無邪気な美少女とかいう無敵概念
「次、こういう事したら嫌いになります」
「深く反省いたします、ハイ」
武器踏みをフル活用してノーダメで崖下へ降り立った後、俺は当然の如くソラさんより説教with正座を頂戴した。
確信犯なので是非も無い。平身低頭謝罪BOTと成り下がっていた俺は、ひとまずのお許しを得て腰を上げる。
「まったく……それにしても、凄い霧ですね」
昨日訪れた時と変わらない、数十センチ先も見えないような規格外の濃霧。、初見のソラは警戒心を露わに周囲を見渡している。
ついでにお説教をしていた手前まだ「怒っています」という顔をしているが、内心は不安が勝つのか傍を離れようとはしなかった。
「エネミーとかは出ない筈だから、今のところは安心して良いよ。先に言った通り終点はヤバいから覚悟しといて欲しいけど」
「わ、分かりました……」
身を縮めてキョロキョロと辺りを警戒している様は完全に小動物。微笑ましい気持ちで観察しつつ先導のために歩き出せば、ソラは慌てて後にくっついて来る。
「よく見つけましたね、こんな所……」
「見つけたというか、経緯は完全に遭難だったけどな。崖から落ちてダメ元で足掻いた結果、意外と何とかなったわ程度の偶然」
「……まあ空を飛べる、というか跳べるなら何とかなるんでしょうけど」
残念ながらあの時はまだ空中機動は未修得だったのだが、更なる無茶苦茶を白状したところで白い目を向けられるだけだ。既におかしなものを見る目を頂戴しているので、誤差な気がしないでも無いが。
「訊いても理解できないとは思いますけど……アレ、何をどうして跳んでるんですか?」
「あー、とー……まあ簡単に説明すると、クイックチェンジで武器が切り替わった直後に発生する瞬間的なオブジェクトの座標固定を―――」
道中、半眼を向けながらあれこれ尋ねてくるソラに空中跳躍のカラクリを説いたり―――
「あ、それ知ってます。プレイヤー全員が経験する成長武器のクエストですよね」
「ほーん有名なのか……って待てまて、成長武器?なにそれそんな単語あのオッサン一度も」
俺が現在進行中であるクエストの概要を話している途中、ソラから未確認情報がもたらされたり―――
「………………」
「…………いや事故だったんだよ。まさかそこまで自分がおかしな事をしてるとは露知らず」
うっかり口を滑らして結局「掲示板炎上事件」のあらましを吐かされ、形容し難い表情を向けられたりしながら―――
―――およそ十数分後、俺達は無事に街へと帰還を果たしたのだった。
………………え?あ、うん、そうだよ。こうして五体満足に帰ってきたとも。まあ帰ってきたというより還ってきたというべきか―――
「―――ハルさん!ハルさん!!何ですかアレなんですかアレ!!とっても大きかったです!白かったです大きかったです!!凄いですドラゴンでした凄くてすごかったですっ!!!」
……いや、何だろうねコレ。ちょっと予想外のバグり方したなこの子。
あれから予定通りソラと奴―――『白座のツァルクアルヴ』との初邂逅を果たしたわけだが、その直後からこの通りソラさんのテンションがぶっ壊れている。
当然ながら二人仲良く消し飛ばされてリスポーンとあいなったが、仮想の肉体を擦り潰されて尚も高揚感は薄れていないらしい。
アレの外見がわりと生物的ホラーなため、怯えるなり狂乱するなりした後にまあ説教かなと思っていた。こんなリアクションが返ってくるとは想像していない。
「あー……ソ、ソラさん。ちょいと落ち着いて」
例によって初期地点の噴水広場、当然ながら人目が多い。
これが「ソロでリスポーンした俺が死因に対しての呪言を撒き散らす様」であったのなら視線など一瞬だけ集めるのが関の山だが、美少女アバターwith美少女ボイスがテンション高くはしゃいでいる様ともなれば話が違う。
―――見られてる。めっちゃ見られてる。
ていうかソラさん距離感バグってません?テンション上がるとやたら興奮して接近してくるんだけどこの子。
「わたし知ってますよ!知ってました!!あれ!あれって色持ちモンスターですよ!!アルカディアでも特に有名な最大コンテンツの―――」
「はいオッケーオッケーお嬢さん此方へどうぞ。公然だからねーちょっと場所移そうねー」
別に人目が苦手などとシャイボーイを気取るつもりは無い。カグラさんからも暫く目立たないようにと忠言を貰っている今は単純にタイミングが悪いのだ。
決して今にも中指立てそうな形相でこちらを見ている男性プレイヤー諸氏に危機感を抱いたわけでは無いが、俺は大はしゃぎ継続のソラを連れて慌てて広場から離脱したのだった。
◇◆◇◆◇
「……………………お見苦しいところを」
「いやまあ、俺と比べれば多少はね?」
戦闘時に毎回バグってる野郎を考えればへーきへーき。
そんなこんなで場所は再びの崖道。他プレイヤー皆無な初心者エリアで落ち着きを取り戻したソラは、羞恥を隠すようにそっぽを向いて縮こまっている。
美少女が何をしようと見苦しいどころか可愛いだけなんだが、そんな世界の真理を本人に説いたところで詮無い話だろう。
「ほらほら、気を取り直して攻略再開しよう」
「うぅ……」
ボス戦はともかくとして、ここの道中は遠距離攻撃持ちの独壇場だ。弓で思う存分メインアタッカーを張って頂いて、恥ずかしい思いなどさっさと忘れさせてやろう。
俺も空中機動は封印してソラの護衛一本タンクを張らせてもらうとする―――尚、耐久力は当社比一倍。撫でれば抉れる虚弱ボディでございます。
短弓を握りしめて「よし」と意気込む可愛い相棒をエスコートするべく、俺は二度目の崖道へと繰り出したのだった。