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砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ伍

 砂の世界で突如として幕を開けた、情け容赦無しの弱肉強食―――否、強肉弱食・・・・


 一対一で相対している時にあれほど無敵を誇った威容は見る影もなく、無数のサーペントに一斉に群がられた【砂塵を纏う大蛇】が、抵抗の余地すら無く蹂躙されている。


 絡みつかれ、喰らいつかれ、引き裂かれて……絶対的な数の暴力を一身に受けて、悲鳴すら満足にあげられないまま―――


「っすぅぅ―――…………ちょっ……と、これは」


 刺激がお強いんじゃなくて……?


 突如始まったハードな怪獣スプラッタ劇を前に、自失していた俺は遅まきながら傍に目を向ける。ソラさんはといえば―――あぁ、まあ、うん。


 今更ながら、アルカディアはゲームだ。この世界は現実ではなく、いわばデジタル制御された夢の世界。()()()()()()()()()()()()()()()()()である。


 さて、いくらゲームだ虚構だという前提条件があったところで、()()()の光景に耐性の無い人間が、ディスプレイ越しではなく自らの目と耳と肌でそれに相対したとする―――どうなるだろうか?


「っ、……はっ……は……っ」


「ソラ」


 へたり込んだまま目を見開き、過呼吸でも起こしたようにおかしな呼吸を繰り返す少女。俺はその傍らにしゃがみ込み、肩に手を置きながら目を合わせようと覗き込む。


「ソラ、落ち着いて」


 話しかけるが、多分聞こえていない。パニックを起こして似たような状態になった人間を現実で目にした事があるのだが、その時と大差無い様子だ。


 ―――あのさぁ、俺的にはあの臨場感過多なショッキング映像も神ゲー要素の範疇だけどさぁ……


 初めて抱くかもしれないこのゲームに対する批判を胸中で洩らしながら、視線の先で起きる惨劇に釘付けになっているソラを引き剥がすように、頭を抱き寄せる。


 努めて気楽に背中を叩いてやりつつ、大丈夫だから、ゲームだからと繰り返す。程度は違えど俺とて込み上げるものがあったのだ、小さく震えている身体を笑う気にはなれない。


 ソラを宥めようと苦心する間も、肩越しに目を向ける俺の先では状況が動き続けていた。


 数十……下手すれば数百ものサーペントの津波にさらわれて、既に大蛇は食い尽くされたのか赤に飲まれた碧色は見つけられない。


 ―――そして、あろう事か()()()が始まった。


「おい、おい…………」


 さて、おそらく俺をあれだけ苦しめてくれた大蛇君はキレイに完食されてしまったようである。なぜ分かるかって?―――今度はサーペント同士が果てない共食いを始めたからだよ。


 無数が一つに群がる光景も強烈だったが、無数が無数と喰い合う光景も負けず劣らずに強烈だ。もう完全に地獄の様相……こんなん夢に見るわ。


 これ最後の一匹まで喰い合う感じか……?なんかそれっぽいよなぁ……


 だとすれば、多少は時間的猶予がありそうだ。その間にソラを落ち着ける……事も出来るかもしれないけど、これはもういっそ―――


「ソラ、マジでキツいなら一旦ログアウトしよう」


 聞こえ……てはいるらしい。微かに反応が返ってきたのを確認して、俺は穏やかな声音を意識して続ける。


「身体は俺が守っとくから、落ち着いたらまたログインしてくれば良い」


 アルカディアは仕様として、街などのセーフティゾーン以外でログアウトするとその場にアバターが残る。当然からっぽのアバターでも攻撃されたらHPは減るし、死亡すればデスペナルティ不可避だ。しかも安全策を欠いた横着者への罰則めいて、ペナルティの量は上乗せされる。


「いやあれはしゃーないって。男ですらビビるレベルのスプラッタをいきなり生で見せられてさ、そりゃ女の子にはキツかろうよ」


 何かしら返答をしようと試みているのは分かるが、口元が不自然に痙攣するばかりで言葉が紡げずにいる。仮想世界でもそんな症状が出るものなのか、見た感じ完全にパニック性痙攣症のそれだ。


 いつだったかコンビニのバイトをしている時、ヤクザみたいな店長にバックヤードでマジギレされていた女大生の人がこんな風になっていた。


 言いがかりみたいな理由で理不尽にキレられていたのもあり、ラグビー選手みたいな筋肉達磨の先輩と結託して撃退に走ったものだが―――いや、まあそれはいい。


 とにかく、無理に返答をさせようとしたところで無理なものは無理だ。普段よりいっそう喋り倒す勢いで、「気にしないから気にすんな」と刷り込む。


 実際ソラはなんも悪くない。あんなもん急に見せられて、トラウマ発症して運営に問い合わせ連打しても許されるだろう案件だ。


 っていうか俺はする。健気で可愛い相棒をこんな怖がらせやがって覚悟しろよ、こちらは戦う準備が出来ている……!!


「な?てことでほら、後はお兄さんに任せて少し休憩しておいで」


 決定事項のように言い渡すと、ソラは顔を上げて―――あぁ、そんな泣きそうな顔してくださんなよ、庇護欲が噴火しそうだ。


「ん、ほら」


 流石に自身の身の異常は理解しているだろう、短く促してやればソラは小さく頷いて見せた。何とか動くらしい左手を震わせながらログアウト画面を呼び出して―――呼び出して、しばらく動かない。


「……ソラ?」


 時間にしておよそ八秒ほど。訝しんで声を掛けた―――直後、緑光のベールが俺たち二人を包む。


 それはせめてもの置き土産―――思考もままならないだろうによくまあと驚く俺をよそに、ソラは一度こつんと俺の胸に額を押し当ててから、ログアウトボタンを叩いた。


「………………」


 此方に寄りかかるソラの身体から、ストンと力が抜ける。彼女の意識がログアウトし、抜け殻のアバターが残されたのだ―――というか、


「……あんまり健気なのやめてくんないかなぁ」


 こちとら世界一チョロい人種たる思春期男子ぞ?消しゴム拾ってくれただけで恋に落ちるような生き物なんだぞ知らんけど。


 腕の中に残ったアバターが、物理的な重さ以上のものを両腕に伝えてくる。


 ……ここからどういう展開になるかは知らんが、これで「テヘッごっめーん諸共死んじゃった♪」など絶対に許されない。あれだけ頼れる男ムーブをかましたのだから、何がなんでも彼女の半身は死守しなければ。


「……よっこいせと」


 意識を無くした人間は重い。話には聞いた事があるが、なるほど確かに。重いというか、自らバランスを取って貰えないために此方の負担が増えるという事か。


 もはや手慣れたお姫様抱っこでソラのアバターを抱え上げ、もう随分と()()()()()サーペントの群れを見やる。


 力尽きたものから燐光となって消えているため、喰い散らかされた死体が散乱するような地獄絵図にはなっていない。


 そのため視覚的には幾分マシな状況に落ち着きつつある―――が、どうにもこのままで終わる気がしない。おそらくはサーペントが最後の一匹になった時点で、何かが起こる。


 そしてそれからしばらく、俺の推測は確信に変わった。


「あー……()()()()()()?」


 血みどろの共食いを制して、ただ一匹の【デザートサーペント】が天高く勝利の雄叫びを挙げる―――()()が始まったのは、その瞬間だった。


 まるで大木がへし折れたような異音をあげて、サーペントの身体に()()が入る。頭部をはじめそれは瞬く間に全身へと走り、やがてその巨躯が割れ始めた。


「……ウツボじゃなくて、お前も『蛇』だったわけだ」


 それは脱皮であると同時に、羽化のようでもあった。明確なトリガーなど詳しい事情は知る由もないが―――()()を喰らい、同胞を喰らい尽くした果てにあるのだろう進化。


 赤黒い砂の鎧を纏った外皮を脱ぎ捨て、現れたのは見覚えのあるものよりも輝かしい碧色。頭部に備える刺々しいトサカ、全身に螺旋を描く刃線は未だ未発達ながら……その成長後の姿を俺は知っている。


 唯一明確に【砂塵を纏う大蛇ダスティ・ワーム】と異なる点として眼窩に翠色の目玉を備えたソイツは、纏わりつく脱殻を煩わしそうに振り落として―――悠々と首をもたげる。


 唖然とその『進化』を見届けた俺の視界の内、()()()()()と成ったそいつの頭上にステータスバーがポップした。


 その名は―――【砂塵の落とし子バスティード

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