クエスト達成
何かと貫禄のある振る舞いからもしやと思ったが、やはりサービス初期からの最古参組だったらしいカグラさん。あの後「火消しは任せな」とそれはもう男前にしがらみを引き受けた彼女は、振り返らずに手を挙げながら酒場を出て行った。
残された俺としては「あらやだカッコいい」といった具合に惚れるしか無いわけだが……何にせよ、一応の落着といったところか。
なんか後ろ盾がどうのとか言っていたが、要するに好奇心から俺にちょっかいを掛けてくるであろう御先達の方々を牽制してくれるつもりのようだった。
まだしばらくはマイペースに攻略を進めたい此方としては実にありがたい話だ。ここは頼れる姉御に任せておくとしよう。
「そしてやったぜ脱・裸族」
プレイヤーネーム非表示がデフォルト仕様とはいえ、アンダーウェア一丁で彷徨いていたら即バレ待った無し―――ならば熱が冷めるまでは目を忍ぶべきというのは共通の解だった。
そこで「お近付きの印に」と渡されてしまったぜ衣装アイテム!値段的にはどのくらいするのと訊いたら知らない方が良いと言われたぜ衣装アイテム!!
「一発目からデカい借りを作っちまったな……」
黒皮仕立てのパンツに、亜麻色の上着。そう表すだけなら地味だが流石はファンタジー、各所に施されたベルトやら何やらの妙にゴテついた装飾が最高に厨二心をくすぐってきやがる。
ステータス性能は備えていない単なるファッションアイテムとの事だが、シンプルながらやけに洗練されたデザインと着心地が嫌でもその品質の高さを主張している。
装備するアバターの体格に応じて自動最適化される高級仕様だとかで、元々は使わなくなったカグラさんのおさがりとの事だが男性アバターでも違和感なく着こなす事が出来た。
「高いんだろうなぁ……昔やってたネトゲでもお洒落アバターとかクッソ高価だったしな……」
真面目に考え出すと膝が震えてきそうだ。ありがたく使わせていただく事で感謝を示すとしよう。
―――っと、俺もいつまでも杯をチビチビやっている場合ではない。
残った飲み物をグイッと飲み干し……何だっけコレ、確かシャナトゥスパークリングなんちゃら……味がうっすい癖にやたら雑味のある葡萄ソーダ的な。
仮想世界で初めて口にした飲食物は、可もなく不可もなくといったところだった。
ちなみにどれだけ飲み食いしても空腹感、満腹感はリアルの肉体が感じているものが直で反映されるらしい。色んな意味で当然と言えば当然だが、清涼飲料水を飲み干しながらも喉の渇きが続く感覚が酷く気持ち悪い。
「っし、サクッと報告済ませて落ちるとするかね」
整えられた髭が渋いNPC店主にキメ顔で片手を上げながら席を立ち、カグラさんに遅れて俺も酒場を後にする。
当社比クールな挨拶にガン無視を決め込まれた切なさを押し込めつつ視線を動かせば、クエスト達成を意味する『!』マークが視界の隅で微かな主張を放っていた。
◇◆◇◆◇
「……確かに」
インベントリから取り出した『大翼鳥の尾羽』×10を受け取り、状態と数を改めたムキおじが厳かに頷く。
討伐したグローバード四に対して取得総数がちょうど十だったから、おそらく一体あたりのドロップ数はランダムだったのだろう。
いやギリギリ足りて良かったわ。一足りないで崖道ハイキングおかわりとか流石にしんどい。
ストレスの具現たる足場制限&お邪魔キャラのコンボを思い返して辟易する俺を他所に、ムキおじは預けたままにしていたツルハシの残骸を取り出した。
付け根からへし折れていた木製部分は取り除かれ、分解された金属部分がゴトリとカウンターに置かれる。ひしゃげたその切先を微かに染める『白』は、どこかの無謀な馬鹿が圧倒的上位者へと牙を突き立てた証である。
「坊主、名前は」
相も変わらず、話し始めも話題の変遷も唐突というか下手くそというか……てか確かに、俺たち互いに名乗ってすらいなかった。見ず知らずの他人同士でクエスト契約してんじゃねえよ。
「ハルです」
「奇遇だな。ハルゼンだ」
……おう、ムキおじの名前だよな?まさかの被りとは妙な偶然もあったもんだ。
「好きに呼べ、ハル」
ムキおじで良くない?ダメ?いや何か真面目な空気だよなダメなんだろうな。
「んじゃ旦那で……」
いやふざけてるわけじゃないよ、さん付けってのも何かしっくり来ないし明らかな歳上を呼び捨てってのも慣れないし……その首肯は許可と見て良いなハイ決定。
「物は預かった。これから鉄を打つ」
「アッハイ何卒宜しくお願いします」
流石に慣れてきたぞ妖怪文脈知らずめ。もうちょい接続詞やら話題の転換といった会話のスキルを……いやもう、良いか。
単刀直入オンリーも悪くはない、単純明快バンザイ。
「明日の今頃まで時間を貰う。剣に要望があれば聞く」
「要望……とりあえず、直剣で頼めますよね?」
「そのつもりだ」
最初に渡したのも振って見せたのも直剣だしな。
カテゴリはOKとして、特にこれといって要望も浮かんでこない。普段使い用に扱いやすい剣が望ましいくらいだらうか。
「一応はメイン武器に据えるつもりなんで、扱いやすく仕上げて貰えると」
「軽い方が良いか」
「んー……軽過ぎないくらい……あぁ、展示品の直剣は良い感じだった」
「分かった」
と、そこでクエストアイコンが点滅する。新たに表示されたアイコンは待機を示す砂時計―――どうやら、これで無事に段階を踏めたらしい。
「また来い」
「っす。宜しく頼みますわ」
さて、色々あったが……いやマジで色々あり過ぎたが、ともかくこれにて一段落だ。
仮想の身体は疲れ知らずではあるが、それを動かしている現実の脳には当然ながら疲労が溜まる。
微かにまとわりつく眠気のような感覚と、さっさと現実の水分を寄越せと主張してくる喉の渇きに従って、二日目の冒険は終わりを迎えたのだった。
◇◆◇◆◇
「それでどうだ、待望の仮想世界ってやつは」
―――夕飯時。一日空けて両親と三人で食卓を囲んでいると、茶を傾ける父上にそう訊かれた。
「超楽しい。人生変わるレベル」
むしろ、実際もう一つ人生が生えたようなもんだし。
「他を疎かにしない程度に気を付けなさいよ」
「うっす」
母上からもお言葉を頂戴するが、まあこの程度は小言にも入らないだろう。基本的に現実では寝たきりとなるコンテンツだからな、あらゆる意味で自己管理の徹底が必要なのは分かりきった事だ。
「折角だから、たまには話を聞かせなさい。息子の冒険譚なんて中々聴けるものじゃないからな」
会社の連中に自慢できる、などと笑う。
「そうだなぁ。とりあえず、昨日今日でキノコの化物とトラック並みの大猪と大蠍と翼竜並みのデカい鳥の群れを薙ぎ倒してきたよ」
「……意外と武闘派なんだな、お前」
「あと数百メートルの崖から紐なしバンジーとか」
半ば予想はできていたが、俺が語る冒険譚の悉くにドン引きした二人に「何してんのコイツ」といった視線を頂戴した。
……うん、まあ流石に自覚するよ。おいおい自重していこうな。
◇◆◇◆◇
「―――っはぁあ……疲れたぁ……」
仮想世界から現実の身体へと意識がシフトする、もうすっかりと慣れ切った感覚。慣れない内は体感覚の急激な変化から虚脱感や疲労感を覚えたものだが、いま感じているそれらは全く別の要因から来るものだ。
「話題を持ち逃げされたら、面白く無いのは分かるけど……」
結局あれから火消しに多大な手間と時間を取られた挙句、勝手に面倒ごとに首を突っ込んだ上に工房の名前まで使ったせいでクラマスからお叱りを受けてしまった。
色々と精神力を磨耗したせいで身体が重い。けれど、後悔は微塵も無かった。頭の中は久しい高揚感で満たされていて、次から次へと創作意欲が浮かんでくる。
【Haru】―――アルカディアにしては珍しい、平凡な容姿の男性プレイヤー。観察していた戦闘時のイメージとは異なり、話してみると意外と礼儀正しいというか丁寧な印象を受けた。
節々の反応や仕草から、どうも近しい年齢のような気も……それはどうでも良いか。
「敏捷特化って言ってたし、取り敢えず軽量武器……や、瞬間操作なら筋力関係無いとも言ってたから、次々に切り替えるスタイルも考えるなら一撃重い方が……?けど限界容量の問題的に、先に拡張用のアクセサリーを……風見蝶の晶羽って在庫あったかな」
正直なところ、彼自身の性質にはあまり興味が無い。本人にも告げた通り、面白い物作りが出来るなら他に望むことは無いのだ。
さて、どんな依頼を持ってきてくれるだろう。降って湧いた楽しみに焦がれながら、彼女は頬を緩ませるのだった。