砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ弐
―――背中に届く轟音と、もはや聴き慣れた不敵な叫号。それらを置き去りに砂を蹴るソラは、焦りに駆られるのを抑えて冷静に目を凝らす。
これまでに相対してきたボスモンスターとは根本的に異なるこの戦い。ハルは「ギミック戦闘」と口にしていたが、ゲームに疎いソラでも飲み込めるよう簡潔に示された作戦はしっかりと頭に入っている。
役割分けは至極単純―――ハルが【砂塵を纏う大蛇】を引き付けている間に、ソラがあるものを破壊する。
「砂壁の近く……目立つ碧色の……!」
教わった特徴を反芻しながら、知らずとも「見れば一発で分かる」らしいそれを探して、流砂の壁沿いを走査していき―――
「っ……見つけた!」
砂地に浮かぶ明確な異物―――歪な菱形を大蛇と同じ碧色に染めるそれは、人間大ほどもある巨大な鱗だ。
有り余る存在感から、それが単なる背景設置物でない事は明白。淡く発光して渦巻く砂塵を纏うその様子を見れば、確かにゲーム初心者だろうがすぐに分かるだろう。
「ひとつ、めっ!!」
両手で提げた直剣を握り込み、躊躇無く踏み込んだソラが斬撃を見舞う。まるで鉄を打ち付けたような硬質な音を響かせ、半ば弾かれるように剣撃は逸れて―――
「……っ!」
跳ね返された衝撃に逆らわず身体を捻り、踵を支点に逆足で砂を蹴飛ばしながら勢い良く回転する。
反動と遠心力を存分に乗せられた二の太刀が奔り―――けたたましい破砕音。
寸分違わぬ位置を続け様に打たれ、派手に砕けた鱗の全体に罅が走る。光と共に周囲に侍っていた砂塵が一斉に散り、ソラが一つ目の目標破壊を確認した瞬間―――
「――――――――――――――――――ッッッ!!!」
「ぁ、ぅ……っ!?」
砂漠を揺るがす圧倒的な咆哮が空間を駆け抜け、強制的な硬直がソラの身を絡め取る。剣を取り落として反射的に耳を塞いでしまった彼女が視線を向ける先―――ハルが引き付ける大蛇の様子に、変化が起きていた。
変じたのは姿ではなくその周囲。まるで砕けた鱗からその主人へと宿先を移すように―――いや、実際そういう事なのだろう。ソラが破壊するまで鱗に侍っていた砂塵が、大蛇の巨体を取り巻いたのだ。
その変容は事前に聞かされていた情報通り……けれど非現実的な威容をより一層のものと化したその姿に、思わず意識が奪われ―――刹那、地上から鈍色の一閃が凄まじい勢いで撃ち上げられた。
凶悪な風切り音を上げて回転する大斧が砂塵を突き破り、質量の暴力によって大蛇の下顎をかち上げる。
先程の怒りの咆哮とは明確に異なる悲鳴―――目を見張るソラの視線の先、小さな影が自ら投じた大斧を追いかけるように空中へと躍り出た。
自由落下していた大斧をすれ違いざまに蹴り付け、更に未だソラには呑み込めていない手法を用いて、手元に喚び出した武器を足場に宙を駆け上がって行く。
計三度の跳躍でおよそ十五メートル―――信じ難いことに大蛇の頭上を取ったハル。その手に握られるのは、武具と呼ぶには荒々し過ぎる大鉄塊。
「――――――ッダらァアアッッ!!!!!」
咆声、そして轟音。落下の勢いと規格外の重量、更にはズルを用いて実現した最速の振り。全てが相乗された渾身の一撃が大蛇の頭部を叩き、冗談のようにその巨体が吹き飛ばされた。
呆気に取られて結局足を止めてしまったソラが言葉を失っていると、反動に煽られながら落下するハルと目が合って―――
「っ……!」
悪戯っぽく笑いながらVサインを突き出した相棒に触発されて、ソラは動きを止めていた両足を蹴飛ばすように走り出す。
呆けている場合ではないのだ―――余裕そうなハルの様子とは裏腹に、刻一刻と追い詰められつつあるのは此方なのだから。
並のボスモンスターであれば簡単に吹き飛ばしそうな先程の一撃を受けて、大蛇のHPは微かに削れた程度。対して未だ被弾していないはずのハルのHPバーは一割程が失われ……そして今この瞬間も、ジリジリと減少を続けている。
「あった、二つ目……!」
視界の隅で減り続けるハルのHPこそ、このボス戦におけるタイムリミットだ。
【砂塵を纏う大蛇】との戦闘におけるギミック、つまりプレイヤー側が遂行しなければならない仕掛けは「戦闘エリア内に設置された鱗を全て破壊する」という単純明快なただ一つのみ。
真円を描く流砂の壁内にランダム配置される鱗は全部で七枚。「壁の近くに配置される」、「発光していて目立つ」という二点から、捜索難度自体はそれほど高くない。
しかし一枚また一枚と破壊するにつれて、先程の大蛇の変容を皮切りに加速度的にプレイヤーに与えられる負荷が増大していく。
一枚目では大蛇の周囲に持続ダメージを与える砂塵が発生、そして二枚目では―――
「っ!」
二枚目の鱗を砕いたソラの足元で、もう見慣れた砂のあぶくが弾ける。咄嗟にバックステップした少女の目前を、凶悪なピラニアの顎が食い破っていった。
一匹で終わりではない。それを皮切りに次の瞬間、ソラの周囲で砂地が一斉に沸騰を始める。
反射的にその場を離脱したソラは、背後で跳ねた夥しい数の気配に悲鳴をあげそうになりながら、次の標的を求めて砂を蹴った。
ただでさえ手の負えないボスの強化、次いで鱗を砕く不埒者を追い立てる無数の牙―――駒を進めるたびに熾烈を辿る戦いは、まだ始まったばかりだ。
おはようございます。連投の時間ですよ