『意図』を孕む。
それは例えば、何らかの『道』の出現を告げる通知。
ならばあるはずだ。このクソみたいな視界不良の中で―――否、視界不良であるからこそ、このゲームはゲームである以上『それ』を何らかの形でプレイヤーに伝える義務がある。
ヒントがあるはずだ。
目印があるはずだ。
戦場のどこにいても必ずプレイヤーの目に映る形で、『それ』を示す何かが―――
「―――――――――――――――、」
相棒のアバターを抱いて立ち上がり、傍を掠める竜巻すら無視してフィールドに目を凝らす、没頭する。
高速機動の最中、時折経験する感覚が降りてくる。意識が背中から抜けて、まるで三人称視点で世界を俯瞰しているかのような、知覚の糸が空間に巡っていくような感覚が。
今の状況で目に映るものなんて三つしかない。砂塵、竜巻―――そして全身から淡く光を放ちながら、天蓋へと屹立する【砂塵の落とし子】だけ。
この中で明確な動きがあるものは、一つ。それは―――
「………………………………はっ」
それを両眼が捉えた瞬間、無意識に渇いた笑いが漏れた。
その不自然さに、その分かり難さに―――デザイナーの意地の悪さに、我ながら嫌な笑みが抑えられなかった。
一つ、正面から迫り来た竜巻を回避する。大きく横に跳んで躱した俺は―――もう、立ち止まらなかった。
「好き勝手に振り回しやがって上等だッ……死んでもクリアしてやるからなぁッ!!」