砂上の楼閣、流転するは玉座 其ノ壱
【流転砂の大空洞】のボスエネミーである【砂塵を纏う大蛇】は、全長およそ三十メートルを超えるであろう超巨大モンスターだ。
同系統の大型モンスターである【デザートサーペント】も埒外の巨体ではあったが、この更なる規格外と比較してしまうと大人と子供―――否、赤子ほどの差があると言っても過言ではないだろう。
『蛇』と名がついてはいるが、碧色に染まるその威容はもはや『龍』と言っても不足無い。手足の無い長大な胴は、太い部分などまさに大樹の如く。末端の尾先ですら、人など撫でられただけで擦り潰されるような質量の化身。
HPが設定されている以上、矮小な人の身でもダメージを与えることは出来る。しかし、その桁外れの巨体に見合った桁外れのタフネスは推して知るべしだ。
特徴的なのは、まず頭部。鶏のソレを百倍威圧的にしたような巨大なトサカを備える代わり、奴には目が存在しない。かつては目玉が収まっていたのかもしれない―――と思しき、眼窩の名残のような部位が残されているだけだ。
続いて胴回り。首元から尾の先へかけて螺旋を描くように大きく発達した鱗が『刃線』を形成しており、全体図はまるでアホみたいに凶悪なドリルのよう。
言うまでもなく、撫でられたら穴が開くどころか塵と化す。ソースは俺。
最後に尻尾。刃のラインを形成する鱗が一際発達しており、ささくれ立ったそれらは大蛇が一度その尾を振るえば極悪の散弾と化す。
なお、擦りでもしたら塵。ソースは俺。
総じて「どこのラスボスかな?」と言いたくなるような、間違っても初心者エリアに出てきて良いビジュアルではない。そしてそのラスボスフェイスに違わず、ステータス面もまた理不尽の権化である。
戦闘時、表示されるHPバーは脅威の五段重ね。ちなみに俺が相打ち覚悟でどたまに【歪な鉄塊鎚】のクリーンヒットをくれてやったところ、見事その一段目の百分の一程度を削ることに成功した。草。
流石にそこまでぶっ飛んでいればアホでも分かる。つまりこの【砂塵を纏う大蛇】は正面戦闘を意図したデザインでは無い―――初のギミックボスだ。
早々にソロ攻略の匙を投げた俺は、ソラを連れて決戦を挑むその日のために攻略法を求め何度かの特攻を繰り返した。
そうしてある程度は攻略の糸口を掴んだところ、俺の所感は「二人ならおそらく無理ゲーではない」といった具合で―――
「―――――――――っ…………ぁ、ぅ」
そうして満を持してボス戦に挑む俺達は、降っては登る流砂の壁を砂まみれになりながら潜り抜けた先―――ソイツと対峙していた。
息を呑むような巨体と相対するのは、ソラも初では無い。大窪地で相対した『白』を思えば、【砂塵を纏う大蛇】の威容も劣るというもの……しかしながら、『一』に過ぎない矮小な人の身より見上げる『千』と『万』に、果たしてどれ程の差があるものか。
掠れた声を漏らして固まってしまう少女を、責められる者などいないだろう―――傍に立つ俺の袖へと伸ばされた手は、果たして無意識か否か。
「大丈夫」
袖へと縋り付くよりも早く、小さなその手を摑まえる。力を込めて握ってやれば、呑まれていたソラは驚いたように肩を跳ねさせた。
「す、すみませんっ、私……!」
「気にしなくて良い、初見は俺もビビった」
たっぷり一分近くも呆けていたら、当然のようにすり潰されましたよハハハ。
「作戦は飛んでない?」
「っ……はい!」
「なら大丈夫だ―――ソラには俺がついてるし、俺にはソラがついてる。二人で逆に、あのデカブツをビビらせてやろうぜ?」
ソラの手を握ったまま、こちらを静観する【砂塵を纏う大蛇】へ啖呵を切るように、重ねた拳を突き付けて言う。
少女は一瞬呆けて―――次いで、どこか力の抜けた笑みを浮かべた。
「……ハルさんは、やっぱり凄いですね」
「だろ?精一杯カッコ付けてるから、もっと褒めて?」
おちゃらけたように言えば、クスリと笑うソラの表情にもはや緊張は無い。どちらからともなく結んだ手を離し、俺達は揃って武器を構えた。
「覚悟は?」
「出来ました」
「準備は?」
「いつでも!」
「よし―――ならやってやろうぜッ!!」
「はいっ!!」
静観していた大蛇がそろそろ痺れを切らす、その直前。先んじて覚悟を決めた俺達が一歩を踏み出す―――先陣を切るのは、俺ではなくソラ。
勢い良く飛び出した彼女に反応した大蛇が、動き出した足音を察知して臨戦態勢を取る。鎌首をもたげて巨体を撓めるその様を見れば、次の瞬間には巨体が飛び掛かる光景を容易に想像できるが―――
「お前の相手はこっち、だ……―――ぞッ!!」
その場から動かず振り上げていた得物――【白欠の直剣】が、振り落とされる最中でその姿を変える。
《クイックチェンジ》―――本来ならば為し得ない速度で振り抜かれた【歪な鉄塊鎚】は、砂地を叩いたとは思えないような轟音を上げて俺の足元を爆砕―――その瞬間、
「掛かった……!」
ソラをターゲティングしていた大蛇が瞬時に獲物を切り替えて、音の爆心地へと突っ込んで来る。目を持たない事も相まって、サーペントやサッカー同様に音で此方を捕捉するのだろうと推理する事は容易だった。
ソラと擦れ違うようにして、埒外の巨体が俺へと迫り―――
「―――ッハ、遅ぇんだわ」
悠々と宙へ身を躱した俺は大蛇を見下ろしながら、吊り上がる口角を抑え切れず嗤った。
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◇Status◇
Name:Haru
Lv:44⇒62
STR(筋力):30
AGI(敏捷):280⇒420(+10)
DEX(器用):150⇒200(+10)
VIT(頑強):5
MID(精神):5
LUC(幸運):10
◇Skill◇
・全武器適性
《クイックチェンジ》
《ピアシングダート》
・《クイット・カウンター》 New!
・体現想護
・重撃の躁手
・アクセルテンポ
・ボアズハート
・軽業⇒韋駄天 Up!
・ジャンブルステップ
・キャリーランニング
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我ながら無茶なトレイン狩りが功を奏し、大幅にレベルを上げた俺のステータスは最後に【砂塵を纏う大蛇】に挑んだ時から飛躍的に向上している。
蛇というだけあってか、巨体に見合わない瞬発力を発揮するコイツには苦労したものだが―――今の俺なら余裕を持って対処出来る、そう確信が持てた。
劇的に伸びたステータスも勿論だが、何よりも大きな変化は俺のビルドの大黒柱とも言える《軽業》の進化に他ならない。
新たに《韋駄天》の名を得たこのスキルは、「AGI補助の際、DEXに100の固定値を加算する」という前身からガラリと性質を変化させた。
その性質とは、高速機動の持続経過時間に比例して減衰するDEX値の倍化ブースト―――簡単に言えば、高速機動の初動に限りDEXの数値が二倍になる。
一定以上の速度で動き続ける限り上昇幅は下がり続けるが、今の俺なら五秒程度は現状のAGIが許す最高速度で身体制御が可能だ。
更に言えば《韋駄天》は常時発動型のパッシブスキルであり、クールタイムなどは存在しない。つまり一瞬でも高速機動を中断すれば、次の初動からはまた最大効果を発揮可能―――デメリットなんて無いに等しい、神オブ神スキルなんだよなぁ!!
更にはレベル60にしてしれっと最速のボーダーラインを踏み越えた俺は、足だけならば先達のレベル上限プレイヤーに匹敵―――というかぶっちゃけ上回る。
アホみたいなステータスのインチキボスだろうが、此方もアホみたいな超過過剰AGI!!もはや逃げ回ることなど造作もないッ…………はず!!!
「おう好きなだけ相手してやんよ―――かかってこいや木偶の坊ッ!!」
本日連投予定にございます。
推敲で力尽きたので起床次第続投を開始します、ご容赦を