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砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ肆

「ッ―――!?」


 遠くで響いた爆砕音と共に、突如立ち上がった光の柱。目を剥く俺を置き去りに、凄まじい勢いで戦場が変遷する。


 まず変わったのは大蛇の様子。怒りに身を焦がしていた奴が、突然その身を強張らせて警戒するように周囲へと首を巡らせ始めた。先程までのように執拗に七枚目の元へ向かおうとする様子も、それどころか傍に佇む俺を襲う様子すら見せない。


 そしてこれまで散々に俺を嬲り続けた砂塵。ダメージ源となっていた大蛇の纏うものだけではなく、戦場全体に吹き荒れていた砂塵の全てが光の柱を中心に吹き散らされるように晴れていく。


 そして何よりも、【流転砂の大洞穴】におけるランドマークにして、ボス戦の舞台を形作る巨大な流砂の塔が―――崩壊を始めた。


「やった……ぽい、な?」


 ここまで明確に状況が動けば流石に分かる。おそらくソラが七枚目の破壊に成功した、という事だろう。


 そしてそれはつまり―――


「さて……こっからは初見だぞ」


 この先に求められるのは、完全なるアドリブであるという事だ。


 まずはギミック突破後の展開が如何なるパターンのものかを、この後の推移から素早く特定してそれから―――


「………………あ?」


 思考を巡らせていた俺は、無意識にふと疑問の声を挙げていた。


 というのも一つ、流砂の塔が天辺から崩壊していくにあたり腹の底まで響くような地響きが起きていたのだが―――なんか、まだ続いてますね?


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………あぁ?」


 というかこの地響き、この砂漠の振動する感覚―――ひとつ、覚えがある。直近、()()()()()()()形で経験した俺としては、思い出さずにはいられない。


 一つ、傍で鳴き声が響いた。


 目をやれば、圧倒的な王者たる風格は何処へやら―――怯えたように身を縮こまらせる【砂塵を纏う大蛇(ダスティ・ワーム)】の姿。


 違和感が膨れていく。


 俺の予想としては、鱗を全て破壊した時点でイベントに移行→そのまま戦闘終了。或いは何らかの大幅な弱体化を受けた大蛇と改めて殴り合う、といった展開を思い浮かべていた。


 どちらもこういった超大型ボスモンスターとの戦闘においてはありがちな展開だが……どうも、様子がおかしい。


 アルカディアにBGMは存在しない。しかし今、俺の脳内ではとあるBGMが大音量で流れ始めていた。


 何だったかな、この曲―――あぁ、思い出した。これは確か小さい頃に母上に内緒で父上と鑑賞した、割とエグい内容の……


「―――モンスターパニック映画かな?」


 「砂漠が爆発した」としか形容できない異常な光景。その下から現れるのは、赤。


 赤、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤―――文字通り無数の、乾血のように黒ずんだ赤。


 夥しい数の【デザート・サーペント】の大群が、流砂の壁を失った戦場の真円を狭めるかのように―――雪崩れ込む。


 目指す先は目算で一点、俺の傍で遂に狂乱の悲鳴をあげ始めた大蛇の元だろう。一直線に奴を目指すサーペント共の目的なんざ知るわけもないが、この状況で確実な事が一つだけある。


 それはつまり、このままではどう足掻いても轢き潰されるという事だ。


 そしてそれは、戦場の中心近くでボスとやり合っていた俺よりも―――


「ッ、ソラ―――!!」


 おそらくは光の柱が立ち上った地点、中心部と外周のおよそ中間地点にいるであろう少女の方が、先に。


 提げていた直剣を無造作にインベントリへ放り込み、全力で砂を蹴り付ける。過剰なまでにポイントを注ぎ込まれたAGIが足元で弾け、盛大に砂地が爆ぜた。


 光の柱はとうに消えたが、その方向は覚えている。直線距離を走るだけなら、俺の敏捷値であれば大した時間はかからない。


 《韋駄天》の効力がみるみる減衰していき、砂地も相まって下手をすれば足が絡む。最高速度でスリップなどしようものなら、耐久皆無のこの身はおろし金にでもかけられたかのように消し飛ぶだろう―――が、いま速度を緩めることは出来ない。


 異常事態に数秒とはいえ硬直してしまった自分が恨めしい。推測されるソラの現在地に俺とウツボどちらが先に辿り着くか―――正直、ギリギリだ。


「ッ―――んのッ……!!」


 一歩で数メートルもの距離を掛ける超高速の疾駆は、もはや駆けると言うよりも跳ねると言ったほうが正しい。現実ではあり得ない走法が、続ければ続けるほどに脳の制御を乱してくる。


 《韋駄天》を使用して尚且つ()()。それが装備補正込み430を誇るAGIのトップスピードを、俺が従えられる限界で―――、


「ッづぁ―――!?」


 それ見たことかとでも言わんばかり、入射角を誤った踵が砂地に抉り込み体勢が崩れる。咄嗟の修正など許されないコンマ一秒のスリップで―――転倒などと生温い表現からかけ離れた挙動で、身体が斜め上へと弾け飛んだ。


 瞬間、思考が消し飛ぶ。いかん、マズい、ヤバい―――意味のない言葉を吐き出し始めた脳を置き去りに、俺の身体は、


「―――《クイックチェンジ》」


 もうほとんど、自動的に動いていた。


 空の手に呼び出した【歪な鉄塊鎚】を握り込んで―――次の瞬間、本来は俺の腕力に余る超重量が反映される。腕が引っこ抜かれるような激甚な衝撃を歯噛みして堪えながら、視界の端で二割を切っていたHPが更にその七割方も消し飛ぶのを確認。


 自重を超える重量に引っ張られ、乱回転していた俺の身体が単一方向への回転に収束し―――《クイックチェンジ》。


 身体を撓めて伸ばした手の先、足元へ喚び出した短剣を全力で蹴り付けて、強制的な回転運動から離脱。無茶苦茶な身体駆動に全身が軋み、更にHPが削れるが―――生き残った。


「ッッッしゃあッ!!!」


 砂地を吹き飛ばす勢いで着地した勢いのまま、制動を省いて再び駆ける。数秒のロスは痛いし正直自分でも何をどうして切り抜けたのかサッパリ意識出来ていないが、生きてるしまだ走れる―――重畳!!


 ついで事故率軽減のために脚の回転数を落とす、つまりは跳躍距離を伸ばして歩数を削る。もう完全に走っているというより跳んでいるような有り様だが、速度を落とさず制御には気休め程度の余裕が出来る。


 さて流石にそろそろの筈……ほら見つけた―――助けに来たぜ、お姫様!!


「ソラ!!」


 色合いの似た砂地でも、なお輝く金の髪。


 唐突かつあんまりな状況に「逃げる」という思考すら飛んでいたのだろう、立ち尽くしたままサーペントの大津波を茫然と見つめていた少女は、俺の声に弾かれたように振り返った。


「は、ハルさっ、なん、あれっなん……!?」


 目をグルグルさせながら必死に大群を指さすソラだが、生憎と問答はしてられない。彼女の狂乱は悪いが後に置かせてもらい、俺は駆け付けながら手を伸ばした。


「―――頼む!!」


 ただ一言。「咄嗟に意図を読み取る能力」に関して俺が信頼を寄せるソラは、今回もまた瞬時に応えてくれた。


「っ、《スペクテイト―――」


 伸ばした手に縋る小さな手を引き込み、抱え上げる。状況が状況なためか、或いは俺が鬼気迫る顔をしていたためか、ソラは恥ずかしがりもせずに腕を回して、


「―――エール》!!」


 躊躇いなく、切札を切った。


 身体を包む燐光に目もくれず、顔を上げた先には既に蠢く壁。接触まではもう秒読み状態で―――


「掴まってろッ!!」


「っ……!」


 ギュウと押し付けられる感触も体温も、言っちゃ悪いがそんな場合じゃない。回した腕にキツく力を入れたソラをしっかりと抱えて、俺は躊躇いなく空へ()()()


 AGI数値430。更に《スペクテイト・エール》による二割増しを加えて実数値は500オーバー。現在攻略の最前線をひた走るトッププレイヤーのうち、最速を誇る者の数値がおよそ350―――つまり単純計算でその約1.5倍の化物ステータス。


 踏み切りの余波で盛大に砂地を吹き飛ばしながら、高々と舞い上がった俺たちの身体は―――悠々と、津波となって押し寄せた大群の()()()()()()()


「飛ん……!!?」


 腕の中でソラが驚きの悲鳴をあげる―――そりゃあそうだろう、なんせ俺だってビックリしてんだから。


「マジか……!?」


 完全に想定外の高度まで飛び上がった我が身をなんとか制御しつつ、抱えたソラを落とさないようにしっかりと―――もう抱えるとかいうレベルではなく抱き締めてしまいながら、俺もまた焦りの声をあげていた。


 いや待て、垂直距離で二十メートルは飛んだぞ!? 《ジャンブルステップ(跳躍強化)》もあるとはいえ、半分跳べれば御の字とサーペントの頭を足場にするつもりで踏み切ったつもりなのに―――


「っ、結果オーライ……!」


 驚きはしたが、結果的に危機は脱した。サーペントの津波の奥行きはそれ程でもなく、このまま飛び越して背後に着地すればもう轢き潰される事はないだろう。


「……いや、だから本来はどう攻略すんだよこれ」


 もはや何かを根本的に間違えてるとしか思えない有様だ。眼下に広がる地獄のような光景に、思わず呆然と呟いてしまう。


「っ……っ……!」


 と、落下が始まって唸りを上げる風切り音に、腕の中でソラが声にならない悲鳴をあげた。自ら空中へと進出した俺は別として、そりゃ生身で飛んだり落ちたりは怖いに決まっている。


「悪いソラ、片手離すぞ」


 空中跳躍は片手フリーが最低条件。無言でより一層かたくしがみついてきたソラを右腕で支えつつ、我ながら奇怪に身を撓めた珍妙な姿勢で足元に武器を喚び出す。


 数度の減速を経て砂漠へと降り立ち、目を回しているソラを下ろしてやる。へたり込んだ少女は、駆け付けた時に見たボロボロの姿より更に憔悴して見えた。


「いや、ごめん。まさかあんな跳べるとは思わず……」


 俺だって抱えられてノータイムで二十メートルも跳躍、からの落下を経ればこのくらい―――いや、まあ空中跳躍を会得する前の俺ならの話。


 素直に頭を下げると、顔を上げたソラはぶんぶんと首を振って―――口を開こうとした次の瞬間、彼女は凍りついたようにその動きを止めた。


 ソラの視線が向く先は、俺の向こう側…………うん?そういえばなんか、背後が騒がしい―――、


「――――――は?」


 まるでおぞましいものを見たような、初めて見るソラの表情。動揺に揺れる瞳が向く先を追って、振り返った俺もまた時を止めた。


 繰り返しになるが、今度は疑問符は付けずに断定させてもらおう―――モンスターパニック映画だわこれ。


 呆然と俺達が視線を向ける先―――大蛇が、()()()()()()

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