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崖下直行便

「―――お?」


 イキリ倒した直後の無様死による傷心を抱えて蘇生した俺の耳に、ピコンと聞きなれないサウンドが響いた。


 それと同時、視界隅にポップするのは分かり易いメールアイコン。


 何やらメッセージが届いたようだが、アルカディアでメール機能を利用するためにはフレンド登録が必須であるため、俺の場合は候補が二人しかいない。


 即ちソラかカグラさんか―――今回は前者だった。


 端的に言えば「お誘い」のメッセージなのだが、その文面がなんか妙にぎこちないというかカタコトというか……何というかこう、少女の遠慮がありありと伝わってくる。


「ふむ……」


 これは……サクッと拉致って、俺が遠慮など必要ないという人種である事を分からせて進ぜよう。




「ということでウェルカム・トゥ・断崖絶壁!!」


「何が『ということで』なんですかっ!?」


 NPCショップで買い物をしていたターゲットをフレンド追跡機能を用いて捕捉&確保した俺は、挨拶もそこそこにノンストップで【断崖の空架道】へとご招待していた。


 おそらく返事を待っていたのだろう。どこかソワソワとした様子でお買い物に勤しんでいたソラは、前触れなく身を攫われるという事態に悲鳴、混乱、錯乱を経て現在はご立腹のステータスを抱えている様子。


「何かお堅いメールを受信したもんだから、こんな奴に遠慮は無用って事を行動で示してみた」


「え、遠慮した訳じゃ……あの、あんな風に男の人に連絡ってした事がなかったので、少し緊張しただけで……」


 若干ドヤ顔で行動理由を述べたところ、予想外に可愛い答えを返されてしまった。反応に詰まる俺に、ソラは拗ねたようにそっぽを向いて「降ろしてください」と呟く。


「あぁ、いや失敬」


 少女を拉致する絵面の犯罪指数を削ぐためにお姫様抱っこで攫ってきた訳だが、流石に恥ずかしいのか顔を赤くしているソラを降ろしてやる。


「全くもう……」


 あらやだ、ジト目が可愛らしいこと。


 今更「やり過ぎたか」と頰を掻きつつ目を逸らす俺をしばし睨め付けた後、ソラは何かに気づいた様子で目を丸くした。


「そういえばハルさん、その格好は……」


 と、まあそうだろう。これまで防具を身に着ける素振りすら見せずに初期アンダーで蛮族プレイしていた奴が、翌る日に突然洒落乙ファッションに身を包んでいたら驚くのも然り。


「あーこれは、その……なんだ、かくかくしかじかで貰った」


「貰っ……え?衣装系のアイテムって、とても高価だって聞いた事があるんですが」


「いやまあ、かくかくしかじかで」


 軽率に質問版に書き込みしたら大騒ぎになった、などと正直にバラせば「またかコイツ」的な視線を頂戴することは分かりきっている。


 カグラさんのことは機会があった時にでも紹介するとして、この場は適当に流させて頂くとしよう。


「ま、完全に衣装枠だから防御力は未だゼロな訳だが」


「堂々と言うことじゃありませんよ?……えっと、ハルさんはこのエリア、もうクリアされたんですか?」


 次いでの質問には頷いて肯定を返しながら、俺の頭の中を占めるのは別の事。何かと言えば、ずばり『下』におわす奴の存在についてだ。


 軽く調べた所、数少ない未クリアコンテンツという事でそれなりどころか結構な有名案件らしい。勤勉なソラならば既知の可能性もある。


「ソラって攻略情報とかはノータッチなんだよな?」


「? えと、そうですね。マップ情報ですとか、どんなモンスターがいるのかといった知識は入れないようにしてます」


 基本的にシステム面のあれこれや大まかなアルカディア世界の情勢、初心者含め知っておいた方がいい小ネタなど。その他に一般にも広く知られているような「外向けの常識」が、ソラの予備知識の内訳らしい。


 俺自身の遭遇体験がわりと壮絶というか頭悪い感じだったのもあり、初見であるのならソラにも是非あの常識をぶち抜かれる感じを体験して頂きたい。


 なのでネタバレは伏せて、もうとりあえず謁見して頂こうと思う。


「……このエリアなんだけど、実は隠しルートがあるんだよ。いやルートってより隠しエリア?秘境的な」


 ソラは外見お淑やか内面お嬢様的なテンプレ清楚美少女然とした立ち振る舞いだが、その実かなり好奇心が強い。


 即ち、こうして気を引いてやれば―――


「隠しエリア!」


 この通り、目をキラッキラさせて秒で食いつく事は明白。


「そうそう。ただ終点にあるギミックがちょっと現状の俺達だと突破が厳しいというか、正直にいうと確実に死に戻りする事になるんだけど……」


 当然だがデスペナは発生する。失うものがある以上、リスクの説明は当然行わなければならないが―――いやもう「それが何か?」と言わんばかりのキラキラお目々しちゃってまぁ。


「チョロいなぁ……」


 お兄さん少し心配だよ。リアルではもう少し警戒心を備えている事を切に願う。


「はい?」


「いや何でも。それじゃ良ければ案内するけど、行ってみる?」


「行ってみたいです!」


 OKおひとり様ご案内だ。え?行き方?断崖絶壁の下にあるエリアへ辿り着くのに、方法なんて一つしか無いよなぁ?


「それではお手を……否、お身体を拝借・・・・・・


「えっ……ぇ、ちょ……!?」


 ワクワクを振りまいて目を輝かせているソラの手を引いて、そのままガバッと抱き上げる。


 そろそろ少女一人を運ぶのにも手慣れてきた所だ、余裕のお姫様抱っこである―――いや流石に両手使えないとキツイな。


「は、ハルさんっ……!いい加減に突然抱き上げるのやめ」


「ごめんソラ、片手空けたいからしがみついてもらって良い?締め落とさない程度で」


「締め落と……そ、そんな事しませんよ! いえ、そうじゃなく」


「ほら行くぞーおひとり様ごあんなーいってな」


「―――!?ま、待って、待ってくださいっ……崖、そっちは崖です、ハルさん。ハルさん……?ハルさんっ……!?」


 いやほら、怖い事って事前に説明して身構えてると余計怖かったりするじゃん?


 予想だにしないタイミングで急に訪れる恐怖体験なら怖いというかビックリしてる間に終わるものだし、これは良心。


「ソラ」


「は、はいっ……」


 崖の縁で立ち止まり、これから散歩にでも行くような気楽な表情で声を掛ける俺を、少女は戦慄を湛えた瞳で見上げてくる。


「昨日言ってたよな、人は空を飛ばない―――その反例をご覧に入れよう」


「………………」


 ―――なに言ってるのこの人という表情かお


 ―――言っている事を理解したくないという表情。


 ―――お願いだから考え直してという懇願の表情。


 ―――まるで今まさに凶行に及ぼうとしている凶悪犯罪者に慈悲を乞うかのような悲壮な表情。


「つまり……しがみついてないと、大変だぞ?」


「ま、待って……!まっ―――っいやぁああぁあああああああああああああぁぁああ!!!!??」


 笑顔で崖を踏み切る俺、


 泣き叫ぶソラ、


 職務を実行する重力、


 そして吹き荒ぶ轟風。


 ソラの正気度と至近距離から悲鳴に貫かれた俺の鼓膜を通行料に、二つの影は道無き霧の中へと没していった。

午後の部でございます。

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