魔工師
◇『大翼の鳥群』を討伐しました◇
◇称号を獲得しました◇
・『大翼の鳥群を討伐せし者』
・『一撃粉砕』
◇スキルを獲得しました◇
・重撃の操手
◇スキルが成長しました◇
・跳躍機動⇒ジャンブルステップ
「この不完全燃焼感よ」
思えば、苦戦らしい苦戦も無いボス討伐は初になるのか?茸も猪も蠍も何かしらピンチシーンがあったのだが、終盤に何らかの発狂展開があるわけでも無くアッサリと終わってしまった。
増援も来ないまま、四つの鳥頭を順番に粉砕してコングラッチュレーション。道中で散々コケにしてくれた礼をしてやれたのはスカッとしたが、正直なところ少し……いや大分、
「なんか……壊れてませんかねコレ」
加速度的に力を蓄えている己が身を見下ろして、俺は嫌な汗が浮かぶのを感じた。
アルカディアはオンラインゲーム―――MMORPGを謳っているゲームだ。数ある同ジャンルの中では例外も多く存在する筈だが、MMOの常としてボス戦というイベントは基本的に難易度が高く設定されている。
多人数同時接続型という名称に違わず、そのゲームメイクは「複数人で共に」という方針が前提になる事が多いためだ。
まだ始めて日は浅いが、これまでの作り込みを見るにアルカディアの戦闘も割とシビアな難易度であると感じられる。
リンチ、奇襲、狙い撃ち、地の利など用意されたコンセプトはフィールド四つ目にして既にえげつなく、冷静に考えればそのどれもが複数人での相互フォローを推奨している事が分かるだろう。
そこへ行くと、単独かつ鼻歌混じりでボスを叩き潰してしまった俺は……
「レベルの上げ過ぎか……?」
「今は幾つなんだい?」
「まだ30程度」
「ここの適正はそんなもんだよ」
成る程。とすると鉄塊ハンマーは例外として、店売り鉄剣にアンダーウェアの時点で装備過剰の線も無し。これはやはり、世間でゴミ評価を受けている全武器適性のスキルツリーが……
「へぁっ!?」
しれっと言葉を交わした後に気付く。物思いに耽っていた頭を持ち上げて慌てて振り向けば、いつの間にか背後に一人のプレイヤーが佇んでいた。
その姿を焦点に捉えれば、頭上にポップアップするのは控えめに輝く青いカラーカーソル……まさかの街外でのプレイヤー初遭遇である。
てか凄い。赤髪に着崩した着物姿とかいう、とんでもなく目立つ装いだ。整ったアバターの顔と堂々とした雰囲気で実に様になっているが、現実ではまずお目にかかれない様な威容である。
この手のゲームでは目立つ装備=強者の方程式が崩れる事は無い。始めたばかりの俺にとっては当たり前だが、確実に格上の御仁だ。
そんなプレイヤーが何故こんな初心者エリアに……と俺が首を傾げたところで、お相手さんが先に口を開いた。
「突然失礼したね。ボス戦は見てたよ、おめでとさん」
「え、あ、そりゃどうも」
絢爛な見た目に反して口調はフランク……というより、どこか粗雑さのロールプレイ味を感じる。
驚いたわ見た目派手だわで反射的に警戒心を抱いていたのだが、割と気安いそのスタイルに触れて自然と気が抜ける。仮想のアバターとはいえ、相対して一つ二つ言葉も交わせば相手の雰囲気くらいは掴めるものだ。
気さくで美人な御先達―――うむ、警戒する点など一つも無い。
「さて、まどろっこしいのは苦手なんだ。手っ取り早く本題に入らせてもらうとするよ」
極めて頭の悪い思考に一人納得している俺を他所に、彼女はどこか悪戯っぽい笑みと共に左手を持ち上げた。
スラリとした指の先に展開するのは見慣れたシステムウィンドウ。慣れ切った所作で操作がなされた後、色味の違う一枚の小窓が追加でポップする。
「挨拶が遅れたね―――カグラだ、お見知り置きを」
ピンと指先で弾かれたウィンドウがクルクルと回りながら俺の目前に飛来する。反射的にキャッチすると、そこには名刺よろしく彼女のプレイヤープロフィールが記載されていた。
「……陽炎の工房?」
俺はアルカディア渾身の謎システムに密かに興奮しつつ、【Kagura】というプレイヤーネームに並んで記された名詞―――恐らくは所属組織か何かを意味するのであろうそれを、無意識に読み上げる。
カグラは頷くと、おもむろに俺へと手を差し出してきた。
「単刀直入にいくよ、専属魔工師に興味は無いかい?」
突然の申し出にしばしのフリーズを要した後、
「……まこうしって、何すか?」
俺の口から出た気の抜けた声が、主人を失った台地に間抜けに響いたのだった。
◇◆◇◆◇
「―――つまり魔工師ってのは、魔法で何でもござれな万能職人って理解で良いか?」
「大体合ってるよ。熟練度の伸ばし方で得意分野の差は出てくるけど、このゲームには鍛冶師や裁縫師みたいな職業システムは無いからね」
各々で名乗っている者は多いらしいが、主に装備品類の作成を行っている者たちを大別して『魔工師』と呼ぶのだとか。
生産系スキルツリーの名前である「魔工」から来ているらしい。
「あたしの得意分野は主に鉄―――金属だ。武器や防具をメインに、アクセサリーなんかの彫金もやるよ」
「成程ね……」
少々込み入った話になるとの事で、あれから場所を移して現在地はイスティア街内のとある酒場。装いは「まさに」といった具合で興奮したものだが、蓋を開ければなんて事の無い食事処だった。
カウンターに腰掛けて彼女―――カグラさんの「売り込み」に耳を傾ける俺は、趣ある木製のカップを弄びながら困惑から抜け出せずにいた。
レクチャーを受けて彼女の言う魔工師の意味は理解出来たが、何故その職人とやらが急に接触してきたのか。
「ええと、どうして急に俺みたいな新参に?」
「新参だからこそ、だよ」
飲み物を傾けながら、彼女は首を傾げる俺を横目で見やる。何やら「やれやれ」といった様子で一つ溜息を溢すと、カグラさんはシステム窓を操作して何かの画面を俺の前に開いた。
「ん……?総合、質問……あれ、これって」
見覚えのある―――というか、つい先刻に俺が書き込みをした掲示板である。え、マジか、こういうのゲーム内からでもアクセス出来んのかよ!
俺の驚きを読み取ったのだろう、カグラさんから「公式で運営されてるサイトだけだけどね」との注釈を賜り成程と納得する。
「書き込んだろう?アンタ。それで分かっちゃいるけど、その後の騒ぎは知らないと」
「騒ぎ?そりゃどういう」
意味が飲み込めずにいる俺に、カグラさんは「とりあえず見ろ」とばかりにトントンと指先で掲示板を示す。
御先達殿の思し召しである、素直に従った俺は―――
「…………………………何これこわぃ」
―――数分後、自分が投下した書き込みを皮切りに、控えめに言って大盛り上がりを見せている古参プレイヤー達の賑わいにドン引きしていた。
「現状は理解したかい?」
「あぁ……うん、はい。大体は分かった」
まぁ、なんだ……結論から言って、やはり俺は何かしらおかしいところがあると、そういうことなのだろう。俺の書き込みに対する意見の全てが、その異常性を指摘している。
そんでもって、彼女が姿を現した経緯も理解した。
「とりあえず……服ならしかと着てますが」
状況を理解しての第一声。まずは「全裸の変質者」扱いに異議を唱えるべく腕を広げて抗議すると、カグラさんからはアホを見る目を向けられる。
「ゲームで装備無しは全裸って言うだろ」
「俺の一張羅に失礼だろ」
「初期設定のアンダーウェアが一張羅ってアンタね……」
呆れたとばかりに苦笑いを頂戴するが、俺だって好きで裸族をやってる訳ではない。神様から頂戴した才能に則って最適解を体現しているだけだ。
「……とりあえず俺が燃料投下したせいでスレッドが盛況なのは理解した。んで話を戻すけど、それが何で魔工師が専属だのと名乗り出てくるんだ?」
「燃料どころか久方ぶりの爆弾だったけどねぇ……まあ、一つは詫びの意味もあるよ。興味本位でこの流れを助長した自覚はあるから」
俺を探し出した上で観察し、その所感を投稿した事を言っているのだろう。律儀にも「悪かったね」などと頭を下げられてしまえば文句を言う気は起きないし、そもそも完全に「無知は罪」案件だからなコレ。
やたら大騒ぎになってるのも……更には何人かのプレイヤーが彼女に続いて、既に俺を探し始めているらしき事実も完全に身から出た錆である。
「けど正直そっちはオマケだよ。本音を言えば―――シンプルに、アンタに武器を造ってやりたいのさ」
「そりゃまた……重ね重ね何故?」
実に楽しげな笑みを浮かべたその顔を見るに、言葉通りそちらが本命なのだろう。当然ながら俺の疑問は余計に加速する訳だが……
「自分で言うのもなんだけど、アタシは娯楽思考の職人でね。ストイックに高品質のモノを志す連中と違って、面白いモノを作りたいエンジョイ派なのさ」
「ほーん……?」
曖昧に相槌を打つ俺に「一応は品質も保証するけどね」と、彼女は冗談めかして笑う。
「だけど、作り手ってのは依頼人あってのものだからね。そう面白い依頼が多いわけもなく、かといって自分一人で好き勝手に何かを作ったところで使ってもらえない―――そこでアンタさ」
横目に俺を指差して、彼女は心底楽しそうに言った。
「アンタが持ってくる依頼は楽しそうだ。それが理由だよ」
「……成程ね」
つまりこういう事だ。始めて二日目にして既に頭のおかしなプレイスタイルを取っている俺ならば、それに見合ったおかしな依頼を持ってくるだろうと……いやコレ別に褒められてるわけじゃねえな?
「面白がってるだけだろアンタ」
「ゲームだよ。面白がらなきゃどうするんだい」
……………………ふむ。ぐうの音も出ない正論だな。
「ご存知の通りバリバリの新参者だ。金も素材も無いから、当分は大した依頼なんか出来ないぞ?」
「自慢じゃ無いけどこれでも物好きなお得意さんはいてね、金には困ってないから心配いらないよ。何か入り用になった時に、優先してアタシに話を持ってきてくれたらそれで良いさ」
ご贔屓にってところか。始めたばかりで何のパイプも持たないこの身としては、中々の高位プレイヤーらしき職人とお近付きになれるのは願ってもいない事だ。
こんな初心者を騙したところで得るものも無かろうて、雰囲気からしても好意というか享楽を求めての申し出なのは……まあ間違いないだろう。
正直この人、結構好きだしな。接し方が明快というか、互いに単刀直入にやり取り出来ている感じが好ましい。そしたら、まあ―――
「……遅ればせながら、ハルです。以後宜しく」
せっかく雰囲気ある酒場という舞台だ。掌の代わりにそう言って杯を差し出せば、
「どうぞ御贔屓に、安くさせてもらうよ」
ニヤリと魅力的な笑みを浮かべたカグラはそう応えて、乾杯の音は快活に響いた。
連投、朝の部でございます。