新体制
―――身体が軽いとは正にこの事。機動力を命とする者にとって足元の安定性がどれほど重要か、俺は今更ながらに思い知った。
旦那には素直に頭が下がる思いである。砂地と鱓革の相性が最高なのも勿論あるだろうが、今なら例のトレイン狩りすら鼻歌混じりに―――いや盛ったわ。
しかして絶好調という事実に変わりはない。これまで素手だった手元も、グローブのおかげでグリップ良好―――真正面から迫るデザートサーペントの大顎に、クイックチェンジからの横薙ぎ戦鎚をぶちかます。
不正スレスレの超重量詐欺ストライクがトラック衝突の如き威力を生み出し、ウツボの横っ面を粉砕して突っ込んできた巨体を逸らした。
頭部に甚大な衝撃を受ければ、大抵の生物は大なり小なり意識が飛ぶものだろう。それがゲームならば尚更、砂地に横たわるように身体を放り出したウツボ野郎へと追撃を―――
「っと……」
即座に切り捨てる。視界端に映ったその予兆は、沸々と湯のように沸き立った砂の飛沫―――咄嗟に後ろへ飛んだ俺の目の前を、砂中から勢いよく飛び上がったいくつもの影が遮った。
エネミー名【サーペントサッカー】―――球技のサッカーと名前は無関係だろが、ともかくこいつが流転砂漠にポップする二種のMobのもう片方である。
一言で表せば砂漠ピラニア。現実のピラニアとの相違点を挙げるとすれば、体長が50センチ程もある事と、その背鰭が短剣の如く鋭いエッジを備えている点。
攻撃方法はウツボ同様に体当たりや噛み付きが主だが、個人的には大物よりもこちらの小物の方が段違いに面倒を感じている。
何がってコイツら、攻撃の時しか砂上に顔を出さないド畜生共だからだ。
少なくとも四〜五匹以上の群れで、デザートサーペントの取り巻きとして小賢しいちょっかいを掛けてくるストレスの種である。
この小魚どもの存在を加味すると、俺的にはむしろ地獄絵図の様相を呈するトレイン狩りの方が楽まである。あれだけ巨体が乱立する戦場になると、俺が相手をせずともウツボの大群に擦り潰されて勝手に全滅してくれるからな。
姿を現したサッカーは四体。半数を宙にいる間にぶつ切りにするが―――もう半数には砂中に逃げられ、おまけにスタンしていたサーペントも復帰してしまう。
思わず舌打ちしそうになるのを、視線を背負っている事を思い出して飲み込んでおく。思えば先程の戦鎚ホームランもお手本としては落第点だろう、もう少し自重した立ち回りをするべきか。
「まあ、たまには剣一本も悪くない」
【白欠の直剣】を握り込み、懲りずに顔から突っ込んでくるサーペントに正対する。交錯までおよそ一秒フラット―――親玉とタイミングを合わせるように左右で砂が沸きたった瞬間、俺は自ら猶予を踏み潰した。
サッカーの出現位置を置き去りに、サーペントの顎下へ潜り込むように飛び込む。砂漠鱓の革靴で存分に砂の大地を掴み、制動をかけた身体の真上に無防備な喉元が来た瞬間、
「―――ッらァ!!」
天を衝くように、全力で剣の鋒を突き上げた。ハルゼンから得た情報通り砂の鎧を纏うコイツは、刃に耐性を持っている。それゆえ斬撃よりも刺突の方がいくらか効果的だ。
頭部への打撃や鎧など関係無い口内からの攻撃に比べれば効きは悪いが、叩き込んだのは喉元。魚類だろうが何だろうが生物にとって等しく明確な急所である。真赤なダメージエフェクトが爆発的に吹き出し、サーペントの巨体が耐えかねたように跳ね上がった。
いつもなら宙へ飛び出して追撃するところだが、冷静に「常識的な立ち回り」を意識して砂上に踏み止まる。
さてどうする―――先に邪魔者を掃除するか。
先程置き去りにしたサッカーは、既に砂中へと再潜行している。片付けるにはまた奴らが姿を現すのを待つしかないが、既にパターンは掴んでいた。
奴らの攻撃タイミングは主に二つだ。一つはサーペントの攻撃時に便乗する時、そしてもう一つは―――
「大将への追撃を妨害する時、だろッ!」
ノックバックしたサーペントへ向けてわざとらしく大きく一歩踏み出した瞬間、目の前でまた砂が沸き立つ。端から予測のもと動いてしまえば、わざわざ出現位置を教えてくれる相手の対処など一つしかない。
既に構えていた剣を目印目掛けて勢いよく突き込めば、砂中で貫かれたサッカーが燐光となって爆散する。
不意打ちと同時攻撃。これら厄介な要素を封殺してしまえば、大した速度でもない小魚の突撃など簡単に対処可能だ。一瞬遅れて飛び出してきた最後の一匹に悠々とカウンターをお見舞いすれば、数的不利はこれにて閉幕である。
邪魔な横槍さえ無くなれば、今更ウツボの一匹など宙を駆けずとも好きなように調理出来る。俺は普段の空中機動を縛りながらも、努めて冷静に残ったサーペントを刻んでいった。
◇◆◇◆◇
「―――と、こんな感じかな。このエリアで出現するのは今の二種類だけだし、攻撃パターンも全部引き出したはずだ」
ソラが流転砂漠を訪れたのは今日で二度目。偵察程度のノリで訪れた初回については、ソラは巨大ウツボにビビり倒し、俺は俺でテンションぶち上がって夢中で殴り合いをしていただけ。
結果としてほぼほぼノウハウなど得られずじまいだったソラのため、改めてこうしてレクチャーを行なっていたという訳だ。
「…………」
と、自分的には中々のお手本をご覧に入れることが出来たと思っているのだが、肝心のソラさんは何とも不思議な表情をされていた。
「ええと……何かあれば拝聴しますが」
「いえ、あの……ハルさんも普通に戦えるんだなって」
……うん、普段の俺の評価が一発で分かるお言葉をありがとう。
「あはは……いえその、とっても参考になりました。流石ハルさんですね」
俺の内心を読み取ったか否か、誤魔化しの笑顔と共に向けられるフォローが痛い。
流石にある程度の時間を経たことで、俺の【Arcadia】に対する狂ったようなモチベーションは落ち着きを得つつある。最近では戦闘中に気分がノってきても早々トぶような事はないが……初期に与えてしまったインパクトというものは、中々払拭されてくれないようだ。
「まあ参考になったなら重畳……前で行けそう?」
「そう、ですね……」
以前と異なり前衛二人の前のめり構成だが、特攻一辺倒でやってきた俺と未だスキルの一つも得られていないソラとではあらゆる面で差が大きい。
当然ながら、俺が出来てもソラには出来ないという事は少なくない。出来る限り俺がフォローに入るのは勿論だが、適性スキルを何も持たない状態で前線に立つのが如何に大変かというのは、この数日ソラの苦労を見てきた俺も理解している。
「―――大丈夫、です。頑張ります」
それでも彼女自身が力強くそう言うのであれば、否定の言葉など必要無い。俺は俺として、かわいい相棒を支えるという大義を全力で遂行するまでだ。
「分かった。それじゃこれまで通り俺が引き付け役、ソラは遊撃で行こう。大物の方は俺が確実にキャッチするけど、小物は集めきれないと思うから注意な」
「分かりました。足元に注意、ですよね」
「その通り。ぼこぼこしてから飛び出すまでほんの少しラグはあるから、慌てないように」
教師を気取る俺に対し、ソラは「はい!」と元気の良い返事。素直かつ健気な教え子に頬を緩めつつ、俺達は『流転砂の大洞窟』の攻略を開始した。
「―――っ、ソラ!」
「はいっ!」
すれすれで躱した俺を捉え損ね、砂漠に顔を突っ込んだサーペントが隙を晒す。瞬間―――俺の掛け声が届くや否や、迷い無く距離を詰めたソラが勢い良く直剣を振るった。
サーペントに斬撃は通りが悪いが、それはあくまでも砂の鎧を纏っていればの話。ソラが狙うのはウツボの首元―――彼女自身が事前攻撃で作り出した、砂鎧の剥がされた一点だ。
「っやあ!」
やや迫力には欠ける気勢ではあるものの、その眼差しと剣筋は決して馬鹿に出来るものではない。
両手に提げられた直剣が跳ね上がり、僅かな鎧の間隙を正確に打ち据える。一撃には留まらず、ソラは斬り上げの勢いに引っ張られた身体を器用に操ると、重心を転換させて流れるように二撃目を叩き落とした。
アバターの見た目は華奢な少女であるものの、STR的には俺を上回る彼女の剣は非力とは程遠い。加えて言えば、こと剣撃の正確性では確実に俺の上。
正確無比な二連撃に弱点を痛打されたサーペントがのたうち、そのまま燐光となって爆散する様を眺めながら―――
「これでセンス無しってのは無理があるよなぁ……」
小さくぼやく俺の視線の先で佇む少女。息を吐きながら綺麗な動作で剣を鞘に納めるその姿は、気を抜けば見惚れてしまいそうになるほど様になっていた。
ソラは臆病さを備えてはいるが、決して怖がりではない。彼女に前線を張らせてから数日、俺の抱いた感想がそれだ。
初見で恐ろしい見た目のモンスター相手には、腰が引けたり悲鳴をあげる事も少なくない。しかしながら、その臆病さは誰もが持ち合わせる程度の一般的なもの。
むしろゲームとは言え、一体どれだけの女性が自分を丸呑みにできるような化物相手に冷静に斬り込む事が出来るものか。
そりゃ長い間プレイして耐性を付ければ問題は無いだろうが、ソラは仮想世界に飛び込んでからまだ一週間も経っていないのだ。彼女の順応性と度胸は中々のものと言えるだろう。
所感だが、おそらく剣に限って言えば俺よりも良いセンスをお持ちだ。何というか、一振り一振りが様になるというか綺麗なんだよな―――っと、
「良い感じだな」
ざくざくと砂を踏みしめて駆け寄ってくるソラに笑顔を向ければ、少女も嬉しそうに微笑み返す。
「はい!このエリアのモンスターなら、油断しなければ余裕があると思いますっ」
「だな。となれば残る問題は……」
攻略開始から暫く、徐々に近付いてきた砂の塔を見やり腕を組む。
「私は初めてですけど……その、そんなに強かったんですか?」
どうもソラの中では、俺は「初心者の皮を被った形容し難い常識外れの無茶苦茶を笑顔でやらかすテンションのぶっ飛んだ異次元の戦闘狂」みたいなカテゴライズがされている節がある。
非は認めるにしろ甚だ不本意な評価だが……彼女としては、そんな俺が過去に一人で挑戦後「無理ゲー」と評した相手に疑問を抱いている様子だった。
「まあギミックがソロだとしんどいってのもあるんだけど……アレはヤバいよ。今までの連中とは格が違う」
俺が思うに、この流転砂漠の主であるボスモンスターはアルカディアにおける初心者ストッパーだ。
しっかりとレベルを上げてパーティを組み、綿密に役割と作戦を決めて、装備やアイテムを潤沢に用意して挑む。そうして初めて渡り合う事のできる、所謂「大きな壁」というやつ。
「二人なら倒せるんでしょうか……」
不安そうな呟き。いつも通り笑い飛ばせれば良いのだが、今回に限っては俺も明確な自信が持てないでいる。
……前回まではマジで大敗だったからな。オンラインゲームにおける「ソロの限界」ってやつを突き付けられた気分になったものだ。
「一応、勝算はあり」
いつもよりは控えめな反応を返すが、それでもソラにとっては心強いものだったか表情が明るくなる―――が、その勝算の中身を聞いた後で彼女がどんな反応をするのやら……
「終点も近いから、そろそろボスの説明を始めようと思うけど―――初めに結論を言っとく」
「?」
これまでがそうだった事もあって、おそらくソラは無意識に今回もそうであると思っている事だろう。
これまでの道中も然り。つまりは俺がメイン、ソラがサポートという布陣だが……今回は違う。
「このボス戦―――ソラが要だ」