<< 前へ次へ >>  更新
4/126

終点にて選択を

 ザ・不毛―――この戦いに名付けるならばそれ以外に無いというほど、クソみたいな激戦だった。


 こちらの攻撃手段は蹴りのみ。何度かそこらに転がっている石を拾ってぶん殴ってみたりもしたのだが、接触した瞬間に体に取り込まれてノーダメ宣言された。HP回復とかされなかっただけまだ有情だと自分に言い聞かせて、俺は喧嘩キックを繰り出すだけの機械と化した。


 最序盤のイベントボスだが豪華にもパターン変化など与えられており、一時間・・・ほど蹴り回してHPの三割を削った辺りで奴の行動が変化。


 具体的に言うと左腕も大きくなって両利きの器用な石人形に大変身。


 へー第二形態とかちゃんと用意してるんだなぁと感心しながら、バックスタブ喧嘩キックの化身と化した俺はその後二時間ほどまた石人形を蹴り倒した。


 正直、そろそろ諦めて大人しくミンチにされようかなと考えたのは一度や二度ではない。もはや根気良くとかいう次元ではないが……やり通せたのは偏に、疲労も感じず軽快に飛び回れる我が身アバターが爽快だったからだろう。


 ―――そう、やり通した。


 戦闘所要時間三時間と二十分弱。数千回も足蹴にされた哀れな石人形は、遂にそのHPバーを消失させたのである。


「―――っ…………くぁ」


 割と余裕は保っていたつもりなのだが、バラバラと崩れ落ち物言わぬ石ころの山となった選定の石人形を前に、勝鬨を上げる事も無く俺は倒れるように座り込んだ。


 やばかった。HPゲージは顔面スライディングと初撃の正拳突き以降はノーダメを保っていたが、もう少し続けていたら生まれてきた意味を考え始めていた事だろう。


 不毛と虚無と無為に塗れた死闘だったぜ……。


「……お」


 と、ささやかなサウンドと共に俺の目の前にウィンドウが一枚浮かび上がった。戦闘リザルトかなと覗き込めば―――


 ◇称号を獲得しました◇

 ・『闘争に身を投じる者』

 ・『不屈なる心を持つ者』


 素直に経験値や戦利品を予想していたのだが、記されているのはそれだけだった。そのウィンドウも数秒で消え去り、そのまま待ってみても他に何か起こる様子は無い。


「…………うん」


 正直肩透かしだが、まあ何か称号を貰えただけ良しとしようか。メニューを呼び出して確認してみれば、どうも集める事で何らかの特典が得られる類ではなく、任意の称号を設定する事で特定の有利効果が得られるらしい。


 闘争の方は取得経験値微増、不屈の方はスタミナ消費軽減といった具合。しかしまあ最序盤に取得出来たものだけあって効果はあって無い様なものだ。


 気分で『不屈なる心を持つ者』を設定してメニューを閉じた俺は、「さて」と立ち上がった。ここで得られるものはもう無いだろう。石人形が崩れ落ちたタイミングで、元来た道も先へ続く道も開けた事は気付いている。


 【Arcadiaアルカディア】における一時間は現実世界での四十分。意識を加速させ経過時間を引き延ばす謎技術を確立させているこの世界では現実比1.5倍の時間を過ごす事が出来るが、三時間も岩塊をどつき回していたので現実でも既に二時間以上の時間が経過してしまった。


 夕飯に現れないくらいは見逃して貰えるだろうが、いつまでも飲まず食わずで続けていたら母上から小言を頂戴する可能性は高い。出来るだけ早く一区切り付けて、一度休憩にログアウトしたいところだ。


「負けた場合はどうなるんかね……街の神殿で蘇生とか? そも、やられた瞬間に死なずにイベント進行とかもありえたか」


 今となっては確認のしようが無い別分岐を想像しながら歩く。


「いや、顔面ダイブでHP減らせるならそこらで壁にヘッドバッドでもしてれば死ねるのでは……おん?」


 益体も無い事を呟いていると、間もなく視界が開けた。目覚めた一つ目から数えて、三つ目の小部屋だ。


「……それっぽいな」


 自身が封印されていた謎の水晶。そして負けイベ濃厚の【選定の石人形】。それぞれ一つずつしか明確な設置物が無かったこれまで二つと異なり、そこには幾つもの「それっぽい」オブジェクトが配置されていた。


 綺麗な真円を描く空間は、ここまでの自然体な洞窟の風景と異なり明らかに手が加えられている。壁はある程度滑らかに削り整えられ、変わらず光源となっている水晶は形を整えて等間隔に据えられていた。


 そして自然と目を引くのは五つ並んだ円柱。部屋の中央に大きなものが一つ、奥側に腰までの高さのもの四つが放射状に並んでいる。


 中央の一つに近付くと、異変はすぐに起こった。


『―――目覚めし者よ』


「うおっ……」


 頭の中に声が響く。イヤホンやヘッドホンのそれとは明確に異なる、現実では体感する事などあり得ないファンタジー現象。反射的に身構えた俺を他所に、中央の円柱に変化が起きる。


 白一色で一切の模様が無い、材質も不明なそれに一斉に無数の青白いラインが走る。直後に数え切れない幾つものパーツに分解し、宙に浮かんだその中央で光の塊が瞬いた。


『―――闘争の意を示した者よ』


『―――砕けぬ心を示した者よ』


 お、獲得した称号に応じた専用台詞かな? 石人形との激戦でテンションのピークが落ち着いてしまった俺が割と冷静に見守る中、明滅する光が徐々にその間隔を狭め、光量を増していく。


『望み、求め、心の赴くままに―――』


 一際に強く瞬いた光の塊が、二つに割れた。その片方、小さい方の光がフヨフヨと俺の前へ降りて来る。胸の高さで静止し、何か求めるように脈動するその光に、自然と迎え入れるように俺の両手が動いた。


 ……いや、本当に自動で動いた。そこは強制イベントなんすね。


 溶けていくように胸へと吸い込まれていく光の玉を見守っている俺の耳に、ファンファーレのような荘厳なサウンドが響く。


 ◇戦神の加護を獲得しました◇

 ・レベルシステムが開放されました。

 ・ステータスシステムが開放されました。

 ・スキルシステムが開放されました。


 あーここで明確にゲームシステムが開放されるのか。石人形を倒しても経験値やら一切貰えなかったのは、そもそもレベルの概念を得ていなかったから?


 てか、戦神とな。凄いお淑やかというか、清楚系な美人をありありと想像できる綺麗な声音とのギャップを感じる。


 役目を果たしたのか、分解していたパーツが再び組み合い、残された光を抱きながら元の姿を取り戻していく。最後に別れを告げるかのように優しく発光して、円柱は完全に沈黙した。


「ふむ……んで、次は?」


 わりかし厳かな雰囲気のイベントではあったが、三時間に及ぶ激闘を挟んだとはいえまだ何の知識も与えられていないチュートリアルの最中である。感慨も少なく、沈黙した中央の一本を迂回した俺は続く四本に相対した。


 見れば、それぞれに異なるものを象ったエンブレムが刻まれている。結構に複雑な、というか……極めて一般的な美的センスしか持ち合わせていない俺的に「すげー」としか言えないような洒落乙なデザインではあるが、モチーフは分かりやすい。


 端的に―――左端、剣。


 ―――中央左、ハート。


 ―――中央右、翼。


 ―――右端、城……城か?これ。何か、建物。


 といったように、それぞれのエンブレムが刻まれた四つの円柱。台座になったその頂上には、光り輝く水晶石が置かれていた。この水晶もそれぞれ色が違うが……


「ありがちなのは、どれか一つを選べ的な―――っ……!?」


 何の気なしに、一番近かった翼のエンブレムが刻まれた台座に近付いた俺は、突如光を放ち始めた水晶石にまたもビビる。警戒心から硬直している俺を光が包み込んで―――




「…………なるほど」


 水晶石がもたらしたのは、所謂「資料映像」だった。それぞれの台座に近寄る事で自動再生されたそれを都合四度視聴させられ、概要を把握した俺は顎に手を当てて思案していた。


 故意に情報をシャットアウトして完全初見でこのゲームに挑んだ俺だが、ここに来て世界観というか、舞台設定を大まかに知る事となった。


 簡単に述べれば、このゲームにはプレイヤーが属する事になる四つの陣営が存在する。んで、これらは等しく戦争状態にあるらしい。


 まあ戦争といっても血生臭い感じではなく、ある種スポーツ化された戦争とでも言おうか。要は大規模PvP……まぁ三年もの間を空けている後発組の俺が関わる事は相当先になると思われるので、これはとりあえず置いておこう。


 四つの陣営にはそれぞれに異なる加護を司る神が一柱ずつ存在しており、神の名を関する陣営のどれを選ぶかによって受けられる加護が異なるとの事。


 剣の象徴は東陣営―――イスティア。与えられる加護は闘争。


 ハートの象徴は西陣営―――ヴェストール。与えられる加護は平和。


 翼の象徴は北陣営―――ノルタリア。与えられる加護は幸運。


 城の象徴は南陣営―――ソートアルム。与えられる加護は富裕。


 抽象的過ぎてそれだけでは加護の内容がなんのこっちゃ分からないが、ちゃんとシステムウィンドウ付きで丁寧な解説も付け加えられていた。


 イスティアで得られる闘争の加護とやらは、どうも戦闘に関係するスキルに上方補正が掛かるバリバリの戦闘向け。おまけというか戦闘で得られる経験値にボーナスも掛かるらしく、早熟という恩恵もあるみたいだ。


 ヴェストールで得られる平和はイスティアと似たスキル補正。こちらは闘争の加護とは異なり戦闘に関係無い生産スキルなどに作用するようだ。戦闘系スキルよりも遥かに数多く存在するらしい非戦闘スキルに作用するためか、おまけは無いっぽい。


 ノルタリアの幸運はその名の通り、幸運パラメータが関係する全ての事象にプラス補正が掛かる。オンラインゲームを齧った経験のある俺は断言する、四つの陣営中でノルタリアがぶっちぎりで人気な筈だ。あらゆるレアドロップに乗算ではなく、固定数値が上乗せされると言えば理由が分かるだろうか?


 富裕のソートアルム、次点人気は此処な気がする。これも名前から想像の付く通り、金銭関係に補正が働く訳だがその倍率がやばい。取得は二倍、消費は七割。つよい。


 どこを選んでもかなりぶっ壊れた加護を得られるわけだが、それぞれに効果が過剰というか倍率がぶっ飛んでる理由はしっかりと存在している。が、ここは先に置いた「戦争」に関係してくる事なので今の俺には関係無い。


 ―――さて、何処にするか?


「ノルタリアが魅力的過ぎるな……」


 やはりというか、北の誘惑が強い。オンラインゲーム、ことMMORPGにおいて固定数値でドロップ率をプラス出来るのはデカ過ぎる。


 このジャンルのゲームを触った事がない人間では想像が付かないだろうが、基本的にMMOのレア掘りは底無し沼だ。ドロップ率一桁あれば温いと鼻で笑われるような世界で小数点など当たり前、滅多に出会えないレアエネミーからのレアドロップの確率にゼロが幾つも並ぶなど日常茶飯事な修羅道である。


 加算される数値は脅威の「10%」―――全てのドロップ判定にプラス10%である。


 中学時代、のめり込んだMMOでたった一つのレアドロップに二月近くを捧げ、ついぞ目にする事無く怒りのままに引退を経験した事のある身として非常に……非常に魅力的だが、


「イスティア、だな」


 そのノルタリアを含め、他三つの陣営の魅力を振り払って有り余る吸引力が東にはあった。


 イスティアの魅力? それは戦闘スキルの上方補正でも、経験値ボーナスでも無い。


 それは何か?―――圧倒的な所属人数の少なさだよ!!


 台座に触れる事で確認可能な各陣営に所属するプレイヤーの総数、それがイスティアはぶっちぎりで少ないのだ!!


 理由はまあ分かる。MMOってのは極論言ってしまえば終わる事の無い「自己強化」を楽しむゲームジャンルだ。常に使い続ける戦闘スキルが強化されるのはまあ魅力的だが、それを活かすための自己強化が滞れば意味が無い。


 装備の揃え、強化状態によって「ちょっと殴る力が強い」程度で覆せない絶望的な差が生まれるのがMMORPGというゲームだ。ならばその自己強化が有利な陣営に人気が出るのもまた道理という事である。


 何故その道理を蹴ってイスティアを選ぶかと言えば、将来的に最も「戦争」に関われる可能性が高いからだ。


 今は関係無いというだけで、ガチで【Arcadia】をやり込むつもり満々な俺としては、当然一大イベントである戦争にも追々参加したいと考えているのだが……この戦争、一度のイベントで参加出来る人数に制限があるらしい。


 戦争に勝利する事で得られる……というより他陣営からぶんどる事の出来る勝利報酬が真実えげつない・・・・・ため、どの陣営も死に物狂いで勝つ為にメンバーを選抜する筈。


 つまりまあ単純に―――倍率は低い方が良い、そういう事だ。


「ま、戦闘狂だらけで逆に厳しい可能性は無きにしも非ずだけど……」


 その時はその時。単純に早熟ボーナスも後発の俺としてはありがたい、楽しんでいこう。


 ◇闘争の東陣営 イスティアに所属しますか?◇


 左端―――剣の台座の水晶石に手を翳した俺は、表示された選択ウィンドウの「YES」を勢いよく叩いた。


今日はこのまま、キリが良い部分まで投稿を続けます。

お時間ある方はお付き合いください

<< 前へ次へ >>目次  更新