見渡す限りの戦利品
「………………………………わぁ」
もう何もかもを諦めたかのような、徹底的に気の抜けた声。一時に比べ不安になるほどの静寂に支配された砂漠では、そんな掠れ声すらもよく響く。
動くものの失せたフィールドに佇む影は二つ。一つは当然ながら俺、もう片方はヘルプ要請に応え駆け付けてくれたソラさんである。
「もう、これ…………もう………………」
断腸の思いでメッセージを飛ばした時点でリアクションの方向性は察していたが……遂には力なく両手で顔を覆ってしまった少女の様子に、俺としても流石にやっちまった感が拭えない。
立ち尽くす俺たちの前に広がるのは、砂一色が常であるはずの景色を所狭しと埋め尽くす赤―――もう数える気にもならないレベルで散乱する、夥しい数のドロップアイテムだ。
このゲームの戦利品は直接インベントリにぶち込まれる形式なのだが、限界所持容量を超過した場合は足元、或いはプレイヤーに極近い空きスペースに放り出される仕様となっていたらしい。素材やら換金アイテムやらは如何なる理屈か、装備品などと比べて随分と重量が軽く設定されていたのだが……
「いやぁ……楽しくなってちょっとやり過ぎた次第で……」
ただでさえ容量カツカツな俺のインベントリ事情に加えて、大物エネミーのやんちゃ狩り―――その結果がこの惨状である。
皮、牙、骨に鰭爪、胆石などなど……過剰な武具類に圧迫された俺のインベントリなど始めの数分で満杯になり、そこからおよそ一時間強は続いたウツボ漁の戦利品は一つ残らず戦場となった砂の上にばら撒かれる事になった。
足の踏み場も無いとはまさにこの事―――結局どれだけの【デザートサーペント】を血祭りにあげたのか定かでは無いが、この有様を見るにまあ十や二十では利かないのだろう。我が事ながら軽く引く。
そして俺自身すら引くレベルなのだから、ソラの心境や推して知るべしだ。
「ちょっと……ちょっと?……そうですか、ちょっとですか。私とハルさんでは、ちょっとの定義が随分と違うようですね?」
目を覆っていた両手をゆっくりと下ろし、ソラは散らかり放題な砂漠を緩慢な動きで見渡した。心做しか濁って見えるその瞳に、言い知れぬ恐怖を感じる。
「ちなみに、どれくらい狩りをなさっていたんでしょうか」
その質問って短時間にしろ長時間にしろ、形を変えて結局ドン引きされるやつですよね?
「い、一時間程……」
「いちじかん……」
ほら見ろソラさんまた顔を覆っちゃっただろ。
別に悪い事をしてるつもりは無いのだが、ソラの気持ちもよく分かる。現在進行形で近接転向に行き詰まっている状況―――これ見よがしに大戦果など見せつけられたら、そりゃ辛いだろう。
背に腹は代えられなかったとはいえ……やはり可哀想なことをしたかもしれない。
「一時間で何をどうすれば……いえ、いいです、聞きたくないです」
言い訳がましくトレイン狩りの説明でもしようかと口を開くが、ソラは首を振り止められる―――拗ねてしまったような台詞だが、声音を聴く限りは多少なり落ち着きを取り戻した様子だ。
密かにビビり倒していた俺はホッと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、拾っていきましょうか……流石に全部は入らないと思いますけど」
苦笑いを見せるソラの言う通り、いくら軽装かつ自前の治癒魔法で回復アイテムの携行数を抑えている彼女でも限度はある。
この見渡す限りのドロップ品の内、半分も拾えるか怪しい……流石に勿体無い精神が湧いてくるが、無計画な狩りの授業料と思って諦めるとしよう。
「時間を取らせて悪いね……手間賃じゃないけど、あれなら好きなだけ自分で確保してくれて良いから。いや、というか是非そうして」
俺の罪悪感を減らす意味でもね。
「あはは……それでは遠慮なく」
と言いつつ、ソラは少し困ったような顔を見せる。
「私、装備製作にまだ手を出して無いんですよね……ハルさんがお世話になった『旦那』さん?に依頼したりすれば良いんでしょうか?」
今までの戦利品もある程度の数を残して売却してばかりとの事で、具体的に何をどうすれば良いのか分からないらしい。
「それでも良いんじゃない?というより、俺も旦那以外の生産NPCとか知らないから……」
一瞬だけNPCの他にカグラさんの顔が思い浮かんだが、流石に遥か先を行く先達魔工師に初心者エリアで得られる素材を持ち込むのは気が引ける。
「それじゃ、紹介して貰っても良いでしょうか?」
「お安い御用―――あ、待てよ『魂依器』のクエストが……確かNPCの職人に出会うと自動発生なんだよな?」
ソラの伺いに当然とばかり頷きかけて、不都合に気付く。
俺の時は会話の流れで自然と素材調達のクエストが発生した訳だが―――どうもあれ、プレイヤーが初めて職人NPCを訪ねる事で確定発生するイベントだったらしい。
導入の形は人それぞれだが、大筋の流れはほぼ同じ。指定された素材を入手してクエストを達成する事で、そのプレイヤーに最も適した装備品を作成してもらえる。
問題なのが「適した装備品」の選定が完全にシステム任せという点で、大まかなカテゴリを自分で選ぶ事ができない仕組みとなっている模様。つまり剣であれば短剣か長剣か程度の注文は効くが、そもそもの『剣』というカテゴリ自体を変更してもらう事はできないという事だ。
現状のソラは装備品こそ軽装の革鎧に直剣と剣士の装いだが、スキルツリーは未だ一つしか出ていない短弓ツリーのままだし、その他のスキルも支援バフに治癒魔法と見事にチグハグ。
今の状態でソラが『魂依器』のクエストに挑んでも、都合良く近接系の装備品が選出される可能性は低いだろう。と、そういった理由から「せめて近接ツリーを生やしてから『魂依器』ガチャに臨む」といった方針のもと保留していたのだが……
「それでしたら大丈夫です。自動発生と言っても強制的に受けさせられる訳ではないので、受諾しなければ良いみたいです」
「あ、そうなの?」
それなら安心……そういやクエスト受けた時に任意受諾どうこうって注釈が付いてたっけ。何にせよ杞憂だったならば問題無い。
話はまとまったが、何にせよ砂漠の大掃除を済ませなければ始まらない。辺りを見回してもう一度せつなげな溜息を零すソラにフォローを入れつつ、俺たちは片っ端からウツボの残骸をかき集めていった。
時間があれば本日中で続きを投稿予定にございます。