並び立つために
「デザートサーペントか」
「うす。どうっすかね?」
カウンターに並べた大きな牙やら皮やらを前に、今日もハルゼンの旦那は仏頂面一歩手前の無表情を崩さない。俺の方も最近は「堅苦しい」とか言われた丁寧語を省き、それなりにフランクな態度にシフトしていた。
「悪くない、量も十分だ。何でも作れる……だが、お前達には重いかもな」
「あー……やっぱり?」
ソラと二人で拾い集めていた時に薄々気付いていたが、あの砂漠ウツボの素材はどれもこれも中々に重量があった。
大きさと比較しても、である。流石に金属なんかよりは軽いだろうが、鱓革で全身コーディネートともなればかなり重量が嵩む事だろう。
俺にはあらゆる意味で論外だし、ソラも噛み合っていない。俺ほど極端ではないが、軽戦士志望だからな。
「そっちの娘も、お前と似たものだろう。重戦士には見えん」
「いえ、似てはいないかと……」
初対面の大男に緊張しているのか、俺の陰に隠れているソラが極めて不本意そうな声を出す。誠に遺憾だが、理性ぶっ飛んで高笑いしながら跳ね回るソラなんて見たら三日は寝込む自信があるので同意する他ない。
「なら……全身ではなく末端、グローブやブーツなんかはどうだ」
「ブーツか……重くなりません?」
「適度な重量は、重石にはならん。踏み込みや振り抜きに安定感が出る」
「ふむ……あとは牙とか爪とか、重量落として武器にはならないっすか?いっそのこと投釘とかでも」
「そこまで強靭な素材じゃない。短剣程度なら何とかなるが、重さはコイツの欠点であると同時に長所だ。削ったら、大した代物は出来んぞ」
なるほどねぇ。
「だってさソラ。どうする?」
俺の後ろで大人しくしている相棒に声を掛ければ、話はちゃんと聞いていた様子でコクリと頷いて見せた。
「あの、では、ブーツとグローブを、お願いしても宜しいでしょうか」
最近は俺相手じゃ遠慮の無い態度を見せてくれるから忘れがちだが、ソラは人見知りというほどでは無いが初対面の相手には基本引き気味だ。
加えてハルゼンのような現実では中々見ないムキムキの巨漢、借りてきた猫のような彼女の様子もまあ頷ける。
「任せろ」
「あ、俺も同じの……いや、グローブだけ、んー……」
ソラと同じく俺も二点注文しようとして、躊躇う。ただでさえ数分程度の狩りでキャパオーバーするような有様なのに加え、無被弾前提のビルドを邁進する身で防具を身に着ける必要性があるのかと疑問に思ってしまう。
以前はビジュアル面の問題から防具を欲していた事もあるが、それもカグラさんからのプレゼントで解消された今は無問題である。
衣装アイテムはステータス等の恩恵が皆無な代わりに、所持容量ほぼゼロの素敵仕様。まこと良い贈り物を頂いたというか、カグラさんには足を向けて寝られんな。
「ハルさんは作らないんですか?」
「あぁ、うん。よくよく考えたら別に必要無いかなって―――え、待ってそれどういう感情?」
「必要無い」と言った瞬間、微かに不満げな顔をしたソラを俺は見逃さない。あまり見ない反応に首を傾げると、ソラは誤魔化すようにフイッと顔を逸らした。
「何でもないです」
「と言いつつ本心ではアッハイごめんなさい」
整った顔立ちから繰り出される睨みは威力が高い。ウザ絡みを即座に引っ込めた俺に、ソラはジト目を向けて拗ねたように呟く。
「別に…………でも、その……パートナー、じゃないですか。だったらお揃いの装備とか、ちょっと良いなって、思った、だけです」
一言ずつ声は先細りになっていき、最後の方はほぼ聞こえなかったが―――えぇ、なにこの子、そんな可愛いこと言っちゃいます……?
「旦那」
「なんだ」
「俺も同じので」
「……尻に敷かれてるな」
うるせえ。アンタこの流れで「まあでも俺は別にいらないかな」なんて宣える男がいるとでも?俺の鞄事情なんざ知った事かよ。
「あ、あの……ハルさん?無理にそんな事しなくても」
「いやあ、珍しく可愛い意見が出たんだから乗っかりたい。所持容量も武器一本削れば大丈夫だろ」
「っ……そう、ですか」
現在の武器プールは【白欠の直剣】と【歪な大鉄塊】の他に、店売り品の鉄製直剣と大斧、それからここ数日で追加した短剣二本にショートスピア一本。
アルカディアのゲームメイクからすると予備過剰にも程があるが、俺の場合は予備どころか一本残らず常用品だから手に負えない。とはいえ、槍とか今のところ必要性は無いからな。
ちゃちゃっと短槍を旦那に押し付けて端金をもらい、所持容量に空きを作る。注文した二品を装備しても、これで多少の余裕が出来ただろう。
「これでよし。受け取りはまた翌日とかに?」
「いや、前に打ってやった魂依器とはモノが違う。すぐに出来る」
要求通りの数を並べた素材をカウンターから攫って席を立ったハルゼンは、一言「待っていろ」と残して作業場へと姿を消した。
……ていうか、すっかり鍛冶専門だと思い込んでいたんだが、革素材でも仕立てられるんだな。思えばカグラさんが「この世界に鍛治師や裁縫師なんてカテゴライズは無い」とか言っていたが、NPCも全てが等しく魔工師という事か。
すぐ出来るとは言ったものの流石に数秒では戻って来ない。出待ち無沙汰になった俺達は何となしに店内に飾られている装備品を眺めて回る。
若干ソラさんの挙動がバグっているが、先程のやり取りで少し照れているだけだろう。可愛いやつめ。
「ソラはこのまま直剣で良いんだよな?店売りのやつ、使いにくかったりしない?」
良くも悪くも規格品だ。俺とソラが使っているものは寸分違わず同じものだし、俺が片手で振る直剣も小柄な彼女のアバターには少々大きい。
実際ソラは両手で振ってるしな。別に片手剣って訳じゃ無いから、どちらでも間違いではないが。
「そう、ですね……はい。今のところは大丈夫です」
「そっか。もしアレなら、ついでに旦那に頼んだらと思ってさ」
ソラの魂依器クエストでも要求される可能性を考えて、『断崖の空架道』を二人で攻略した際に青色鉄鉱石はいくつか採掘済みだ。
直剣一本くらい新調する余分はあるし……と思っての提案だったが、今のところは必要なさそうだ。実際、MMORPGの店売り品にあるまじき十分な性能してるからな。
流石に物足りなさは拭えないものの、初心者エリアとはいえボスにも確かに通用する品だ。舐められたものではない。
「それは、無事にスキルツリーが取得できた時のお祝いに取っておきます」
そう言って笑うソラだが、その笑顔はどことなく力が無い……まあ三日も頑張って成果が出ていないんじゃ自信も無くす、か。
色々調べてはいるのだが、結局のところ何故に頑としてスキルツリーが生えてこないのか原因は分からないまま―――ただ一つ、システムに「一切の才能無し」と判断されている可能性を除いては。
「んなこと無いと思うんだけどなぁ……」
「?」
「何でもないよ」
俺の見る限り、目を瞑る癖を無事に克服した今のソラには十分適性がある。
運動神経―――少なくとも仮想世界におけるそれは悪くない、というかむしろ良い。剣の繰り方も俺の動きから上手いこと自分なりに落とし込んで吸収して見せるし、素人目にもセンスはあるように思える。
単純にしつこく得物を振るうだけでも得られる武器適性ツリーが、何故こんなにも生えてこないものか本気でお手上げ状態だ。
そうしていくら考えたところで、未だ浅いにも程がある知識しか持たない俺では正答など思いつける筈もない。自身の無力に唸るくらいしか出来ないのがもどかしい。
「―――出来たぞ」
互いに気を遣ってしまい微妙な空気を醸しかけていた俺達に、ムキムキの救いの手が差し伸べられる。再び姿を現したハルゼンの声に顔を向ければ、その腕には見慣れない色合いの革手袋と革靴が二揃えずつ抱えられていた。
「え……あの、これって」
カウンターに置かれた品を見て、ソラが不思議そうに首を傾げる。乾血の如き赤黒い砂漠ウツボの革から作られたはずのそれらは、元の色合いからは想像も出来ないような美しい翡翠色に煌めいていた。
ソラ同様に疑問を抱いた俺が「どゆこと?」と視線を向ければ、旦那はフンと鼻を鳴らす―――何だよ今のフンはどういう意味だ、やんのかコラ。
「デザートサーペントの体表は、特殊な体液で凝固変色した砂の鎧で覆われている。それが本来の体色だ」
との事らしい。マジかよアイツら……特に鱗っぽいものも見当たらないくせしてやけに斬撃の通りが悪いと思ったら、天然の鎧を着てやがったのか。
鈍器で頭を叩き潰したり口内に飛び込んで内側から三枚おろしが基本だったから支障は少なかったが、そう説明されたら納得である。
「綺麗……」
樹皮に似た独特な模様を持つ翡翠革。ぼーっとそれらを見つめて呟くソラは、どうやら予想外の品をいたくお気に召した様子だ。
思えば深く考えていなかったが、元のドス黒い赤色ではソラにはあまり似合わなかった事だろう。本人がそのあたり考えていたかは分からないが、気が回っていなかった俺的にはウツボの謎生態に感謝を送りたい。
「さっさと着けてみろ」
装備を前にしてひとしきり感動する俺達に、相変わらず無感動な声が降ってくる。良いものを仕立ててくれた職人に文句など出る由もなく、大人しくそれぞれに品を受け取って身に着けていった。
【砂漠鱓の革手袋】DEX+10
流転砂の海を縄張りとする大鱓の革から仕立てられた手袋。
翡翠の輝きは鎧を失った証だが、職人の技を経てより良い柔軟性と強靭さを得た。
【砂漠鱓の革靴】AGI+10
「フレーバーは手袋と同上と……いや、思った以上に良い感じだな」
手袋は実用性と厨二心を両立する指貫仕様。かなり丈長で肘辺りまですっぽりと覆われるが、かなり柔軟な造りで動きを阻害される感じは全くしない。
靴の方はハルゼンの言う通り、心地良い重みでかなり安定感がある。これならばプラスされた重量など蹴飛ばして、初速はむしろ以前にも増すかもしれない。
加えて嬉しい要素として、カグラから頂戴した衣装に色味デザインともにマッチしている。総じて中々の満足度だ。
傍に目を向ければ、同じく装備し終えたソラが手をにぎにぎしたり、爪先をトントンしたりと何だかそわそわしていた。
俺とは違いソラは既に防具類を身に着けていたが、それでも店売りの簡素な品とモンスターの素材を用いた「いかにもな」ファンタジー製品とでは、色々と感じるものが違うのだろう。
感動と緊張を持て余すような彼女の素振りを微笑ましく思いつつ、女性の衣替えを拝見した以上は為さねばならないミッションを遂行しておく。
「ソラも似合ってるね。髪の色とマッチして良い感じだ」
「あ……えへへ、ありがとうございます」
サムズアップを添えてそう褒めれば、少女は照れながらも嬉しそうに顔を綻ばせ―――馬鹿な、「えへへ」の使い手だと!?それは破壊力過剰では……!?
勝手に褒めて勝手に悶え苦しみ始めた俺を他所に、ソラは上機嫌でハルゼンに「素敵な装備をありがとうございます」と頭を下げていた。
先程までの警戒心はもう薄れたようで、ハルゼンの方も微笑ましいソラの様子に満更でもなさそうに口元を緩めている。
―――と、そうして和みのままにお開きかと思われた場だったが
「……待て」
口を締め直したハルゼンが、唐突にソラの手元を指差して言った。何かと思い視線を辿ればソラの右手―――おそらくは、魔法発動補助の指輪を指しているのだろう。
「剣を提げているから剣士だと思っていたが、お前は魔法士か?」
「マホウシ」
「あ、えっと、アルカディアの魔法使いの事です。魔法を主軸にするプレイヤーは一括りに魔法士と」
一瞬言葉の意味を捉えきれず反射的にオウム返ししてしまった俺に、相変わらず細かな知識に詳しいソラが補足を入れてくれる。成程、自分に関係する近接関連しか調べていないから知識不足だった。
「あの、最初は魔法と弓を主にしていたんですが、近接に転向しようと特訓しているところで……」
「特訓、不得手か」
不躾とも取れる程ストレートに切り込んでくるハルゼンに、今現在のまさしく急所を突かれたソラはむぐっと言葉を詰まらせる。
大事な相棒を虐めてくれるなと俺が横で睨みを効かせるが、マイペース極まる筋肉の塊には毛ほどの効果も無いことだろう。
「スキルが、その……得られなくて、ですね」
「スキル……天啓か。そいつを振ってどれくらいになる」
おずおずと話すソラが腰に提げる直剣を指して、ハルゼンが問う。ソラが正直に「三日と少し」と言えば、巨漢の魔工師は難しい顔をして顎に手を当てた。
「…………なんですかハルさん」
「いや、虐められた子供みたいな顔してたから」
正しくそんな表情だった少女の頭をぽすぽすと優しく叩いてやれば、どこか恨みがましい様子でジト目を向けられる。
「…………子供扱い、しないで下さい」
不満気に呟いてそっぽを向くが、ソラが手を払い除ける素振りは無い。無意識の動作でセクハラ判定を下されなかった事にこっそり安堵しつつ、ぽすぽすぽすぽす。
「見せてみろ」
と、また唐突にハルゼンが口を開いた。同時にずいっと大きな手が目の前に差し出されて、俺にされるがままでいたソラがビクリと肩を跳ねさせる。
「え、と……!?」
助けを求めるように向けられる視線。これと酷似したやり取りを数日前にしている俺は、安心させるように笑みを見せつつ解答を示す。
「多分、剣を見せてくれって事だよ」
「は、はい」
わたわたしながら剣帯ごと鞘を外したソラは、恐る恐るハルゼンにそれを手渡した。加えて「指輪もだ」との追加要求にも応えて、慌てて右手のリングも抜き取って渡す。
……これ、もしかしなくても魂依器のクエスト導入では?相変わらずAI操作のNPCとは思えない、恐ろしく自然な導入だこって。いや旦那は相変わらずコミュニケーション能力が欠落してるけれども。
ソラが不安気な顔を向けてくる。おそらく彼女も、これが魂依器関連のイベントだと気付いてはいるのだろう。受諾しなければやり直しは効くとはいえ、当人のその不安は理解できる。
「大丈夫だよ」
わざと楽観的にそう言ってやれば、ソラの表情も気持ち和らぐ。預けた剣と指輪を見聞するハルゼンを待つ少女に寄り添うことしばらく、鞘に剣身を納めた魔工師は端的に言った。
「剣士になりたいのか」
魂依器のカテゴライズはプレイヤーには選択できない。その質問はユニーククエストの性質上、意味が無いはず。というか、俺の時にはこんなやり取り存在すらしなかったんだが。
「……は、はい」
ソラにとっても不意の事だったか、戸惑いの間を開けてそう答える。
ハルゼンは黙ったままだ。解答が足りないと思ったのか、ソラは少し躊躇いつつ言葉を続ける。
「私は支えるよりも、並んで戦いたいです」
尚も押し黙るハルゼンは、しかしもう答えを求めている様子ではない。瞑目した魔工師は暫しの後に目を開けて、
「分かった」
望みを告げた少女を見据えて、そう言った。
◇◆◇◆◇
新調した砂漠鱓の革靴が、当然とばかり砂の足場によく馴染む。相当に具合の良い新装備だが、このフィールドでは殊更の働きを見せてくれそうな予感だ。
「結局流れのまま受けちゃったけど、本当に良いんだな?」
蜻蛉返りで再び足を踏み入れた【流転砂の大空洞】にて、傍で足元の具合を確かめている相棒に確認を入れる。
あの後ハルゼンが提示した魂依器の取得クエストを、どういう考えかソラは迷わず受諾した。本人は「なんとなく受けるべきだと思った」と言っていたが、提示された素材を獲りに行く前に最終確認をしておく。
「大丈夫です。本当になんとなくですけど……悪いようにはならない気がしますから」
まあ、あれだけ意味深なやり取りを挟んだならそれなりに期待は出来るか。当人が重ねてそう言うのならば、俺がとやかく言うことなど無い。
「了解。そしたらまあ……」
微笑むソラに笑い返して、俺はエリア中央―――聳え立つ流転砂の塔を見据えて苦笑いを浮かべた。
「アレにリベンジを果たさないとな」
◇受諾クエスト◇
『共に歩むもの』
・砂塵の涙滴 0/1
・鉄の直剣 1/1
・初心の指輪 1/1