負けイベにはとりあえず拳で抗え
サブタイトルは基本的にオシャレで真面目な雰囲気に統一しようと思ってました。
どうしてこんなことに
―――目覚めた小部屋を出て、細長い通路を歩きしばらく。僅かな光源を頼りに二つ目の小部屋に辿り着いた俺は、入口の壁に張り付き部屋の中を覗き込みながら感動に打ち震えていた。
「うわぁ……!うわああ……! マジかよ、マジだよ……!リアルゴーレム!リアルモンスター!!」
記念すべき初エンカウント、初モンスターだ。相変わらず光源の水晶以外にこれといったオブジェクトが見当たらず代わり映えしない小部屋だが、その中をウゾウゾ歩き回っている1メートルほどの岩の塊がいた。
一応二足歩行だが、人型というにはずんぐりとし過ぎである。何となくゴーレムと呼んでみたものの、見た目は泥人形と言うよりも長い手と短い足の生えた丸い岩である。
「あれ敵か……?こっち丸腰なんだが」
敵対エネミーだとすれば、戦闘チュートリアルの可能性が高い。仮にチュートリアル無しガチエネミーだとしても、見た感じ動きはトロい。補足されても小走りで回避出来そうだ。横をすり抜けて、向こう側に見える新たな道へ駆け込むのは難しくないだろう。
「……行くか」
なにはともあれプレイ初っ端である。何事もとりあえず挑むが吉。
構える武器など無いので当然の無手。身を隠す障害物などもありはしないので、開き直って堂々と小部屋に歩み出る。うごうごと不格好に部屋の中を徘徊していたゴーレムは、すぐさま俺に気付くとピタリと動きを止めた。
いやもう、シンプルに岩。手足の中心にある胴体にも目らしき部分は見当たらない……にも拘らず、見られていると明確に感じ取れるのが不思議だ。
「は、初めまして……?」
様子を伺いつつ、何となくコミュニケーションを試みる。返ってくるのは当然ながら沈黙―――いや、動いた。
遅い。だが、速い。幼い子供の小走り程度の速度だが、先程までよたよたと徘徊していた時の歩みとは雲泥の差だ。
そのまま岩の塊は、真っ直ぐと俺の方へ―――
「いやこっわ!?」
普通に怖いわ!こちとらVRもファンタジー世界も初見ぞ!?自分目掛けて不格好に走り寄ってくる手足の生えた岩塊とか単純に恐怖だっての!
―――あら、その振り上げたお手てはどうされるんですか?握手のためならそんな勢いよく振り上げる必要は無いですよねぇ!!
「やっぱ普通にエネミーか!」
唐突に始まった戦闘だが、未知の存在への恐怖は置いといてまだ危機感が湧く程ではない。実際に身体を動かして行うVR戦闘―――つまり感覚的にはリアルファイトと同義なわけだが、別に運動音痴というわけでもない。
中学時代は部活で汗を流していたし、高校では地獄のバイトロードを三年間駆け抜けた身である。フィジカルにはそこそこ自信があるし、効率の良い身体の動かし方には多少の覚えがあるのだ。
流石に、こんな大振りな動きならば余裕で避け―――
「ヒェッ……」
ブウォオン!!と素晴らしい風切り音と共に身体のすぐ横を抜けていった岩腕。鞭のようにしなったそれは確実に目で追えるスピードではあったが、だからといって威力が無いというわけではなかったようだ。
最小限の動きで避けるという舐めプを敢行した俺にドスを利かすが如く。ゴッと優しく無い音を立てて、ゴーレムの岩腕は同じ岩の地面を容易く砕いて見せた。
……え、何コレ。丸腰をこんなのにエンカウントさせんなよ。
「……ッ逃げるが勝ちぃいいい!!」
こちとらプレイ時間数分の新規ちゃん、生憎プライドなんてものはまだ育まれていない。戦闘開始10秒足らずで負けを認めた俺は、竦みそうになる足を情けない雄叫びで鼓舞して逃走した。
―――逃走、しようとした。
「なっ……!?」
位置関係の都合、とりあえず仕切り直しを図ろうと元来た道を引き返そうとした俺の眼前を、隆起した地面が岩壁となって塞ぐ。咄嗟に手をついて顔面から突っ込むのは回避出来たが、通路への出口は完全に塞がれてしまった。
ならばゴーレムを躱して先の通路へと振り返った俺は―――
「あー……」
次々と周囲に隆起させた岩を取り込み、加速度的に巨大化していくゴーレムを見て、全てを悟った。
「負けイベだな、これ……?」
物語の最序盤。回避不能の強敵。抗う手段はゼロ。
これだけ揃えばゲームを齧った事のある奴なら誰でも気付く。敗北が確定した所謂負けイベントであると。
恐らくゴーレムにやられそうになった瞬間に何らかの救済が入る―――或いはプレイヤーが幾度も死んで蘇る事を前提としているゲームならば、ここが一度目の死を体験する場か。
どちらもあり得るが、共通点は「抗うだけ無駄」という一点だろう。ゲーム慣れしたプレイヤーなら、さっさと死ぬか自らピンチに飛び込んで進行を優先する場面。
再度振りあげられた、先程までとは比べ物にならないほど巨大になった岩腕をぼんやり眺めながら、思案する。
―――抗うか、否か。
ぶっちゃけバイトに邁進する以前の俺は、ヘビーゲーマーだったかと問われればNOと答える程度の人間だ。小説や漫画にアニメにゲーム、どれも等しく人並みよりちょい深め程度にのめり込んで来た言わばライトオタク。
アナログゲーム機器で所謂「死にゲー」と呼ばれるような難易度のものも触った経験はあったが、それらによく配置される最序盤の死亡イベントでは大人しく召されてきた。
今回も開発側の想定に従い、このまま大人しく叩き潰されたって別に構わない。流石に初のVRで死亡を体験する事に若干の恐怖を覚えているのは確かだが、【Arcadia】はプレイヤーの命が割りと軽いジャンルに分類されるMMORPGだ。これから数限りなく迎えるであろう死には遅かれ早かれ慣れる必要があるから。
―――が、それではつまらない。三年を経て漸く憧れの世界に降り立ち、止まる事を知らないテンションがそう声高に叫んでいるのも事実だった。
仮想現実と言えど目に映るもの、聞こえる音、空気の感触、温度、匂い、あらゆる感覚が現実のそれ。ならば主観では現実と何一つ変わらないこの世界。
リアルでは喧嘩の一つもしたことが無い一般人代表こと俺にとって、主観現実で立ち塞がり今まさに俺を地面の染みへと変えようとしている巨大なゴーレムは何から何まで未知の塊だ。
こちとら冒険欠乏症の現代男の子だ。せっかくのこんな機会、抗ってなんぼだろ!!
「―――男は度胸ハリウッドダイブェアッ!!」
再び振り下ろされた岩腕を身を投げ出すような横っ飛びで躱す事に成功。盛大に地面に顔面スライディングを決める事になったが、痛覚の再現はされていない【
顔面ダイブで割と情け容赦無しにHPが削れたが、あんな軽自動車みたいな大きさまで膨れ上がった岩塊など喰らったらワンキル待った無しなのは必定。死な安ぅ!!
―――っと初体験のダメージ痺れに感動している暇は無い。
「右利き相手は……反時計回り!」
個人的な経験として、自由度の高い3Dアクションゲームにおけるボスとのタイマン戦は周囲をグルグル回りながらの翻弄戦法が定石だ。右利き、というか身体の右側から攻撃アクションを多用してくる相手には反時計回りで相手の左手側に回り込むのが安定する。諸説アリ。
地形を取り込み全体的に膨れ上がったゴーレムだが、中でも右腕の巨大化が著しい。変化前の初手と変化後の次手、共に右で放ってきた所を見るにとりあえずメインウェポンはこちらだと考えて良いだろう。
巨大化して鈍重になるかと思いきやそうでもないらしいが、相変わらず機敏な動きは出来ないようだ。背後を取る事は割と容易く―――記念すべきファーストアタックは
武器など持ち合わせていない俺の攻撃手段は己の肉体のみ! くらえ漫画知識100%の正拳突き!!
まだいくらも動かしていない仮想世界の身体だが、少ない稼働時間でもよく分かるのはそのハイスペック加減だ。肉体の枷に縛られていないゆえだろう、反応速度も動きの滑らかさも現実のそれとは一線を画す。
未だレベル表記すら見当たらない我が身だが、それでも実際の俺の身体よりも余程よく動く!自分でも驚くほどシャープな動きで的確に踏み込んだ俺は、隙だらけのゴーレムの背に思い切り拳を叩き付けてやった。
「い゛ッ゛―――!!?」
はいノーダメ。ビクともしなかった岩塊に代わり、ダメージを一手に引き受けた俺の右手が悲鳴を上げた。一瞬痛みと錯覚するほどの激烈な痺れが走り、視界の隅で顔面スライディングの時よりも派手にHPが減少した。
正直知ってた。だからへこたれはしない!
拳を弾き返されて後退しかけた身体を踏ん張り、そのまま未だ背を見せるゴーレムに対して次撃の喧嘩キックを叩き込む。よう岩野郎知ってるか?蹴りは拳の三倍の威力があるんだってよ!!
「が、ダメッ!!!」
素手の正拳突きと違い靴越しの前蹴りは反動こそ寄越さなかったものの、欠片もダメージとなった様子は無い―――と、そのタイミングで変化が現れた。
鈴が鳴るようなサウンドと共に、ゴーレムの頭上にオレンジ色のカラーカーソルと一本のHPバーがポップアップした。HPバーの上部に刻まれるのは、おそらく
「『選定の石人形』ねぇ……」
こう言っちゃ何だが、割とシンプルというか地味な風貌のゴーレムである。いや馬鹿でかい岩塊が動いてるってだけで圧は凄いのだが、デザイン的にはただの岩の塊だからな。
それにしては何となく意味深な名前を持つエネミーに、ふと予感が浮かぶ。
「負けイベ―――じゃねえなこれ……?」
つい先程の確信を覆す呟きを零す前で、痛くも痒くも無いぞとアピールするかのようにゆったりのっそりと振り返るゴーレムを睨み付けた。
おそらく開発側の思惑としては、退路を立たれたこの場でこいつに一度殺されるのが正規ルートなのだと思う。圧倒的説明不足な開始直後の状況でこんな大物を配置して、戦闘開始後もチュートリアルとしてシステムの介入がない現状、そう考えざるを得ない。
けれど俺はしっかりと気付いている。恐らくは二発目の喧嘩キックが原因だろう、奴のHPゲージがミリ単位で削れている事実に。
戦闘の勝敗に分岐が無いのであれば、ボスにHPを設定した上その数値をロックしない道理が無い。つまりこの戦闘には奴のHPを削るか全損させる事で発生するルート分岐が存在する!
「全部適当推理の妄想だけどなぁッ!」
正直なところ未知の只中であれこれ考察するのが楽しいから頭をフル回転させているだけなので、答えが出ようが出まいが俺にとってはどうでも良い。百回背中をどついても総合カスダメにしかなりえないダメージ量だろうが、削れるなら削れるだけ掘削してやんよ!
「唸れ俺の右足ィイッ!!」
―――こうして、丸腰vs岩塊の長い長い殴り合いが幕を開けた。
主人公ひとり言多過ぎないか問題について。
彼は三年もの苦労の末に辿り着いた仮想世界にテンションがぶっ壊れているんだ
そのうち冷静になって本来のキャラを取り戻すのでどうか見守ってあげて。