イジける少女に提案を
「うぅ……散々でした……」
「まあまあ。アルカディアの通常パーティって六人編成だろ? 想定の半分以下で挑めば仕方ないって」
【断崖の空架道】攻略へ乗り出してから、およそ二時間後のイスティア街区。それなりの奮戦を経て凱旋を果たした俺達だが、大翼鳥の群れに翻弄され倒したソラは疲労困憊といったご様子。
カグラさんに案内されてから何となく「行きつけ」になりつつある酒場の片隅で、席を並べた少女は力無くカウンターに項垂れていた。
加えて最終的には勝利へ漕ぎ着けたものの、苦戦を噛み締めた後に涼しい顔でフォローを入れられ何やら不満顔。
「もう半分諦めてますけど……ハルさんは詐欺ですよ。こんな初心者さんいませんよ」
「いやぁ照れますなぁ」
「褒めてますけど褒めてません」
やはりというか、奴らは挑戦人数に比例した数が出現する仕様だったらしい。今回も開幕は四体だったが、時間経過で二体ずつが追加され最終的に計八体が乱舞する地獄絵図と化した。
俺はお化け金槌を封印して攻撃控えめに回避盾を演じたのだが、一歩間違えば即鳥葬のキルゾーンでおよそ数十分ダンスを踊り切った様は、まあ自分でも割と頭おかしいと思う。
第三者視点で録画なりを見せられても、三日前に始めたばかりの初心者とはまあ思わないだろう。
「私も少しくらい前で戦いたいのに、ズルいです……」
背に吊った短弓を肩越しに見やり、切なそうに溜息。ジト目でイジける様は割と目の保養ではあるが、本人が真面目に悲しみを抱えている事はいい加減理解しているので茶化しづらい。
意外と好戦的というか出会った当初から戦闘に意欲的なソラだが、本人が望むところの近接戦闘は……残念ながら、至近距離で武器を振るうと目を瞑ってしまうという致命的な癖が治らず「保留」という名目で捨て置かれている。
彼女自身も半ば諦めているのは、素直に魔法型ビルドへとステータスを伸ばしている事から察している訳だが……
「…………んー」
相変わらず喉を潤さない飲み物をチビチビやりながら、若干拗ねた様子で抱えたコップの中身に視線を落としているソラを横目に考える。
俺のスタンスに照らし合わせれば、自分の適性に沿わない道などサクッと切り捨てて、伸び代のある道を邁進していけば良いと思う。けれど、誰しもがそんな風にサクッと割り切れる訳でもない事は理解できる。
更に言ってしまえば、アルカディアはゲームだ。娯楽なのだから、得手不得手など切り捨てて苦手を邁進しようとも誰に咎められるわけでもない。
強いて言うならチームプレイの際に味方に迷惑がどうのと考える必要があるかもしれないが、現状そのポジションにいるのは俺だけだ。
だからまあ、つまるところ……
「―――ソラ、ちょっと今のステータス見せてもらって良いかな?」
俺がそれを許容するならば、咎める者などいやしないという事だ。
意を決してそう口を開くと、初体験であろう仮想飲料に微妙な表情をしていたソラは微かに首を傾げてから、素直に「どうぞ」と自らのステータスを可視化してくれた。
一応こういったゲームでは個人のステータスなど重要情報として扱われるものだが、相棒としての信頼か単にゲーム初心者ゆえの無警戒か……好意的に前者だと思っておこう。
さて、初お披露目の彼女のステータス欄は―――
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Sora
Lv:27
STR(筋力):40
AGI(敏捷):40
DEX(器用):40
VIT(頑強):50
MID(精神):100
LUC(幸運):50
◇Skill◇
・光魔法適性
《ヒールライト》
・短弓適性
・射手の静息
・《スペクテイト・エール》
・《観測眼》
・癒手の心得
――――――――――――――――――
「……ふむ」
「…………」
上から下まで数十秒。吟味するようにウィンドウを見つめる俺を見て、ソラは何某かの採点でも受けている心境なのか若干の緊張模様。
――――――――――――――――――
◇Status◇
Name:Haru
Lv:35(10)
STR(筋力):30
AGI(敏捷):230
DEX(器用):110
VIT(頑強):5
MID(精神):5
LUC(幸運):10
◇Skill◇
・全武器適性
《クイックチェンジ》
《ウェポンダーツ》
・体現想護
・重撃の操手
・アクセルテンポ
・ボアズハート
・軽業
・ジャンブルステップ
・キャリーランニング
――――――――――――――――――
ちなみに現在の俺のステータスがこれ。まさか俺が「うっわ俺のステータスバランス悪すぎで草」と内心で自嘲の嵐などとは露にも思わないだろう。
いや、うん。お手本のようなお利口さんなステ振りで誠に結構。このゲーム、MMOにしては珍しく基本的にバランス振りが推奨されてるからね。
さておき、魔法型ゆえのMIDの突出とてまだまだ序盤故に取り返しは効く。精神ステータスの数値は魔法耐性にも関係アリなため純魔以外でも普通に取得推奨だったはずだ。
「ソラ、中途半端にここまで進めてからであれだけどさ―――近接転向、目指してみる?」
「……………………えっ」
いじけてはいたものの、実際のところ本人的には諦めていた筈の案件だ。ソラにしてみれば唐突であろう提案に、琥珀色の瞳が驚いたように見開かれる。
「そっ、ぁ、でもっ……でも私、癖が」
「まあ確実に難儀はするだろうけど、徹底的に特訓すれば流石に直せるんじゃないか?何かしら心的要因があるわけでもない、無意識の癖なんだろ?」
本人はそう言っていたし、別に嘘をつくポイントでも無いだろうから事実のはずだ。
「それはそうですけど……」
一応これまで何度かの特訓をした上で空振りに終わっているため、流石に自信が持てないのだろう。無理もないが、だからといって諦める理由も無い。
「俺は手伝う側だから、ソラが決めてくれて良いよ。単純に、やってみたいかそうでもないか」
どうかねとカップを振って促せば、ソラは口を開けたり閉じたり、顔を上げたり俯いたり、たっぷり三十秒ほど悩んだ末に……
「………………頑張ってみたい、です」
返ってきた答えに頷いて、俺はカップの中身を飲み干すと勢い良く立ち上がった。
「よっしゃ行こうか。言い出しっぺの責任という権限を以て、徹底的に付き合って差し上げよう」
何か言いたげなソラを遮るようにわざとらしく捲し立てて、カウンター奥の店主に二人分の代金を放りながら手を差し出す。
……うおぅ視線も向けずにナイスキャッチ。流石ファンタジー、期待を裏切らないぜ。
「ソラさん見た今の。流石アルカディアお約束は押し並べて体験させてくれるというか―――あ、気遣い云々は散々やったくだりだからカットで良いよな?」
「…………もう」
なんとも言い難い表情の後、困ったような笑みで相貌を崩したソラは遠慮がちに手を持ち上げる。お許しと判断してお手を拝借。そのまま手を引いて酒場を後にし、転移門へと一直線に足を向けた。
―――いや、うん。俺だってあからさまに格好付けなどすれば普通に恥ずかしいんだよ。
フツメンの照れ顏なんざどこに需要が転がってんのかと……犬も食わないであろう羞恥を抱えて、俺は平静を装いながらソラの前を歩き続ける。
そこはかとなく漂うむず痒い空気は、お互い気付かないフリをしていた。