前へ次へ   更新
32/490

特訓開始

「―――っすぁ……さ、さあて!それじゃ始めましょうかねぇ特訓をねえ!」


 出だしで声をひっくり返らせ、無様極まる俺にソラは生暖かい表情。イケメンムーブが続かない現実こそ俺がフツメンたる証左だが―――そこ、微笑んでるんじゃないよ。


 繋いでた手を離すタイミングで、どうして名残惜しそうな顔したの?美少女のそれは殺人兵器であると論理的に証明されている事実をご存知でない?


「心を弄ばれました。特訓はスパルタで行きます」


「なんでですか!?」


 美少女の言動が男に齎す精神的作用について学を修めてから出直してどうぞ―――おし。やはり心を落ち着けるには馬鹿な思考が特効薬だな。


「冗談はさておき、まあとにかく実践しか策は無いと思うんだよな」


「うっ……実践、ですか」


 足を運んだのは例によって、便利な平地こと『地平の草原』。そこらを闊歩している猪達に目をやり、ソラは不安気な表情を見せる。


 まあ奴ら相手に実践なんかすれば、目を瞑って剣を一振りした次の瞬間に撥ねられるのが確定路線だからな。


「いや、あの馬鹿共に講師を任せるつもりはない。マンツーマンで行こう」


 そう言いつつ直剣を喚び出した俺を見て、ソラの不安気な顔が―――え?何で不安色が濃くなったんですかね?


「え……ハルさん、ですか?」


 え?その若干嫌そうな声音はどう受け取れば良いの?


「……何かご不満か?」


「わたし、細切れにされるのはちょっと……」


 いったい俺を何だと思っているのか。自分でもどんな顔をしていたのか分からないが、動きを止めた俺を見てソラはクスリと―――揶揄ったね君?


「……ごほん。まあ端的に言えば、ひたすら俺に斬りかかってみよう」


「ふふ、ごめんなさい」


 誤魔化すように咳払いをした俺に、仕返しが成功したとばかりにご満悦のソラ。なんか俺に対する遠慮が無くなるにつれて戦闘力上げてないかこの子?あくまで妹分だぞ大丈夫か俺?


 ちょっと輝度が高過ぎる笑顔から顔を背けつつ、直剣をクルリと回して少女に柄を差し出す。おずおずと剣を受け取ったソラは、持ち慣れないそれを両手で抱えて首を傾げた。


「斬りかかったりして大丈…………大丈夫ですね。当たるわけ無いですし」


 それ、ソラだから当たらないってニュアンスじゃ無いよね。俺だから当たらないって意味だったよね。


 加えて言えば信頼だとか好意的なアレとは別の、そこはかとない呆れやら諦観を内包してたよね。


 …………フッ、これが日頃の行い、か。


「あの、どういう表情ですか?」


「いやぁ、徐々に俺の扱いがこなれてきていらっしゃるなぁと……」


「……?」


 いや何でも無いっす。


「ま、まあそういうアレで。俺の回避訓練も兼ねて一石二鳥ってな」


「今更ハルさんに回避の練習が必要かは疑問ですけど……」


 大翼鳥の群れ相手に披露した大立ち回りでも思い返しているのだろう。苦笑いを浮かべるソラ。意識を切り替えるように小さく頭を振ると、少女はまだ覚束ない動作で直剣を構えた。


 少女姿の小型なアバターとて、ステータス的には俺を上回る筋力値だ。平均的に揃えられた敏捷と器用さを併せ持つ身ゆえ、現実に照らし合わせれば十分以上に超人である。


 剣一本程度、振れない道理は無い。


「えと、その……構え、とか」


「んー、俺も我流というか素人だから何とも言えないけど……強いて言うなら、もうちょい力抜いて。すっぽ抜けない程度で、振り抜く瞬間だけグッと力む感じかな?」


 流石に剣の振り方なんざ詳しく調べた事はないが、十八年も男子をやってれば多少の知識はある。男子必修科目レベルの簡単なアドバイスなら可能だ。


「こんな感じでしょうか?」


「おーけー。そのまま一度振ってみて……ちょっと止めを意識した方が良いかな?最後振り回されてる感があるから」


「わ、分かりました。……っ」


 実際に打ち込みを始める前に、前提レベルの身体操作をレクチャーしていく。…………素振りだと問題無いんだよな、目瞑り。やっぱ目の前に相手がいるかどうかがポイントか。


「ふっ……っ……と、どうでしょう?」


「ん、悪くないと思うよ」


 この少女、実のところ運動神経は悪くない。俺も若干の先入観が未だ残っており、鈍臭いまでは行かずとも運動不得手っぽいイメージを抱いてしまっていたが……実際は、走る時の足運びなんか綺麗なもんだしな。


 普通に見れる程度に―――いやむしろ、金髪美少女剣士ってメチャクチャ絵になるな。なんか謎に俺のモチベが上がってくる……さておいて、剣の振り方はまあ良いだろう。


「んじゃ始めようか。しっかり避けるから遠慮せずどうぞ」


「よ、宜しくお願いします……!」


 そうして律儀なお辞儀一つを合図に、ソラの特訓が幕を開けたのだった。



 ◇◆◇◆◇



「―――まぁ、漫画みたいに数コマでスピード解決とは行かないか……」


 目を開ければ、映るのはそろそろ見慣れてきた【Arcadia】の天蓋。


 このところは心做しか、ログアウト後の肉体性能乖離による強烈な違和感も和らいできて何より。俺の仮想現実適応は順調に進んでいると言って差し支えない……が、目下こなすべきシステム外で進行しているクエストは難航の最中だ。


「目を瞑る癖さえ無くせば何とかなる……と思ったんだけどなぁ」


 ―――ソラの前衛転向へ向けて特訓を開始してから、三日が経過していた。


 最初こそ順調……というより、最大の壁であった筈の癖は初日の開始一時間ちょっとでクリア出来てしまった。


 やはり人間、絶対やると決めて本気で動けばわりと何とかなるものだ。これは思わぬ短期決着キタコレなどとテンションを上げたのだが―――


「まさか三日も掛けてスキルが得られんとは……」


 近接戦闘における一応の最低限を満たしたソラを前衛に、俺達は猪平原を皮切りとしてこれまでの足跡を辿るように特訓を続けた。


 三日とは言っても、ソラは俺のように一日中ぶっ続けとは行かない。彼女のデイリーログイン時間は平均しておよそ四時間、アルカディア換算で六時間と言ったところか。


 それでも実時間にしておよそ十八時間ほどの冒険でひたすら剣を振って頂いたわけだが……出ない、生えない、得られない。


 比較的容易……というか、しばらく該当武器種を扱っていれば狙って即日獲得が可能な筈の適性ツリーすら芽を出さなかったのである。


 大言を吐いてつきっきり決め込んでる俺も傍目に相当気まずいが、ご本人様の落ち込みようがマジで居た堪れない。


 ソラからしてみれば、システム側から言外に「向いてないよお前」と言われてるようなものだからな。今日の別れ際なんて八割がた目から光が消えていた。


 ―――さっさと本業に戻ってどうぞ。などと言わんばかりに使ってもいない短弓ツリーにスキルが生えた時のソラの顔を、おそらく俺は忘れない。


 美少女は何しても美少女とは誰の言葉だったか……いやマジギレは流石に怖いわ。人ってあんなに冷たい目が出来るんだね、アレが自分に向けられたらと思うと即死不可避。


「はぁ……」


 どうしたもんかと溜息を零しながら【Arcadia】の機体から身体を起こす。


 ログアウト際の沈んだ表情を見るに、流石にそろそろ精神的フォローも必要になってくる頃合いだろう。発破を掛けた責任もある―――スキルの取得法だけじゃなく、女性(リアル情報不詳)の慰め方なんかの知見も、ネットで得られはしないものだろうかね……


 夕飯の匂いに釣られて部屋を出ながら、俺はバイト生活では得られなかった技能の取得法に頭を悩ませていた。



 ◇◆◇◆◇



「どうかされましたかお嬢様? そんな不機嫌そうにしていたら、折角の可愛い顔が……まあそれでも可愛いけどね?」


「…………」


「あら、意外と重症」


 恒例のお嬢様呼びに対する苦言をスルーしてしまうほど参っているらしい。スルーというか心ここに在らずといった様子か、夕飯の準備からずっとこうである。


 ちょうど三日前あたりから徐々に元気を無くしているようだが、アルカディアを始めて興奮しきりだった数日前とは雲泥の差だ。


「どうしたの、そら。何か悩み事?」


 からかいを引っ込めて尋ねてみれば、とりあえず気を引く事には成功したようで視線が斎へと向けられる。


「…………私、才能が無いみたいなんです」


 才能?何の才能だろうかと、素直にそう訊けば―――


「剣の才能です……」


 儚げな表情を浮かべて、斎が愛するお嬢様はそんな事を宣った。


 この子はどこの中世かファンタジー世界の住人なのかと一瞬笑いそうになるが、流石にゲームの事だという察しくらいはつく。


「はあ、剣……確かにソラが剣を振って戦う姿なんて、想像が付かないけれど」


「……ゲームにもそう言われました」


 ちょっと言っている意味は分からないが、何やら壁に当たって落ち込んでいる事は確かなようだ。


「んー……それじゃあほら、そこは噂の騎士様に頼ってみちゃうとか?」


「ハルさんはもう三日も付き合ってくれてます……時間を割いてもらってるのに、私は何の成果も……」


 マズい更に地雷を踏んだようである。ていうか本当にずっと一緒にいるハルさんとやら、この子にやたら信頼されているようだけど一体どんな人物なのか。


 まさか自分まで【Arcadia】の筐体を用意して連れ立つわけにも行かず、この目で人となりを確かめる事が出来ないのが少々口惜しい。


「ゲームの事はよく分からないけど、ゲームなんだから楽しまなくては損よ?」


「分かってますけど……せっかくハルさんが発破を掛けてくれたのに……」


 この子が露骨にこうまで落ち込む事は珍しい。そらの性格を考えるに、自分が上手くいっていないこと自体ではなく、その結果面倒を掛けている事実が堪えているのだろう。


「ハルさんは男性なんでしょう? だったら迷惑掛け倒しちゃえば良いじゃない。こんな可愛い子に頼られて、むしろ役得なんて思ってるかもよ?」


「またおかしな事を……私もハルさんも仮想の姿アバターなんです。外見でどうこうなんて」


「あら、でもそらは顔変えたりしてないでしょう?」


「わ、わざわざ伝えたりしません!アルカディアでみだりに現実情報を開示するのはマナー違反です!」


 アルカディアについては一般娯楽としての知識しか無いのだが、なにやら色々と決まり事があるらしい。現実に遜色無い仮想現実ともなれば、当然と言えば当然か。


「難しいなら他の事をしたら良いんじゃないの?ほら、折角ファンタジー世界なんだから魔法とか」


「……仮想世界では、思い切り身体を動かしてみたかったんです。現実の私は()()()ですから」


 と、そらは自分を指して不満を示す。生まれつき体が弱く、激しい運動を禁止されている彼女は学校の体育すら満足に参加したことが無い。


 生まれ持った運動センス自体は優秀だし、本人も淑やかな外見に反して身体を動かす事を好んでいる。それを知る身としては気の毒に思うが、まさかゲームにまで不適性の判を押されていようとは。


 不憫というか、こういう時には何かと恵まれないお嬢様に同情の念を禁じ得ない。


 結局アルカディアについて詳しくない斎に出来る事は、そんな彼女の愚痴や弱音を聞いてやるくらいしか出来る事はないのだ。


 どうしたものかという憐憫の視線を向けられながら、そらは終始浮かない顔で姉代わりの使用人に慰められるのだった。

作中で時間が飛んだ時点での、二人の更新ステータスをメモ。

――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:44(10)

STR(筋力):30

AGI(敏捷):280

DEX(器用):150

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):10


◇Skill◇

・全武器適性

《クイックチェンジ》

《ウェポンダーツ》⇒《ピアシングダート》 Up!


・体現想護

・重撃の躁手

・アクセルテンポ

・ボアズハート

・軽業

・ジャンブルステップ

・キャリーランニング

――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Sora

Lv:38(10)

STR(筋力):50

AGI(敏捷):80

DEX(器用):80

VIT(頑強):60

MID(精神):100

LUC(幸運):50


◇Skill◇

・光魔法適性

《ヒールライト》


・短弓適性

《スナイプアロー》 New!

 ・射手の静息


・《スペクテイト・エール》

・《観測眼》


・癒手の心得

――――――――――――――――――

 前へ次へ 目次  更新